花雲
2022-09-04 18:00:09
16172文字
Public 高銀
 

ゆびさきアイロニー

高熱が出て寝込む銀時の話。完結後。ほんのり完結篇。まだ加筆予定です。
「高銀茶飯事」開催おめでとうございます!Webオンリー用の新作でした。


 廊下へつながる引き戸に近づいた高杉は、躊躇なく足で戸をこじ開けた。
どうすんだろうと観察していたが、俺の手も必要なかったようで思わず苦笑する。
上品な所作とは程遠いけれど、らしいなと思った。
そのまま目的地まで一直線に進んでいく。厠のドアも同じようにこじ開け、便器の前に到着した。トイレのフタも蹴り開けたところで、初めて高杉の動きが止まる。
無言のまま左右を見回し、考え込み始めたようだった。
まぁ、初めてならそりゃ困るよね。なんてったって、うちの厠は狭いのだ。
大人が大人を背負ったまま、一回転できるような広さはなかった。

「うしろむきで、はいって」
すっかり手慣れた新八と神楽の動きを思い出し、教えてやる。
なるほど。」
高杉はいったん後ずさりで退却し、言われた通り廊下で回れ右をした。
ハタから見ればさぞ滑稽だろうが、本人は至って真剣。
それが余計におかしかった。
笑ってんじゃねェぞ、と釘を刺す本人も半笑いなのは卑怯だろ。やめてくれ。
いや別に、だせーとか思ってないよ? ほんとほんと。
背中に隠れて笑いをこらえる俺に、高杉は長いため息をついた。
自分でも笑っちまいそうなのを誤魔化してやがる。人のこと言えねーじゃん。
まったく、大の大人が狭い厠で何やってんだか。

「降ろすぞ」
不服ながらも一声かけてから、緩やかに屈む。俺がちゃんと座れるまで動かずにいてくれた。やっとたどり着いたが油断は大敵。壁に左手をついてフラつく体を支える。
体勢がくずれかけた俺の左肩を高杉がとっさに掴まえた。
ガシッと握って離さないまま、様子をうかがってくる。へーきだよ、と言う代わりにへらりと笑ってみせた。トイレで倒れるなんぞ御免だからな。
 俺を支えるため伸ばされた無骨な腕に、右手でトントンと軽く触れる。
もういいぞと伝わったようで、ようやく肩が解放された。
……のだけれど、なぜか出ていく気配がない。
何も言わないまま、ただじぃっと見つめられる。どした?
こちらが首をかしげると、高杉は徐に口を開いた。

脱げるか」
「ぬげるわッ」
思わずデカめの声が出た。反動でかるく咳き込む。
真顔で何を言い出すかと思えば。開いた口が塞がらない。
正面から聞いてきたあたり、茶化されたのではなく真面目な質問だったとわかるのが、なんとも言いがたい。できないと答えたら脱がせるつもりだったのかよ。
……だったんでしょーね、高杉 コイツなら。
「そうか」
俺の返答にあっさり引き下がった男は、トイレットペーパーを一回分ちぎり
ホルダーの上に置いてから立ち上がった。至れり尽くせりである。
終わったら呼べ、と言い残して出ていく背中を見送る。

 戸が閉まっていくのを見守りながら、ふと昔のことを思い出した。
厠の前で高杉を待たせるのは、そういや初めてのことじゃなかったな。
松下村塾で暮らしていた頃にも、厠への道のりが険しく感じる日はあったのだ。
どうしてかって、それはあの あれだよ。風邪ひいたーとか、そんな感じの理由。なんにせよ極々まれな話だからね、勘違いしないでよね。
 そういう日は大抵、それとなく松陽を連れションに誘うことで切り抜けてきた。
銀時にも怖いものがあるんですねと、それはそれは嬉しそうについてくるのがムカついたけど。胡散臭いニコニコ笑顔もいないよりはマシだった。
 でもある日、松陽が起きない日があったんだ。
いつも通り呼んでも、髪をひっぱっても体当たりしても反応がなかった。
すやすや呼吸はしているし顔も笑っていたから、なぜ起きないのか解らなかった。
迫る尿意、焦る俺。ほかに頼れる相手は二択しかない。いろいろあって一緒に暮らすことになった、ヅラと高杉のことだ。
 すぐ隣りで寝ているとはいえ、なんて声をかけりゃいいんだ
一緒に厠に行きませんか、なんて口が裂けても言いたくない。
バカにされるに決まってる。いや、案外アイツらにとっちゃ連れションは物珍しいのかもしれない。しかも夜中に、だからな。ここは経験者の俺が教え導いてやろう
ってな誘い方ならイケるか? なんか丸め込めそうな気もしてきた──
なんて、一人脳内会議に没頭しすぎていたらしい。

