桜霞
2022-10-01 16:53:31
33585文字
Public 【twst夢】フライパンは無敵
 

このストーカー野郎がァ!!

#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/07/07にpixivに投稿したものの再掲です。







 リンが目覚めたのは、それから数十分後のことだった。
…………
 苦しかったのが嘘のように消えている。ただ口の中に、薬のような、甘ったるいけれどどこか苦いという、よく分からない味が占拠していて気持ち悪い。
「気付いたか」
「、あ、はい」
 突然ぬっと目の前に整った顔が現れて、リンは思わず身を引いた。
「起き上がれそうか? 眩暈はどうだ」
「無いです……、起きます」
「ゆっくりでいい」
 差し出された腕に掴まり、背さえ支えてもらって、リンはそろりと起き上がった。とさりと軽い音を立てて見覚えのある毛皮のコートが裏返る。
「あれ」
 リンは自分を支えるクルーウェルと、自分にかけられていたらしいコートの間で、何度か視線を彷徨わせた。
「ここの毛布だけではいささか冷えるだろうと思ってな」
「それは……どうも……お気遣い、ありがとうございます……
「どういたしまして」
 クルーウェルはコートを膝掛のように整えると、傍らのチェストに置いてあった水瓶を傾けた。水を入れたグラスを手渡され、リンはそれを両手で受け取り、どうもと会釈して、ちびちびと唇を湿らせた。
「お前の同僚たちから話を聞いたぞ」
「はぁ」
「ゴーストの方にも事情聴取がされた」
……あぁ、はい」
 そう言えば自分は昼食を摂っていて倒れたのだとリンは思い至った。あれからどれくらい経ったのだろう、とリンは時計を探したが、視界に入る範囲に無かったので諦めた。
「結論から言えば、食事の方に混ぜ物は無かった。毒が塗布されていたのはフォークの方だ」
「毒」
「そうだ」
 リンは眉間に皺を寄せた。クルーウェルの話だと、食堂のリーダーゴーストはシロとなる。とすると、それらしい動機のありそうな容疑者はひとりしかいない。
「あのひとが?」
「そうだ」
「何故」
「それはこれからだ」
「捕まえたんですか」
「キングスカラーがな」
……!?」
 リンは今度こそ「訳が分からない」というように瞠目して顔を歪めた。混乱しているリンを他所に、クルーウェルは指示棒を揮った。爽やかな魔法の風が床を滑って何かを巻き上げる。
 クルーウェルがソラマメのような形をした銀トレーを風に向かって差し出した。ぱらぱらと音がして、やがて風が消える。膿盆の中を覗き込んで、リンは怪訝そうにクルーウェルを見返した。
……砂?」
「これが試験中であれば加点をこれでもかとやりたいぐらいなんだが」
「加点……? なに……?」
 一から説明してくれ、とリンの顔に文字が浮き出るかのようだった。クルーウェルは膿盆を横に置くと、「お前に盛られた毒だがな」と話を切り出した。
「正確には魔法薬だ。名をイオラムエイル」
 リンの脳裏で、水色の背景に白い毛のもこもことしたワンコが赤い首輪をして「ワオン!」と可愛らしく吠えた。
「イオンノワオン?」
「イオラムエイルだ。または人心正体収奪薬」
「なにて?」
「薬の名前はいい。要するに、服薬対象者の意識を奪い、正体不明にする薬だ」
「ヤベー薬だ、そんなもんあるんか」
「立派な医療薬だとも。そもそもの精製方法を間違えず、用法用量を守っていればな」
……
 つまりは、精製方法を間違えたその魔法薬を、用法用量など守られず、リンは摂取してしまったらしい。
「この魔法薬は字面の通りひとの意思を奪うものだ。初期症状として、まず意識を失う。その間に魔法薬が体に定着する。その後ほどなくして覚醒するが、それは体だけだ。脳みそは働かない」
