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紫輝
2024-04-06 08:36:40
5053文字
Public
リとヌと御仔の話
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【リオヌヴィ+モブ(ヌ様不在)】その日廷内に月虹がかかったと孫からの手紙で知った【原神】
セスリ殿と要塞に遊びにきた息子と二人を見守るベテランお爺ちゃん看守の話。限りなく純度の高い夢です。
「疲れた時はね、推しカプに幼児を添えてごらん。心が安らぐよ」っておばあちゃんが言ってました。ありがとうおばーちゃん
1
2
某日、メロピデ要塞・公爵の執務室である。
いくつかの案件について、関連する書類を前に公爵その人へ裁可を仰いでいるところであった。
「続いてC地区の件ですが、」
「待った」
不穏な動きの見られる一団が確認された地区に関する報告を遮った公爵の視線がちらりと室内のドアに向くのに、机に広げていた書類を別のそれと差し替えて口を噤む。
キィ、とドアが鳴いて。
「ぱぁぱ」
ドアが開くと同時にあどけない声が響く。向こう側に立っていたのは声に相応しい
幼仔
おさなご
だ。人離れした美貌と背にかかる銀の髪は水の上を統べる彼の方の仔なのだと思わせるが、その銀糸の中に混じる一房の漆黒は目の前の公爵の血も継いでいるのだと雄弁に語る。小さな手で目を擦る幼仔の細腕には黒い狼の
――
犬と呼ばれると幼仔はぷりぷりと怒る
――
ぬいぐるみが大切に抱えられていた。
部屋から出てきた幼仔は、ぺたぺたと足音を鳴らし一直線に公爵へ向かっていく。のす、とその膝へ上半身を預ける幼仔の頭を撫でて、公爵が笑った。
「おはよう」
「おぁよう
…
」
まだ眠りの世界に片足を入れたままのような舌足らずな挨拶を公爵へ返した幼仔が、んしょ、と可愛らしい掛け声と共に膝へよじ登るのを、公爵は笑みを深めながら手で支えてやっている。
無事に登頂を果たし、据わりの良い場所へ収まって満足げに鼻を鳴らす幼仔の愛らしさについふふと笑ってしまった。世界の美を体現するような見目も、それを持つのが幼仔であれば可愛いに天秤が傾くのだから不思議だ。
「おしごとおわった?」
今まさに「お仕事」の広がっている机には目もくれず、幼仔は公爵を見上げる。恐らく自分と同じことを思っているのだろう公爵がくつくつと肩を揺らして首を振った。
「残念だがもうちょっとかかりそうだ」
ごめんな、と頭を撫でる手に気持ち良さげに身を委ねていた幼仔が不意に肩を落とす。
「きょうもおうちかえってこない?」
とうさまが寂しいって言ってた。ぼくも寂しい。
しょんぼりと眉を下げるその顔にひどく胸が痛む。ここにいるのが部下だったならさっさと帰れと言うところだが目の前にいるのはこのメロピデ要塞の最高責任者である。進言ならできるとは言え、この人が本当に今必要だと判じたタスクを置き去るとは思えなかった。
「アルバート君」
「はい、公爵」
「俺が前に帰ったのはいつだったかな」
「一週間前と記憶しておりますが」
幼仔の言葉に見開いた目をゆっくりと瞬いた公爵がじいとこちらを見て問うてくるのに答えると、公爵はぐしゃぐしゃと頭を掻いて天を仰ぐ。その唇から呻き声としか表現しようのない声を上げながら。
そんなに経ってたか、やらかしたな、悪い癖が出た
――
一通り自戒の言葉を呟く公爵に、無理もあるまいと思う。人生の半分ほどをここで過ごしている人だ。ここで寝起きしたからと言って体内時計が狂う事もなく、数日やそこら陽の光を目にしなくとも精神に変調が出る事もない。要するに慣れているのだ、メロピデ要塞で過ごすことに。この人が水の上へ居を移して数年になるが、身体は自然と元の環境に適応してしまうのだろう。そこに押し寄せる仕事を添えれば「数年前の日常」の完成である。幼仔の一言がなければ今手元にある仕事の全てが片付くまで公爵が帰宅することはなかったかもしれない。
「C地区の件はまだ様子見でいい
…
生産ラインの件は今日でなくてもいい
…
闘技場の新企画の件は
…
待たせるか
…
」
それはもう深く深いため息を天井へと吐き出した公爵が仰向いたままぶつぶつと呟いて、よし、の
二文字
ふたもじ
を最後にこちらへ向き直る。
「これを済ませたら帰ろうと思うんだが」
こつりと机を鳴らす指の下の紙面はパイプの配線図だ。計器のいくつかが水漏れを示唆する数値を示しており、早急な対応が必要と思われる案件だった。
「了解致しました。お任せ頂けるなら我々だけで処理いたしますが」
「いや。問題のある部分を確かめておきたい。事前の対策に繋がるところがあるかもしれないしな」
気持ちだけ貰っておくよと首を振った公爵は、膝上の幼仔の頭を撫でる。
「お前が迎えに来てくれたおかげで今日は帰れそうだ」
「とうさま」に菓子でも買って行こうと思うんだが何か案はあるかい?