「おい」
背後からの突然の声に俺は飛び上がった。
とっさに松陽を飛び越え、そのデカい体に身を隠す。
俺以外みんな寝てるはずなのになんで!? 油断したとはいえ不法侵入を俺と松陽が許すはずもない。気配を消す相当の手練れか、気配そのものがないオバ……
いやいやいや、まだ聞き間違いの可能性がある。そうに違いねーよ、うん。
狸寝入りを続ける松陽を盾にして、声がした方を恐る恐る覗いてみる。
灯りはつけてないが夜目はきくほうだ。じっと目を凝らすと……
そこに立っていたのは、ただの高杉だった。

「っっっんだよお前かよッ……!!」
「うるせェ、何時だと思ってんだ」
緊張が一気にほどけた。すべてが面倒くさくなってその場にだらりと横になる。
コイツならそりゃ気づかないわ。松陽を起こそうと七転八倒しすぎたらしい。
逆に起きない2人の方がおかしいってか、はい。
「あー、そりゃ悪かったな。なんでもねーよ」
お怒りモードの高杉くんが無言で見下ろしてくるが、寝転びながら適当に返事する。思い出したように尿意もきた。なにも前進してないのに。もうやんなってきた

……厠。」
仁王立ちの高杉がポツリと呟いた。天井を見上げていた顔を横に向けると、ばっちり目が合う。しまった、つい反応しちまった。俺の顔を確認してから高杉は歩き出した。襖を開けて廊下に出て行こうとする。
「え、おまえ厠いくの?」
そう言ったろ、とだけ言い残し、高杉は振り返ることなくズンズン進んでいく。
こんな好機を逃してはならない。その後ろ姿を慌てて追いかけた。
「く、暗いなか行けんのー? 俺が案内してやんよ」
「場所なんざとっくに覚えたわ」
言葉通り足取りに迷いはなかった。昼間なんども使ってりゃ余裕か。
その後もあーだこーだと言い合っているうちに厠に着いた。
すかさず、おっさきー!と高杉を追い抜いて先手を奪取する。
これでようやく用が足せる。ギリギリセーフ、扉越しに聞こえるため息なんて気にならない程の解放感。ふぃ~ 間に合ったぁ
機嫌よく「待っててやるから安心しな」と交代してやれば「そりゃどーも」と返ってきた。強がっちゃって、実はコイツも怖がってんのかもしれない。俺は違うけど。
かわいげあるじゃん、なんてほくそ笑んでいるとすぐに戸が開いた。いや早いな。

「次からは俺にも声かけろ。厠くらいつきあってやる」
出てくるや否やそう告げられた。
後ろ手に戸を閉めながら、涼しい顔で。
……はて、瞬時に意図が理解できず返答に詰まった。
表情を見直してもそこに冷やかしの色はない。どうやら冗談ではなさそうだ。
ってことはだよ、もしかしなくても、俺が夜ひとりで厠に行けないのも、そのたびに松陽を起こしてるのも、全部バレて──?
そこまで思考がフル回転して、ゆっくり目が見開いていく。

うそでしょ、マジで言ってる………

必死で反論を探し回るが声に乗せられず、口だけがわなわなと震える。
「は……? ちょうど俺も小便したかっただけだから
  奇跡的にタイミングが合っただけなの。わかる? 高杉くん」
「置いてくぞ」
「アッ ちょっまって!!ほんと待ってくださいお願いしますッ!!」
どうにか絞り出した強がりも簡単にかわされ、さっさと帰ろうとする高杉をあわてて追いかける。俺だけ色んな意味で汗かいてんの、アホらし過ぎるだろ
2人の歩みに合わせてギシギシと床が鳴った。いつもは素通りする音がやけに響いて聞こえる。手が無意識に左腰へ伸びるも、あえなく空を切った。

 ──あー、ぬかった。
ここに来て初めて、刀を忘れたことに気がついた。

まさしく踏んだり蹴ったり。ひとり残されないよう足早に駆け抜ける。
とまぁ、なかなか屈辱的な思い出だが、今さら似たような経験をするとはね。
……寒くなる前に、俺もさっさと戻ろう。

