何も食事中、しかも空腹を大いに刺激する香ばしい豚肉の匂いを思いっきり吸い込み、いざ頬張るべくあんぐり口を開けたのを見計らって雲一つない晴天が俄かに怪しくなったかと思いきや──。
「マジかよ」
轟く紫苑の雷鳴と目が眩む衝撃の速さに半ば回避行動を取ること自体諦めたマウイは溜息まじりに毒吐き、恨めし気な視線を遥か彼方の空にいる神々に投げ掛けたのだった。
体全身を駆け巡るどこぞの海賊が愛用する神経毒とは違う痺れ。大凡激痛とは言い難い奇妙な感覚は、自分の意思に関係なく世界がどんどん高く伸び、窮屈に内側へ押し込められたことでやっとマウイは神々の気まぐれな悪戯に目元を掌で覆い呻いた。
怪訝そうな顔に出そうになる興味津々の気持ちを抑えつつモアナが隣に座っている相手の顔を覗き込む。
「これも呪いってわけ?」
「呪いっていうより戯れに近いな。それもかなり性質の悪いやつだ」
隠す気が毛頭ない不貞腐れた面持ちで豚肉を鷲掴み咀嚼して腹に収めるをくり返す。全くもって遺憾の意を示すように落雷の痕跡が残る場所でわざわざ食べ、焼き焦げた臭いが潮風に攫われても肺の奥に留まる残り香にまた顔を顰めた。
その幼い子供染みた態度を取り続けるマウイは──、現在進行形で興奮と好奇心に満ち溢れた目でマウイとタパを交互に見ては忙しく描き込むモニを苦虫を嚙み潰したよう顔で睨みつけた。
「おいやめろ。今の俺をスケッチするな」
「大丈夫! どんな姿でもイカしてるよっ!」
モニの熱視線の熱量に未だ慣れない。慣れる気配がない。モニが色々な角度から観察してくるたび居心地が悪くなって随分縮み小さくなってしまった体を更に丸め隣に腰掛けているモアナの方へ体を傾けた。
躍動感溢るる筋骨隆々の体がまだそのままの形態を保って縮小されたならばどれだけ良かったか。あろうことかモアナの妹シメアと同じ年齢の子供にまで若返ってしまい神の威厳も悉く子供サイズ。鍛え抜かれた筋肉は今や子供特有の柔らかくて庇護欲を誘うものにすり替わっている。
されど、せめてもの救いかあるいは高度な嫌がらせか体に刻まれたタトゥーと釣り針消失は免れた。
「タトゥーもそうだけど、釣り針も小さくなって可愛いっ」
ミニ・マウイも今やミニミニ・マウイなってしまい、軽く握った手を頬に当てはしゃぐモニを見るマウイの目はとことん熱が無い。
「まだ気が狂うくらい生臭い場所に吊るされていた方がマシだなこりゃ」
がぶり寄ってマウイを描くモニを押し退け、しげしげと子供になったマウイを頭の天辺から爪先まで見ていたロトが腰に手を当て問い掛ける。
「それにしても、これってどういう事? 姿形を変える延長線みたいなもん?」
「釣り針を使って変身するのとは訳が違う。こいつは……半強制的に時間を巻き戻されたってとこさ」
「だったら神さまの頭も”若返って”なきゃおかしくない?」
「さあな。それこそ”神のみぞ知る”ってやつだろ」
指先に付着していた豚肉の欠片を行儀悪く舐めとる。味付けが申し分ないだけに万全の姿で食べたかった悔しさが込み上がって唇が尖りに尖った。
ぶすっとした表情で随分短くなった腕で腕を組む今のマウイはモトゥヌイにいる子供らと何ら変わらない。唇をブーっと震わせる仕草を見下ろしていたケレがぼそり「これなら私の方が年上だな」と呟いたのをロトが「たしかに」と至極納得した表情で頷いた。それがまた癪に障るのなんのって。大層怒りを込めた目で睨んでも誰一人狼狽えない狼狽えてくれる気が一切ない。
マウイが盛大に溜息を吐き苛立つ気持ちを宥めていれば、すぐ隣から注がれる視線に気付き最近では滅多にしない相手を見上げるため顔を上げた。
「随分楽しそうだな巻き毛ちゃん」
「ごめんなさい。だって今のあなたへそを曲げたシメアにそっくりで」
嘲笑ではない純粋に愛おしい者を見つめる慈しみに満ちたモアナの眼差しに一瞬張っていた力を緩めるも即「まだ機嫌直っていません」とばかりに腕を組み直し彼女から視線を逸らした。
だが、普段の身長差ではまずない、されたことすら殆どない頭を撫でられる優しさに呆気に取られたマウイが微笑んでいるモアナを見上げている間に、流れるような動きで抱っこされてしまった。それはもう慣れた所作である。
「待て待て待て。いいかモアナ、こんな姿になっても俺は5000歳のデミ……」
マウイの続けざまに言いたかった主張は舌の上に乗らず喉奥に帰っていった。
澄み切ったモアナの目に宿る純粋が遠い遠い昔に諦めていた【子】の感情を呼び起こす。決して落としやしない腕の優しさ。運ばれ揺れる安堵感がマウイの気持ちから棘を抜き去り最後は短い手足でキュッとモアナにしがみ付き間近まで来ていた微睡みに身を委ね目を閉じた。
安心する揺れが、柔らかな息遣いが、あたたかなぬくもりがマウイを子供に戻していく。
つい癖であやしてしまったモアナが抱っこする前よりも重くなったマウイに小さく笑い掛け、モニとロト、ケレに目配せしたあと、静かな足取りで昼寝をするのに持って来いな茅葺屋根の小屋へと歩を進め、そんなモアナとマウイを三人は静かに見送ったのだった。
「やっぱり子供になってんじゃん」
「流石のお前も空気を読むんだな」
「うん。あとでモアナからどんな寝顔だったか聞いて描くんだ」
「聞かなきゃよかった」
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