もち
2025-01-04 19:47:58
8511文字
Public しばあざ
 

風穴

ピアスの話。ちょっと痛い。
2枚目は補足。



 ――薊が上層部と相当揉めていた、と。

 そんな噂が耳に入ってからすぐに連絡をしたが、逸る気持ちを抑えながら待っていても一向に折り返しの連絡はなかった。いつもは三コール以内に電話に出るくせに。ただの心配というよりは嫌な予感を含めたそれが柴の胸中に焦燥を募らせていく。
 珍しい。
 その話を最初に聞いた時に思ったのは、そんな感想。その次に湧いたのは、何で?というこれまたごく普通の疑問だった。正論を振りかざして怒らせたのか?あるいは、しょーもないことしかできへん腐った上層部への憤りをぶつけたんか。どちらにしたって、楯突いたって碌なことなんてないというのはこの組織に属した初日に身を以てわかっているはずだった。そのせいで、柴だけでなく柴と仲が良い薊だってとっくに上層部から目をつけられている、悪い意味で。
 どちらかといえば、上と揉めるのは柴の役目になっていた。役目というわけでもないが、暗黙の了解による役割分担。柴が上層部ととことんやり合う分、薊はうまく取り繕っていたはずだと思っていたが。実際のところどうなのかという把握はできていない。
 ……あー、クソッ。どこおんねん!
 胸中で毒吐きながら何度も画面を確認したって携帯は着信を告げなかった。三回目の通話を掛けても、呼び出し音が続くだけ。もう帰っているのかもしれない。いっそその方がマシだろうか。むしゃくしゃしたまま神奈備に居続けることで、心底どうでもいい諍いを引っ掛けてきかねない怖さがある。
 というのも、これまでにもそういうことが片手の指の数ほどあったのだ。あったという経験値だけで、きっと面倒くさいことになるだろうという確信を持っているからこそ、薊を探しているというのに。

「なー。薊見てへん?」
「さっき帰ってったぞ」
「さっきていつ?」
「一時間くらい前だったと思うけど」
「さよか」

 だだっ広い神奈備の内部をぐるぐる探し回ったって無駄足だと手っ取り早く薊の部下に声を掛ければ、どうやら定時を回ってすぐ帰路に着いているらしかった。珍しい、というよりは、余程腹に据えかねることがあって仕事は山程残っているが残業なんかしてやるもんか、という意思表示のほうが近いだろう。
 家、寄るか。
 何があったのかなんて知らないし放っておけばいいというのもわかっている。わかってはいるけれど、じゃあまあ知らんふりして帰って晩メシ食って寝よ。とならないのはまあそれなりに友人として過ごしている時間が長いから。
 こういう時に、どうしてほしいのかだってわかっているつもりだった。
 溜息をひとつ吐いてから、印を結ぶ。
 飛んだのは薊の自宅の玄関前。
 数歩の距離を大きめの一歩で埋めて、インターホンを押した。
 自室内で呼び出しを告げる電子音が鳴っている。が、返事はない。
 まだ帰ってなくて不在なだけか。それとも、別の何かか。と言っても、職場と自宅との往復以外に思いつく薊の用事といえば六平のことくらいである。ポケットの携帯をもう一度確認したものの、やっぱりそこに連絡はきていなかった。
 まあ。
 おらんならおらんで、それでええし。
 誰に向けているかわからない言い訳を頭の中でつらつらと並べながら、ドアノブを握る。周囲に人影がないことはちゃっかり確認済だった。捻ってみれば、あっさりと扉は開かれていた。不用心か。まさか、なんかあったんか。警戒の色を滲ませつつ、三和土に脱ぎ捨てられたいつもの靴を見て胸を撫で下ろす。
 それとほぼ同時。
 ふ、と感じた匂いに思わず飛び込んでいた。

