ぷの
2024-12-22 12:18:04
10719文字
Public レイチュリ🍰
 

レイチュリワンウィーク - 祝福・もしもし? / 贈り物・聖なる夜

🦚不在のクリスマスの話。
後日の話を追加。(2024/12/26)
P1 - 祝福・もしもし?
P2 - 贈り物・聖なる夜

【贈り物・聖なる夜】

 部下たちの年末年始の休暇申請はなるべく通してあげたいけれど、星海にその名を轟かせる社畜の巣窟スターピースカンパニーでは、残念ながらそうもいかない。といってもアベンチュリンは各チームのリーダーが上げてきたシフトを承認するのみで、すでに悲喜交々の譲り合いは済んでいる。
 長期休暇ごとにたっぷり休みを取りたい人間がいる一方、込み入った事情で仕事を理由に私事を避けたがる人間もいる。新人たちはともかく、長期休暇に出社するベテランの顔ぶれはだいたいいつも通りだ。アベンチュリンは特に長期休暇にすることもないので、暇を潰すように仕事をしていた口だった。昨年までは。
「総監、数日前からお休みに入ってるって本当ですか? 今年はまだ五日も残ってますけど」
「驚いたかい、僕が本気を出すとこうなんだ。幹部の有休消化が都市伝説じゃないと証明してみせよう」
 ワーオびっくり! ノリのいい部下は両手を広げて驚きをジェスチャーで表した。しかし表情は白けている。なにせ今しているのは仕事だ。ベッドの上でバーチャルスクリーンをいくつも広げて、部下と楽しいミーティング中である。休みとは? 邪魔されたくない仕事の隠れ蓑。
「『飛び石連休は石を壊して均すんじゃない、間を埋めたてるものだ』なんてどの口が言うんだと思ってましたよ。他人の有休は上手に使うのに、ご自身のはひどい有り様ですよね」
「君のも上手に使ってあげようか?」
「勘弁してください」
 そのままだとまた捨てることになるよと指摘しても、肩を竦めるばかり。仕事を建前にしたからといって本当に働く必要はない。だというのに長期休暇に休まないメンバー筆頭の彼は、アベンチュリンの代理としていくつかの権限を預かるのも慣れたものだ。嘘を嘘にしておけない良心を見せるから、目をつけられて貧乏くじを引かされる。
「何かあったら遠慮なく呼んで」
「足が折れてる上司を遠慮なく呼びつける人でなしにはなれませんねえ。担当の先生によろしくお伝えください」
 仕事の話で呼んだのに律儀に小さな見舞いの花を持ってきた部下は、最低限の用事を済ませると病室から出ていってしまった。
 薔薇をメインに赤と緑でまとめた小さくも華やかな花束は、たぶんクリスマスの残り物だ。ケーキに続いて花まで、今年はすっかり乗り遅れてしまった。ツリーは年明けまで飾っていてもいいらしいから、いっそこれから取り戻そうか。サンタクロースだって遅刻することもあるだろう。
 四つのプレゼントを考えるのは、仕事より大変だ。けれど、楽しい。快く受け取って貰えるとわかっている贈り物がこの世にあることを、ずっとずっと忘れていた。