ぱちぱちとすみれ色の瞳を瞬いた幼仔が、おかし、と呟いて。
「ゼリーがいい」
逡巡も見せずに口にする。お目当ての品があるのだと言うように。ゼリーかぁ、と口元に手をやる公爵の中では、ゼリーを扱っているパティスリーの名が浮かんでは消えているのだろう。
「あのね、りんごジュースとってあるの。パパにゼリーつくってもらう」
にこ、と幼仔が笑い、言う。世界に存在する愛らしさと可愛らしさを溶かして混ぜて一つに固めたようなそれを真正面から受けた公爵が、その精悍な面差しをゆがめ喉奥で唸った。
「水龍ってやつはなんでこう軽率に俺をコロしに来るんだろうな
……
」
「ははは、父冥利に尽きますな」
最近の幼仔はモンドのさるワイナリーが手がけるりんごジュースが気に入っているのだと、他でもない公爵から聞いていた。この年頃の子だ。いくらでも口にしたいだろう『お気に入り』を、「取っておいて」「その手でゼリーにして欲しいとねだる」、その時点で幼仔がどれほど父たる公爵を慕っているのか手に取るようにわかろうものだ。親子睦まじくて何よりと、幼仔の銀髪をくしゃくしゃとかき混ぜながらため息混じりに呟く公爵に肩を揺らす。
「リクエストに答えるためにもさっさと終わらせないとな」
「では該当箇所の特定からですな。センサーの設置はどこに?」
「そうだな、水の流れが
――
」
「パパ」
この方向だから、と公爵が指を滑らせたところで、愛らしい声がその人を呼ぶ。ん? と、すぐさま幼仔へ向く瞳に、アイオライトが煌めいて。
「お水のながれなら、ぼくわかるよ」
発された言葉に二人、顔を見合わせる。そういえばこの幼仔は水龍の
裔
すえ
であった。当たり前すぎて忘れていた事実に二人して気づき、どちらからともなく頷き合う。
「水漏れ位置の特定が加速しますな」
「優秀な息子がいる幸運に感謝だな」
「修理を急がせましょう。若様とヌヴィレット様に公爵様を返して差し上げねば」
古今東西、親を求めて寂しいと肩を落とす幼仔の様は大人の胸を揺さぶるものだ。それが敬愛する上司の子であれば尚更だった。偶然とは言えこの人が幼仔と同等に、掌中の珠の如く
愛
いとお
しんでいる伴侶の様子まで伝え聞いてしまえば迅速な業務の遂行のために気合を入れる以外の選択肢など自分にはない。
「急がなくていい。確実にやってくれ」
「貴方の育てた技術者ですよ。手早く正確には皆の持つ技量です」
こそばゆそうに顔を顰めて、けれどそんなことを口にして首を振る公爵にふふんと鼻を鳴らす。こういうところが信を置けるのだが、この人はもう少し素直になってもよいと思う。普通の男であれば今すぐ全てを投げ出して帰っているところだろうに。こういうところが。信を置けるのだが。
「俺は優秀な部下にも恵まれたみたいだ。そういう事なら期待させてもらおう」
観念したように肩を竦めて、先に言葉にし難い思いをぶつけたのだろう幼仔の乱れた銀髪を手櫛で整えた公爵が立ち上がった。見え方の変わった世界にきゃあと無邪気に喜んだ幼仔が小さな頭を傾ける。
「おでかけ?」
「ああ。手伝って欲しいことができたんだが、一緒に来てくれるか?」
「おてつだい! する!!」
跳ね上がる声が可愛らしい。父親に頼られるのが嬉しいのだろう。広げた図面を畳みながら表情が緩むのを止められない。ああ、睦まじい親子とは良いものだ。
「ありがとな。助かるよ。終わったら一緒に帰ろうな」
「
…
! うん!!」
幼仔に尾があったならぶんぶんと振られていたことだろう。きらきらと瞳を輝かせ、興奮に頬を赤らめて服に皺を作る小さな手を見つめてやわらかに笑う公爵とその腕に抱かれた幼仔について執務室を出る。
「これでパパのおしごとおしまいなの。いっしょにかえるんだよ」
幼仔の感知の才とその一言で全てを察した技術者達の跳ね上がった意欲と熱意により類を見ない速さで件のパイプの修理が終わったことは語るべくもないだろう。
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