「薊!」
「びっくりした……やあ柴」
……は?」
「なんで靴履いたままなんだ。脱ぎ忘れたのか?」
「いや、」
「いいから。靴脱いでこいよ」

 その後ちょっと手伝ってくれ。
 両手の指先を赤く染めた薊は平然とした表情で柴をけしかけながらひらひらと指を振っている。
 柴にしてみれば。
 靴を脱ぐのも忘れて飛び込んだのは、血の匂いがしたからだった。玄関からすぐのリビングの扉を開いたところに、両手を血まみれにした薊を見て何かあったのかと神経がひりついた直後のこと。
 入ったときに感じた血の匂いの正体は十中八九これだろう。まだ乾ききっていないそれらが、ツンとした鼻につく特有の匂いを漂わせている。鉄臭いような、錆びた金属のような、嗅いだだけで少し顔を顰めてしまいたくなるような、真新しい血の匂い。
 頭の中にハテナマークが大量に浮かんでいる状態で、薊に言われるがまま靴を脱いで玄関に揃えて置いた。こんなところで無駄な礼儀正しさを発揮してしまったが必要だっただろうか。
 どうでもいいことばかりだ。
 お前、上層部と揉めたんやなかったっけ。とは、今のところ口にするタイミングを失ったまま。
 よく見知っているその匂いを嗅ぐだけで多少なりとも体が強張ってしまうのは、戦争を経て身についてしまった習性のようなものだろうか。
 再び薊を目の前に見据えて、目を瞠る。
 何もなかったはずの左耳を貫通するように刺さった大きめの安全ピンを視界に捉えて、脳天を思いっきりぶん殴られた直後のような目眩がした。
 やりよった。
 口にするつもりなどなかったけれど、どうやら口からするりと滑り落ちていたらしい。

「何が?」
「お前なぁ、」
「びっくりしすぎだって」

 頭を抱えてしゃがみ込めば、近付いた分だけ血の匂いも濃くなった気がした。薊の左耳には開きっぱなしの安全ピン。耳朶から垂れた血液を触ったのだろう。頬や首筋にはうっかり擦ってしまったような赤い痕がいくつかあって、うんざりする。薊が座る真横に置かれたテーブルの上には、大きな黒い石のついたピアスがふたつ転がっていた。
 なんで?
 湧いたのは、シンプルな疑問。

「何しとるん」
「ピアス開けたくなってさ」
「はぁ」
「だから刺してみた」
「痛ァ〜〜〜!!えっ、それで?」
「それでって。そしたらお前がちょうど無断侵入してきたとこ」
「はぁ」
「思ったより血は出るし。あと結構痛い」

 眉間に皺を寄せて、唇を尖らせている。部屋に氷嚢やアイスノンは見当たらない。まさか、とは思うが。

「そういうんは、氷とかでがっつり冷やして麻痺させてから穴開けるんやで」
「えっ!?」

 目を丸くした薊の反応があまりにも素直すぎて、再び頭を抱えたくなった。否、抱えていた。
 痛みなんてあるに決まっている。だって、普通は貫通していないところを物理的な力でこじ開けようとしているのだから。

「これどうにかしたいんだけど」
「あー」
「触ると痛いんだよね」
「せやろなあ」
「どうしたらいい?」
「おまっ、…………やる前に相談せえよ!こういうことは」
「ぶすっと刺すだけだと思っ、〜〜〜痛ぁ゙!!」

 指の先でちょっと耳朶に触れただけで響くらしい。想定よりも大袈裟に吠えられて、辟易する。

「これ、消毒とかしとる?」
「してない」
「は!?」
「終わったらお前の家行くつもりだったし」
「何度も言うてるけど、柴さん家は診療所ちゃうんやで」
「でも、お前の家行けばなんとかなるだろ」
「や、俺もいつもおるわけやないし……
「居るだろ、お前は」

