ふみかぜ@壁打ち
2025-01-05 18:16:26
35912文字
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【読切ドラロナ】Storytellerのしゅうまつ

できてる読切ドロが残り時間について考える話/怪我、人の寿命に触れる描写含/ほのぼのを交えつつ全体はシリアスめ、2ページ目でハッピーエンドに着地させたつもり/pixivからの再録/紙本版を通販してます(中身は同一)→https://www.melonbooks.co.jp/fromagee/detail/detail.php?product_id=1815257


【しゅうまつ明け、あるいは〆切ゼロ分前】

「ヌヌヌヌヌヌ、ヌヌヌー!」
「おはようジョン、いい夜だね」
 十八時を少し過ぎたドラルク城。棺桶から起き出たドラルクはジョンと挨拶を交わし、着替えを済ませると彼を頭に乗せて寝室から出る。二階の廊下を少し歩いたところで隣室のドアを開けて中を覗き込むと、
「はー……
 がらんとした空間の片隅にある蓋が開いた棺を見て溜め息を吐き、ジョンと顔を見合わせて肩を竦める。眉間に皺を寄せたまま階段を降りて、一階の居間へ入れば想像通りの光景がある。
 呆れた気分でソファへ歩み寄り、座ったまま微動だにしない人影に声をかけた。
「君、また昼徹したのか。程々にしろと言ってるだろうに」
……あー?」
 ドラルクの言葉に覇気のない声を返した男はソファの背もたれに頭を乗せて仰け反ると、目元に濃いクマができた顔をこちらへ向けた。手入れを放置してボサボサになった銀色の髪、顎に薄らと生えた無精髭、アルファベットがデカデカとプリントされた絶妙にダサいシャツ。膝の上にタオルに包まったツチノコを乗せ、かぼちゃを腕に抱き締めていた男は、焦点を合わせようとするように紅い目 ・・・を動かして「もう夜か」と呟いた。
 ドラルクがソファの前に回れば、テーブルの上で点きっぱなしのタブレットが放置されている。
「終わったのか?」
「さっきデータ送った」
「それは何よりだが。ロナルド君、いい加減セーブすることを覚えたらどうかね? 最悪まともに飲み食いできなくなったり簡単に死んだりするようになるぞ」
 タブレットをスリープさせながら窘めるドラルクに、ソファに座り込んだままのロナルドは顔をさっと逸らした。大きな欠伸を漏らした口から、鋭く尖った犬歯が覗く。
「くぁ……俺は強いから大丈夫だ、クソ雑魚とは鍛え方が違うんだよ」
「事実な分タチが悪いな全く! あーあーそこで寝るんじゃない、眠るなら棺桶をちゃんと使えと教えただろうが」
「るせぇ、分かってるっての」
 と言いつつも立ち上がろうとしないロナルドを見かね、ドラルクはジョンにこの場を一時任せて台所へ向かった。牛乳を電子レンジで手早く温め、ボトルから赤い液体を適量注いで混ぜる。自分の分として濃度を薄めたもの、ジョンの為にカフェラテ、ツチノコ向けのササミ肉、かぼちゃ用のミネラルウォーターなど諸々をトレイに乗せて居間へと引き返した。
 戻った先では相変わらずソファに座ったままのロナルドがいる。今にも夢の世界へ飛び立ちそうだったが、ドラルクが近づけば立ち上る香りに反応してか頭を上げて、先程よりも目をしっかりと開けた。彼の手前となるようにテーブルへカップを置けば、戸惑うように瞬きを繰り返す。
「はい、寝る前にこれ飲んで。どうせまともに食事も摂っていないのだろう?」
「冷蔵庫にあったもんは食ったぞ。唐揚げとかサンドイッチとか」
「血は? 言っておくが牛乳はノーカンだぞ。あれは一時しのぎか私のような虚弱体質がどうにか栄養を摂る為の最終手段のようなものだからな」
 沈黙による返答。予想通り過ぎて説教する気も失せたドラルクは、とにかくカップをロナルドの手に握らせた。受け取ったロナルドは何かを考えるように十秒ばかり水面を眺めていたが、やがてゆっくりと口をつけて少しずつ中身を飲み始める。その様子にひとまず溜飲が下がったドラルクも、ソファに腰を下ろして起き抜けの一杯を味わった。
 テーブルの上ではジョンがツチノコ、かぼちゃを労いながらちゃっかりササミ肉をお裾分けして貰っている。低脂質といえど、つまみ食いは程々にするんだぞジョン。
 隣に座っているロナルドを見れば、表情を変えずに静かに飲み続けている。
「AB型の味はどうかね?」
「ん……美味いんじゃねえの。他のとの違いはよく分からないが」
「まぁ、今は色々試してみるといいさ。その内に君の好みもハッキリしてくることだろう」
「そんなものか?」
 一度口をつけてしまえば渇きを自覚したのか、ロナルドはあっという間に己のカップを空にしてしまった。物足りなさげにこちらの手元を見るのに笑って、ドラルクは彼の頬へ手を伸ばす。
「ロナルド君」
「なに……んっ」
 無防備に開いたロナルドの唇を、己ので塞ぐ。一口含んでいた牛乳割りを流し入れれば、零してしまわないように彼の喉が懸命に上下した。
「ふ……ぅ」
「ぷは、どらる、くっ……ぁ」
 最後まで飲ませた後も、頬を上気させて悩ましげに息を荒げているロナルドの姿を目にしたら、より深い口づけをしようと身体が動いていた。以前より尖った形となった両耳の縁を擽ってやれば、堪らないといった風に彼の全身が震える。
 こちらを映す虹彩は、最早昼の空とも快晴を映した海とも異なる色に変わったが。生命の奔流を表すような赤色が見せる感情の揺らめきは、なおドラルクの心を踊らせて止まない。
「お、まえ……! いきなり、何なんだよっ」
「んー?」
 腔内を気の済むまで味わってから解放すれば、息を荒げてロナルドが抗議の声を上げた。シワが薄くなった目尻にキスをして、ドラルクは緩やかに高揚していく気分のままに笑う。
「いや、何だか感慨深くなってしまってね。ロナルド君、私の子になったんだなぁと」
「今更かよ。転化してからもう三ヶ月も経ってるだろうが」
「何度でも噛み締めるさ。君から進んで、私たちと同じ時間を生きることを選択した事実をね」
 ――退治人ロナルドの生前葬をする。
 ロナルドウォー戦記のシリーズ刊行五十周年を次の年に控えたある日。還暦を過ぎても未だ衰え知らずといった様子で退治人として全国を駆けずり回っていたロナルドは、ドラルク城で味噌汁を啜りながら唐突にそう宣言した。
 理由としては、ピンピンしている内に家族や友人知人、ロナ戦のファンへ感謝の気持ちを伝えておきたいという至極真っ当なもので。生きているとはいえ葬儀という儀式に思うところがありつつ、吸血鬼社会だとそうそうお目にかかれないイベントに好奇心が刺激されたのでドラルクも相棒枠で弔辞を読む役で参加したのだった。
「本当に、あの時は驚かされたとも」
「驚きの余り死にやがって。復活するまでの五時間、俺の気が変わらなくてよかったな」
「それはごめん」
 謝ってみたものの、ドラルクの繊細さを考えればあの状況で死ぬのも仕方がないのではないか。それぐらい突然だったのだ。
 ロナルドの「お前にまだ、その気があるなら吸血鬼になってやってもいい」という申し出は。

