urifuji
2021-04-17 11:35:53
27916文字
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ワクワク!バレンタイン 当日 現パロ

バレンタイン話です。ツイッターに乗せていた内容の再掲。女主人公視点。御神女主前提のオールキャラです。私の手癖により藍ちゃんは誰より心が強い女になってます。苦手に思う人はバックプリーズ。
御神槌さんは心配してますが御屋形様は女主人公を妹のようにおもっているだけで恋心はありません。




 何も考えずみかちゃんの仕事場に向かっていた私は、彼がどこにいるのか知らないことに今さら気づき慌てる。自分が思っていた以上に混乱しているようだ。
 落ち着け、落ち着け……
 ふ~と息を整えもう一度携帯を取り出すと、タイミングよく電話がかかってくる。着信相手を見ると、早く会いたいと願っていた彼だった。

「もしもし?」
「鈴菜さん!ようやくかかりました。槌です。今どちらにいますか?」
「は、はい。ちょうどみかちゃんの職場の近くにいます。みかちゃんは?」
「え、職場の方ですか!?すぐに行きます。多分20分程度でいけると思うので、職場の近くのコンビニの中で待っていてください」
「はい。あ、あまり急がなくても大丈夫ですよ、私はここにいますから」
……それでも、私が貴方に早く会いたいので。待っていてくださいね」

 ピッと電話を切り、頬に手を当てる。思った通り顔が熱くなっていた。
 ……現代で生きるみかちゃんは江戸で生きていた時とは考えられないほどこんな風な物言いをすることがある。人を、く、口説いているような。以前指摘したがその時には「これはこれは……。これでもダメとは、なかなか手ごわいですね」と真剣な顔をしており、本当に理解しているかとても不安だ。その証拠に今でもその言い方は続いている。私以外に言うと本当に誤解されてしまうため、言っては駄目だと言い聞かせているが「あなた以外に言うつもりはないため大丈夫」とか「本当に理解してほしい方にはわかってもらえないので……」とか話しており、この件について意思疎通ができていない。
 仲間にこの件を伝えると「吐く」「糖尿病になる」「なんや御神槌はんもかわいそうになってきたわ……」「誰か塩もってこい!甘さを辛さで調和させるしかねぇ!」「鈴菜、大丈夫?」とのコメント以外貰えず、正直困っている。よく考えれば最後はなんでこっちを心配されてるの?
 みかちゃんは中で待っていてくれと言っていたが、照ってしまった頬を冷やすには外の温度がちょうどよかった。コンビニで買ったホットコーヒーとホットティーを服越しに持ち、は~と吐くと霧のように白く染まった。この時期は息が白くふっと霞の様に消えるのが面白い。何度も繰り返し深呼吸をしていたら、頬に冷たいものが当たり、空を見上げるとちらちら雪が舞いはじめていた。今日は2月の中旬でも大寒波が来たとかなんとかで、夜から降り出すって言っていたっけ。
 空からはらはら降る雪は時間と共に増えていき、煌めく街を白く覆った。街燈も人も雪の中で霞んで見える。きっと、今夜は降り積もるだろう。

 ……雪を見ると思い出す。
 皆で行った富士の山頂。柳生との最終決戦。剣戟や銃声、祈りや怒号が飛び交う中咆哮が響き渡った。
 白と赤。白と紅。仲間達の涙。
 そして、……そして

「鈴菜さん‼‼」

 遠くから声が聞こえ、振り返った。
 人ごみを避け、大事そうに紙袋を抱える彼は時折ぶつかる人に謝りつつこちらを目指し走ってきた。
 チェックのマフラーとロングコートを靡かせてこちらに走ってくる彼は、到着する頃には肩で大きく息をして、額には汗がかいている。白い息が消える前に新たな白を生み出す彼は、髪色も相まって夜景に溶けてしまうようだった。
 しかし、そんな雰囲気を払拭するかのように表情は険しく、彼を象徴する細い目を限界まで開きこちらを凝視している。

「走ってきたんですか!え、凄い汗。待っているから大丈夫ですって言ったのに」

 はあはあ……と未だに呼吸が落ち着かない彼の汗を拭くため、バックの中からハンカチを探し彼に渡そうとした。しかし、ハンカチは彼の額に届くことなく、空中で彼自身の手によりその道筋を拒まれる事になる。
 私の腕を握りしめるその手は、微かに震えていた。

