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雪華
2023-02-18 10:15:38
4837文字
Public
オルサイ
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【オルサイ】おやすみなさい、愛しい人
出会って数年後、アトラスダムで同棲しているふたりの話です。ラブラブです。
1
2
サイラスと出会って三度目の春、オルベリクは彼と共にアトラスダムで暮らし始めた。
互いに惹かれ合って恋仲となった二人は、旅を終えた後は一旦それぞれの住まいに戻った。アトラスダムとコブルストンの間の距離は近いようで遠く、手紙のやり取りを続けながら時折顔を見に行く日々が続いていた。
ただ、オルベリクは早い内から、いずれ生活の拠点を同じ場所にしたいとは考えていた。離れて暮らすということは、相手に危険が迫った時に傍にいられないということだ。オルベリクはもう二度と、何もできぬまま失いたくはなかった。サイラスこそがこの生涯において最後のひとになるであろうと思えば尚更であった。
とはいえ、コブルストンの住民には見ず知らずで素性も分からないオルベリクを迎え入れてくれたという恩がある。村の警備方法の検討や剣術の指導など、時間をかけて出来るだけのことをして、ようやく今ここにいるという訳だ。
「ただいま」
扉を開けながらそう言うと、返事の代わりに本の頁を捲る音がした。旅の最中を思い出す様子に苦笑いを浮かべながら、ダイニングテーブルに向かう。行儀よく並んだ椅子の内、ひとつだけ真新しい艶があるそれにサイラスは座り、読書に耽っていた。その無防備な頭に軽く手を置くと、青い瞳がやっとこちらを向いた。
「あ
……
おかえり、オルベリク」
「ただいま。相変わらず、集中しているとこれか」
「自宅だとつい気が緩むんだよ」
「おいおい、外でもそうだっただろう?」
「そんなこともあったね。あなたに誤魔化しは利かないか」
悪びれなく笑い、サイラスは本を閉じた。彼の自宅は広く豪華なつくりで、調度品も手入れをしながら使い込まれた味や統一感がある。調和が取れた空間の中、彼が座る椅子だけは形状が異なる上に真新しいせいで明らかに浮いている。
「おっと、あなたの椅子を占領してしまったね。返そうか」
「構わん。このまま夕飯を食べに行くだろう?」
「そうだね」
「
……
そんなに気に入っているのなら、自分の椅子も新調したらどうだ?」
サイラスは目を細め、椅子の背を慈しむように撫でる。この椅子は、つい先日オルベリクが使うために買った物の一つであった。サイラスの家にある家具はオルベリクには少々窮屈で使いづらい物があったため、幾つか新調したのだった。二人でテーブルに付く際はオルベリクが座る椅子だが、サイラスが一人の時に使っているところを度々見かける。
彼は緩く首を横に振ると、席を立って微笑んだ。
「いいや、あなたの席だから良いんだよ」
「そんなものか? 一つだけ浮いていて不格好だと思うが
……
」
「そんなことはないよ。家族が過ごす空間にあなたの存在があることが嬉しいし、ここに座っているとあなたに抱き締められているような気分になって落ち着くんだ」
屈託なく微笑まれると、却って自分の方が照れてしまう。互いに既に両親を亡くしていてもう家族と呼べる存在はいないが、いつかサイラスのことをそう称する日が来るのだろうか。
それはともかくとして、やられたままでいるのは性に合わない。片腕をサイラスの柳腰に回して抱き寄せると、彼はそっとオルベリクの胸板に頬を寄せた。
「
……
本物がここにいるのに、妬けるな」
「おや。胸がときめくのは、こうしてあなたに抱き締められている時だけだがね」
「全く、お前には敵わんな
……
」
絹のような髪を指先で梳き、頭頂部に口付ける。
――
満ち足りた生活であった。全てを失い、亡霊のように彷徨っていたあの頃からは想像もつかないほど、幸福であった。暫しそのまま抱き合っていたが、その内にどちらかの腹が鳴ったので観念して家を出た。
***
食事は酒場や食堂など外で済ませることが多い。ただ最近は安息日は一緒に台所に立ち、本やハンイットから教わったレシピを元に料理をするのが楽しみになっている。たまに失敗することもあるが、それも含めて愉快な時間だ。
夕飯を食べて家に帰ったら、交代で湯浴みをする。その後の過ごし方は曜日やそれぞれの仕事の様子にもよるが、就寝のタイミングがずれる場合は大抵オルベリクの方が先に眠る。今夜も例に漏れず、書斎にいるサイラスと扉越しに就寝の挨拶を交わして自室に入った。
オルベリクに宛てがわれた部屋は、元はサイラスの両親の寝室だったそうだ。整理はオルベリクも手伝った。彼の生い立ち話を聞きながら少しずつ片付けていくのは、まるでこの家に新しい家族として迎えられる準備をしているようで悪い気分ではなかった。まだ使える物や思い入れの深い物を選んで残し、一部はサイラスの部屋にも運び込んだ。今はオルベリクの私物や新しく用意した家具が半数を占めている。
「さて、寝るか
……
」
誰に言うでもなく呟いてランプの灯りを消す。大柄なオルベリクであっても広々と使える寝台も、新たに設置した家具の一つであった。瞼を閉じ、眠りに就く
――
。
――
ふと意識が覚醒したのは、夜中のことであった。今まさに寝台に上がろうとしていた恋人が囁く。
「すまない、起こしたかい?」
「いや。仕事は一段落ついたのか?」
「なんとかね。おやすみ、オルベリク」
「ああ
……
」
布団を捲って潜り込んできたサイラスを抱き締める。この寝台を誂えてもらう時、家具屋に向かってサイラスが顔色一つ変えずに『二人でもゆったりと眠れる大きさにしてほしい』と注文をつけるものだから、隣でオルベリクの方が慌てたものだ。まあ、要望通りに仕上がった寝台が家に来てからはこうして毎晩共に寝るようになったから、一時の恥で済んだなら安いかと今は思っている。
サイラスは寝付きが良いのですぐに寝息を立て始めた。健やかな寝顔を暗がりで見つめて、オルベリクも再び眠った。
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