砂嵐に雪が混ざり、暗緑色の建物に叩きつけてルビコン3の大地の色に染め上げる。砂嵐後に始まる掃除の準備を整えたMTの足元で暇を持て余した人々は折り目が目立つカードでゲームに興じている。断熱材でも弱まらない荒らしの音をかき消す歓声をあげる彼らがその身にまとう制服は赤いエンブレムがプリントされている。
砂嵐も歓声も届かないベイラムグループの戦闘部隊、レッドガンのベースキャンプの地下ではこれから行われる作戦のブリーフィングが行われている。
「――そこで、ライガーテイルで工廠中央線路を切り開く。後続の工兵部隊は速やかに線路沿いの工場内部へ展開せよ」
スクリーンに表示される矢印をミシガンの太い指がなぞる。
「MT部隊、お前らは空き缶程度には役に立つぞ。頭でっかちの小鳥の指示に従って放戦線が持て余している設備を無傷で確保しろ。我々が勝利する最後の時まで有効活用するのだ!」
白い髭で囲われた口は要所を強調した勇ましさあふれる語気で作戦を語った。
隊員が持つ薄型タブレット端末にはそれぞれの担当と施設の詳細な情報が表示されている。
ミシガンが率いる社会科見学に色めき立つブリーフィングルームの一番後ろから中指が高く掲げられる。
「せんせートイレ」
レッドガンのACパイロット、G5イグアスだった。ルビコンでもセットを欠かさなかった金髪は乱れている。前髪が顔を半分隠しているが、その下の不服と苛立ちの表情を隠しきれていない。
「ここにはお前の先生もトイレもない!あるのはお前の戦場だけだ。クソをするならまずその口から出せ」
「ああ、出してやんよ」
イグアスが中指の代わりにタブレットを掲げて立ち上がる。
「わざわざこんなちんけな作戦に俺を指名するなら、スナイパーライフルを使わせろ」
イグアスの担当はミシガン達が侵攻する線路を挟む工場の屋上に設置された敵戦力の破壊だった。通常武装での出撃の指示が入っていることから、レッドガンAC乗りの末席G6レッドどころかMT分隊1個で十分な内容だった。
「ここに無い棒で弾が撃てたらG1の番号を与えてやる。できないなら使い慣れた相棒で役に立て」
遠距離への高精度射撃を求められるスナイパーライフルは大気圏突入時の熱変動と着陸時の衝撃で砲身が歪む。わざわざルビコンに持ち込んだ貴重な設備と人員を割いて大して精度が上がらない修正をするならば耐久性の高い武装を大量に輸送する方がコストパフォーマンスがいい。
「ケッ、てめえが狭い通路で花火まき散らして遊んでいる間。オレは自由にやらせてもらうぜ」
「そうは問屋が卸さないぞイグアス。お前にオペレーターをつける」ミシガンが演台のコンソールを操作する。「紹介しよう。ハンドラー・ウォルターだ」
「は?」
「以前、ガリア多重ダムの件で世話になったな」
作戦の概要が映されていたスクリーンに紐を握りしめる人の手をモチーフにした白黒二色のシンプルなエンブレムが表示される。
「野良犬野郎に餌付けしている耄碌ジジイかよ」
予想を大きく外した驚きと理解が及ばないミシガンの人選にイグアスの頭が痛くなったような気がした。とりあえず現実を受け入れようと椅子に掛けた。
「G5イグアス、君との作戦はあいつの良い刺激になった」
「……おう」
言葉に反応をせず、目標に向かって引き金を引くだけの第四世代型強化人間という名前の生体コンピューターへの良い刺激とは何だったのか。少なくとも壊れた機械に与えられるババアの斜め45度からの殴打より効果があるようだ。
それで特許を取って目障りな野良犬を連れて消え去れとののしりたかったイグアスだが、最近悩ませている不眠のせいで気力は削がれていた。
「金には代えられない恩義は早めに返しておくにこしたことはない。わずかではあるが協力させてもらおう」
報酬を餌にあまたの旧世代型強化人間を戦場で使いつぶしてきた男の口が教会の神父のように当たり前の善行を語る。