 クルーウェルの講義は淡々と続く。リンは黙って話を聞いた。
「ぼうっとしている服用者相手に特定の呪文を用いて魔法を使う。すると傀儡の完成だ。靴を舐めろと言ったら舐めるし、死ねと言えば死ぬ。聞かれたことには真実のみを答え、愛せと言えばそのように」
……心をも操ると?」
「その通りだ」
 クルーウェルは顎を引いて頷いた。
「先程の砂はお前の様子を見にきた件のスタッフが魔法を使おうとしたのを、授業をサボりに来ていたキングスカラーが見つけ、魔法で変えたものだ」
 魔力の残滓が多少残っている、とクルーウェルは言ったが、その辺を知れるはずもないリンにはよく分からない。
「あれのユニーク魔法は等価交換の法則の元『砂に変える』という物質転換系の魔法だから使用可能対象は同じく物質限定なのかと思っていたが、」
「、先生」
「今回あいつは魔力で成立した魔法現象をも砂にして見せた。それも凄まじい速度と正確性でな、」
「話が脱線してます先生、」
「これはグラスに水が注がれる直前に氷にしていくような魔法とやっていることの原理的な概念は同じで───」
「分かった、教え子が優秀で嬉しいのは分かったから先生、あと現行犯逮捕なのも分かったから」
…………失礼」
「いいえ」
 クルーウェルは小さく咳を払って場の空気を取り繕った。
「で、そのひとは今どうなってるんです」
「地下牢で大人しくしてもらっている」
「この学園地下牢なんかあんの!?」
「なんだ、知らなかったのか。仮にも『城』なんだからあるに決まってるだろう」
 あそこから行けるぞ、とクルーウェルはなんでもない事のように言った。リンは地下牢についてはこれ以上言及することを控えることにした。
「それで、毒……魔法薬? は、今……
「俺が解毒薬を作って無害化した」
「ありがとうございました」
 リンは深々と頭を下げた。やはりと言うかなんというか、クルーウェルに世話になってしまった。
 彼の腕は、今のリンの体の軽さが証明しているようだった。
「成り行きだ。気にするな、俺のことはな」
「、?」
 レオナの方を気にしろということだろうか、と小首を傾げたリンに、クルーウェルは「問題はお前だ」と鋭く言った。
「私?」
「そうだ。何故学園長に解雇させるよう迫らなかった。お前ならそれぐらいの交渉など朝飯前だろう」
……それは……
 思わず視線を彷徨わせたリンに、クルーウェルは静かに嘆息した。
「お前はもう少し冷徹な奴だと思っていたが、どうやらそうでもないらしいな」
……解決策としては十分でしょう」
「だったらお前は今ここに居ないし、俺も授業をひとつ潰さずに済んだ」
「、」
 暗に不足していたと断定されて、リンは、ぐ、と喉を詰まらせた。
…………ひとの想いまではどうにもできません」
「出来るぞ」
 クルーウェルがくるりと指示棒を手の中で弄ぶ。かちゃりと魔法石が音を立てた。
「私は魔法を使えない」
「俺は使える。俺以外でも、ここに居る奴は皆」
「───銃でも持てと仰る?」
「魔法は銃より強い」
「どうだか」
「事実だ。無論、魔法士として一定水準の実力は求められるが」
……
「詰みだな」
 リンは努めて深く呼吸した。握り込んだ拳が、掌に爪を立てる。鋭い眼光に射抜かれて尚、クルーウェルは飄々としていた。
「お前は賢い。万難を排せないことぐらい、分かっているはずだ」
……
 クルーウェルの言う通りだ。だからリンは武装する。質の良い衣装と化粧で己が身を飾り立てて、そう簡単に倒れないどころか手酷いしっぺ返しを食らうかもと相手に思わせる。
 誰も助けてくれない、味方になってくれないのは、この世界でも、元の世界でも同じこと。リンたちにとっては、所謂自衛をすることこそが最大の防御であり、攻撃だった。

