斜某りったー
2025-01-06 19:43:41
17221文字
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俺が死んだ後にはおまえの笑顔があれば良い

剣伊
神様剣と今回は中学生伊の現パロホラー番外編その2
とある学び舎で発生した集団失踪事件から早数年。繰り返す袋小路に囚われた少年へ手を差し伸べた、月のような人と忘れられゆく呪われた神様の話
注:いつもの如く不穏・不快描写+モブが割と出張ってます




「──また、駄目だったか」
 境内にて。木陰に腰を下ろし、伊織は誰も訪れない鳥居を見つめか細く吐露する。
 耳聡く聞きつけたセイバーは片眼を眇めて睨みつけた。
「きみ、はなからそれが目的だったな」
「と、云うと?」
「初めから可笑しいと思っていたのだ。きみが何の相談もなしに、一方的に取り決めをすることなど殆どない。なのにあの時は私の意も聞かずに囮になるの一点張り。きみが斯様な態度を取るのは往々にして、カヤか──私に関することに絡めた問題があるときだけだ」
 違うか? と促すと、伊織は暫し沈黙する。
 肯定の意であることは明白だ。その程度が解らない仲ではない。
 
 信仰なくして神は存在を確立できないという文言に嘘はない。現に、セイバーは伊織を楔として現界している。
 だが、彼を妨げる要素がもう一つだけ。
 セイバーは呪われているのだ。
 宮本伊織を除いた全知的生命体は・・・・・・・・・・・・・・・セイバーと・・・・・彼にまつわる一切を・・・・・・・・・記憶して・・・・おくことができない・・・・・・・・・
 無関心と忘却が、セイバーに課せられた縛りである。
 条件は定かではない。あくまでこれはセイバーが個人的に出した結論だ。
 故に、現時点で唯一の前例であり、異例でもある伊織は僅かばかりの可能性に賭けて、あの少年を助け出したのだろう。
 怪異に深く関わったならば、或いは──と。

「幻滅したか?」
 言葉少なにこちらを伺う顔が幼く見えて、怒りがしぼんでいく。己の単純さに辟易しつつ、額に手を当てた。
……いいや。善く在るべきを理解していても、踏み出せずに見て見ぬ振りをする者は多い。ある種、賢い生き方だ。触れねば摩擦は生まれないからな。しかし、臆病でもある。摩擦は時に傷となるが、時に熱を孕む。それさえも怖れ、りすく・・・を避ける生き方は、さぞや平坦であろうさ。……だが、きみは違う。心根はどうあれ、真っ当に生きようと泥だらけで邁進している。私からしてみれば、それは余程上等で好ましいよ」
 静かに聞いていた伊織は眉を顰める。
 伊織の行動原理は、セイバーのような天性のものではない。
 先人を、指針となる規範を、倣っているだけの猿真似だ。
 上辺をなぞっているに過ぎない分際にそのような評は不相応。
 そも、伊織が先の行動にでたのは、それが善きことだと大衆が受け入れているからに過ぎない。
 セイバーが置かれている状況は、同じくして消えゆく世の神々のそれとは隔絶するほどの理不尽である。
 前提として伊織はちっぽけな人間に過ぎない。身の丈に合った範囲しか手は伸ばせないし、彼に降りかかるのは世の理とは一線を画す怪異ども。人として生き抜くにはあまりに無力。人ならざるものどもはいつも手ぐすねを引いており、真っ当な生は到底望めない。
 そしてセイバーと交わした契約でさえ、実のところ永続ではないのだ。
 たとえ三度の願いを使い切り、伊織が彼の領域に招かれたとして、その時点で人でなくなった伊織は楔の役目を十全に果たせない。
 最低限の力を残す程度には役立つだろう。だが、それが寧ろ拙い事態を引き起こす。
 恐らく見積もって数十年。細る力の均衡が崩れ、伊織の魂が消えれば、セイバーは本当の意味で消滅する。

