ながみね
2024-12-29 14:39:06
7126文字
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ささやかな贈り物

mcuの神兄弟がクリスマス前に休暇を楽しむ話



 イベント当日はよく晴れていた。
 クリスマスが近いので街のあちこちが飾り付けられ、目当ての小さな教会も人で賑わっている。祝祭の空気の中で朗らかに挨拶が交わされて、行きかう誰もが楽しげに笑っていた。
 そんな中で、あからさまに気乗りしない様子の者が一人。
「ソー、やはりやめた方がいいんじゃないか」
「ここまで来てなに言ってるんだ」
 もうすぐそこだというのに、ロキの足はすっかり止まってしまっていた。
 今日はどちらも鎧やマントはないが、よそ者だからかやけに視線を感じる。邪魔にならないよう道の端に寄り、小声で囁きかわす。
「よその神域に踏み込むのは気が引ける。どうせ歓迎はされないぞ」
「べつに悪さをしに来たわけじゃない。
 祝いごとに呼ばれただけだろう? 追い出されたりはしないさ」
「それはそうだろうが……
 渋る弟の肩を抱き、大丈夫だと励ます。
「本当にまずければさっさと退散すればいい。なんとかなるさ。
 な? きっと楽しいぞ」
「あっ、ソーだ! 本当に来てくれた!」
 そうこうしているうちに少年たちに見つかった。片手をあげて応えると、跳ねるように駆け寄ってきて「やった!」「こっちこっち」とぐいぐい手を引いていく。
 ソーは弟が逃げないよう声をかけて、物珍しく周りを見回す。
 あちこち古びてはいるがよく手入れされた、居心地のいい場所だった。屋外のバザーでは広げたシートの上に持ち寄った品々が並べられ、温かい飲み物を出すコーナーもあった。
 途中で責任者らしき壮年の男に行き合ったので、騒がせてしまったことを詫びて、飛び入り参加の許可を求める。
 プレゼントを手に突然現れた大柄な兄弟を見て相手は目を丸くしたが、快く受け入れてくれた。物珍しげに大人達も集まってきて、
「兄さん達、旅行かい。こんなところに珍しいねえ」
「あとでバザーも見ていってよ」
「へえ、こちら弟さん? 二人とも背が高いな」
 などとのんびり話しかけてくる。
 なかには「どこかで見た顔だけど役者やってる?」なんていう危険な質問もあったが、
「テレビにはでたことあるぞ。ほらこいつも」
 と笑顔でかわしてロキを指差せば、「やめろ」と本気で嫌そうに手をはたき落とされた。そのうち痺れを切らした少年たちが「はーやーくー」と騒ぎ出したので、ようやく解放されたのだった。

 家族や友人間での贈り物はともかく、大勢でのプレゼント交換、というのは初めてだった。
 暖かい室内で小さな椅子をぐるりと並べ、それぞれが手に持った誰かのプレゼントを音楽に合わせて隣に渡していく。音楽が止まった時点で持っているプレゼントをもらえる、というわけだ。
 周りの子供たちはみな歌いながら回していくが、歌詞を知らないので少々きまずい。なんなら参加者は自分たち以外、あきらかに50歳にも満たない小さな子供ばかりで場違い感が否めない。本気か?本気でコレに参加するのか?と目で訴える弟に、(ここまで来たなら腹を括ろう)と小さく頷いて今に至る。
「はい、そこまで!」
 合図とともに音楽が止まると、一斉に歓声が上がった。皆それぞれ自分のプレゼントの包装を破きにかかる。
 ソーの手元にあるのはリボンがかかった小さな包みだった。ロキも同じ包みで、他にもちらほら同じものをもらっている。おそらく事情があって贈り物を用意できない子供向けに準備されていたものなのだろう。
 開けてみると、紐がついたトナカイの人形。かなり簡略化されているが、丸っこい顔がユーモラスだった。
「ツリーにかざるものじゃないかな。ほら、私のも」
 隣の弟が見せてくれたのは、翼を広げた白い鳩の飾りだ。同じように紐がついている。
 小さな鳩を、ロキはまんざらでもなさそうな顔でそっと摘み上げた。
「何を贈るかばかり考えていて、自分がもらうことをすっかり忘れていたよ」
「それは俺もだ」