 ───……だけど、

 リンは唇を噛みしめた。
「何事にも限界はある。一人では特にな」
 クルーウェルの声が静かに降り積もる。

 ───……だけど、その通り。

 リンはとうとう俯いた。

 ───自分一人の身くらい、自分で世話できなくてどうする。私はもう、一人で立っていられる。

 自分のことは、誰にも頼らない。仕事や自分のこと以外では、一人の力などたかが知れているから仲間に頼る。それでも、自分自身のことは、自分一人でどうにかできる。

 ───どうにかしてきた。

 それはリンの揺るぎない自負であったし、強さの理由でもあった。

「上司以外にも頼るべきだった」
「誰に?」
 リンはすぐさまクルーウェルの言葉を突き返した。
「何に?」
 唇が震える。
 それまでリンがずっと心の奥底に押し込めて、封殺していた感情が、ごぽごぽと音を立てて溢れ出そうだった。
「私から。私達からすべてを奪った、この世界で?」
 クルーウェルはリンの言葉をまっすぐ受け止めた。

「俺がお前に何をした?」

「、」
 リンの目が見開かれる。彼女の瞳は、とっくの昔に罅割れていた。
……ごめんなさい」
 ややあって、リンはぎこちなく瞼を伏せた。
「八つ当たりして、……助けてもらったのに」
 今にも消え入りそうな声音だった。クルーウェルはそっと手を伸ばしてリンの頬に触れた。
「構わんさ」
 こちらを向くよう、言葉少なに促す。リンはどこか気後れしつつも、クルーウェルの掌に従った。
 二人の視線が絡み合う。
「そういうことでもあるだろう。頼るというのは」
 彼の双眸に、存外優しい光が宿っていることに、リンはようやく気が付いた。
……
 ゆるゆると見開かれた瞳が細かに揺れる。かと思えば奥歯が食い縛られ、きゅうと唇が寄り、眉が情けなく垂れ下がった。リンのそんな表情を見て、クルーウェルはとうとう頬を緩めた。
「強がる相手は選ぶことだ」
……だって、あんたは」
「お前の何かでいる必要が? それとも同僚では不足か?」
 クルーウェルが腕を広げる。リンは顎を引いて、くしゃりと顔を歪めると、「ふそくじゃない、」と呻くように絞り出した。
「そうだろう」
「うううぅ」
 リンの体は、クルーウェルの腕の中にすっぽりと収まった。逞しい腕が背中を覆って、大きな掌が肩を包み込む。
 全身を抱き留められる安心感に、リンの目尻からころりと雫が零れ落ちた。
……助けてもらってばっかり……
「お前は十分よくやっているさ」
……
 静かな囁きが、しんしんと染み込んでいくようだった。リンは小さく躊躇いつつも、結局はクルーウェルに甘えて、彼の逞しい体躯に擦り寄った。
 応えるように、抱き締める腕が強くなる。
 リンは何度か瞬いて、スンと鼻を鳴らした。
……今度お礼しますね」
「気にするな。役得だった」
「役得?」
「どうしてもというなら貰ってやるが」
 顔を上げたリンに、クルーウェルは至近距離でにっこりと微笑んだ。何かを敏感に感じ取ったリンが、どこか目を据わらせる。
……じゃあ、今度ご飯にでも」
「そうだな。お前の体に返礼してもらうか」
「はっはっは、こやつめ、はっはっは。ハイハイ、」
 リンは体を捻ってクルーウェルの拘束から腕を引き抜くと、力強く中指を立てた。
「頑張って働かせてもらいますよ」
 にこり、とリンが口角を引き上げる。クルーウェルは何も言わず、ただ笑みを深くした。
「、え」
 大きな掌がするりと中指ごとリンの手を包む。リンの小さな拳は、抵抗する間もなく有無を言わさぬ力で握りしめられた。

 ───あ、手袋、してない、

 仄かな熱を感じて、リンは初めてクルーウェルが素肌を晒していることに気がついた。
「は、!?」
 呆気に取られていると、前髪越しに、額へ柔らかな感触が押し付けられる。リンは息を呑んで、思わず首を竦ませた。後方に引こうとしても、クルーウェルのもう片方の腕がそれを許してくれない。

 ───これ、まずいのでは、

「は、ちょ、」
 リンが制止をするより早く、クルーウェルがリンの鼻筋に唇を寄せた。リンは思わずぎゅむりと目を瞑って、クルーウェルから逃れるように、すぐに顔を背けた。
「、っ!」
 直後、首筋へと吸い付かれ、リンはひゅっと喉を鳴らした。
 反射的に開いた瞼の先で、視界がぼやけている。だからなのか、それとも零距離故か、クルーウェルが熱のこもった鋭い視線を投げかけているのが、嫌でも分かる。

 ───なに、なんで、こんな、

 クルーウェルの熱につられて、頬に熱が集まっていくのが分かる。喉が震えて、体どころか、指先にだって力が入らない。リンはとうとう、喘ぐように呼吸した。
「せ、先生、」
 そうしてどうにか、言葉を絞り出す。
 クルーウェルの動きがぴたりと止まった。
……
 リンは、気付けば荒くなっていた息を、どうにか落ち着かせようと必死に呼吸した。
 次、次は何を、と頭の奥の方で声がする。
「それで止めたつもりか?」
「っ───!」
 存外近くで囁かれて、リンはびくりと肩を跳ねさせた。
「お前は、俺の仔犬ではないのに?」
「、」
「正直、唆られる」
 甘い、甘い、とろけるような囁きだった。たったそれだけで、全ての力がごっそり抜け落ちてしまうような、麻薬のような声だった。
 はく、とリンの唇が戦慄く。
「煽られているのかとさえ、思う……
……っ、バカ!!」
 どん、と殴られたクルーウェルの胸板が音を立てる。クルーウェルはそれ以上進むのをやめて、静かにリンから体を離した。
 リンの肩は、何度も大きく上下していた。可愛そうなくらい、顔が耳ごと真っ赤になっている。朱色に染まった首筋は、色気が匂い立つようだった。
 きっ、とこちらを睨みつける瞳も潤んでいて、───クルーウェルは、頬が緩むのを堪え切れなかった。

