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木蔦(キヅタ)
2021-01-17 10:49:47
17765文字
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【サンプル】シールくんと本丸のちょぎくにたち【ちょぎくに】(ツイ民だけに多めに公開)
1
2
3
シールくんと本丸のちょぎくにたち(本編)
山姥切長義は云わば景品だった。
桜マークのシールを集めることにより、引換所で交付される配布刀だ。つまりずっと政府で保管されていた。そのため改変された世界を知らない、比較的温厚でのほほんとした性格だった。
彼はある本丸へと交換され、審神者により顕現させられた。
人型になり、初めてその瞳に映したのが、己の写しである山姥切国広だった。
どうやら彼は初期刀らしく、既に極の修行も終え、布は被っていなかった。真っ直ぐな瞳でこちらを見ている。
しかもこの本丸には既に山姥切長義は二振りいるらしい。それなのに自分がなぜ顕現させられたのかと疑問に思う。普通ならば習合などに使われるはずだ。それなのにわざわざ人型に顕現させたのは何故だろう。
山姥切国広が審神者と一言二言話した後、長義に向き直った。
「俺なんかで申し訳ないが、本丸内を案内しよう。ついて来てくれ」
国広は長義に向かってそう言った。審神者は他の仕事があるのか、長義に簡単な自己紹介と挨拶を済ますと早々に出て行ってしまった。
「うちに来てくれて感謝している。ああ、三振り目だからと言って、蔑ろにする気も、放置する気もない。何か不自由なことがあったら何でも言ってほしい。俺にできることならば力になる」
国広は微笑んでそう長義に言う。政府の保管庫にいた頃、人型として顕現済みの同位体が山姥切国広は傲慢な刀だと話しているのを聞いたことがあった。どんなやつかと身構えていたが意外にも謙虚な立ち振る舞いだ。
(これが、山姥切の名で顔で売ってる『偽物くん』か)
長義は本丸の案内をされながらそっと彼を窺う。丁寧に本丸内を説明してくれている。
この本丸は二振り目、三振り目でも育成する方針のようだ。習合されると言われれば否やはないが、戦場で自ら戦えるなら願ってもない事だ。
号については思う所はあるが、彼は先ほどから自分に対し誠実な態度だ。特に悪感情は湧かないし、むしろ好感が持てる。
「ここが厨だ、当番が月に一、二回ほど回ってくる。ここに関しては燭台切か歌仙に聞いてほしい。彼らが取り仕切っているからな」
「おや、偽物くんじゃないか」
厨を案内されている途中で、後ろからそう呼びかける声があった。振り向くと同位体
―
山姥切長義がいる。
「偽物くん、こんなところをフラフラして近侍の仕事をサボってるのかな?」
「いや、新人の案内だ」
ねっちょりとした厭味ったらしい言い方の同位体に対し、初期刀は素っ気なく答えた。嫌味が通じなかったのが気に食わなかったのか、同位体はムッとした顔だ。
初期刀はそれすら意に介さず長義に向き直り言った。
「先ほど話した一振り目だ」
「一振り目
……
」
確か政府所属で特命任務を経て配属されたはずだ。
「山姥切、こちらがシール引換でこの本丸に来た三振り目だ」
「おや、『俺』か。偽物くんなんかに案内されてかわいそうだね。良ければ俺が変わろうか。同位体の方が何かと気兼ねなく話せるだろう」
「いや主から仰せつかったのは俺だ」
「
…………
そう」
初期刀に対し一振り目が冷たく返す。
「何かあったら偽物くんじゃなく、俺を頼ってきていいからね」
口ごたえした初期刀が気に食わないのか彼を一瞥した後、同位体である長義に向けて言い残して去っていった。
彼の言い方には何か違和感があった。言っている事はただ単に新人の面倒を見ようとする優しい先輩だ。初期刀に冷たく感じたのは別として、自分に対して向けられたのは優しさの他に少しだけ威圧感があった。
長義には一振り目を陥れたり地位を脅かしたりする要素も心積もりもない。圧を掛ける必要が見当たらない。それなのになぜあんな態度だったのか、少し引っかかった。