 顔を見合わせ、二人で苦笑する。そのとき少し離れたところで「おおー」と声が上がった。ひと抱えもある大きなプレゼントのラッピングがようやく突破され、周りの子供達もこぞって中身をのぞきこんでいる。
 見せて見せてと請われてみんなの前に取り出されたのは、ヴァイキング船を模したカラフルなボートだった。なにしろ慣れない手作りなので、そり返った船首と船尾が不格好なのはご愛嬌だ。
「一人でなにを作っているのかと思えば……
 あんなもの、いったいどこで作り方を覚えたんだ?」
「なかなか悪くないだろ?」
 知らない友人の名を出して説明しても機嫌を損ねるだけだ。おどけて自画自賛すると、案外素直に弟は頷いた。
「そうだな。たしかに悪くないよ」
 ロキがそう言うなら上出来だろう。
 材料は近くの製材場で端材をもらい、削ったり組み立てたりの道具はロキに用意してもらった。中庭を借りて製作していると、宿の主人が面白がって塗装の一式も貸してくれたので、実質材料費はかかっていない。
 受け取った子が元気に「ソー! ありがと!!」と言ってくれたので、笑って頷き返す。
 誰から贈られたかバレバレだったが、喜んでくれたなら良かった。そう思っていると、ロキが顔を寄せてきてひそひそ囁いた。
「もうヒーロー業に戻るつもりか?」
 おっとあぶない。
「わかってる、まだ休暇中だ」
「それならよかった」
 本当だろうな?とまだ疑っている目で、すっと身を引く。なにか話題を変えよう。
「そうだ、結局おまえは何を贈ったんだ? もう教えてくれてもいいだろ」
「ああ、私は──」
 周りをざっと見回し、「あれだよ」と顎先で示す。その先では、兄と妹らしい二人が何やらもめていた。
「読んであげるから! すぐ返すから、ちょっとそれ貸して」
「ダーメ! これ、エイミー、の!」
 参加者の中でも一際幼い少女が、なにかキラキラしたカードを持っていた。絶対に取られまいと胸の前で抑え、少年を背中でガードしている。あれか。
「諍いの元になってないか?」
……ちょっと行ってくる」
 神妙な顔になって二人の元へ向かう弟を、ソーは茶化さず見送った。幼児の相手に慣れていないのはお互い様だ。武装した宇宙海賊を相手にする方がまだ気が楽だった。
 背の高い黒づくめのロキが近づいてくるのに気づくと、兄妹は驚いて静かになった。ロキは怖がらせないよう片膝をつき、少女と目の高さを合わせて柔らかい口調で話しかける。
「やあ、幸運なお嬢さん。
 君のそのチケットについて説明してもいいだろうか」
 小さな少女は幼児用のイスからよいしょと降りると、そのまま兄の後ろに隠れた。視線も合わせない。難敵だ。
 完全拒否の姿勢にロキは戸惑った様子だったが、めげずにポケットからなにかを取り出して兄妹に見せた。
「これが何かわかる?」
 それは先ほどの鳩の飾りだった。
 手のひらに収まる小さな鳩をもう片方の手で覆い、1、2、とカウントする。3の合図でパッと手を開けた時、なにか白いものが飛び立った。
「わあっ!」
 小さな小さな白い鳩だ。羽ばたいて天井近くまで舞い上がる。それを兄妹は歓声を上げ、揃って目で追っていた。
 鳩は頭上を一周すると戻ってきてロキの肩にとまり、それから差し出された手のひらに飛び移った。ロキの手がほんの数秒その姿を覆い、再び現れた時には鳩はただの飾りに戻っていた。
「すごいだろう?」
 いたずらっぽく笑いかけるロキに、少女は「しゅごい! しゅごい!」と前のめりで賛辞を伝えている。
 あまり派手なマネをするのはどうかと思うが、もう少し見守ろうか。そう考えていると、隣の少年が興奮して話しかけてきた。
「ねえ、あれすごいね! ソーの弟はマジシャンなの?」
 手品程度のパフォーマンスであれ、今の弟を褒められて悪い気はしない。だから否定せず頷く。
「そうだな、あいつはなかなか腕の立つ魔術師(マジシャン)なんだ」
 向こうではようやく話ができるようになった少女相手に、プレゼントの説明が始まっていた。
「さて、手元にチケットはあるな? そう、それだ。
 そのチケットを見せてくれたら一つだけ、私がささやかな願い事を叶えてあげよう」
(その手はありなのか?)
