桜霞
2022-10-01 16:54:23
9961文字
Public 【twst夢】フライパンは無敵
 

いのうりょく:どっぽぎんかく

#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/08/13にpixivに投稿したものの再掲です。






 この世には美しいものが溢れている。
 春の花、夏の海、秋の森、冬の空。
 恵みの雨、涼やかな風、金色の稲穂、白銀の雪。
 ひとが丁寧に生み出したもの、あるいはその遺跡、新しく産まれた命、老いて朽ちてゆくものやこと。
 巡る自然。
 生死の循環。
 そして、それらの一部になれる、狩り。
 ルークにとって、それは美しいという言葉そのものだった。
 命のやり取り。生を内包する死。
 その循環の輪に手を入れようと言うならば、決してその美しい均衡を崩すことは許されない。それはルークにとっての狩人としての矜恃であったし、信念であった。
 この前提を正しく守ってこそ、背筋に氷塊が滑るような命のやり取りを楽しむことが出来るのだ。
 狩りは勝負だ。狩る者と狩られる側の、持ちうる限りの全てを使った真剣勝負である。
 そこに騎士道は無く、紳士然とした礼儀もない。
 たった一つ、そこには事実のみがある。
 たとえばアキレスの踵。たとえばジークフリートの背中。
 つまりは、唯一絶対の弱点。
 どちらが先にそれを先んじて見抜き、一矢投じることができるのか。
 すべてはそれにかかっている。


「オンボロ寮の監督生でしょ」


 ポムフィオーレ寮は寮長部屋にて。
 己の机で様々な資料や書類などを見遣り、ペンを走らせていたヴィル・シェーンハイトは、視線を上げずにそう言った。
「着の身着のままでこの世界に来たらしいじゃない。みすぼらしいったら無かった。今じゃだいぶマシだけど」
 ジャガイモどころかただの土汚れだったわね、とまで言い切ったヴィルに、ルークはにっこりと笑みを深めた。
「相変わらずのキレの良さ! 美しいね!」
「それで? レオナを追っかけるのは辞めたの?」
「とんでもない!」
 ルークは三年生になってサバナクロー寮長のレオナ・キングスカラーと同じクラスになってから、随分と彼の事を───レオナ風に言えば───嗅ぎ回っていた。レオナの弱点は何かとラギーに詰め寄ったり、木陰で休むレオナを見て「弓矢が手元に無いのが残念だ」と心底からぼやいたりしているのだ。
 ルークは思案する素振りを見せながら言った。
「寧ろ、彼を追いかけていたら、見つけたんだが」
「最近よく一緒にいるものね」
 事務員のリンのことである。
 年末年始のホリデーが明けてしばらくしてからこちら、主にレオナを中心としたサバナクロー寮生とリンの距離は、目に見えて近くなっていた。
「どうやら、獅子の君の懐に入っているようだった」
「それで、リンならレオナについて何か知ってるんじゃないかって考えたってワケ? しかも『狩ろう』としてる?」
「Oui!」
 ルークは微笑みを崩さない。ヴィルはようやく視線だけをルークに据えた。
……好きにすればいいんじゃない」
「おや、いいのかい?」
 意外だったのか、ルークは素直に瞠目して瞬いた。ヴィルは嘆息しながら言葉を紡いだ。
「他寮との余計な諍いは避けたいけど、オンボロ寮は異世界からやってきた監督生とモンスターのグリムだけ。一緒に住んでるあのリンとかいう奴も、ただの事務員。それ以上でもそれ以下でも無いわ」
 魔法が物を言うこの学園で、オンボロ寮ができることなんてたかが知れている。
 たとえ、他の寮長とオンボロ寮の監督生がただの顔見知りという仲では無いにしても。
 リドルは規則に厳しいが、つまりはルールを守ってさえいれば口を出してこない。
 レオナはたとえ己の気に入りが困っていようとも敢えて助け船を出すような性分ではない。
 アズールは必ず対価を求める。期末テストの折の勝負でオンボロ寮は勝ちを収めたようだが、ルークを退けるためだけにオクタヴィネルと再び勝負をするような浅慮はしないだろう。
 カリムのことは、きっと面倒事を嫌うジャミルが間に入るはずだ。ホリデー中に何某かあったらしいが、それだけでオンボロ寮の肩を持つほどの男では無かろうとヴィルは見ていた。
 それに加え、ルークは器用な男であった。
「あんたは地雷を踏み抜くような真似だけはしないでしょ。他に支障が出ない範囲なら、好きにしたらいいわ」
「Oui! 君の寛大な御心に感謝を」
 ハットを胸に当てて優雅に礼をした後、ルークは実に楽しそうな顔で「では早速行ってくるよ!」と寮長室を後にした。