 ───なんともまぁ、いじめ甲斐のある。

「っ───、か、からかうのも、いい加減に、」
 それをどう受け取ったのか、リンが肩を怒らせて何かを言い募ろうと何度か口をどもらせた。
「そういうところなんだがなあ」
「クルーウェル!!」
「デイヴィスで構わん」
「、は!?」
 目を剥くリンを、クルーウェルはあっさり解放した。そうして立ち上がり、皮手袋に手を通す。
「今日は勿論もう帰って構わんが、大事を取って、明日は休め」
「へっ?」
「学園長には俺から言っておく。奴の処遇がどうなったかは後日伝える」
 リンの膝にかけてあったコートを「失礼」と言って取り上げて、クルーウェルはそれを一息に翻し、慣れた仕草で袖に腕を通した。
「生徒には伏せるが、キングスカラーにはある程度伝える。曲がりなりにも立役者だからな。さて」
 最後にぴしりと指示棒をしならせて、クルーウェルはリンを見降ろした。
「何か質問は」
……
 雰囲気があっという間にがらりと変わった。これは、仕事をしているときのクルーウェルである。
 リンはぽかんと呆けていた口を閉じた。そうして少しの間逡巡し、結局「ありません」と唸るようにしていった。
「よろしい」
「ありませんが、あの。今日は、本当にご迷惑をおかけしまして。……ありがとうございました」
 リンが、今一度丁寧に頭を下げる。彼女が顔を上げると、クルーウェルはただ静かに微笑んでいた。
 その双眸が映す光は柔らかい。リンも小さく安堵して、肩から力を抜いた。
「では、失礼。お大事に」
「はい。失礼します」
 踵を返したクルーウェルの気配が颯爽と遠くなっていく。リンは革靴の足音が聞こえなくなって、ようやく肺の底から息を吐き出した。ついでに脱力して、そのままベッドにころんと四肢を投げ出す。
…………弱ぇなあ……
 ぽつり、呟いた言葉は存外響かなかった。

 ───力がない。圧倒的な力が。他者を跳ね飛ばし、捩じ伏せるだけの力がない。

 ───欲しいのか。それがあれば解決する?

……

 いや、とリンは瞑目した。

 ───力があるだけでどうにかなるなら、世の中もっと単純だ。

 賢しくあろうと決めた。過去に味わった青春で、己は持たざる者だと痛感した。
 才覚も、血のにじむ努力も、天恵も、自分には無い。

 ───いや。

 再び否定する。

 ───無いと言うのは卑怯だ。私はそれを得る道を選ばなかったに過ぎない。

 逃げた。己が身可愛さに。そうしなければ、我が身を顧みなければ傷つくひとがいると言い訳をして。
 だからきっと、そこにリンの誇りは無い。

 ───私の誇りは、生き様にこそ。

 強かに生きる。たとえすべてを持ち得ずとも。
 それでも世には持たざる者達が溢れ、強かに生きている。
 そのようにあろうと決めた。
 自分が自分がと、張り切るだけではだめなのだ。
 それではかかる負担に耐えられない。いずれぽっきり折れてしまう。
 雪の重みに耐える木々のようにならなければ。真冬の裸木ほど、美しくしなやかなものも無い。
 真の強さとは折れぬこと。折れぬこととは、同じ力で真っ向から反発することでも、ただひたすら耐えるだけでもない。

 ───情けない。

 ふと、自嘲する。脳裏には、困ったようにこちらを見上げる、この世界で唯一の同胞にして、リンが守るべき、いや守りたいと思っているユウがいた。

 ───そりゃ、自立を急ぐはずだ。

 たおやかな木々は雪を滑り落とす。
 雪はやがて溶けて水となり、川となり、海となり、姿を変える。

 ───頼られるばかりが強さじゃない。

 斯様に在ろう。何があっても、大丈夫なように。
 ユウのために。なにより、己のためにも。

 リンは、ゆっくりと瞼を押し上げた。