 レイシオはアベンチュリンの家に泊まり込み、約束通り退院の日に病院まで迎えに来てくれた。
「持ち物は?」
「ポケットに全部入ってる。あ、これだけ手持ちだ」
 昨日部下から貰った小さな花束を手に取る。水差しなんて用意してないだろうからと、そのままで数日飾れるものにしてくれていた。
「それも持って帰るのか?」
「せっかく貰った物だし、まだ元気だから」
「もしかしたらお菓子たちに害があるかもしれない」
「そっか、帰ったらあの子たちに確認しなきゃね」
 レイシオは不満そうに鼻を鳴らした。それでもアベンチュリンを丁寧に抱き上げて車椅子に乗せると、ブランケットを掛けた膝の上に花束を乗せてくれた。
「ありがとう」
 宇宙ステーション「ヘルタ」の創造物たちがいるエリアには色とりどりの花が咲く花壇があるから、植物はだいたい平気なのだと思い込んでいた。レイシオが指摘してくれなかったら、あの子たちを危険にさらすところだったかもしれない。
 創造物と一緒に暮らしていくために必要なことをきちんと知りたい。まだそれは手探り状態で誰もはっきりとは知らない。用意した環境に馴染んでいるのは、元々問題なかったのか、それとも驚異的な速度で適応したのか。今はサンプルを積み上げているところで、答えの端を掴むのも早くて数年先のことだろう。最低限の自由を奪わないと決めた以上、アベンチュリンにできるのは心配することだけ。何が危険かの判断は、あの子たちに任せるしかない。
 そもそも共感覚ビーコンで会話ができるところからして、創造物をペットと呼ぶには抵抗がある。自力で生きていくには不利な姿かたちという大きなハンディキャップを背負っているから、ペットの扱いで庇護下に置くことを受け入れてもらっている。そういう感覚が拭いきれない。創造物たちが人間を対等な存在だと思っているなら、かなり屈辱的なことだろう。
 時々思うのだ。もしかしたら創造物たちは、次元の違うところで人間なんて遠く及ばない優位性を持っているのではないかと。こちらに合わせているだけで、創造物たちを可愛い可愛いとみくびる人間を冷めた目で見ているかもしれない。あの大きなつるりとした瞳で便利な道具のようにこちらを見ていたら面白いじゃないか。
 なんてね。少なくともアベンチュリンのあの子たちにそんな二面性はないと思う。あの子たちになら、騙されて利用されたって全然構わないけど。
 考えに沈みながら手の中でくるくる回していた花束を膝に置いて、レイシオの背中を見上げる。そうだ、この足がある程度治るまで、アベンチュリンはレイシオの庇護下で過ごす予定を取り付けたのだった。可愛いを武器にどこまでレイシオから搾取できるかは、アベンチュリンの手腕にかかっている。まずは、ねだり損ねたクリスマスの贈り物を引き出してみようか。
「レイシオ」
 忘れ物がないか確認がてらベッドの上を整えているレイシオを、両手を伸ばして呼ぶ。
「退院のお祝いはないのかい?」
 少し挑発的にへらっと笑う。純粋な可愛さよりこの方がレイシオに刺さるのは経験則だ。料理だって適度なスパイスの香りを好んでる。車椅子の目線から見上げるレイシオは大きな彫刻みたいだった。上質なコートの柔らかなシルエットが綺麗に揺れて、のっそりとアベンチュリンに覆い被さってきた。こつんと額同士がぶつかる。
「何が欲しいんだ」
「君を全部」
 はーっ、と至近距離で大きな溜め息をつかれて、離れた額をバチンと指で弾かれた。最初に貰ったものは瞼の裏に飛び散る星々。まったく、幸先が良いね。
「また眠れなかったんだな、熱が出ている。仕事はお預けだ。帰ったら大人しく食べて寝ろ」
「君はいつもそうだ、僕が弱ると修道士みたいに禁欲的になる。たまには情熱が勝ったりしないのかな」
 痛む額をさすりさすりむくれてみせると、レイシオは呆れを隠さない半分くらいお説教のときの声音で言った。
「勝っているから君の家にずっと居座っている。持ち運び可能な骨折の治癒を促進する機械を用意したから、試験に付き合って貰うぞ。他にも試したい治療とリハビリがいくつかある。仕事にかまけていられる聖なる夜が何日もあると思うな」
 車椅子の肘掛けに手をついて前屈みでアベンチュリンを見下ろすレイシオの顔は影になって暗い。さらに目を細めて睫の影が重なった瞳の中の黄金は、たっぷりと蜜を蓄えた林檎のように艶めいている。
「その目障りな花が萎れるまでは見逃そう。お望みの下心だ、早く治して満たしてくれ」
 大変だ、搾取するまでもない。おはようからおやすみまで完璧にお世話されて驚異的な速度で骨がくっつき、治ったところを髄までしゃぶり尽くされる未来が見える。休暇中のレイシオを全部くれる代わりに、アベンチュリンの全部を持っていかれる。
 自分の家で良かった、創造物たちのところに逃げ込めば休息を取れる。そんな退け腰でいるアベンチュリンをますます細めた目で見透かすように覗き込んで、レイシオはふっと笑った。頭の上に狙いを定める印を付けられたような気がした。
「君の部下に伝えてくれ。人を煽る目的でも、赤い薔薇は不愉快だ」
……ああ、うん。人で遊ぶのはやめてって言っておくよ」
 そういうことなら、申し訳ないけど持って帰れない。どうやらレイシオの嫉妬をプレゼントする役割を担っていたらしい花束を、そっとゴミ箱に落とした。アベンチュリンの部下に、普通の感覚でお見舞いの花を持ってくる人間なんていなかった。この心遣いは倍返しするから覚えてろ。満足げに頷いた先生は不埒な指で患者の指を絡めとって、口づけとともに死を宣告した。
「年が明けたら数日間、君のお菓子たちは宇宙ステーションでお泊まりだ」
「待ってよ、あの子たちの意思を無視して外に出すのは認めない」
「そんな人間だと思われるのは心外だ。君から存分に愛されて自信がついたあの子らは、外に目を向け始めたんだ。自分たちについて知りたいと言うから、まずは同族と過ごしてみてはどうかと勧めた」
 それがあの子たちの希望なら何も言えない。喜ばしいことだ。いざとなったら小さな背中に隠れようなんて甘いことを考えていたアベンチュリンが悪い。
「年末年始も休みなく仕事があるんだろ、僕に構ってる暇なんてないんじゃないかい?」
「君の治療は仕事の一貫だ。それ以外もどうとでもなる。フリーランスだからな」
 時間は作るもの。仕事を持ち込むときには頼もしい言葉が、自分一人に注がれるためとなると背筋が震える。
「ええっと、お手柔らかに」
「考慮しよう」
 これ絶対口だけのやつだ。出会ったばかりのレイシオは嘘を嘘にしておけない人だったはずなのに、いつのまにか誰かさんの悪いやり方を学習してしまった。身に覚えがありすぎる。
 借りっぱなしのまま今も巻いているレイシオのマフラーに口を埋めて、アベンチュリンは骨なんかくっつかなきゃいいのにと音は出さずに呟いた。その裏で本心が何を願っているかは、数日後に結果が出るだろう。