『いつから考えていた?』
 ロナルドの生前葬が終わって城へ戻った後、胸ぐらを掴まれて言われた言葉の衝撃に塵と化したドラルクは、死んでいる間に運ばれていた居間のソファで意識を取り戻した。
『意識するようになったのは、ロナ戦の五十周年企画について出版社で打ち合わせした時だな』
 復活後いの一番に投げられた問いかけに、歳月を重ねて熟成した歴戦の退治人は隣で棒付き飴の包装を剥がしながら答えた。
『イベントのネタ出しが済んだ後、今後の方向性についても少し話し合った。フクマさんや編集長とかは俺の気の済むまで書いていいと言っていたが……物語ってのはいつか終わらせる必要がある。ロナ戦だって何処かで区切りをつけなきゃ未完の傑作になっちまうだろ?』
……うむ』
『だから終章の草案を今まで考えていたんだが、どう書いてもしっくりこなかった』
 飴を口に咥えたロナルドが、振り返ってドラルクを見据える。今後の選択次第では彼の終焉より早く見ることがなくなるかもしれない、青い目。
 その色に執着していないといえば嘘になるだろう。しかし、彼が変化を望むことを阻む障害にはなり得ない。
『もしも俺が銃を置く形でロナ戦が完結した後、見計らったように凶悪な吸血鬼が暴れ始めたら? 退治人ロナルド様の再起を望む声は上がるだろうし、俺だって絶対に退治へ向かう。……だが、俺が銃も握れない程に衰えていたら何もできやしない』
 平和を脅かす敵性吸血鬼が現れた時、ロナルド様が床に伏せって無力に嘆く現実などあり得ないのだと彼は語った。
『吸血鬼を退治し続ける為なら、俺がどうなろうが未練はねぇよ。人の道を外れようと、吸血鬼になろうとな』
『君は……ロナ戦を書き続ける為、吸血鬼退治人であるために吸血鬼となることを望むと?』
『お前を愛しているから、の方がよかったか?』
……ふ、ふふ、ははは!』
 湧き上がる興奮のままに声を上げて笑いながら、ドラルクはロナルドの手を取った。何に対してか分からないが、勝った、と思った。
『いやいや、十分だともロナルド君! 愛の言葉も勿論大歓迎だが、それは〝転化してよかった〟といつか君が思う理由にすればいい!』
 きっと情もあるし、愛もあるだろう。しかし、いざ口にした理由が吸血鬼を退治する為という、一見正義のようでいて獲物の存在なくては成立しないエゴに満ちた願望であるとは。
 これだから面白いのだ、ロナルドという男は。脅威を取り除くという社会的な正しさと紙一重の独りよがり、高架線で危なっかしく踊る狂うような生き様は、思わず舞台に飛び入り参加して手を取ってしまうぐらいに魅力的で。瞬く間に駆け抜けていくような彼の時間の流れが変わったとして、新たな発見と共に愛着が深まるに違いない。
 天命とやらに心の中で中指を立てて、ドラルクはロナルドの両手を己の掌で包む。この体温差がどれだけ縮まるのか、どんな能力に目覚めるのか、料理の好みは変わるのか否か、そういった未来を想像するのも楽しい。
『さて、実行するのは下準備を終えてからだが……改めて答えてくれ。ロナルド君、私の血を受け入れ我が一族の一員となり、永き時を生きる覚悟はあるかね?』
『当然だ。覚悟決まってなきゃ、葬式なんて開かねぇよ』

