ぎんちき
2024-12-24 21:28:38
6789文字
Public ブン木手
 

雪華と赤花

2021年作

未来設定でちょっとバイオレンス表現ありのクリスマス話。白と赤。2ページ目は蛇足。
ノーチェック再掲です……。

『ほんっとごめん! やっぱ定時にあがれなさそうで……空港まで迎え、行けなくてごめん……でも、なるべく早く終わらせるから。で、えーっと、もし特に行く予定のとことかなかったら、良ければ……なんだけど。俺んちの近くに感じのいいカフェがあるから、そこで待っててくれたら嬉しい。このあと場所送るから。あ、でもほんと絶対行ってってことじゃないからな! んじゃ。また、あとでな』

 そんなボイスメッセージが、特に買う予定もない土産品を見ていた俺の元に届く。テキストではなかったので何事かと思いコートのポケットからイヤホンを取り出し聞いてみればこれだ。……気にすることなんて、ないのに。だが……顔を見ることが叶うのが少しばかり延期となった自分にとって、その声は普段通話するそれよりも重く、しかし、より温かく感じた。……なんてことは、断じてない。
 そもそも、パティシエの彼が今日という日に定時できっちりと仕事を上がれるなんて最初から無理とわかっていたこと。本来は業務だけでくたくただろうからわざわざ俺と会う必要なんてない。そう思っていた。
 だが、「疲れてるからこそ会いてぇの!」と言いくるめられてから、
早数年。すっかりとこれが我々にとっての当然、となってしまっている。これはつまり、俺も甘えてしまっていることの証左でもある。年末に彼に会えるから、ということに。勿論クリスマスが終わったあとは沖縄へ戻り、残り数日の業務があるが、それを乗り切るには十分すぎる。
 それと、彼はまるで自分のせいのように謝罪していたが、今年に関して言うのであれば、俺がこちらへ来る時間を間違ったのだ。例年は丸井くんの仕事が終わる時間よりも随分早いタイミングだったのに。今年だけは、俺自身の予定のためにこうなってしまった。だからこそ、彼も「できれば定時に」なんて欲が出てしまった……それだけのこと。気にする必要なんて、ない。だがそう告げたところで彼が「そっか」なんてあっさり受け入れるとも思えないので、あえて言う必要はないだろう。
 と、少し考えたところで彼の言葉と共に送られて来たURLを開く。それは「感じのいいカフェ」のホームページだった。なるほど。写真を見るからに落ち着いていて良さそうだ。メニューを見れば、コーヒーが充実しているようだったがそれだけでなく軽食も種類が多い。内装も凝った作りになっているようであることが見て取れた。ふむ。興味がない訳ではない。それに、元より彼の家へ真っ直ぐに向かう予定だったのだから特に他の予定なんてない。今の時刻は十七時。向かってゆっくりさせてもらおう。
『では、伺ってみます』

 そうメッセージを送って、スマートフォンはポケットへしまう。毎年何度か来るだけではあるが、流石にここから彼の家の最寄り駅までの路線や道のりは覚えた。せっかくひとりで移動をするのだ。周囲の風景などを楽しみながら向かうのも悪くはない。過度に見渡していては不審者となってしまうので、ほどほどに留めることを肝に銘じる。

   *

……ふぅ」
 地下の駅から地上へようやく出る。吐く息が真っ白だ。見上げた空も同じ色をしている。厚くて重たげな雲に覆われていて……
 どうやら今日は、珍しいことに関東地方で積雪が見込まれているらしい。いや、丸井くんの話やニュースなどの情報によれば積雪自体が珍しいのではなく、この……クリスマスの時期に、というのがかなり貴重なのだそうだ。最も、沖縄に住んでいる自分にとってみれば雪、自体が珍しいものなので天気予報を見ただけで浮かれた気持ちがなかったと言えば嘘になる。
 とはいえ、それを見るのは決して初めてではない。それこそ丸井くんとふたりで見た経験だって何度かある。だから、そう。単に自分が浮かれているというよりも、街全体が浮足立っているような気がして。それに引っ張られている、のだ。
「もう少し、着込んでも良かったですかね」
 少しでも冷たい空気を防ぎたくて、コートの襟を立てる。マフラーはしていたが、隙間から寒気が流れてきた。沖縄とは空気が違う。情報として見る気温の表示よりも寒く感ぜられるのは、何故だろうか。きっと、彼が隣にいたのならばこうは――いや、不毛な考えはやめよう。早くカフェへ向かおう。暖かい室内で温かなコーヒーでも飲めばこんな考えはどこかへいくはずだから。
 スマートフォンを取り出し、再度確認をする……と、
「雨?」
 画面に、水滴がついた。が、それは単なる雨粒ではないとすぐにわかる。噂をすれば何とやら、とでも言おうか。空からは雪が降ってきていたのだった。顔を上げれば目の前に白いものが次々と降りてくる。綿でも塵でもなく、水の変容したもの。それがただ雨と同様に降り注いでいるだけ。なのに。心が揺らぐのを、感じた。
 だが、永らくは感傷に浸っていられそうにない。思っていたよりも降る雪の勢いが強いからだ。先を急がねば。そもそも、丸井くんが無事にこちらまで帰ってこられるのかだって心配になる。今頃は、恐らく仕事でそれどころじゃないはずだ。しかし一応と思い、一枚、写真を送る。
『降ってきました。気をつけて』
 と、添えて。