「みかちゃん?」
「中で待っててくださいと、言っていたのにっ……
「すいません、ちょっと暑くて……。みかちゃん?」

 胸に抱いていた紙袋を足元に置き、私を掴んでいる反対の手で頬を優しく撫でた。
 私の存在を確認するようにゆっくりと。
 儚げな印象の彼だが私の頬をすっぽりと覆ってしまうほどの手の大きさに、否応なく異性であることを意識させる。走ってきたため体温が上がっているだろう彼の温度は暖かく、自分が思っていた以上に冷えている事を知った。

「こんなに冷えているじゃないですか。雪の中で待っているから…………あの時の様に」

 そう呟いたあと彼は何かを思い出しているようだった。暫く俯いていた彼だったがおもむろに、私に向かって「……すいません」と謝りだす。
 なんのことか尋ねる前に強く手を引かれ、いつの間にか私はその腕の中にいた。ぎゅっと強く抱きしめる彼の体格は傍から見ると細く感じるが、私の体を簡単に包み込める男性の人の体だった。

 何度も言おう。

 男性であるみかちゃんの、腕の中に、私は、いた。
 私が、いた‼

「雪は嫌いです。貴方がいなくなった日の事を、否応なしに思い出させるから。あの山頂での出来事は私にとって今だ、胸の中を針が刺す様に苦しい。雪の中微笑んだまま消えていった貴方を、私はずっと忘れる事なんで出来ませんでした。未だに、ずっと」

 耳に、耳にっ、彼の声が!いい声が‼
 彼が真剣に何かを言っているが、それどころじゃない私は心臓が飛び出るんじゃないかと恐ろしくなるほど動悸で息が出来なかった。
 苦しいって?私も今現在苦しいです、みかちゃん‼

「現世でもそうです。あの夢の中の出来事をいつだって私は繰り返し思い出していました。そうでなければ私は貴方に会えないから。だから御屋形様の家で再び出会えたことが、どれほど嬉しかったことか……

 胸の中で大砲が何度も打ち鳴らされており、あまりの頻回な射出に体の中の機械兵もへとへとだ。
 これが私の試練ですか神様!あなたの忠実な僕が私に過大な試練を課してきますけどぉ‼

「ねえ鈴菜さん。私がどれだけあなたを恋しく思い暮らしてたか、想像できますか?」

 出来ませんよ‼こんなんじゃ‼あなたも今の私の心情が想像できますか?!?
 頭の中の私が必死に頭の中で叫ぶが、そんな声みかちゃんに届くわけもなく。新たに私の頭に頬を摺り寄せるという追加攻撃を披露した彼に「ひえェっ……‼」と小さく声を上げた。
 もうやめてっ‼鈴菜の精神力はもう0よっ‼‼
 顔が熱いを通り越してもう感覚がない。ドドドドッ……という花火のスターマインの様な心臓の連射音と彼の体の感触だけが今の私を保っていた。
 ……なんだか、ふらふら、してきました。

「きっと想像もできないでしょうね。私にとって貴方はかけがえのない人ですが、貴方にとっては……
 ん?鈴菜さん?どうしました?鈴菜さん!?」

 ふにゃふにゃになった私の体を容易に支え、近くにある小さな広場の椅子に私を座らせ自分に寄りかからせた。
 この一連のスキのない動作……、これが、モテる男……

「風邪をひいてしまったでしょうか?長い間外にいたでしょうし。すいません、私の配慮が足りなかったですね」
「れんれん、大丈夫れす……。大丈夫れすはら……
「はい。まったく大丈夫じゃないことは理解できました。えっと、近くにタクシーは……

 周りをきょろきょろ見渡した彼に、このままでは強制的に帰らされると危惧した私はくらくらする頭を必死で上げ彼の腕を掴む。体制的に彼の腕に縋り付くしまうような姿勢になってしまったのは勘弁してほしい。