 言葉に詰まる。
 真っ直ぐにそう言われると、いかんともしがたい。まあ、居るだろう、確かに。ただ、全幅の信頼を置かれているのもむず痒い。

……要るもん、持って」
「ん」

 薊が血まみれの手に掴んだのは、黒い石のついたピアスだけ。
 体に触れて印を結べば、次の瞬間には柴の自宅のリビングへと飛んでいた。

「便利だなあ」
「便利やねえ。はよ手洗てきて」
「はいはい」
「あ、携帯持っとる?」
「うん。ポケットにあるけど?」
「ほな返事せえよ」
「あー。……どうせ柴だと思ってたし」
「電話の相手は俺だけとちゃうやろ」
「あのタイミングで掛けてくるのはお前だと思った」
「おい」

 ぱ、と踵を返して洗面台に行ってしまった背中を恨みがましく見送る。
 はぐらかされたとわかって、唇を噛んだ。くそ。何もなかったはずの自宅に漂い始める血の匂い。応急手当用の救急箱から消毒液とガーゼを出して、手当の準備を整えた。冷凍庫の氷を用いてビニール袋で作る簡易的な氷嚢も用意したところで、左耳が物騒なままの男が戻って来る。

「洗ってきた」
「ほな、手当するで」
「痛いのは嫌なんだけど」
「痛いことしてんのは俺やなくてお前」
「はいはい」

 洗面台から台所にふらふらと立ち寄り、他人の家の冷蔵庫を勝手に開けて中から取り出した缶ビールのプルタブを開ける薊はあまりにも自然だった。
 あまりにも自然すぎて茶々入れるタイミングを失うほどの。

……おい」
「もらうよー」
「あーもー。飲め飲め」

 勢いよく呷った缶ビールを飲み下す音すらよく聞こえた。自由すぎるやろ。ぷはっと缶から口を離して、「うまい」と呟いた薊にこっち来いといわんばかりに床を叩く。濡れた唇を袖口で拭って、すとんと腰を下ろしてあぐらをかいた。
 さて。

「安全ピンそのままでウロウロすな」
「はーい」
「先にこれで耳冷やしとき」

 まだ安全ピンの針が出たままになっているから、と。ビニール袋で作った氷嚢を刺さないような位置を選んで耳に当てさせれば、「用意がいいね」と返してきた薊の顔面を張り倒してやろうかと思う。
 血の匂いがしたとき、どれほど心配したか。
 そう言ったって、きっとこの男は笑うだけだろう。戦争の間に、命を喪うことにも思い出を失うことにも慣れてしまった。今の世の中の平穏だって、どうせいつかは壊れてしまうかもしれないのだ。
 根底に刻みつけられてしまった思考の癖を、戦争が終わったからと言って脱却するのは難しかった。

「冷たい……
「冷たくてもあてとかなあかん」
「ふうん」

 ガーゼに消毒液を染み込ませる。

「んで、どうしたいん?」
「これつけたい」
「わかった」
「いい色だろ?」
「ただの黒色やん」
「お前の目の色に似てる」
………………は、」
「うっそー。はは、真に受けてんの」
「受けてへんわ!」

 鼻につく消毒液特有の匂いと、それから。
 氷嚢をどけさせてできるだけ優しく安全ピンに触れてみる。真新しい傷口は、人間の生理的な本能で傷を修復するためにじくじくと泥濘んでいた。

「我慢しいや」

 痛いで。
 形ばかりでそう告げてから、安全ピンの刺さった耳朶の前後を消毒液のガーゼで軽く撫でる。びくっ、と大きく肩が震えて、空いた両手が柴の服を思いっきり掴みにきた。

「ーー〜〜〜っい゙っ!!」

 引き抜いた安全ピンを机に置いて、ガーゼで傷口を拭ってから黒い石の嵌まったピアスを引き抜いたばかりで出来立ての穴に差し込んでやる。
 痛いって痛いいたたたたさわるなまじで無理無理むりってばあいだだだだ。
 ああだこうだと聞こえてくる声を無視して、皮膚に空いた穴の入口を通していく。指先から伝わる、繊維を突き刺すような嫌な感触。
 少なくとも、友人にさせる所業ではないし、友人にする所業でもないだろう。冷静な頭で考えるのはそんなことだ。それと、服を握り締めている指にかなり力を込めているな、ということくらい。
 ピアスの先端が耳朶をなんとか貫いて、反対側からキャッチを嵌める。
 終わったという安堵感よりも、真新しい血の匂いと指先についた赤色に眉根を寄せてしまった。

