urifuji
2021-10-19 14:25:34
18798文字
Public
 

鬼哭村、料理に関する津々浦々~春:祈りの筍料理~

料理に関する双子の珍道中です。
一回目は奥継君。
只々楽しく料理をする彼らがみたい。

【筍:イネ科タケ類の若芽。春先、地面から芽がでているものを生食として使用する。主に旬は3~4月】



「あ~っ!イライラするっ‼」

 この日鬼道衆の若き鉄砲玉、風祭奥継はささくれ立つ気持ちを隠しもせず地面を踏み歩いていた。元々感情の起伏の激しい性質である彼はこの様に感情を爆発させることがあるが、最近は特にその頻度が多い。特にあの男が来てから彼の精神が安定している頻度は少なくなっていた。そう、あの男――

「緋勇龍斗っ。あいつは何なんだっ!」

 最近村に来た無手の古武術を使う緋勇龍斗。桔梗の使役した式神をいともたやすく打破し、その動きを見た御屋形様直々に腕を見込まれ鬼道衆の一員になったという。飄々として、つかみどころがなくて、自分を馬鹿にするように見つめる得体のしれない男。

「いきなり俺を蹴りやがってっ!許さねえっ!」

 出会った頃を思い出し全体重を乗せ地面を叩きつける様に歩く。怒りを纏い、土煙を上げるが如く村を歩くその姿に、村人は訝しげに遠くから姿を見詰めるのみだ。暗い瞳でこちらをみる数種類の眼差しに鬱陶しさを感じ、さらに苛立ちが積もる奥継。「あ~っ!」と体中に響き渡る程の大声をあげて勢いよく気配の感じる方向に体を捻じると、村人はそそくさと視線を外し散っていった。
 相変わらず辛気臭ぇ村だぜと心の中で唾を吐き、鬱憤が溜まる心を表す様に親指の爪を噛む。しかしもうすでに深爪となっている事に気が付くと、「チッ」と小さく舌打ちして口から手を離した。

「大体御屋形様も御屋形様だ。あんなどこから来たか分からない男を仲間に引き入れるなんて、訳分らねえ。幕府からの間者だったらどうするんだ!実際あいつが来た後敵がこの村まで来たじゃねえかっ!」

 苛立ちを発散させるように声を荒らげるがここには相打ちを打つような相手はおらず奥継の言葉は風に乗って静かに消えていく。
 龍斗がこの村に来た数刻後幕府の者がこの村に乗り込んできたことは記憶に新しい。あの時は他者に伝令がされておらず出陣した部隊だけを叩き潰せばよかったが、もし伝令されてこの村の居所を知られていれば大勢の狗どもがここに乗り込んで来ただろう。場合によってはこの村を、鬼道衆を殲滅させていた恐れだってある。
 流石の奥継も思う所があり仲間に進言したがしかし、彼の話を聞いた仲間は「それはあり得ない」と断言した。

『本当に間者だとしたら村に来てたったの数刻後、しかも援護も頼まず敵襲を寄越すなんてそんなのはバカげた話さ。子供だってもう少し考えるよ。自分が犯人だって言ってるものだし、この村で暮らしている以上それは自殺行為だ。もう少し考えるんだね、坊や』
『あいつは自ら希望したのではなく俺が勧誘したのだ。これでも人を見る目はあるという自負はある。もう少し様子をみてはくれんか、奥継』

 あいつがこの村にいること自体奥継は何か言いようのない不安を感じるのに、仲間はそんな奥継の気持ちに気づかない。お前の言うことは戯言で大事ないとあっけらかんと笑うのみだ。
 どうして皆気づかない。
 この息苦しい程の陰気と鬱蒼としている空気で満ちている村を、根本的から覆してしまうような大きな力をあいつから感じるのに。傍に居るだけで自分を塗り替えてしまう様な恐ろしさを感じているのに。
 龍斗の姿が脳内に浮かぶ。鷹揚としながらも全く隙の無い所作。村で襲った敵を一瞬で葬った圧倒的な力。天鵞絨色の夜空に浮かぶ月の様に眩い程輝く瞳。
 あの琥珀の瞳は全てを焼けつくす陽の光だ。全てを平等に照らし温厚に見せながらも、近づくものを容赦なく焼き殺す激しさを持つ。一度見たら忘れられない光。底知れぬ、得体のしれない光。
 思わず背筋が寒くなり、弱きになる心を奮い立たせるべく手を強く握った。強く握りしめた手から手甲の紐が擦る音がする。

