雪華
2022-07-30 14:56:55
7686文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】夏空ときみ【女体化】

Greysさんお誕生日おめでとうございます!あさきさんとの合作です!先生が先天性女体化のオルサイです。


街には既に数日間ほど滞在しているが、調査は早朝や深夜に及ぶこともあり、ゆっくり観光している暇はなかった。改めて日中に歩いてみると、サイラスの言う通り様々な露店が並んでいた。
書物を扱う店もあれば服飾品を扱う店もある。その中で覗いた店の一つは、精霊石で凍らせた果物を販売していた。凍ったブドウを買い、口に含むとひんやりとした冷気と優しい甘みが味蕾を刺激した。

「贅沢な食べ方だな」
「かなりの数の精霊石を使っているようだったね。だが今日は気温が高いから、冷たいものは殊更美味しく感じるよ」
「そうだな。もう少し、何か買って食べるか?」
「それもいいけれど、海が見たいな」

繋いだ手を引かれ、海に向かって歩く。浜辺まで行くと街の喧騒は遠くなり、小波の音だけが響いていた。市場が活気づいている時間帯だからか周囲には人影もなく、白い砂浜と青い海のコントラストも、その中で楽しそうに笑うサイラスもオルベリクが独占できた。

「わあ、海水はまだ冷たいね」

サイラスは態と波打ち際を歩き、足に海水がかかる感触に子供のようにはしゃぐ。ぱしゃぱしゃと水を踏みしめる音と共にスカートが揺らめき、日に焼けていない素足を覗かせた。いつまでも見たくなるような幻想的な光景に、自然と穏やかな声が出る。

「楽しいか?」
「とてもね。……あなたには少し、退屈だっただろうか?」
「いや、俺も十分楽しませてもらっている」
「それなら良かった。こういうことをするのが、夢だったんだ」

学者の口から出る類のものとしては珍しい言葉に、オルベリクは瞬きをした。理想や目標といった言葉なら分かるし、それに向かって真っ直ぐに歩んでいけるのがサイラスの強さだ。そんな彼女が夢を語るとは。するとサイラスは目を細め、はにかむように微笑んだ。

「好きな人と、海辺でのデート。恋愛小説ではよくある展開だろう? ……私だって、そういうものに憧れを抱いた少女の一人だったんだよ」
……

何を今更、と言いかけたが、己自身も『好きな人』という言葉に胸が高鳴ったため、その言葉は呑み込んだ。自分で言っておきながら恥ずかしくなったのか、サイラスは頬を赤らめると、オルベリクの手を振り解いて走り出した。と言っても、履きなれない靴で歩幅が小さい彼女に追いつくのは簡単なことだ。大股で駆け寄り、華奢な手首を掴む。

「捕まえたぞ」
「ふふっ、あなたには敵わないな……

軽く腕を引き、サイラスの体を反転させ正面から抱き締める。不器用な三文小説の真似がお気に召したのか、彼女は大人しくオルベリクの腕の中に収まって笑みをこぼした。腰を抱いたまま、反対の手で柔らかな頬を撫でると、サイラスはおもむろに瞼を下ろす。

「サイラス……

――綺麗だ。そう囁いて彼女が被る帽子を取る。サイラスが最も美しく映る瞬間を誰にも見られないようにそれをかざし、唇を合わせた。短く触れ合わせるだけで顔を離し、再び帽子を被せ直してやる。サイラスはオルベリクの首に腕を回し、踵を浮かせて抱き着いてきた。

……大好きだよ、オルベリク」
……ああ、俺もだ」

ど、ど、と心臓の鼓動が速まる。言うなら今しかないと自分を奮い立たせ、口内に溜まった唾を飲み込んだ。抱き合っているせいでオルベリクの緊張感が伝わったのか、サイラスは不思議そうに首を傾げた。

「オルベリク……?」
……お前に、言わなければならないことがある。これまで機会を窺ってはいたのだが、結局今日まで言い出せなかった」
「あなたがそれほど思い悩む話とは、一体なんだい?」
「近い内に、一緒に暮らさないか」