「それ以外に返すものはないと?」
ミシガンの声が露骨に低くなる。
「記録があればあるだろうな」
「はんっ、ナメクジイグアス喜べ!この作戦でお前はペットシッター付きの犬に格上げだ」
変わらない調子で返ってきた言葉を庭先での会話のように笑い飛ばした。
「お前らマジ意味わかんね」
作戦開始と同時にイグアスのヘルメットにミシガンの無線通信音声が響いた。
「G5、一つ一つの目標は微々たるものだが、積み重なれば機械オタクどもが損耗し、作戦失敗確率が上がる。死体が並ぶ道が見たいならそこで立って見ているんだな!」
「うっせえな、虫ケラごときで喚くな!!」
ACヘッドブリンガーのコアを突き抜けんばかりの大声でイグアスは言い返す。
「返事をするなら手を動かせ!口を動かしている間手が止まるなら気の利いたジョークくらい言ったらどうだ」
ヘッドブリンガーの右手に握られたリニアライフルが砲撃ドローンを撃ち抜いた。
「やりゃあいいんだろ、クソジジイ」
「G5」
「あ?」
臨時のオペレーター、ハンドラー・ウォルターからの通信が入る。
「最寄りのターゲットにマーカーをつけた」
ACと接続してコックピットの外を見るイグアスの視界に攻撃目標のマーカーと距離が表示される。
「変更があれば随時更新する」
イグアスはマーカー情報を基に、移動効率がいいターゲット破壊の順番を見出した。ブースターにエネルギーを流し込み、ヘッドブリンガーが戦場に飛び出した。
無線通信とレッドガンの位置情報で作戦の進行状況を確認しながらイグアスは退屈していた。なにせ、相手は固定砲台や無人ドローンばかり。機体がかすめるだけで鉄くずになる敵をつぶし、視界を塞がない程度に表示量を抑えたウォルターのマーカーをたどってはまた潰すだけだ。
単純な動きをするドローンをあらかた片付け、次のマーカーに向かう前にヘッドブリンガーが屋根から降りた。ブーストを吹かしながら見通しが悪い壁面のくぼみに機体を収めた。
「G5、そこは俺のレーダーの陰になる。屋上でなければ支援が出来ない」
ウォルターの声を無視して足元を覗き込む。
弾が届かない遥か下、工場内を走る運搬用線路をたどり、イグアスの数キロメートル後ろを進むミシガンをカメラで探す。MT部隊に指示を飛ばしながら太陽守で敵集団を焼き払い、蹴散らすライガーテイルの姿が見えた。
「G5!上だ」
ロックオンアラートが鳴る。アサルトブーストで屋上に戻る。レーダー表示を頼りに機体を旋回させてシールドを展開する。
「っ、ちいっ」
シールドで守りきれなかった部位に無人ヘリコプターのガトリングガンの弾が直撃。クイックブーストで距離を取る。操縦桿を強く握りしめて加減速で揺さぶられる体を支える。
心臓は早鐘を打ち、機体を操作する全身の筋肉に酸素をいきわたらせ、頭はいつも通りのイグアスになるよう脳深部コーラルデバイスが調整した。
「ミシガンの足止めに集まったのだろうが……」
ジェネレーター容量限界まで逃げたイグアスを取り囲むようにドローンが集まる。
「目標を変えたようだ」
ガトリングにミサイル、爆弾、多種多様なドローンが集まり群れを成す。
「丁度暇してたとこだ」
二丁の相棒の弾倉を交換した。
ドローンの群れにマシンガンの弾をまき散らし、続けてミサイルを放つ。シールドを展開して距離を取りながら再装填の時間を稼ぐ。努力の甲斐あって執拗に追い続けるドローンの黒い群れが小さくなっていった。しかし、元の数を考えれば微々たるものである。
「鬱陶しいな、クソが」
「G5、可燃性ガスの配管を見つけた。ドローンの近くで引火させれば数を減らせるだろう」
「そういうもんはもっと早く見つけろ!」
ドローンを誘導してマーカーが付けられたガス配管を狙ってライフルのチャージショットを打ち込む。