「だ、大丈夫!本当に大丈夫ですから、ね?もう少しみかちゃんと居たいの」

 上目づかいになって彼の体に摺り寄せるような弱弱しい姿を見せてしまった私は余程情けなく映ったのだろう。彼は一瞬体を強張らせ、すぐに私から顔を反らす。

「っ…………ずるいですよ、貴方は……

 口を手で覆い呟いた彼の色白の顔がほんのり赤い。
 うう、そりゃ病人みたいにすがり、心配する貴方の心を引き留めるのは確かにずるいですよね……。寒空の中、すいません。
 凍えるような風にあたっているとのぼせた頭が徐々に冴え、意識がしっかり戻ってきた。未だ彼の腕にもたれ掛かっていた事に気づき、よいしょと体を起こす。彼から離れると体温の当たっていた場所に風が入り名残惜しい気分になったが、これ以上彼の優しさに付け込んでは駄目だと言い聞かせた。

「もう、大丈夫ですか?」
「はい、有難うございます」

 なんとなく残念そうにみえるのは、私がそうあって欲しいと願うからだろう。本来の目的を達成するためバックの中をごそごそと探していた私は、目的のものの横にある小さな箱も目についてしまった。

———……ううん、これは駄目。そう、決めたでしょ。 

 彼の事を考えて必死で作った事を思い出したが、自分に言い聞かせるように頭の中で呟き、頭をふることで意識外に追いやった。

「み、みかちゃん。happy、Valentine!です!」
「っはい!有難うございます」

 プレゼントを渡すと、ぱああっと明らかに明るくなる彼。嬉しそうに目の前でラッピングを開く彼をみて、心臓がドキドキ高鳴る。
 何かを言おうとするが、口の中で言葉が詰まり、口の機能を発揮しない。尻込みをする私に、武道家の端くれでしょう!意気地を見せなさい!と叱咤激励をして、なけなしの勇気を振り絞った。

「あ、あのっ、み、みか」
「え?」

 嬉しそうな表情だったのが、プレゼントをみて固まる。酷く困惑しているような顔になった彼を見て、なけなしの勇気は塵となり消えてしまった。
 あとに残るのは何かしてしまったのかという、不安と焦り。

「ど、どうしました?」
「いや、これ。何で……

 私に、ゆっくり品物を見せて確認した。
 黄色いブロックが何種類も入っているそれは、保冷剤を入れていたためほんのり冷たい。

「なんで、チーズなんですか……

 え、駄目?駄目ですか?
 バレンタインチーズ、駄目ですか?

「えっ‼そんな……。嫌いでしたか、チーズ‼」

 私の悩みに悩んだ渾身の品は駄目だったらしい。おかしい、以前酒豪三人衆と言う名の同期組(御神槌、火邑、雹)が揃った時には数10本の空瓶が床に転がる部屋で様々な味のチーズを美味しそうに食べていたのに!やっぱり最後まで悩んだ燻製ベーコン詰め合わせの方を買うべきだったのか……。女性店員さんに本命相手のバレンタインにベーコンはちょっと……、と言われたため諦めたのに……

「いや、好きです……好きですけど……、え、チーズ?」

 頭を抱え、「チーズってどんな意味があるのですか?」とぶつぶつ呟く彼に、やっぱり私では喜ばす事なんで出来なかったんだと落ち込んだ。
 未だ分からないみかちゃんの本命の彼女。火邑ちゃんが死んだ目でベタ惚れだと話す彼女が渡すものは、何であろうとも彼は喜ぶんだろう。

 ———いいな。私もそんな顔が見てみたかった

 悔しいのか悲しいのか分からない感情が胸に渦巻き、なんだか酷く泣きたくなる。

 ———たっちゃん、やっぱり今年は胸を借りる羽目になりそうだよ

 熱くなってきた目元に力を入れようと、唇をぎゅっと噛みしめた。

……今年は御屋形様に、チョコレートを差し上げたと聞きました。しかも手作りだったと」

 頭を抱えた姿勢でみかちゃんは話をつづけた。
 酷く、重い声で。

「はい。……皆さん、よく知っていますね。桔梗姉様ですか?」
「そうですよ、本日のビックニュースですから。私達だけではなく、会社全体に速報として流れた時には本当に驚きました。しかし、その事実を知った時何より先に感じなのが嫉妬です」

 私も驚きましたよ!次期社長に義理の手作りチョコレートが渡っただけで速報が流れる会社ってなんですか?!
 すごく突っ込み満載のセリフだったが、ここはシリアスな場面だろう。私は空気が読める子なので静かに口を噤んだ。
 しかし、嫉妬?若様に?私の想像をゆうに超える彼の話に首を傾げた。
 ゆっくりと上体をあげ、隣に座る私の真正面に向き合い、見据える彼。