はっと、青空を写し取った目が丸く見開かれた。ようやく言葉にできたという安堵感が、オルベリクの口を普段より僅かながら饒舌にさせた。――オルベリクが一旦コブルストンに戻ったのは、フィリップや村長との約束があったからだ。だがゆくゆくは村を出ると決めていて、サイラスと文通しながら密かにその段取りを進めていたのだ。

「責任を取ると約束しただろう。それを果たすべく、村に戻ってからこれまで準備をしていた。村長とも話はつけてあるから、村を出る準備はもう直に整う」
「それは……あなたもアトラスダムで暮らすということかい?」
「そうではあるが、それだけでは不十分だ。アトラスダムでお前と一緒に暮らしたい。毎朝起床の挨拶をして、夜は共に眠りたい。俺と……

柔らかなサイラスの胸元からも、とくとくと駆け足になっている鼓動が伝わってくる。しっかりと彼女の瞳を見つめ、その言葉を紡いだ。

「俺と、結婚してくれ」

さっとサイラスの頬が紅潮したが、反面どこか不安げに視線を揺らす。腕を解き、オルベリクの胸板を押し返す仕草に、つい腰に回した腕に力がこもった。

……ま、ってくれ、それは……
「嫌か?」
「違うんだ。あなたの申し出はとても嬉しい。……嬉しいが、あなたのやりたいことを奪ってまで望むことではない。本当にコブルストンを離れてもいいのかい?」

顔面蒼白になりかけたが、すぐさまに拒絶ではないと否定されて持ち直した。サイラスの返答は想定していなかったものの、彼女らしいとも思った。求婚の言葉にすぐに頷く訳ではなく、それが互いにとっての最良か冷静に確かめようとする姿はまさしく、オルベリクが惚れ込んでいる一面でもある。

「私がコブルストンに行くと言えたらいいのだろうが……それはできない。辺獄の書の翻訳や研究には、大陸一の蔵書を誇るアトラスダム王立図書館が近場でなければ不可能だ」
「分かっている。お前が旅の中で使命を見つけたように、俺も自分のすべきことを悟った。アトラスダムで暮らすことを考えたのはそのためだ」
「あなたのすべきこととは……?」
「もう二度と大切なものを失わないために守りたい。これまでに縁があった者達、そして当然お前のことも。だが、俺の剣が届くのは精々この両腕が届く範囲だ。……傍に居なければ、守れない」

サイラスはオルベリクに真剣に耳を傾けている。一を聞いて十を知るサイラス相手に、全てを詳らかに伝える必要はないのかもしれない。それでも、これだけはオルベリクの言葉で彼女に届けたかった。

「それに……未来のために知識を残し、後に続く者を自分より高みに連れてゆくというお前の信念に感銘を受けた。お前を守ることで、この腕が届かない範囲の者も救えるだろう。だから、お前と共にアトラスダムで暮らしたい」
……私のためではなく、あなたの意思でそれを選ぶと?」
「そうだ。決してお前に尽くすというつもりではない。必要であれば、これまで手を貸した者の元にも駆けつけ、時にはお前の隣を離れることもあるだろう。だができる限りはそばにいて、生涯お前を守り抜く。俺のしたいこととは……そういうことだ」

アトラスダムへの移住は、彼女と婚約してから覚悟していたことではある。しかしそれは単なる責任感によるものではなく、オルベリク自身が本心から望んでいることだ。
一気に捲し立てたオルベリクを見上げ、サイラスは長く息を吐いた。その表情は穏やかで、もはや一欠片の憂色もなかった。

……ありがとう、オルベリク。私はあなたに甘えてばかりだね」
「いや、俺の方こそお前に救われてきたんだ。……それで、返事の方は」
「あなたの意思で選んでくれたのなら、断る理由などない。改めて私の方からお願いするよ。……私と、結婚してください」

頬を淡く色付かせ、サイラスは柔らかな笑みを浮かべた。きらきらと降り注ぐ陽の光に包まれて幸せそうに笑う彼女の姿を、オルベリクは生涯忘れないだろう。
二人の旅は一度は終着点を迎えたが、ここから再び始まる。今度のそれは長く途方もない旅路になるだろうが、サイラスと共に歩むのならどんな困難でも乗り越えられる。彼女が導き、創り出す未来がどんなものになるのか――想像もつかないが、隣でそれを見られることが楽しみだった。





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