可燃性ガスはルビコンの酸素と銃弾の生み出した火花によって燃え上がり、ドローンを焼き落とした。全てを焼くにはまだ足りない。ウォルターがつけたマーカーへ向かいつつドローンを誘導して密度が高い塊に仕立て直す。
「これで終わりだ!」
炎に焼かれ、誤作動を起こした銃はありったけの弾を打ちながら飛び回り、ガスの爆風で飛んだ機体は僚機にぶつかり、諸共砕け散っていった。
「低能無人機風情が集まったところで賢くなると思うな!」
威勢よく捨て台詞を吐いて生き残ったドローンと砲台を破壊しながら進む。屋上の敵を一掃すればイグアスの仕事は終わりなのだ。
「ミシガンの前線がすぐ後ろまで上がっているな」
ウォルターからの通信が入る。ミシガン達を置いて先行していたはずが、ドローン群を破壊している間に距離が縮められてしまった。レーダー上の位置を確認してイグアスは舌打ちをした。
「G5、APが半分を切っている。進むのであれば今のうちに修復をしておけ」
苛立たし気にイグアスが息を吐く。
「どうかしたか」
ウォルターからの通信に物理キーボードを叩く音が混ざった。
コックピット内のモニターにイグアスのバイタルデータを送信した報告メッセージが表示された。
「G5」
「うっぜえなあ!ジジイ!マーカーだけ出して黙ってろ!」
「……済まない」
「あ゛?」
「君には、君のやり方があったな」
ドローン群れとの戦闘中に非表示状態だった屋上のマーカーが再び表示される。敵の数が増えているわけではない。ウォルターがより遠くのマーカーのデータを送って来たのだ。口を出さない代わりに表示数を増やすつもりらしい。
「それでいい調査を怠るな」
「了解」
これを最後にウォルターは沈黙を貫いた。破壊対象のマーカーを送り続け、イグアスは増える攻撃対象をものともせず、速度を上げて前に進み、屋上にはヘッドブリンガーが立つだけになった。
「G5イグアス、作戦終了だ……、以上」
ウォルターが作戦終了を告げ、何かを言いかけて通信を終わらせた。
「おい、ハンドラー・ウォルター」
「何だ」
「回収班の到着予定は?」
「ミシガン達の状況次第になる。早くとも40分はかかるだろう」
それまでイグアスは何もない屋上でこの老人とどう時間をつぶせばいいのか。遠くに見える消失したベイエリアについて話せる話題なんて思いつかなかった。相棒のヴォルタが生きていれば雑談くらいはできたが、今この場にいる面子でそんな余裕がある者はいない。ミシガンは部隊を守りながら全部隊に指示を飛ばしている。
「おい、ジジイ、下の状況は把握できてんのか」
「ミシガン達のデータを統合すれば可能だ」
「じゃあ、俺に送れ」
「了解」
少し待つとデータが送られてきた。下層の地図上に表示されたのは見やすく整理されたミシガン達の侵攻ルートと部隊員の損耗状況だった。
「5分以内に攻撃を受けた場所は推測できるか」
予め準備をしていたのだろう、イグアスが求めていたデータがすぐさま地図上に重ねて表示された。
明らかにミシガンが進む線路の最終地点、車庫近辺からの攻撃が少ない。近くまで移動してスキャンをかけてみても砲台どころかECM兵器すら見つからない。
このデータを用意したハンドラー・ウォルターからの進言はない。イグアスが「黙ってろ」と言ったからなのだろう。
イグアスはシートに体を固定するベルトを緩め、座り直した。コンソールを操作し、ヘルメットに収納しているストローを出し、水分補給をして駆動音と甲高い音が鳴り響く窮屈なコックピットの中で一息ついた。
「少し早いが、迎えを」
「いらねえ」
「そうか」
イグアスはベルトを締め直し、リペアキットで機体の応急修理をした。
「下、行ってくる。俺にも情報を流せ」
「了解」
屋上を蹴ったヘッドブリンガーは遥か下の戦場へ単機で落ちて行った。
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