「できたで」
「すっごい痛かった!!今もじんじんする」
「ありがとうくらい言え!」
「はいはい。どうも。たすかった」
「棒読み!」
「そこでひとつ頼みがあるんだけど」
「断る」
「まだ何も言ってない」
「想像つくし」
「右耳も開けてよ」
「ほれみろ。絶対嫌やわ」
「ケチ!」
「誰がケチやねん。左耳の手当してやっただけ優しいやろが」
「右耳も開けてくれるともっと優しい人になれるよ」
「ええわ、優しい人にならんくて」
「はぁ〜〜〜」
「いやその溜息こっちのやから」

 溜息を吐きながら台所で指についた血を洗い流して、冷蔵庫からビールを取り出す。洗い流したのにまだ血の匂いがこびりついているような気がする指でプルタブを開けて、そのまま床に座りっぱなしでうだうだと文句を言っている薊を無視してベランダに出た。
 エアコンの室外機の上に缶ビールを置いて、煙草を一本。
 火が燻ったそれを肺に吸わせていたら、後ろから伸びてきた指に奪われていた。
 柴の咥えていたそれを、最初から自分のものとでもいわんばかりに吸い込んで。薊の口から吐き出される紫煙を見たのは、それほど多い回数ではないけれど考えてみれば少なくもない。どうせ、上層部と揉めたのがきっかけなのだろう。
 わかっているけれど、じゃあどの程度まで踏み込んでも許されるのかどうかは未だにわかりかねる部分でもあった。
 簡単そうで、難しい。
 ただの友人というにはあまりにも。
 だって、すでに一線は越えてしまっている。

「揉めたらしいやん」
……うるさいな」
「ほどほどにせえよ」
「うまくやるさ、お前よりは」
「まあ。そうなんやろうけど」

 薊に奪われた煙草は返ってこなさそうだと判断して、もう一本新しい煙草を取り出して火を点けた。慣れ親しんだオイルライターの匂い。肺から取り込まれて全身に蔓延る毒の一部を、煙として空に吐き出すとあっという間に溶けてなくなってしまう。

「煙草って体に悪いんだろうな」
「悪いやろ、当たり前に」
「そうだけどさ」

 何をいまさら。そんなことを言いながら、ふあ〜とやる気なさげに唇から吐き出された紫煙と、それから。
 左耳に居を構えたばかりの黒い石に吸い寄せられる。
 ……違和感あるわ。
 口にするか悩んで、言うのをやめた。求めているのは、そんな言葉ではないだろう。
 ふたり分の吸い殻は置きっぱなしの空き缶の灰皿に落とされて。ついでにビールもほぼほぼ空になっていた。少し前から、じっと向けられる視線には気がついていた。何も言われず見つめられ続けるのは居心地が悪いが、相手をするのも面倒くさい。
 ベランダからリビングに戻った直後、手を握られていた。

「ん」
「ん?」
「帰る」
「さよか」

 言われるがまま。
 印を結んで再び薊の家のリビングに戻ると、部屋で置き去りになっていた血の匂いに窓を開けて空気を入れ替えてやる。

「柴、泊まってく?」
「やめとくわ。お前ん家のベッド狭いし」
「風呂わかしてやるから」
「珍しっ。えっ、何で?」
「準備してくる」
「は……?」

 俺、まだ返事してへんねんけど。
 そんな柴の返事を待たずして風呂場に行ってしまった薊は、どうやら今夜は何がなんでも柴を泊まらせたいらしい。
 ということだけが、わかる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ーー翌朝。
 
 
 眩しさに意識が浮上する。
 目を凝らすように、手の甲で擦った。
 体が痛い、というか狭い。ものすごく狭い。物理的に。腕を片方動かすのすら億劫になるほどの狭さに覚えた些末な不快感。
 なんで。とそこまで考えて、あーそやった、薊の家泊まったんやった〜、と思い当たる。
 なし崩しに風呂に行って、冷蔵庫のありあわせで作った玉子丼をふたりで食べて、冷蔵庫にあった前に買い置きした梅干しを摘みながらビールを飲んで。
 それで。