 用を済ませてズボンも履き終えてから、扉をノックする。
「ん。開けるぞ」
へーい。と返事をしながら高杉くんを迎え入れた。
もうくん呼びするような歳じゃないけど、たまに茶化したくなるのだ。
今のコイツには、そうだな
「帰りもよろしく、高杉サマ」
「んだそれ、やめろ」
露骨に嫌な顔をされた。ですよね~。
それでもまた俺の前にしゃがんで、難なく背負いあげられる。
「ふふっ ちょっと、昔のこと思い出しただけ」
そういう事か」
その一言だけで高杉は引き下がった。
表情は見えないが不機嫌オーラも消えてしまったようだ。
あれ、意外とあっさり納得すんのな。気色悪ィとか言われると思ったのに。
落ちないように抱きついて暖をとりつつ、帰りは始めから逞しい肩に頭を預けた。
廊下を通りすぎ、愛しのソファーに無事帰還する。
はぁ~、あったかくて最高。さすがリビングルーム、生き返るぜ。

「そろそろ昼だが、食えそうか?」
時計を確認すると、あと10分ほどで12時になる頃合いだった。
それなりのあいだ眠っていたらしい。そういや今日はじめて見たな。
時間のわりに腹が減っていないせいか気づかなかった。あいつら休憩とってるかな。
「あんま、食えねーと思う」
「そうか。少なめに盛ってやる。一杯だけは食え」
治してから好きなだけ食やいいと、さっそくキッチンへ向かおうとする。
気が早すぎる男を呼び止めて、確認しておく。
「めし、お前は?」
人のことばかりで抜けている可能性があった。自分を後回しにしてしまう、
よくない癖だ。昔っから、お互いに。
足を止めた高杉は、目的地を指差しながら答えた。
「俺の分まで用意されてたよ。てめぇの世話が済んだら頂くさ」
まさか、ついでに作っといてくれたのか
神さま仏さま新八さま。拝み倒しても足りそうにない。
帰りに改めて礼を言わねぇとな、そう言い残して部屋を出ようとする男をまたまた呼び止める。だから早いって。
「羽織! これ、かえす」
「あ¨? 要らねェよ着とけ」
「オメーお勝手の寒さナメんなよ! いま脱ぐから
「俺ァ暑がりなんでな」
うわ、なにその下手すぎる言い訳。
それで通すのは無理があるだろ。
「ちょ、ほんと待てって高杉ッ!! おいたかッ ゲホッガハッ」
クッソむせた最悪。うぇっ、せき止まねーし頭に響くし、あーあ
せっかく頭痛は治まってきたのに、台無しじゃん。
できるだけ喉を刺激しないようゆっくり息を吸う。呼吸が乱れて苦しい。
けどもう少し、あと少し辛抱すれば落ち着くはず。いけるいける。
背中もさすってもらって、意外とそーいうの大事なんだよね。
となりに誰か居てくれるだけで全然ちがう。似たようなこと松陽も言ってたっけ。

 ……って、あれ?
 もしかしなくても、この手は──

顔を上げて、涙でにじむ目を凝らす。そばに居たのは、やはり高杉だった。
いつの間にか隣りに座って、なだめるように背中をさすっている。
その手のひらは、熱いと錯覚しそうなほど想いが滲みすぎていて──
用意していた悪態は、飲み込むしかなくなった。

……羽織 こいつは、お前に着せたくて持ってきた」
かるくて保温性が高いから寝ながらでも着やすい。しかも丸洗いもできる一品。
汗をかくにはもってこいだろ。などと、高杉はうつむき加減でこぼしてきた。
そんな分かりやすくしょぼくれるなよ。俺が悪いみたいじゃん。
深呼吸ついでにため息をつきながら、脱ぎかけた左袖に腕を通す。
「そういうことはさ、口で言えよ 今日ぐらい

 どうでもいい事ばかり口が回るくせに、伝えたい事は言えやしない。
言葉足らずは相変わらずで、指先だけが正直だった。
お互いに、何度でも同じバカをやらかして。
いつまで経ってもどこまでいっても、変わらないなんて笑ってしまう。
呆れるほど下手くそなまま、それでも想い合えるなら、
それでも隣りに居たいなら、変わらなくても良いのかもしれない。
だって俺は、お前がいるなら それだけで──


 なーんて、言ってはやらない。
まず我がふり直せやとツッコまれても、それとこれとは話が別だ。
そう簡単に教えちゃつまんねぇし、俺だけ言うのもなんか癪だし。
今は、まだ、その時じゃない。それだけの話。
“ また今度 ”と先延ばせる今日を、楽しんだっていいだろう?
いまの俺達には、時間がたっぷりあるんだから。



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