「貴方と一緒にいる時の御屋形様は本当に自然体です。あんなにリラックスし、穏やかな彼はそうそう見ないでしょう。……。そんな姿を見てお似合いだと言われている事は知っています」
「えっ‼」
「ですがっ‼」
 
 妹の間違いではなく?と言い返そうと思った矢先、珍しく語尾の強い彼が、私のセリフを遮った。
 ……本当に珍しい。だって彼は人の話を最後まで聞く人だから。

「ですが、私は、それでも貴方を諦めるなんて事はしたくない。出来るわけがない。前世だってできなかったんですから、現世なんでもっと無理です。だって、こんなに手が届く範囲にいるのに。身分も宗教も関係ない、誰にも禁じられない、自由に恋愛ができるそんな時代に生まれることが出来たのに。……諦める、なんてしませんよ」

 そう言って表情を引き締めた彼は、私の膝の上にあった手を恭しく取った。少し緊張している様子の彼は、一度ゆっくり深呼吸をする。神の使いとして人々の前に立ち、聖書を読む時のような敬虔な態度とは違う、見たことのない姿に私も緊張が伝わってきた。

「鈴菜さん、現世に生を受けてからの私は随分欲張りになりました。貴方の好きな事をもっと知りたい、貴方が困ったときは頼りにして欲しい、貴方が寂しい時はどんな時でも傍にいたい。現世で生きる貴方の事を知るたびに自分の欲がどんどん増えていくのを感じます。神に仕えた身としては抑制できない事は恥ずべきことかもしれませんが、これが人を愛するということかもしれないと今は思います。そしてそれは決して悪いことではないでしょう」

 そんな風に言い切る彼はまっすぐ私を見つめていた。その目は優しく穏やかでどこか甘さを漂わせるので目を反らすことが出来ず、夢みたいな彼の言い分を聞いて茫然としてしまう。

———これではまるで、まるで。

「愛の告白みたいだよ、……みかちゃん」

 働かない頭で紡いだ言葉は、涙と共に零れた。そんな私の様子に優しく微笑み手を差し出す。

「愛の告白ですよ、ようやく理解してくれましたか。本当は、こんな情けないセリフと共に言うはずではなかったのですが。これを受け取ってください」

 私の涙を指で優しく拭うと、来た時に大事に抱えていた紙袋を私に渡した。中を覗くと赤いバラの花束5本と、可愛らしいイチゴのパッケージの瓶。ドライストロベリーとホワイトチョコレートを混ぜ合わせ、キューブ上に切ったお菓子は見栄えもよくおいしそうに見える。

「可愛い……、それにおいしそう」
「ええ、女性の間では人気のチョコレートみたいですよ。本当は私もあなたからのチョコレートを頂きたかったのですけどね」

 苦笑する彼のその言葉に一瞬時が止まった。
 思わず凄い形相で彼を見てしまった為、悲しそうな、困っているようななんとも言い難い顔をするみかちゃんに向かい感情のまま叫ぶ。

「チョコレート、嫌いじゃなかったんですか?!」

 思わず叫んでしまったが、それを聞いた彼も一瞬時が止まった。

「は?!そんな事一度も言った覚えはありません!」

 晴天の霹靂のように驚愕する彼は「誰にきいたんですか!」と少し興奮気味だ。
 悪いような気がしたが昼間にあった出来事を伝えると眉間に手を当て「クリス……」と怒りを抑えたような声で呟いた。

「もしかしたら彼にそう言ったこともあるかもしれませんが、バレンタイン時の対応が大変だっただけでチョコレートが嫌いとは言っていません。むしろ私は高校時代から貴方からのチョコレートを欲しがっていました。これは火邑さんと雹さんに聞いていただければ同意を得られると思います」