「あいつ相手に不安になるなんて、それこそ冗談じゃねえっ!」

 だから奥継はここ数日自分の予感を証明する為に龍斗の後を尾行している。幕府の手下だと証明できるような何かを、朝から晩までずっと。
 けれど、奥継の努力も虚しく一定の刻、仕草を見せると龍斗の姿をどういう訳か見失ってしまう。
 ある時は山の中で、ある時は滝に行くまでの道中で。
 立ち止まって肩を大きく揺らし、頭を軽くかいた後の一瞬。奥継が瞬きをする刹那のうちに龍斗は毎回姿を消してしまうのだった。

「何なんだあいつは……。実は忍者か何かか?」

 見失ってからは龍斗の姿を探すが、結局尻尾どころか痕跡すら見つけられず。困惑の中夕食を食べる為に屋敷に帰ると龍斗は毎回先に戻っており、疲れて帰って来た奥継に笑顔で労いの声を掛けるのだ。
 徒労に終わった元凶が微笑んで自分を迎え入れ労う。これが苛立たずにいられるだろうか。いや、無い。たとえ奥継でなくても腹が立つだろう。
 そんな毎日を繰り返すうちに意固地になった奥継は、今日も今日とて龍斗の後を追っている。最近は御屋形様も苦笑して「奥継、今日もか?」と声を掛けられる始末。昨日なんて九桐に「まあ、ほどほどにな」と諫言まで受けた。
 日々腹立たしさが止まらない鬼道衆の末っ子は今日こそあいつを捕まえようと意気込みを強める。当初の目的である“間者の証明を掴む”という事柄は既に忘れているようだ。

「今日あの野郎は何処に行く気だ?山、は一昨日。滝は三日前。昨日は姿すら見つからねえ。……う~ん、行けるところは殆ど行ったけどなぁ?」

 今日も起きて早々龍斗の姿を探しているが見当たらない。唸り声をあげて頭をひねっているとどこからともなく男の声が聞こえてきた。
 耳を澄ませ静かにその声の主を探すと、奥継の背中側から探し求めていた聞こえる。
 朝から探していたその声を聞いた奥継は思わず感極まり、握りしめた拳から血管が浮き出て、心が煮えたぎる。どちらの感情なのかは推して知るべし。
 急いで近くの家の陰に隠れ、声が聞こえた方向を見つめる。微動だにせずその場で隠れていると民家の後ろから漸くふらつく足取りで龍斗は現れた。
 起きたてと分かる寝癖を携え、腑抜けている顔はなお締まりがない。瞼は半分閉じて何度も欠伸を繰り返しているが、以外にも思っていたよりも足取りはしっかりしていた。
 龍斗と(かなり不本意だが)共同生活をしているため、奥継は龍斗がどれだけ寝汚いのか知っている。夜間遅く寝つくようで朝は遅く、どれだけ奥継が大声を上げても起きず、布団に強く抱き付き離れない。あの細身の体でびくともしない馬鹿力は一体どこからくるのか。思わず数日前の事を思い出してしまい、忘れかけていた怒りがふつふつと甦る。
 そんな奥継の剣幕を知りもしないだろう龍斗は相変わらずぼんやりしながら門の方に歩いていた。何故か肩に大きな籠を2個を携えて。

『籠……?しかもなんで2つも持ってやがるんだ?』

 龍斗の後を民家の影で隠れながら追う奥継は不思議に思ったが、龍斗がいつもの仕草をした為その疑問は瞬く間に消えさった。どんなときでも奥継を巻き、一瞬で消えてしまうあの仕草。

「っ、させるかよッ!!」

 逃げる龍斗を捕まえようと飛び出すが、時すでに遅し。奥継が姿を見せると同時に龍斗は霧隠れしたように消えた。一瞬見た奴の顔は薄く微笑んでおり、まるで奥継を嘲笑っているかの様。しばらく立ちすくんでいたが、しんしんと積もる雪のように奥継の中で苛立ちが消えず蓄積されていく。

「あの野郎、どこ行きやがった!!」

 苛立ちのあまり大声をあげ、龍斗が向かっただろう場所に向かい周りを見渡す。声を上げて探しているうちにいつの間にか村の門まで来たようで、凄い剣幕で走って来た奥継に近くにいた門番は思わず声を掛ける。