 かくして、準備期間を経てロナルドの転化は実施され。三ヶ月が経った今は新しい棺桶も用意しドラルク城で寝食を共にするようになっていた。
 尤も、ロナルドは相変わらず原稿の締切に(ほぼ自業自得の形で)振り回されがちで、今日みたいに夜明けから一睡もせず七転八倒しながら執筆に勤しむこともザラである為に、折角購入した棺桶の活躍機会は未だ少ないのが現状である。吸血鬼となったロナルドはニンニクも日光も銀も平気とかいうアホみたいな頑丈さなので当面は大目に見るつもりだが、余りにも度が過ぎるようであれば親として強権を発動できるように策を練る必要があるかもしれない。
 物理的な力関係は変わらず相手が圧倒的に上の為、難易度は高そうだが。それもまぁ、やり込み要素と思っておくことにしよう。
「ロナ戦の新章、反応は上々のようだね」
「まぁな」
 転化後に二十年ばかり外見の若返ったロナルドを横目に見ながら、SNSで流し見たファンの反応を端的に伝える。どうしても賛否が分かれる展開の割に好意的な反応が多いのは、ロナルドが作家として、退治人として積み重ねてきた信頼の賜物だろう。
「ファンレター、今回は吸血鬼の読者からの反響が多いらしいぜ」
「そうだろうとも。皆、新たな同胞がどんな冒険をするのか興味津々だろうからね」
「これは益々気合い入れねぇとだな……おいドラルク、お前も標的探し手伝えよ。吸血鬼になったからにはもっと刺激的な奴を相手にしねぇとネタにならねぇ」
「はいはい、手伝うから今は歯を磨いて寝ろ」
「ぐ」
 てめぇがちょっかいかけたせいで目が覚めたんだろうが、とぶつぶつ文句を言いながらロナルドは渋々立ち上がった。ツチノコを肩に上らせ、カボチャを頭に乗せて廊下へ向かう。途中で倒れたら困るのでドラルクもジョンを腕に抱えて、覚束ない足取りの彼を追った。
――ドラルク」
「うん?」
 玄関ホールの階段手前でロナルドは立ち止まり、ドラルクの方を振り返る。窓から月の光が差す空間で、銀色の髪が静謐な輝きを帯びていた。
「吸血鬼になろうと思った理由、退治人を続ける為ってのは一番なのは事実だけどさ」
「ふむ」
「かぼちゃが寂しがるとか、ツチノコが変なもん食わねぇかとか」
 頭の上で大きな単眼を動かすかぼちゃ、肩の上に器用に収まったツチノコを撫でる姿。
「ジョンにドーナツを差し入れできなくなるとか」
 ドラルクの目の前に立ち、こちらの腕の中にいるジョンに指を差し出す姿。
「お前が布教してくるゲームとか映画を全部、いやクソの類いはいらねぇが、触らずに終わるのは勿体ないと思ったとか」
 何より少し視線をずらしたまま、秘め事を少しずつ明かすように心情を吐露していく姿。
「そういうのが理由になったってのも、本当だから」
――それなら」
 ロナルドを見れば、言葉を交わせば、ドラルクは全て正しかったと確信できる。
 彼の人間としての生を惜しんで歳月を重ねて待ち続けたこと、転化の申し出を迷いなく受け入れたこと、何よりロナルドという人間に惹かれその物語を愛したこと。誰が糾弾しようと欲しいものを欲しいと主張し手にしたらこっちのものだと、胸を張って勝ち誇れることだろう。
「私たちがいる限り、君は永遠に死ねないね」
 ドラルクがうっとりと囁いた言葉に、ロナルドは満足げに微笑む。
「嬉しいか?」
「最高だとも」
 審判の機会は奪い去った。終末はもう来ない。