 ◆





 まずはそれがどういうものなのか、基本情報を知識として頭の中に入れておかなければ咄嗟の判断にも時間を食ってしまう。
 というわけで、ルークはラギーの元を訪れた。

「なに!? なんでオレなんスか!?」

 全力でルークから尻尾を守りながら、ラギーは悲鳴にも似た絶叫を上げた。
「リンさんのことならユウくんに聞けばいいじゃねぇっスか!! 喜んで喋ってくれますよ!!」
「へえ、そうなのかい?」
「そうっスよ!!」
 ラギーはじり、と後退りながら呼吸を整えた。
「ユウくん、リンさんのこと大好きっスからね。なんだっけ……きょーかたん? とかそういうやつって言ってたっスけど」
「なるほど」
 ルークは神妙に頷いた。確かにユウとリンはひとつ屋根の下でグリムと二人で一匹きりの暮らしをしているし、特にユウはリンを慕っている様子を隠さなかった。
「しかし、ムシュー・タンポポ。それなら尚のこと君の意見が聞きたい」
「は?」
「獅子の君との関係についてだよ」
……あー……
 ラギーはようやく、何故ルークが自分に声をかけてきたのかを察することが出来た。
「トリックスターに聞くのもいいけれど、どちらか一方に肩入れしているとなると、見方が偏ってしまうからね。君なら真実を知っているだろうし……
……で、オレが素直に教えるとでも思ってんスか?」
 憮然として言うラギーに、ルークはきょとんと目を丸くした。
「おや、教えてくれないのかい」
「当たり前でしょーが!! なんでそんな『びっくり!』みたいな顔してんスか!!」
 ラギーががるると唸る。ルークはにっこり微笑んでラギーとの距離を一歩詰めた。
「私と君の仲じゃないか!」
「どーいう仲っスか!! 仲良くなった覚えはねーっスよ!!」
「だが、いいのかい?」
 一転、ルークは静かな双眸でラギーを真っ直ぐに見据えた。全てを見抜くような深緑の瞳に、ラギーは思わず喉を詰まらせた。
「君が隠すということは、そういう意味だと捉えてしまうけど?」
……
 そういう意味。つまりは、レオナとリンが、そういう。
 いや、とラギーは内心で首を振った。
 これはカ、マをかけられている。ルークの言う「そういう意味」とは、きっとレオナとリンが付き合っているかいないか、どちらの意味も含んでいる。

 ───これを上手く利用すれば或いは……

 リンをサバナクローに引き込めるかもしれないし、ルークはリンが返り討ちにしてくれるかもしれない。一石二鳥だ。
 浮き足立ちかけたラギーの心はしかし、脳裏に浮かんだ中指を立てるリンの冷徹な眼差しにしゅるしゅると萎んでいった。

 ───リンさんを利用しようとしたことがばれれば、割を食うのはきっとオレっすね……

 きっと酷いものでは無かろうが、もっとこう、何か心にダメージが来るような、惨い仕打ちが待っている気がする。ラギーは心底から諦念の交じった溜息をついた。
 ここは、変に誤魔化して拗れさせるより、素直に本当のことを言った方が良さそうだ。
…………そしたら、外堀くらいは埋まるっスかね……
「外堀?」
 ぱちくりと瞬いたルークの表情がぱっと明るくなる。
「なるほど! 君も獲物を狩ろうとしているところだったんだね!!」
「ちげーっスけど……はぁ、まぁ、もういいか……
 ラギーは耳と肩をしんなりさせて、ぼそぼそ話を続けた。
「リンさんがあの人の物になったら実質サバナクローのもんでしょ。そしたらオレらもちょっとはおこぼれに預かれるかもしれねぇし……ただ、ねぇ……
……ただ?」
 三度ラギーが溜息をつく。
「それで大人しく素直に言うこと聞いてくれるようなひとじゃねぇからなぁ……
……ふむ?」
 ラギーの様子に、ルークは思案する素振りを見せた。狙っている獲物が他者と被ることは気にせずに、全てを出し抜いて真っ先に獲物にありつくことを信条としているラギーは、不意に意地悪く口端吊り上げてシシッと笑った。
「あんなに狩りにくい獲物もねーッスよ。ルークさんも、ぽっきり折られないようにせいぜい頑張るっスよ」
 じゃ! とラギーはあっという間にその場を離れて行った。ルークのメルシー、というのんびりした声がそれを追いかける。
 しかし、とルークはリンについての認識を改めた。
……ムシュー・タンポポが苦労するほどとは……
 どうやら、リンを狩ることができればレオナの弱点に指を引っ掛けることになるだろうという認識は、改めた方が良さそうだった。