 いつの日か必ず、伊織はセイバーを置いていく。
 あの寂しがりやを、たった一人にさせてしまう。

 本来ならば、セイバーはもっと愛されて然るべきなのだ。
 彼ほどの正しさは、善を為す生き様は、伊織なんぞよりも余程照らされるべきで、知られるべきで、それに見合った報酬を得るべきだと。
 なのにセイバーはこの数十年、その機会を奪われ続けている。
 故に、伊織はセイバーの呪いを解く方法を探すこと、あるいは伊織以外の例外である誰かを見つけることを善と捉えた。
 つまりは、そう、そんな伊織にとってセイバーの言は——
……人を好く思うのはおまえの美徳だが、俺に限っては過大な評価だ。そも、下ばかり見ていても仕方がないだろう」
「だからと云って、上ばかり見ていても途方がない……だろう?」
 返す言葉で詰めると、伊織は開けた口をぎこちなく引き結んだ。
 理解はしているが、得心はしかねる。そういった心情が見て取れる。
「きみの方針は立派だが、危なっかしくて心配になる。ほら、きみは時折酷く生き急ぐから」
……そうだったか?」
「そうだとも。少なからず、私にはそう見えるときもある」
「そうか、気を付けるとしよう」
……きみ、間違っても黙っていようなどと考えるなよ」
「まさか。前におまえ抜きで起きたのは、事の起こりから顛末まで話しただろう」
「ああ、あの……ナナフシギ、だったか? きみ、新聞を見てから態々別の学校に通うと云い出したのに案の定引っかかって。確かあれ、一年の頃だったろう」
「境に家がある故選び放題の筈だったがな、こうしてみると、結局五十歩百歩だった」
 そう考えると俺が選んだ学校は百歩の方か、と伊織は嘆息する。
「これを使わずに済んだのは僥倖だが、当てが外れてはどうにも、な」
 首に下げられた三つ連なる・・・・・勾玉を掌に乗せる。
 これが割れなかったということは即ち、あの怪異は異空間という自身の領域ホームグラウンドにあって尚、その程度の存在であったということだ。
 異空間という同一の事例ではあるものの、余程七不思議の件の方が骨が折れた。
 それに加えて、また目論見が外れたのも気を滅入らせる。
「スケノシンでも無理だったのを忘れたのか? あの童など余程芽がないだろうに、何にせよ、先の見えない話だ。……なあイオリ、きみが私のためを思ってくれているのは嬉しい。だが、そのためにきみが態々危険を犯す必要は決してない。これは私の問題で、こうなったことに後悔はないんだ」
 そう云われてしまえば返す言葉もない。殊更地を見つめる。
 セイバーはそんな伊織を、次いで彼が手遊びに弄る勾玉を見下ろすと、隣へ腰掛けた。
「些か潔癖が過ぎるな。余人が定めたきみの評だって、あながち全てが間違いでもないだろうに。——善を、きみは尊ぶが。なぜ、そこまで頑なに固執する?」
 伊織は答えない。いや、答えられないのだろうか。
 沈黙を守る姿に僅かな乱れが生じている。動揺、困惑、そのような類。
 固執。そう指摘されるほど、己を構成する要素に食い込むものがあったとは予想だにしなかったらしい。
 セイバーはそっと目を伏せる。
 尊ぶとは口にしたものの、実際のところ、彼のそれ・・はもっと根が深いものに思えた。
 少々乱暴に言の葉で表してしまうと、信仰・・のような。盲目的な肯定が、絶対的な基準が、彼の中にある気がする。

 ——まるで、己に備わっていないものがいっとう輝いてみえる、と云わんばかりの。

 偽物が本物の輝きに目を奪われる。価値を見出す。故に、比較すると逆説的な結果として、己の価値を貶めることとなる。
 つまるところ、彼がある対象を人として好ましく思い、また己さえ彼らのように在るべきと課した過程は、そのようにして執り行われているのではないか。
 あくまでセイバーの知見に基づいた私見だ。実際はどうかなどは本人にしか、否、もしかすると、本人にすら解らないのかもしれない。
 だが、それは正しさと云ってしまうには少し歪で窮屈なように思えた。