「は?え、風祭様?随分お早いですね」

 が、当人の奥継は気にする余裕がない。無視され戸惑う門番を尻目に門の外まで探し回る奥継だったが、村の外にある木々の間からちらちらとこちらを挑発するように白い道着が見え隠れしている姿を発見した。道着の背中に刺繍された黄龍の、射貫くような眼光が奥継を見据える。

「待てっ!逃げられると思うなよっ!!」
「え、風祭様っ⁉一体どちらに行くんですかっ?!」

 門番の戸惑いの含んだ声に素知らぬふりをしてその背を求めて奥継は駆け出す。林を抜ける度奥継の腕や顔に梢が跳ね返り体を擦っていくが、些細な事は気にせず脇目も振らずに走り抜けた。
 掌程の白い道着が漸く人の形程に近づいた時には周りは落葉樹から竹林に変わり、足早だった龍斗も足を緩めていた。笹の囁くような葉擦れが響き渡る中、龍斗は何かを探す様に見渡し人二人ほど開けた場所に来るとピタッと立ち止まる。
 目の前の龍斗が止まった為、その背を追っていた奥継も慌てて近くの竹藪に隠れる。そして息を潜め彼の動向を伺っていると、龍斗はどこかに向かって声を上げた。

「おい、いるんだろ?」

 誰かに呼びかける龍斗。その声に奥継は忘れかけていた疑念と怒りが同時に甦る。

『やっぱりあいつっ……!』

 湧き上がる怒りで握りしめた手が震える。手甲の紐が手袋ごしに皮膚にくい込むが、そんな事は気にならない程の失望感が全身を包んだ。飄々とした態度の裏で自分達を裏切る算段をしていた現実を思い知らされ、奥継の胸の中にどろどろとした黒いものが溢れていく。
 思わず口から大きな舌打ちが出そうになり慌てて口を覆うが、その間にも龍斗は「お~い」「ん~?おかしいな?」と困った様に頭を掻き、相手を呼び続けていた。
 竹藪の陰から龍斗の不思議そうな横顔を見ていると、屋敷で労いの声を掛けてきた龍斗の笑顔が甦る。苛立ちを感じながらもどこかでその笑顔に絆されていた自分がいた事に気づいてしまい、奥継は自分を恥じた。
 けれど、逆に考えれば今気づけたのは良かったかもしれない。未だに「おいおい、聞こえてねえのか?」と呟くあいつをこれ以上のさばらせるわけにはいかないと目に力をいれ、揺らぐ心を叱咤する。

『幕府の奴らなのか、所属している仲間なのか分からないが逢引きする奴の顔を見てやろうじゃねえかっ!』

 深呼吸をして、気合を入れ直す。
 二度、三度。
 ゆっくり息を吐いた後隠れている竹藪から龍斗がいる場所を見ようと勢いよく体を捻ねると、奥継の視界は黒いもので占めた。夜の帳を思い出す様な漆黒はよくよく見るとそれは光彩があり、光を反射して奥継の姿を映している。その瞳は射抜かんばかりに奥継を捉え、離さない。

「おい」
「ギャーーーーーーーーーーッッ‼‼⁉」

 布を切り裂いた様な悲鳴が周囲に響き渡り、声に驚いた烏が羽音を響かせ飛び立った。腰を抜かした奥継は震える指で龍斗を指しているが、龍斗は五月蝿そうに片目を瞑り耳を押さえていた。突然響き渡った大声に龍斗も対応が出来なかったようだ。

「な、ななななん」
「耳いって〜……。うるせぇなあ、耳元で大きな声をだすなよ。只声を掛けただけだろうが。そんなにビビることか?」
「び、ビビってなんかねぇ!!」
「ビビってたじゃねえか。まあいいけどさ。お前、さっきは出てきたのに何でまた隠れてんだよ?話しかけても無視するし。反抗期?」

 不思議そうに話す龍斗を見てどうやら先ほどの声かけは仲間の声掛けではなく自分だと理解した奥継。たしかに仲間に対しての呼びかけ自体はあっていたが、彼が呼びかけていたのは間者ではなく自分だった。しかも追跡までバレている。