 ◆





 ある程度知識を入れたら、次は観察だ。
 ルークは対象に気取られないように気をつけながら授業の合間にリンの姿を探した。リンは授業で使う資料などを運ぶために学園内を移動していることが多い。
 特に錬金術や魔法史などは教授陣がひとを使うのに慣れているのでリンが姿を見せる頻度が高いのだ。クルーウェルなどは、リンがちらりと顔を出すだけで一部の生徒が澄まし顔をするので、何でもない用事を言いつけるためだけにリンを呼び出すこともあった。

 ───いた

 広大な景色の中のとある一点を、ぼかしつつ注視する。事務室から、資料が必要になるような教授が利用する部屋までの最短ルートへ気を配っていれば、リンを見つけることは容易かった。
 リンは体の線が一目ではわかりにくい服を好んで着ているようだった。だが布の質感がカジュアルさを軽減させている。化粧も丁寧だ。良いものを使っているのだろう。
 リンの腕は細いながらにしなやかに動いた。指先は細く、美しかったが、普段から水仕事をしているからか、少し丸い。けれども力はあるようで、重そうな段ボールなども抱えて運ぶことに苦は無いようだった。
 おそらく、体幹がしっかりしているからだろう。リンはとにかく姿勢が良かった。
 とは言え、なにか武道の心得があるという訳では無さそうだった。それにしては筋肉量が少ないのだ。
 ただ、そこらの下手なモデルより、余程良いポジションを取って足を運んでいる。

 ───動きは機敏。所作も流麗。

 余程、指南役に恵まれたに違いない。両親か、それとも師か。
 造形はヴィルやエペルに及ばないかもしれないが、目を瞠り、感嘆に値するものをリンは持っているように、ルークには感じられた。
 同時に、ラギーの言葉も気にかかる。ルークは、これだけの人物なら、もしかすると早々に気付かれるのでは無いかと踏んでいた。それもそれで面白そうだと思ったのだが。

 ───もしかすると、こちらの視線に気付くほど聡くは


 ぐりん


「!」
 ルークは咄嗟に身を隠した。
 勘づかれた。リンは確かにこちらを見た。
 優しく細まる場面が多かった双眸をしっかりと見開かせて、眼光鋭くこちらを射抜いていた。

 ───トレビアン。まさか勘づかれるとは……

 高揚を押し殺し、胸中で賞賛する。そして呼吸を落ち着けて、ルークはそっと周囲を探った。ルークの他に気配は無い。
 そうして初めて、ちらりと顔を出して、リンが居た方へ視線を巡らせる。
 リンの姿は、もう既に廊下の向こうの方へ歩いていってしまっていた。間を空けずにリンが角を曲がり、姿が完全に見えなくなる。

 ───これは、気を引き締めた方が良いかもしれない

 ルークはまんじりとリンの消えた方を見つめ、静かに笑みを深めていた。





 ◆





 ───さて、どうしたものか。

 ナイトレイブンカレッジを一望できる展望台にて、ルークは至極楽しそうにしていた。
 あれから数度、リンを見かける機会に恵まれた。
 ルークはその度に気配を薄めて視線を他の生徒達の中に紛らわせて、リンのことを観察していた。リンにとっての隙だろう、間食にパンを食べているところや、仲のいい生徒と談笑しているところにも遭遇した。
 そして、その全ての機会において───

 ぐりん

 リンの視線に捉えられていた。
 その瞬間に出来うる限り姿を隠しているし、視線を外しているのでそれがルークだとは気付かれてはいないはずだが、こうも毎回だと自信を失くすどころか、楽しくさえなってくる。
 どうやらラギーの言っていたことは本当のようだ。リンは正しく強者であり、レオナやヴィルとは別の美しさを秘めている人物だった。

