紫輝
2024-07-06 14:50:01
13146文字
Public リオヌヴィ
 

【リオヌヴィとフリーナ】カスミソウの花束を君に【原神】

公爵にエスコートされながら不慮の事故で閉じ込められた遺跡からの脱出を試みていたらリオヌヴィが両片想いである事を知ってしまいもだもだする、心の声が賑やかなフリーナの話です。
セスリ殿とフリーナちゃんの組み合わせに兄妹みを感じてにこにこしている人間なので前に指定のペアで秘境に入るイベントで二人で出てきて拍手喝采しました 仲良くなれると思うので是非仲良くなってほしい…



 ――時は少し遡る。
 嵐の前の恐ろしいほどに凪いだ海のような、言葉にし難い胸騒ぎを感じさせる背をリオセスリは追っていた。先に目にしたヌヴィレットの顔が頭から離れない。常々心の機微が分かりにくいと評される彼だが、よく見れば感情が動いているのがわかる。定例会議の後のお茶会で見せてくれる力の抜けた表情や敵対生物に対した時のきりと跳ね上がる眉なんかがそれだ。今のように感情の欠片すら読み取れない無表情を見たのはその知遇を得て初めてだった。彼自身の浮世離れした美貌も相まって人ならざるものの風格を強く感じさせるそれは、リオセスリ個人としてはあまり目にしたいものではない。
「君の先ほどの言はなんだ」
 何が彼から感情を削ぎ落としたのだろうか。沈めていた思考を、萃凝晶のように澄んで硬い声音が切り裂く。いつの間にかヌヴィレットは足を止めていた。
 先ほどの言、とは何のことだろうか。脱出を果たしてから彼と交わしたのはたった一言だけだ。
「あんたの言う「先ほど」がついさっきを指すなら、どこに問題があったのかも含めて指摘してもらえると助かる。すまないが心当たりが全くないんだ」
 軽く両手を上げて肩を竦める。負傷の原因を問われたから要因を答えて。大切な少女は無事だと追加情報も添えた。あれ以上何を言うべきだったのか、皆目見当もつかない。
 結果として無傷で済んだものの少女を危険に晒したことに代わりはないから、であれば誠意を持って謝罪するし、時をかけ過ぎたと言うなら自分を買い被りすぎだ。認識を改めてもらう必要がある。評価してくれているのは嬉しいけれど。
「私の言葉が足りなかったのかもしれない。それは認めよう。しかし通常ああいった場所で口にするべきは自らの安否ではないのか」
「うん?」
 くるりと返ったヌヴィレットは眉を寄せていた。その唇から落ちた言葉が予想外すぎて意味を理解するのが一拍遅れる。
「君は私を余所者でないと説いたその口で私を余所者扱いするのか」
 その思考停止をどう取ったのか、彼は自身が司る水の如く滔々と紡ぐ。少々迷子になりかけている言葉達を。
「君に声をかけたのが旅人やシグウィンであったなら、君はあのような返答をしなかったのだろう」
 彫像のような美貌にじわりと感情が滲みだす。怒り、いや、悲しみ、あるいはその両方、だろうか。初めて見る表情だった。彼のかんばせに浮かぶ類のそれとしては。
「わたし、には! 心配すら、させてくれないのか?」
 震えた声が尻すぼみ、しなやかな両の手が胸元を掴む。その手を守るグローブの装飾と狼のエンブレムが触れあって、ちりりと音を奏でた。
 割と真面目に時間が欲しい。少しで構わない、この状況を咀嚼する時間を。リオセスリは脳内で天を仰ぐ。まるで自らの抱いている妄想の純度を高めて改めて供されたような――あまりにも都合の良すぎる状況が目の前にある。もしや先ほどの矢に何らかの毒でも仕込まれていたのだろうか。
「私が君を心配する理由が必要なのか」
 ヌヴィレットの言葉は止まらない。まるで萎れるように俯いた彼からぽつりと落とされる呟きにいよいよ慌てる。
「待て待てヌヴィレットさん」
「好きだ」
「は、」
 一度落ち着いてくれ。言うつもりだった言葉は、その声が紡いだ三文字の前にただの吐息に変わってしまった。