 ——そこで、ある天啓を得る。

 即ち、彼が纏う 優しさガワというのは、彼自身の性質も一助とはなっているものの、大部分は努力の賜物というわけだ。
 で、あるならば。真に重視すべきはそこではないか。
 
 そうだ。私が、私こそが、彼のわだちを、こさえた傷を、自ら絞めた首の跡を、見てやらないでどうするというのだ。

 ふっと息を吐く。肺にわだかまる澱みが、さらさらと抜け出ていくのを感じた。
「まあ良いとも。結局、きみが出す答えが何であろうと、きみがきみであることに一切の揺らぎはない。……ふふ、考えてみれば愚問だったな。済まぬが甘んじて流してくれ」
 正直に述べれば、憂いはある。
 だが、一度据えれば固く揺るがぬ。分霊であるセイバーにもその気質は受け継がれている。
 そうでなければ、本霊であるヤマトタケルは日ノ本の平定なぞできるはずもなかったのだから。

 そうだ。宮本伊織という人間いきものは、穏やかで優しく見えて、その実変なところで考えが面倒くさくて頑なで、拗れているが——セイバーにとっては、墨で塗り潰された空に幽玄と浮かぶ唯一つの月のように、目を離し難いほど愛おしい。

 そう再定義した。それだけの話。

 口の端が柔く吊り上がる。
 時によって表層の顔を変えるのも人のさが
 であれば、不変の神はその行く末を見守ってやろうではないか。

「ああ、だが一つだけ」
 無論、それは人の世に限った話。
 闇へと袖を引き、彼の身を貶めんとする不埒者がいようものならば、水の鞘から剣を抜き討ち祓い、最悪拐かすのも吝かではない。
 ……ない、が。
 どうもそれは、親愛なる 友垣ともがきの意に反する一手であるようだし——何より、その未来は自ら道を断ち、どこにも行けずゆっくりと死に絶えるだけの終わりでしかない。

「きみよ、どうか腑抜けてくれるなよ」

 故に、セイバーは 期待する・・・・。強くなるのは無論のこと。しかし何よりも、 勁く在れ・・・・と伊織を諭す。
 伊織は一つ瞬きすると、しかと頷いた。

「云われるまでもない。期待していてくれ、セイバー」

 瞳に湛えられた真白い意思が、一心にセイバーへと注がれている。
 セイバーと同様、伊織も大抵頑固な手合いだ。一度決めたことを違えるような真似はしない。
 彼がそう・・と云うのなら、最期までその道を貫くのだろう。
 
 ああ、きみはそれでこそ。
 きみが、きみこそが、私の————……
 
 今はまだ紡がれず。
 されど、芽は確かにいづる。
 はてさて、この芽、何れ結実する美しさに目をつけた賊心により、悪戯に踏み荒らされて無惨に散るか。
 それとも、風に吹かれ雨に晒され、尚も折れず大輪となるか。

 もし。もしも。
 斯様にひずんだ世で、想いも、記憶も、何もかもを手放し、失い、道を別つようなことがあったとして。

 期待していろという言の葉に、総てを賭けても良いのだろうか。
 裡の伽藍堂を盈たすなにか・・・に火を付けて、斯くも儚く弱い人の身でありながら、此方に手を伸ばす姿を夢想しても良いのだろうか。
 そのなにか・・・が、ひょっとすると、私であることを、私になること、を————……

 そんなつまらぬことを考えて、どうあれそんな事態となる前に、まずはきみがきみを愛せるようにならねばどうにもならんなぁ、と苦笑した。


俺が死んだ後にはおまえの笑顔があれば良い



「きみ、出し惜しみはするなよ。それで死んでは適わん」
「肝に銘じておく」

 替えが効く訳もなく。
 きみは唯一、なのだがな。