「お前俺と出会ってからずっとそんな感じだよな。まあなんでもいいけどよ。おら、やるぞ」

 何も言えず唸っていると呆れた顔を浮かべた龍斗は肩に担いでいた背負い籠を奥継に押し付けた。持つと思っていたよりも重みがあり鍬の柄が籠から飛び出している。

……なんだコレ」
「何って、これとこの場所来たらわかるだろ?筍掘りだよ」

 確かに周囲は竹林であり、時期的に筍が出る時期だ。特に最近は雨が降ったため余計に成長も早いのだろう。中には太もも程度まで伸びている若竹もあり、龍斗はそんな若竹を見ると軽く足で折っていき、その足先で地面を探る様に這っていった。暫くそうしていると如何やら足先に穂先が当たった様で「あった、あった」と言っては周囲の土を掘りだしている。
 しかしそんな事は奥継の知った事ではない。
 旬の時期だろうが今が取り時だろうが奥継は武道家である。思うがまま体を動かし嫌な奴らを倒す事が奥継の仕事であり、龍斗が今やってる様な農民の真似事をするために鬼道衆の一員になったわけではないのだ。楽しそうに筍を彫り出している龍斗に向かって思わず叫んだ。

「なんで俺がっ!!」
「お前が一番暇そうだから」
「誰がだっ!お前と違って俺は暇じゃねぇんだよっ!っていうか、ここで奴らと落ち合うんじゃねぇのかって……。あっ、やべっ……

 苛立ちのあまり思わず思っていた事を龍斗にぶつけてしまい慌てて口を押えるが、口から飛び出した疑惑はもう取り戻せない。温厚な龍斗も疑われたことを流石に不快に感じるだろうなと一瞬思ったが、別にこいつにどう思おうと関係ないかと奥継は開き直る。
 しかし振り向いた龍斗は怒るどころか呆れた表情を浮かべていた。

「はあ?……ああ。お前、なんか俺を幕府の間者だと思ってたのかしらんけど、数日前から監視してたもんな」
「っ!テメェ、やっぱり氣で探ってやがったな!!」
「お前なあ……、毎日毎日俺の後ろをガサゴソ馬鹿でかい音を立てながらついてきてたら誰でも気づくだろうが。あまりにも隠す気が無い尾行に思わず鬼道衆の隠密行動はあれで大丈夫なのか?って九角に聞いちまったよ。あいつ苦笑してたぞ。
 お前、本当に任務できてる?大丈夫?俺、少し不安なんだけど」
「うるせぇっ!普通に心配するんじゃねぇっ!大体気づいていたなら早く声をかけやがれっ」
「いや熱心に追ってくるしな、どうしたもんかと。まあ途中でいつも煩わしくなるから適当なところで巻くんだが」
「結局巻いてたんじゃねぇかっ!くそっ、腹立つ野郎だぜ……
「チッチッチッ、これも日々の修行だよ風祭君。ただそろそろ俺も飽きてきてな。……だから、それだ」

 自慢げに指を左右に振る龍斗は楽しそうに話しながら奥継の籠をビシッと指さした。そんな龍斗の顔を見て顔を歪めるのは奥継である。

……だからってなんで俺に籠を押し付けるんだよ」
「そりゃあ筍の時期だからだよ。この時期しか食べれねえ旬のものだし何より美味い。前来たときにも思ったがこんなにいっぱいあるのに全然取られてねぇし、なんだかなあと。九角に確認したら別に好きに取ればいいって言ってたしな。
 なあ今のうちにいっぱい取っておこうぜ。俺は筍が食いたい」
「だからっ!何で俺がお前の食べたいものなんかに付き合わなきゃならないんだよっ!!やってられっかっ!」

 龍斗の言い分を静かに聞いていた奥継だったが、とどのつまり手伝いをさせられる事実には変わりがなく感情のまま背負い籠を手前に投げた。鍬が入った籠はドゥンと鈍く跳ね、近くに転がる。

「あ〜あ〜、籠投げるなよ……。せっかくおトメさん(屋敷の女中頭)に無理を言って借りたのに……

 奥継の近くに転がっている籠をみて呆れる龍斗。そんな彼に「けっ、知るかよ」と悪態をつき顔を反らした奥継に聞こえる様、龍斗は大袈裟にため息を付いた。

「なんだよ、残念だなあ。この時期ならではの上手い筍羹とか食いたくならねぇ?」
……あ?しゅんかん?」

 龍斗の言葉を素知らぬふりをしていた奥継だったか、聞きなれない言葉が聞こえ思わず振り向いた。

「知らねえか?筍羹だよ。くり抜いた筍に濃く下味を付けた色々な具を詰めて蒸すやつ。食べた時に筍のコリコリとした触感とじゅわっと広がる出汁と具材のうまみの合わせ技……。俺あれ好きなんだよな~。具材によって味が変わるし、食べたくても今の時期しか食えんし。
 他にも筍ご飯だろ、煮物だろ、醤油かけて筍焼きもおいしいよな~、刺身も新鮮じゃないと食べれんし、今の時期ならではだよなぁ」