 魔術の安売りは嫌がっていたくせに。
 まあ、あいつなら「チケット自体はただの紙、それにどんな価値を見出すかは贈られた者次第だ」とかなんとか理屈をつけるだろうか。
「私の言っていることは分かるかな、ええと……。失礼、名前を聞いてもいいだろうか」
「おなまえ、いえる?」
 子供向けの言葉遣いに苦労するロキに、少女の兄がフォローを入れる。少女は頷き、元気に答えた。
「エイミー!!」
「そう、エイミー。年はいくつかな?」
 今度は指を一本立てて自信満々に答える。
「エイミー、2しゃい!」
「にっ!?」
 不自然な声をあげて弟がフリーズした。気持ちはわかる。ミッドガルド人の年齢はいまだに分かりづらい。
(20歳には届かないだろうと思っていたが、まさか2歳だったとは……
 彼我のギャップについ遠い目になってしまう。
 ロキの反応をどう取ったのか、そばの兄が補足を入れた。
「2歳だよ。まだ指を2本だけ立てられないの」
「そうか……。すまない、たくさんお喋りできるから驚いてしまった」
 ロキの方は持ち直したようだ。咳払いをして続ける。
「あらためて説明しようか。
 エイミーのチケットで、ちょっとしたお願いを一度だけ叶えよう。今日だけだよ。
 ここまではいいかな?」
「はい!」
 良いお返事に満足げに頷き、ロキはまた白い鳩の飾りを見せた。
「この鳩のように、君のお人形の友達を動かすこともできる。
 少しのあいだ広間のツリーを好きな色に変えたり、君の服をプリンセスのドレスに変えることもできる。
 ただし、後に残るお願いはいけない。別のプレゼントがほしいとか、おやつがほしいとかね。
 わかったかな?」
「はい!」
 あいかわらず元気すぎる返事だ。だがどこまで分かっているだろうか。
 ロキのプレゼントも悪くないアイデアだと思うが、さすがに2歳児相手だと無理がある気もする。
「よし、ではエイミーのお願いごとを聞こうか。
 君はなにがしたいかな?」
 彼女は真剣な顔で考えこむ。それをソーははらはらしながら見守った。
 頼むから犯罪行為にあたるような願いや、このイベントを台無しにするような願いはやめてほしい。なおかつ、なにかいい感じのささやかなお願いを叶えてもらって喜んでほしい。贅沢な望みだろうか。
 やがてエイミーは決然とした表情で顔を上げ、ロキに告げた。
「おうた」
「ん?」
「おうた、うたう!」
……えっ、私が?」
 他に誰がいるんだ。
 予想外の願い事にロキの目が泳ぎ、こちらへ向かう。その目は「なにかフォローしろ」と助けを求めていた。
(そう言われてもな……
 歌を歌ってほしいというのは、ささやかな願い事の範疇に十分おさまるだろう。魔術を使わなければいけないという決まりもない。つまり。
(お前が言い出したことだ。がんばれ)
 激励を込めて笑顔で頷く。ロキからは明確に「後で覚えてろ」とお気持ちが伝わる目で睨まれたが、これは弟の自業自得だ。
「よし、いやちょっと待ってくれ。
 あいにくだが私はこの国の歌をよく知ら……
「せーの! きいーらーきーらー、ひーかーるー」
「待て待て、一緒に歌うのか?!」
 かまわず歌い続ける少女を前に、ロキもついに観念した。歌詞もおぼつかないまま一緒に歌い始める。
 聞いた覚えのある曲だが、クリスマスに関係あるのかは分からない。音程もリズムも好き勝手にブレる舌足らずな歌声を、ロキが記憶と勘を頼りにさりげなく補正し、導きながら声を合わせている。
 気がつけば、周りの子供も、大人たちも、しばし手を止めて不器用な合唱を微笑ましく見守っていた。はじめはどうなるかと思っていたが、この場では自分たちも祝祭の一参加者にすぎないようだ。それがありがたかった。
 少女のお気に入りの部分だけを繰り返すうち、ロキも突然の脱線を笑って楽しむ余裕がでてきたらしい。
(休暇をとって二人で来てよかった)
 しみじみとそう思う。
 ここ最近、弟は家に篭りがちで、顔を合わせるたび何か言いたげな険しい表情をみせた。
 言いたいことがあればその場で言えばいいのに、つい聞き分けよく飲み込んでしまうのがロキだった。我慢を重ね不満を溜めこんでいるなら、ちゃんと話さなければいけない。そう思いつつもなかなか時間が取れず、放置してしまった。
 だから今回、ロキから休養目的での休暇を提案されたときは良いチャンスだと飛びついたのだ。
(結局、のんびり過ごしただけでまだろくに話もしていなかったな……
 それでも多少の気晴らしにはなったのだろう。
 ここ数日で弟は笑顔を見せることが増えた。気が向けば話もしてくれるだろう。無理に聞き出すことはない。
 笑い声混じりの歌声を聞きながら目を閉じる。
 そう、たまにはこんな休暇も悪くない。