「君が愛しい。君に傷ついて欲しくない。君の職務を考えれば詮無いことを言っているのはわかっているが、君には健やかでいて欲しいのだ」
 シャツに皺を作りながら、どこか必死さの滲んだ声が言葉を紡ぐ。真っ直ぐにこちらを見つめてくる暁の中に己と同じ炎を見つけてしまってどくどくと鼓動が走った。誰だこのひとには恋愛的な心の機微が理解できないとか言った奴は。俺だよ。心中で、天を仰いだ頭を今度は抱えて呻く。
「そ、うか」
「これをもって私が君を心配する理由とさせて欲しい」
 ある意味正しく訪れた――己の胸中に、であったが――嵐を制しながらの返答はどうにも格好がつかないものになってしまって密やかに落ち込むリオセスリを他所に、言い切ったとでも言うようにどこか晴れやかな表情を浮かべるヌヴィレットの様は稚くて驚くほど可愛い。
「あー、ヌヴィレットさん」
「まだ何か?」
 どうも都合のいい夢ではなさそうだとようやっと現実を受け入れて呼んだ名に反論は許さないとばかりに睨まれる。力が入りすぎているのか小刻みに震えている手に己のそれを添えて笑った。
「いや、俺も好きだと伝えておこうかと」
 否やなどあろうはずもない。言うつもりはなかったとか、だけどこの機会 チャンスは掴んでおかなければならないと思ったとか、そんなことを今口にするのはきっと野暮だ。
「は? ……は?!」
「あんたのそんな顔初めて見たなぁ」
 ぱちり瞬いて丸くなったアメジストは言葉通り宝石のようだ。うろうろと視線が彷徨い、口が開いては閉じ、長い睫毛が せわしく羽ばたく。このひとの百面相なんて初めて見たしどの表情 かおも綺麗だななんて湧いたことを考えながら、ヌヴィレットの次の言葉を待った。
「君は私が好きなのか」
「そう言ったつもりだったんだが」
 階調の瞳が漸くこちらを見たと思ったら放たれたのはまるで法廷で事実確認を行うときのような淡々とした問いだった。とても告白を受けたとは思えないが、こちらも情緒も何もない伝え方をしてしまった自覚があるので何も言えない。
「そうか。そうか」
 じわり、と。角砂糖に紅茶が沁みるように、その美貌に笑みが滲む。――うれしい。するりと襟元から滑り落ちた手が鼓動を感じ取ろうとするかのように彼自身の胸に添って、ぽつりと言葉がこぼれ落ちた。このひとが奏でるその単語にこんなに破壊力があるなんて知らなかったし、知ったのが今で良かった。一度でもこれを見て、聞いてしまっていたなら諦めるなんてできなかっただろうから。
 降って湧いた幸運と幸福を噛み締めていたリオセスリは、だからヌヴィレットの言葉を聞き逃した。――「であれば許されるだろうか」。
「おわぁ?!」
 不意に頬を撫でていった湿った感触に思わず情けない声を上げてしまったが、誰だって負って間もない傷を舐められればそうなると思う。
 「そう」した本人はと言えば、ぐ、と眉を寄せてリオセスリの肩口に顔を うずめてしまった。その特徴的な耳は僅かに赤い。
「傷は。舐めておけば治ると、聞いた」
 どこからの情報だろうか。彼がこうして躊躇いもなく実践に移すくらいだから愛らしき隣人たちの誰かだろうか。旅人の線も頭をよぎったが彼はヌヴィレットの危うさを知っている。事故が起きそうな豆知識を彼に吹き込むような事はしないだろう、それを意図していないのであれば。
 まあ今現在情報の出所は重要事項ではない。それよりも。
 自分でやったことに自分で照れないで欲しい。こちらまで恥ずかしくなってしまう。まあ彼がしれっとしていたとしても羞恥はあっただろうけれども。
 どうやら自分が思うよりもヌヴィレットは情緒豊かだったらしい。
 遺跡の外で再会してからこっち、一頻り突っ走って遅れてきた羞恥心に頭を抱えるあまりにも可愛いひとの背にそっと腕を回す。
 拒絶がなかったことに安堵して、ふと考えた。フリーナに報告は必要だろうか。


『この間はありがとう。ヌヴィレットをよろしくね』
 後日フリーナから届いたお茶会への招待状とカスミソウの花束には、そんなメッセージカードが添えられていた。