 色々な料理をひとつずつ上げながら指を折っていく龍斗。料理の味を思い出しているのか、うっとりと話す龍斗に奥継もつられてそれらの料理の味を想像し口から唾液があふれてきた。心なしか腹も空いてきた気がする。
 そんな奥継の様子を素知らぬ顔で話していた龍斗だったが「……だが」と重く呟くと、悲しそうに顔を振る。

「こんなにおいしい筍料理があるのに、風祭は食べたくないんだな……。酔狂なやつ。まあでも、お前の取り分は俺が美味しく食べるからまあそれはそれで別にいいんだけど」

 先程の悲壮感はどこへやら。けろっとした表情で体を起こし再び地面をすり足で歩き出した龍斗に奥継は噛み付いた。

「あ゛っ⁉なんでそうなるんだ‼」
「何言ってんだ、働かざる者食うべからず。俺は働いているからいっぱい食べる権利があるが、手伝わないならお前に食う権利は無い。今俺が決めた」
「ふっざけんなよ‼」
「だったら掘り起こそうぜ。昨日数人に筍掘ってくるって言っちまったし、風祭がやってくれねぇと村人の分とか流石の俺でも抱えきれねえよ。働き手として期待しているって九角も言ってたし、御屋形様の期待に応えたくないか?」

 龍斗は奥継にそう話すが、実際は九角が言ったのではなく龍斗が「毎日後ろを付いてきてうっとおしいからついでに手伝わせる。いいな」と断言し、その言い分に苦笑した彼から「村としてはありがたいがあまり無理させるなよ」と諌められたのが実情である。
 案の定風祭から胡散臭そうに「御屋形様がそんなこというかよ」と龍斗の言葉を鼻で笑った。

「言った言った(多分)。なんなら後で直接確認しろ。ただし忙しいあいつの時間を割いてまで確認したいならな」
「ぐっ……

 龍斗の言葉は正直信用ならないが、日頃から忙しそうに働いている御屋形様を思い出し呻る奥継。
 単純、もとい素直なところがある彼に龍斗は心のなかでにやりと笑い、畳み掛けるように話しかけた。

「お前としても別に悪い提案ではないだろ?目の前で不審者を監視できるし美味しいものが食べられる。俺は協力者が出来て楽、いや短時間で効率よく働ける。双方ともに利害一致していると思わねぇ?」
……お前一瞬楽って言わなかったか?」
「気の所為じゃね?やってくれるならそうだな、……仕方ねぇから特別に俺の筍羹少し分けてやるよ」

 相変わらず龍斗を胡散臭い奴と見ている奥継だが、彼の心の天秤はグラグラと食欲の方に傾いてる様子だった。しかし未だ答えはない。
 もうひと押しで落ちそうな彼をじっと見つめていたが進展は無く、これ以上は無理そうだと龍斗は判断した龍斗はため息を一つ吐いた。しかたないなあと呟き、「今後饅頭でもかってやるから」と話すと、奥継は暫く考えた後「…………ちっ、しょうがねぇな」と了承した。
 気に入らない奴の提案に深く悩んでいたが結局食欲にはかなわなかったらしく、食べ物で釣られている奥継にやっぱり子供だなあと龍斗は心のなかで苦笑した。彼が聞いたらへそを曲げて間違いなく手伝いを放棄する事を考えている龍斗であったが、これから始まる重労働に気合を入れた声を上げ鍬を肩に担ぐ。

「おっし!じゃあ早くやろうぜ。村で湯を沸かしといてくれてるはずだから早くしねぇと遅ぇなあって言われるぞ」
「はあっ?お前、何人に声をかけてんだよ」

 龍斗の言葉を聞いて、実は計画的で大掛かりな事になっている事実に奥継は未だ幼さの残る大きな目を零れんばかりに見開く。驚愕の表情を浮かべる奥継の当然の質問に龍斗はきょとんとした一瞬後、したり顔を彼に披露した。

「少なくとも世話になってる屋敷の人にはかけてるさ。さあ仕事だ仕事だ」