雪華
2023-02-18 10:15:38
4837文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】おやすみなさい、愛しい人

出会って数年後、アトラスダムで同棲しているふたりの話です。ラブラブです。


今のオルベリクの仕事は、大きく分けて二つだ。一つは城の近衛兵への定期的な剣術指導。もう一つは、商隊の護衛などの傭兵稼業である。後者の仕事で街を離れることもあるが、なるべく長期間に及ばぬようにしている。
今回の仕事では、往復で三日程アトラスダムを離れることになった。それでも予定より一日短縮して帰れたので上々だろう。暮れゆく夕日を横目に、自宅へ向かう足取りは自然と速くなった。玄関扉の鍵を開け、帰宅の挨拶をしてもやはり返事はない。探すまでもなく、サイラスは先日と同じ椅子に学者のローブをかけ、机に伏せていた。

「サイラス?」

まさか具合でも悪いのかと駆け寄って覗き込むが、サイラスは極めて健康的な顔色で、すうすうと規則的な寝息を立てていた。机の上には開いたままの本と、空になったティーカップが置かれている。大方、読書中に睡魔に襲われたのだろう。ほっと胸を撫で下ろした。
本当は少しでも早く声を聞きたいところではあるが、起こすのも忍びない。しかしこのまま変な姿勢で寝るのも良くないだろう。軽く椅子を引いて机から離し、上体を支えながら膝裏に手を入れて抱き上げた。初めてサイラスを抱えた時にはあまりの軽さに驚愕したものだが、彼から言わせるとオルベリクが鍛え過ぎなだけらしい。

(そういえば、こいつの寝室に入ることはなくなったな)

サイラスは毎晩オルベリクの部屋を訪ねてくるが、逆はなくなったと気が付く。離れて暮らしている頃、たまにアトラスダムまで赴いた際にはサイラスの寝室で肌を重ねることもあったが、今はそういうことをする時も決まってオルベリクの自室である。
なんだか懐かしく思いながら、サイラスを支えたまま片手で彼の寝室の扉を開く。寝室には当たり前だが衣装箪笥や寝台がある。特徴的なのは、立派な書斎があるというのにこの部屋にまで本棚や机があるという点だろう。そして本棚の前には入り切らなかったのであろう本が積み上げられており、それは寝台の上にまで及んでいた。本や書類までもが乱雑に広がった寝台は、とても横になって休める状態ではない。

(なんということか……

この部屋の寝台は、家主ではなく本を寝かせているのか。道理で毎晩サイラスがオルベリクの部屋にやって来る訳だ。添い寝をしたがるとは可愛いところもあるものだと喜んでいたが、単に寝る場所がなかったからとは。自分の勘違いを恥じながら部屋を出て、いつも通り自室の寝台にサイラスの身体を横たえた。
サイラスは運ばれたことに気付きもせず穏やかな表情で眠り続けている。オルベリクも剣を下ろして旅装を解き、寝台に入った。少しだけ休むつもりで目を瞑り、傍で聞こえる寝息に誘われるように意識を手放した。



およそ一時間ほど眠っていただろうか。腕の中で恋人が身動ぐ気配に目が覚めた。サイラスは柔らかい笑みを浮かべると、首筋に頬を寄せてきた。

「オルベリク……帰っていたのかい? おかえりなさい」
「ただいま。つい先程な」
「運んでくれてありがとう。疲れているのに、悪かったね」
「これくらいは容易いことだ。それより、お前の寝室に入ったが……酷い有様ではないか」

するとサイラスはばつが悪そうに眉を下げ、オルベリクの腕から抜け出して体を起こした。自分も同じように寝台に座り、乱れた前髪を掻き上げる。

「いや、見られてしまったか。片付けられないたちで恥ずかしいね」
「毎晩一緒に寝に来ると思ったら、まさか寝床が本に取られているからとはな……
「それは違うよ、因果関係が逆だ。あなたと一緒に寝たいということは紛れもない本音で、その上あなたがそれを拒まないことも分かっている。それなら私の寝台は無用だから、物置として有効活用しようと思ったのさ」
「そうなのか……?」

言い訳をしているだけではないかと少々胡乱げに見下ろすと、サイラスは態とらしく顎に手を遣った。視線だけでオルベリクを見据え、挑戦的に片眉を上げる。

「ふむ。私は愛する人と共寝をする現状に満足しているが……あなたが不満に思っているのなら、大変残念ではあるが片付けて眠れるようにしようか」
「い、いや……その必要はない。お前がそれで良いのなら、俺は構わん」
「では、今のままで良いのだね! しかし、随分含みのある言い方だね?」
……一体どこで、そういうずるい言い方を覚えたのかと思ってな」
「恋の駆け引きを教えてくれたのはあなただよ」

自覚はあるので、そう言われるとぐうの音も出ない。色恋事に酷く鈍かったサイラスに、愛し方や愛され方を手取り足取りひとつずつ教え込んだのは間違いなく己だ。拙いステップを踏むサイラスの手を取って、共に踊る内にいつしか自分も彼のリズムに乗せられていたので、結局のところはお互い様だと思うが。
サイラスは小さく欠伸をして、ぐっと上体を反らす。カーテンが開いたままの窓を見遣れば、いつの間にか夜空に星が瞬いていた。

「さて、何か食べに行こうか。仕事の話が聞きたいな」
「そうだな。いつまでもこうしていると、あっという間に夜が更けてしまう」
「それはいけないね。早くあなたを休ませてあげないと」
「気遣いは嬉しいが……休むより、可愛い恋人に癒やされたいところだ」

なめらかな輪郭を描くサイラスの頬に音を立ててキスをすると、色白い肌が淡く色付いた。言外に込めた意味が正確に伝わったことに満足して寝台を下り、同じように立ち上がろうとするサイラスに手を差し出す。すると彼は花が綻ぶように甘く微笑み、オルベリクの手を取った。

「そうだね……今夜も共に眠ってくれるのなら、良いよ」
「もちろんだ」

再びこの部屋に戻るまでは、騎士としてエスコートしてみせよう。恭しくサイラスの手の甲に唇を落として誓いを立てた。
――翌朝、日が高く昇り切るまで、ふたりは寝台の中で身を寄せ合っていた。先に起きたのはやはりオルベリクで、広い寝台の端で窮屈そうに眠っていた自分たちに気がつくと、おかしくてつい笑ってしまった。




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