   *

 駅を出る前に道はしっかり確認した。記憶力にはそれなりに自信がある。そもそも、この街に来るのは初めてではない。だというのに、何たるザマだ。雪という慣れない状況のせい、と一蹴して良いものなのだろうか。果たして。
 屋根のある場所でもう一度スマートフォンを確認する。……絶句。そう遠いという訳ではないが、二本は道を間違えてしまっている。もう一度よく確認してから行こう。早くも雪は積もり始めている。ブーツを履いてきたからある程度足下の濡れは防げるが、コートが水分を吸ってじっとりと重い。髪だって濡れている。こんな状態でカフェに入店しても大丈夫だろうか。今からでもいい、コンビニへ行って傘を買うか。
 それもそうだが、それよりも。
 あの時。丸井くんから合鍵を受け取っておくべきだったのではないだろうか、などと今更考えたところで詮無き事が脳裏を過る。今、考えるべきではない、と、理解していても。少しでも浮かんだその思考に支配される。

 ――前回彼に逢ったのは、秋の連休だった。彼が沖縄まで来てくれて。基本的にはふたり、俺の家でゆっくりと過ごしていた。そして最終日の前日に、起きた。

   *

「なぁ」
 その日は一日外へ出ていた。買い物をして、夕食を終え、何となく海岸沿いを歩いていた、その時。
 少し値の張るレストランなんかへ行ってみて、ワインを楽しんだ。だから、彼も酔っていたのかもしれない……そんな風に、このときは思っていた。

「あのさ、渡したいもんがあんだけど」
 そんなことばと共に差し出されたのは、小さな袋。丸井くんはこちらを向いていたが、視線はどこか違うところ――いや、俺を通り越して、更に向こうを見ている。そんな風に感じた。
 会えない時間のほうが長いが、それでも付き合い始めて何年も経っている。だから、その様子で彼が緊張しているのだとわかった。ちょっとしたプレゼントを頻繁にくれる彼が、こんなにも? と。それが……わかったからこそ、こちらも思わず緊張してしまった。それでも、「何ですか藪から棒に」だとか、そんなものが口からついて出ていたと思う。
 「開けてほしい」と彼が言うので従った。袋の中。そこには、鍵が入っていた。小鳥のキーホルダー付きの、それが。何なのかはすぐにわかった。しかし、俺は、わからないふりをした。冗談なのだろうと、思ったから。いや、冗談であってほしいと思ったから。だから、彼が悪戯な笑みを浮かべていると信じて顔を見た。

「キテレツ。俺の気持ち、受け取って?」
……気持ち?」
「うん。俺たち、何年もこうして離れて暮らしてるけど……俺。お前の、帰るところに、なりたい。あー、なんだ、これじゃ抽象的すぎるよな。ごめん。でも」
「わかりました。ですが――

 受け取りたいという気持ちがないではなかった。だが、俺は……そうできなかった。何故丸井くんがそうしたのか、わからなくて。その時は断ってしまった。俺が理屈抜きで気持ちに従えるようなタイプだったらまた話は違ったのでしょうけれど。
 今ならわかる。彼があのタイミングで差し出してきた理由。それは恐らく、酔っていたから、ではなくて。酔いというものの力を借りていたのだろう。すぐに理解できればよかったが、できなかった。
 俺に断られた後の丸井くんの困ったような笑みが今も脳裏に焼き付いて離れない。その晩、共に寝るときもそうだった。隣で眠る彼は赤子のように穏やかな寝息を立てているのに、俺の中では丸井くんがただ、笑っていた。そうして俺を責めるでも、何か問うてくるでもなく、ただ、笑っている丸井くんが。