 ───さて、どう作戦を立てよう。

 狩りは勝負だ。初めから最後まで美しく在らなければならない命のやり取りだ。
 勿論この学園において本当に流血沙汰を起こすつもりは微塵も無いが、それはそれ、これはこれ。ルークの視界には、暖かな光が窓から溢れているオンボロ寮がしっかりと映り込んでいた。
 リンが居るだろう古い館を捉えた新緑が、ゆるりと弓形にしなる。

「よう、色男」
「───」

 世界から音が消え去った。
 耳元で響いたその声に。とん、と背中に当てられた鉄製の何かに。
 息が止まる。心臓が固まる。四肢が動くことを全力で拒否する。
「用があるなら直接言いな」
……
 聞き覚えのある柔らかな声は、いっそ冷ややかなほどに優しかった。
 たとえ、雑踏に混じって聞いたものだとしても。たとえ、遠く離れた場所で聞き拾ったものだとしても。
 ルークは決して間違えない。
 これは、リンの声だ。
「一度目は見逃した。二度目は多少の容赦をしてやった。結局つけあがったから、三度目もそいつに使っちまった」
……何の話だろう」
「もう仏はいねえって話だ」
 ごり、と背中に押し付けられるものがある。すぐ側で、整った顔立ちが凄絶に笑った気配がした。
「さて、どうする。ラストチャンスだぜ」
……
 最後の機会。これが。
……
 ルークは押し黙った。

 ───気にすることはない。

 気にすることはない。なんの事だと誤魔化してとぼければいい。何せ証拠は無い。背中に押し付けられているこれも銃のように見せかけた偽物だろう。リンから殺意は感じられなかった。
 リンがどんなに言葉を尽くそうが、勝算はある。気にせずいつものように笑顔でリンに向き直ればいいだけ。
 気にすることはない。

 ───気にする事はない、が。

 最後という言葉が心を揺さぶった。
 たとえ偽物だとしても、その威力を知る記憶がいやに心臓を逸らせて、判断を鈍らせる。
 許されるなら、肩で大きく息をしたい。呼吸を落ち着けて、思考を糾して───

 果たして、ルークの腕は、彼のトレードマークでもあるハットに伸びた。
Je suis désolé 失礼しましたMadame ・・・・・・
 くるりと踵を返し、帽子を取って胸に当て、ルークは優雅に一礼した。
「どうぞ御容赦を」
……
 怜悧な視線が突き刺さる。間違い無い、とルークは確信した。
 ルークは頭を上げずに言葉を続けた。
「二度と貴女を影から探らないと誓おう」
…………
 リンは、しばらく押し黙った。けれどもやがて、仕方がなさそうに嘆息した。
……ま、勘弁してやろう」
「Merci、Madame」
 顔を上げて姿勢を正し、ルークは恭しくリンの空いている方の手をとり、その甲に口付けた。リンは少しだけ眉を跳ねさせたが、それだけだった。
「ただ、私は美しいものを見ると、つい目で追いかけてしまうんだ。特に貴女は魅力ある方だからね、多少はお目こぼし頂きたいんだが」
「誰が上手いことを言えと言った」
 リンの手を離さないままつらつらと伺いを立てたルークを、リンはぴしゃりと叩きのめした。
「次に私が不快だと思ったら、それがお前の最後だよ」
 ルークの手から、リンがするりと身を離す。
……Oui! 肝に銘じよう」
 リンは最後にルークへ一瞥をくれると、すぐに踵を返して背を向けた。この場を離れていく歩みには、これっぽっちも迷いがなかった。
……なるほど、獅子の君が気に入るわけだ」
 ルークは心底から感嘆した。
 確かにこれは、狩りごたえのある獲物である。彼の弱点に成りうるなど、とんでもない。

 ───なんとも、今年は楽しい年になりそうだ!

 浮き足立つ心は、しかし不意に地に足をつけた。
 それにしても。どうしてリンは、ここにルークがいると分かったのだろう。
 後をつけられた可能性は低い。それならばルークは確実に気付く自信がある。
 はて、と首を傾げるルークにつられて、帽子の羽根も、ひょこりと揺れた。