 少し苛立ちがあるのかいつもより強い口調でこちらに話す彼をみて、いらぬ誤解をしてしまった事に力が抜けた。腕の中にある袋に顔をうずめそうになり、慌てて状態を起こし花が無事か確かめるが、赤いバラはピンと背筋を伸ばす様にまっすぐに咲いている。……よかった、無事だ。
 彼の言い分を受け取ると、どうやら私のチョコを欲しがってくれていたようだ。嬉しくてにやけてしまう口元や赤らめた頬をそのままに鞄の中をもう一度漁り、今度こそ渡す予定だったチョコレートを取り出す。もう渡すこともないと思っていた為鞄の中に無造作に入れていたが大丈夫だろうか。
 小さな箱を目の前に持ち上げ、リボンの形や箱の裏も潰れていないか隈なく見渡し確認するが、……うん、大丈夫。
 彼に向き合うと私の行動を不思議そうに眺めていた為、なんとなく笑ってしまう。先ほどの大人っぽい雰囲気とは違い、今はきょとんとして可愛いなと思った。

「ごめんね、みかちゃん。遅くなりましたが、受け取ってくれますか?」
……えっ?」
「昨日の夜に作った特製のボンボンショコラです。アルコール分多く入れたので、帰ってから食べてくださいね」

 いくらあなたがワクであろうとも何かがあっては大変だから、という意味伝えるが、状況がまだ理解できていないみかちゃんは頬を染めながら箱と私を交互に見比べている。

「あ、あの。私はチーズをもらったのですが……
「だって、チョコレート嫌いだって昼に聞いたから。急いで代用品を用意したんですよ」
……もしかして、午後から連絡が取れなかったのは」
「その事は本当にごめんなさい。近くのショッピングセンターで必死に探し回っていたので、気づかなかったんですよ」
……御屋形様と、どこかに行かれたとか、約束をしていたんじゃないんですね」
「?どうしてみんな私と若様が一緒だって思ったんです?今日は一度もあっていませんよ」

 本日で桔梗姉様も含めその言葉を何度聞いた事か。一体皆してどうしたんだろう?
 訝しげに尋ねるが、私の言葉を聞いたみかちゃんは今までと比べ物にならないぐらい大きなため息を吐いた。

……何だ、こっちも誤解でしたか。ああ……、本当によかった。出遅れたかと思って一日気が気じゃなかったですよ」
「出遅れ……?」
「いや、こちらの話です。そうですか……、昨日私に作ってくれていたとは……………
 ……あの、正直聞きたくはないのですが、義理とか仲間チョコではないですよね」
「さすがの私もこんな時に義理チョコを渡しませんよ!ほ、ほ、本命に決まっているじゃないですか‼」

 どれだけ自分を鈍感女だと思われているのか悲しくなるが、私の言葉を聞いて彼自体が光を放つような輝かんばかりの笑顔を見ると次の言葉を告げることは出来なかった。ぺかーっと眩しい程の輝きに早急にサングラスを要望する。あとはガスマスクとか。個人的にはガスマスク。まさか彼の笑顔をみて恥ずかしさで居た堪れなくなる日が来るとは思わなかった。

「そうですかっ……!いや、あの、嬉しいです。本当に嬉しいです!一生の家宝にします。ああ、まずは皆さんに見てもらって……、その後はどこに祀っておきましょうか……。置くにしてもまずはそれなりの場所を整えなければ

 彼がここまで喜んでくれるのは私もこの上ない喜びだが、なんだか段々不穏な言葉が羅列し始めたため、変な汗がでる。

「なんだか本当にやりそうな雰囲気をバシバシに感じるのでやめてください!絶対にやめてください‼明日中には食べきってくださいね‼」
「いやでも……
「でもじゃないです!えっ!逆に聞きますが本当にする気だったんですか?!」
「何でしないと思うのですか?」
「まさかの質問返し!?」

 質問すればするほど不安が高まるっていうのは一体どういうことなんだろうか。
 にこにこ笑う彼には悪いと思うが強制手段をとるしかないかと妙な決心をして、腕の紙袋を椅子に置き戦闘態勢を取り始める私。少し困った顔で私を見つめ、手の中の小さなチョコレートを腕の中に隠す彼。二人して立ち上がりじりじり距離を取る。

「これは困りましたね、もうこれは私のものなのですが」
「貴方がその取扱いに対し不安しか無い言動をするからですよ!」
「そうですか?こんなに愛情を込めているのに」
「込め方がおかしいんですっよっ!」