……は?」

 こちらを向いて目を瞑っている薊の両耳に光る、黒い石。
 ふたつ。

「両耳いったん!?」
……〜〜〜〜うるっさ、」
「いや、お前、……はぁ!?」

 思わず張り上げてしまった大声に苦言を呈しながらもぞもぞと毛布の中に頭ごともぐっていく薊の抜け殻の枕にうっすらついている赤色に目を瞠る。毛布を勢いよく捲って肩を揺さぶれば、耳に存在する黒い石以外は確かにいつも通りだった。
 いや、その黒い石が問題なんだけれども。

「おい」
「うう……
「いつ?」
「うん。おはよう」
「おはようさん。ちゃうねん。いつ?」
……お前が寝た後」

 絶句、とはまさにこういうことを言うのだろう。
 片耳で散々人に迷惑をかけておいて。そのくせ、夜中にひとりで?

「氷で冷やしてから開けたらわりといけた」
「おまっ、おまえ……そらそうやろうけども……

 いっそ、血の気が引いているのは柴の方だ。
 寝起きの薊は柴の反応に驚きもせず、ふあと二度寝を思わせるような欠伸すらしている。耳朶に触れてみれば、じんわりと熱い。心なしか赤く染まっているようにも見える。

「触られると痛い」
「消毒は?したんか?」
……してないよ。だって、うちに消毒液無いし」

 やろうなあ。

「神奈備行ったら、まず医務室な」
「え」
「消毒してからやないと仕事させへんで」
「え〜イダダダダダ」
「ほれ。赤なっとるやないか」
「なってない」
「耳見えてへんやろ」
「心の目で見た。赤くなってない」
「ほーん。その心の目ェで俺の心の声覗いて言うてみい」
「何しとんねんこいつ。アホちゃうか」
「正解!モノマネうまいな。とちゃうねんて。っはぁーーー」

 思わず漏れた大きなため息。寝起きで半分ほどしか目の開いてない薊と視線がぶつかった。

「あんまストレスためるとハゲるぞ?」
「誰のせいや誰の!」
……え、誰?」
「お前やろ!」

 溜息が止まらないまま、ベッドから置きて枕元に置いていた煙草を確認する。

……

 あからさまに本数の減っているそれに、また勝手に吸いよったなと睨みつけてみたものの当人はまだ掛ふとんに潜ってもぞもぞと身動いでいた。
 何を言ってもきっと無駄だ。
 やると決めたらやるし、悪くないと思っていることには謝らない。

「そんなに見られたら穴が開く」
「開いとるやろ、耳朶にふたつも」
「はは。ほんとだ」
「そろそろ起きて準備しいや」
「はいはい。柴」
「ん?」
「どう?」
「は?」
「似合ってるだろ」
「へーへー。よう似合うとる」
「良し。飛べ」
「タクシーちゃうねんでぇ柴さんは」

 ふあ、と大きなあくびをしながら、スウェットをぽいぽいと脱いで私服へと着替える。神奈備にも生活用品はそれなりに揃えてあるし、昨日の仕事の残りだってほったらかしだから行くのなら早いほうが良いというのは共通認識だった。
 当たり前のように人の妖術を無駄遣いしてくるのを形だけでも窘めつつ、新しく両耳に携えられた黒色にどうしても視線を向けてしまう。
 それ。
 お前の髪と目の色にぴったりやん。
 わざわざ口にするつもりもないけれど。やっぱりよく似合うとると口の中だけでそんな言葉を転がして。

……柴?」
「行くで」

 耳朶に光るふたつの黒い石。今はまだ見慣れなくて違和感のあるそれも、毎日顔を合わせていればどうせすぐ馴染んでしまうに違いない。
 いつか、きっと。
 今日のこの日も、酒の肴のひとつになるのだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 了