   *

 あの晩ほどではないにせよ、今もそうだ。鮮明に思い返すことができる。ああ……俺は。後悔をしているのか。いつだって最善の選択をしていると思っていたいものだが、あれは完全に……誤りだった。
 いや……こんな思い出に浸っている場合ではない。過去は過去だ。現在と、未来。それを改めていかに築いていくかの方が重要だろう。そうとなれば、現状の打破だ。身体も冷えてきたし早くカフェへ向かいなおそう。

「っ、見つけた!」
「金は俺たちのもんだ」
「早く撃てよ!」
「待てって!」

「おいお前ら!」
「あ?」
「バ……ッカ! そいつ、関係ねぇよ!」
「は?」
……マジ?」
「早く、逃げんぞ!」
「ひぃ……

 騒々しい。一体何だったんですかね、今の人たちは。人のことを誰かと勝手に勘違いした挙句、謝罪もなしにどこかへ行くとは。
……
 俺は。今、歩こうとしている。だけ、だが。左の……脇腹に猛烈な違和感が、ある。
……?」
 何が起きた? わからない。手が痺れている。脚が異様に重い。口の中が乾燥していて、耳鳴りが、酷い。自分の内側の音が篭って聞こえる。ドクドクと脈打っている心臓は、自ら送り出しているものが、ただ、外へ垂れ流しになっていることを知らない。
 そう。厚い、コートの下。に、着ているシャツの、更に下。が、濡れている。不自然なほど。どんどん、それが範囲を広げている。
……行かないと、」
 自分の声が遠くから聞こえた。それもすぐ、耳鳴りに上書きされた。うるさい。呼吸が、しづらい。しようと思っていなくとも、歯を食いしばってしまう。今、俺の身に何が起こっているかなんて。どうでもいいじゃないですか。俺は、丸井くんに会わないといけないんです。絶対に。今日は、伝えたいことがあるんですよ。とても大切な、話なんです。丸井くん。どうか真面目に聞いてください。俺、春から東京の本社へ転属することになりました。だから。こっちにね、引っ越して住む必要が、あって。その、君さえよければ、一緒に暮らしませんか、と。何だかプロポーズみたいですけれど。そう、直接伝えたくて。上司からこの話を聞いて以来、今までずっと秘密にしてきたんです。今日の為に。それこそさっきの合鍵の時のように、よく、サプライズだなんだとしてくれるでしょう。お返しというやつですよ。君の驚く顔も、拒絶する声も――あるいは、喜ぶ様子も。全部、想像しました。可否はともかく、笑ってくれるのならばうれしいな、と思っています。アナタの笑顔は何よりも眩しく、あたたかくて、俺の心をいとも容易く溶かしてしまう。でも、今回ばかりはそうされたい、から。なんて。これは言いませんけどね。
……
 それを、現実にするために。歩いて、カフェで、待ち合わせしないと。いけないのに。あれ。おかしいな。どうして、足から力が抜けてしまうんでしょう。膝をついている暇はないのに。
 ……いや、歩けないのならば、這えばいい。腕を、動かして。雪をかき分けて。そうすれば、いつか、必ず、辿り着くはずでしょう。爪が割れたかもしれない。指先が痛い――気がする。どうしてこんなことをしているのだろうか。雪は冷たい。夏だったらよかったのに。沖縄の夏は、いつでも素敵なんですよ。来年は向こうで一緒に夏のひとときを過ごしたいですね。梅雨が明けたら、来てください。そんな風に率直な物言いができたらいいのに。
 丸井くん。
 これは天罰なのだろうか。天罰? 何の? 俺が……沖縄を出ようとしたから? 俺が丸井くんと一緒になろうとしたから? ああ、それならばきっと後者だ。彼は素敵な人だから。
 なんて。馬鹿げたことを、考えてみても。身体が震えて止まらない。脚が、重い。眠い。寒いのに、熱い。
……
 一旦、ここで休もう。もう何がなんだかわからないけれど。きっと、休めばすぐに歩けるようになる。それにしてもここ、どこでしたっけ。寒い。沖縄、ではない。寒くて、知らない。ああ、いや、知っている。そう。丸井くんの……俺は……

――テレツ! キテレツ!」

 声が、聞こえる。