 会話の途中で弾ける様に飛び出した私をひらりと躱し、バックステップで後ろに下がるみかちゃんを予想していた私は、飛び出した反対側の足に力を込めてステップを踏み彼に飛びかかる。しかしそれすらも予想していた彼は長いコートとマフラーを翻し真横に半回転した。
 っ、相変わらずの反射神経の良さですね!
 マフラーの裾が私の頬を掠り、一瞬真横に並ぶ。服の擦れる音を聞きながら一歩先で上体を瞬時にしゃがみ込み、左手で重心を掛ける。開脚した足を空気を切り裂くように回転させ、狙うは彼の足首!シュッと風の音と共に倒れるはずの足はすでになく、上を見ると一足飛びをして避け、マフラーを押さえながら着地した。髪に降り積もっていた雪がはらりと舞い降りる。
 少し慌てて手元の箱を見て、大丈夫な様子を確認してから彼は不満げな様子で抗議をした。

「危ない危ない。鈴菜さん、跳ねたり回転することでチョコが割れたらどうするのですか」 
「え゛……、私のせいですか……?でもメインはサクランボなのできっと大丈夫……?かな?」
「でも激しく動くとコーティングのチョコが割れてしまいます。せっかく私の為に作ってくださったのに……。それに野次馬が多くなってきた事と寒さが増してきたので、名残残惜しいですがもうやめましょうか」

 雪の降り積もる中、街の一角で男女が叫びながらカバディをしているのはさぞ奇怪に映るだろう。気が付くと周りに野次馬が集まり、こちらを指差し見つめていた。喧騒の一部はどうやら私たちが供えていたようだ。

「いや、初めに言ったのはみかちゃん……、いえ何でもないです」

 にっこり笑う彼に何も言う言葉は無くなり、二人で椅子の上にあった荷物を抱えてその場を逃げるように立ち去った。





 会社近くの公園を抜け、電車で帰ると言い張る私を押しきりみかちゃんはタクシーを呼んだ。様々なトラブルが寄ってくる貴方が心配なんです、と言われてしまえばこちらは何も言えない。その事を知っている彼は本当にずるいと思う。
 指定した場所に向かっているとどこかからバレンタインを歌う歌が流れてくる。
 少し前から降っている雪も小降りなり始めたが、路上の花木には綿帽子雪になりはじめ、街灯とのコントラストが映えている。まだ、冬は続くのだろう。その光景を目に移しながら、私は先ほどの光景を振り返る。背の低さから大人に見えない私だが、先ほど子供じみたやり取りをしてしまった事で精神的にもまだ大人になり切れていない事を自覚し顔が赤らむ。周りにどんな風に見えていたのか、恥ずかしさで俯いた。

「明日少し大変になるかもしれませんね」

 そういった彼の言葉に顔を上げる。

「何かあったんですか?」
「いえいえ。まあ、私としては喜ばしいかもしれませんが」
「?」

 大変といいながら鼻歌を歌いそうなぐらい上機嫌な彼には先の未来が見えているのだろうか。
 よくわからないが彼が楽しそうならまあ、いいかと思う私も大概だ。

「あ‼」

 ビルに備え付けられている時計の針はいつの間にか20時を越えており、思ったより時間がたっていた事に驚く。私の視線に気が付いた彼は同じ方向を向き、「……ああ」と一言言った後左手に着けている腕時計を見つめた。
「あの時計はあっていますね。いつの間にかこんな時間になっているとは。貴方と居ると楽しくていつも時間を忘れてしまいます」

 しみじみそうつぶやく彼に

「それは、私も同じですよ。本当にあっという間……

 と、同意を示した。そうしている内に目的の場所に着く。高層ビルの横は街燈の光が入り込みにくく薄暗い。予約していたタクシーは未だ来ていなかった。
 彼は周囲をきょろきょろ確認した後、私の手をとった。外気で冷えた私の指先に触れると顔を顰めた彼だったが、少し屈んで私の冷たい両手を自分の両手で包み込み、すり合わせた。しばらくそうした後、意を決したように両手に力を入れ、私に向き合った。

「鈴菜さん。先ほどは色々な衝撃があり、タイミングが合わず言えませんでしたが今ここで言わせてください。前世分も含め貴方事を誰よりも想っています。結婚前提でお付き合いをしたいとも考えてます。
 私の愛は人に言わせると随分重いようですが、それでも受け取ってくれませんか?」

 両手は優しい拘束をされ動かせない。人生をかけたような表情の真剣な彼に、ごまかすことは許さないという瞳で見つめる彼に、私は今までの想いの丈をぶつけた。

「わ、私には子供がいますよ」
「知っていますよ、龍麻君と紅葉君ですよね。どちらもとても可愛くて貴方想いの良い子です」
……あなたとの子も、もしかしたら、出来ないかもしませんよ」
「そうしたらあなたを独り占めできますね。他には?」

 一つ一つの疑念や不安を丁寧に答える彼に、胸の奥から感情が込み上げてくる。
 ずっと思っていた。
 あのことがあってから、あの中学自体の悪夢があってから人を、この人を好きになる資格なんかないって。それでもこの人は私に向き合ってくれた。7年間探し続けてくれた。酷いこともしただろう、傷つけもしたのだろう。しかし彼はそれでもこんな風に私を許してくれる。そのままでもいいんだという様に。

……っこんな私でも、あ、愛してくれますか?」

 こらえきれず涙があふれる。私がそう伝えた瞬間、彼が強い力で私を抱きしめた。
 もう、離さないとでもいう様に。

「はい。もちろんです。前世も、これからも私にはあなたしかいません」
「わ、たしも、貴方が好きです。愛しています。ずっと、前からずっと、ずっと……

 抱きしめる力と同じぐらいの力を込めて、今まで言えなかった分の感情をこめて彼に抱き着いた。最後は泣き声で聞き取れないだろう私の情けない声は、それでも彼に届いたようで、息ができないぐらい強く抱きしめ返してくれる。
 それがどうしよもないぐらい嬉しくて、背の高い彼に擦り寄った。彼のロングコートの中でいいようのない幸福感を感じながら、しんしんと降り続く雪の音を二人で静かに聞いていた。




 どのぐらいそうしていただろう、ププーッとこちらに向かいクラクションの音が聞こえた。二人してそちらの方を向くとタクシーの運転手があきれたような顔をしてこちらを見ている。
 み、見られていた……!バカップルの様な行動を見られていた!
 二人してパッと離れ、なんとなく顔を反らす。

「タクシーも来たみたいですから、あの、もう帰りますね」

 そう伝え離れようとする私に、彼は「待ってください」と声をかけた。
 彼の少し焦った声に、振り返る私。

「なんだか、今までの事が全て夢みたいで……
 あの、鈴菜さん。貴方が夢でないことを確認してもいいですか?」

 夢でないこととはなんぞ?と不思議がる私に、彼は自分の首元にあったチェックのマフラーをふわりとかけた。私の顔の周りをチェックのマフラーで隠す様に覆い、優しい目で笑う彼。
 マフラーの感触と蕩けるような優しい眼差しに驚いていると、いつの間にか目の前に彼の顔があった。睫毛の一本一本が分かるぐらいに近づいて、そして一瞬。口に暖かい感触が伝わる。羽が触れるかのような優しい感触にぼーとしていると、幸せそうな顔で笑い、もう一度、今度は先ほどよりしっかり感触を残した。
 離れる時、チュッというリップ音を出した彼は「明日、お店で会えること楽しみにしています」と耳元で囁き、今度は私の前髪をあげる。親が子供にするような優しい口付けを額に残した後はマフラーを私に付けたままタクシーの運転手に何かを伝え、軽く手を振り颯爽と去っていった。
 タクシーの運転手はじっとしている私に口笛を吹きながら近づく。

「あの兄ちゃんからお代は貰っているよ。熱いねえ、若いっていいなあ。俺も昔はあんな風にかみさんにやってやりたかったんだが、俺には恥ずかしくて無理だな。なぁ、お客さん、あんなスマートな色男どこで捕まえたんだい?
 ……お客さん?なあ、お客さん?」

 ふらッ……、バッター――――――――――――――――ッッッン‼‼‼‼

「お、お客さーーーーーーーーーーーーんっ‼‼‼‼‼」





『おい、御神槌。昨日お前に会ってから鈴菜は知恵熱でダウンしている。
 元々前髪で顔を隠すほど恥ずかしがりな事と今まで戦いと子育てに追われ恋愛レベル中1なんだ。手心を加えてくれ、手心を』
「すいません。しかし何十年も恋していた相手に受け入れてもらえ、舞い上がってしまった私の気持ちも理解して欲しいところですね」