思考に耽っていると、ふと、視線を感じた。辺りを見回すと廊下の奥の角になっているところから誰かがこちらを見ている。
布を被った山姥切国広だ。
こちらの視線に気づいたのか、ハッとして慌てて走って行ってしまった。
「ああ、あいつは俺の二振り目だ」
初期刀がそう補足する。
「この本丸では複数いるのが普通なのか?」
「まあな、お陰でうちの本丸は結構大所帯だ。そういえば二振り目の山姥切長義も紹介したいが
……
。夕食の後でいいだろうか」
そう言って、彼は本丸の案内を再開する。執務室、居住区である二の丸、庭や畑、倉などを見た。
大所帯というだけあって、かなり広く、ただ歩いただけでぐったり疲れてしまった。広すぎてちゃんと覚えられたか心配だ。
「ここが鍛刀部屋だ」
ここが最後だと案内された場所は小屋だった。中は鋼を熱する火(ほ)床(ど)や風を送る鞴(ふいご)などが設置されており、鍛刀に使われる道具が所狭しと置いてある。壁や床は煤で汚れていて、お世辞にも綺麗とは言い難い。煤は落ちにくいため掃除していても拭い切れないのだろう。
その部屋には二等身で自分の膝の高さにも満たない精霊が座っていた。「鍛刀しに来たのか」と言わんばかりに、立ち上がって近づいて来る。
「そういえば今日の日課がまだだった。折角だから鍛刀してみないか?」
そう言って彼から資材の配分を決めるように言われた。四種類の資材を適当に手に取り、その場にいる精霊に渡す。精霊がそれを炎の中に放り込んだ。若干雑ではないだろうか。冷却水は刀を熱した後に冷やすための水だし、砥石は刀の形になった後に研ぐための道具だ。それらをいっぺんに火の中に入れた。どうなってるんだ鍛刀方法、それで良いのか鍛刀方法。
若干呆れながら眺めていると、近くにあったディスプレイに1:30と表示された。ここだけ機械的だ。
「1:30は顕現させずに刀解することになっている」
「そうか」
1:30はレア度も低く戦場でもよくドロップする刀だ。刀解判断も適切だろう。自分も刀と言えど、刀解することに憐みなどはない。むしろ顕現しない方が幸せな場合もある。それに郷に入っては郷に従えとも言う。だからその本丸の方針に従って刀解しようとした。
「あ、そこ危ないぞ」
「へ? わっ!」
乱雑に置かれていた槌に躓き、机に顔から突っ込んだ。その机には同じく乱雑に火箸や小鎚、鑢(やすり)などが置かれており、転んだ衝撃でそれらが宙を舞う。その一つである手伝い札がカンカン、と跳ね、先程資材を入れた火床の中に入って行った。
「あ」
「あ
……
」
刀が火床から飛び出し、さらにそれが人型を形取る。桜の花びらが舞い散った。そしてそれは何の因果か、山姥切国広だった。
「なんで、写しが既にいるのに、俺は顕現したんだ!? 写しなんて刀解すればいいだろ!?」
「あーはいはい」
先程からこの押し問答が続いている。長義は呆れてそれを見ていた。
三振り目の山姥切国広は既に写しがいることに対し不満を抱いているようだ。写しであることを気にしている彼にとって、本歌がいること自体、己の存在意義を疑問に思うだろうに、さらに他の写しまでいる。彼の矜持は粉々だろう。
「写しなんて二振りもいらないだろ! 二振り目の俺なんて刀解されるべきだ!」
「残念ながらお前は三振り目だ」
「三振り!?」
それを聞いて大層驚いたようだ。そしてほぼ半泣きになりながら、刀解してほしいと縋っている。
「偽物く
……
、初期刀くん。さすがに本人の意志を無視するのは可哀想じゃないかな?」
「顕現したなら刀解しない。主の方針だ」
三振り目の山姥切国広は長義が自分の味方だと感じたらしい。長義の方に駆け寄ってきて、きゅっと布の裾を握る。長義の背に隠れ、ひょこっと顔だけを出し、初期刀に反論する。
「方針とか構わず今すぐ刀解してくれ! 三振り目の写しなんて、ポンコツだ、ナマクラだと辱めを受けるだけだ!」
「それはただの逃げだ。仮にも国広の傑作なら立ち向かうべきだろう」
「もう傑作が二振りもいるんだ! そんなに傑作があって堪るか!」
「うるさい! 写しと言えど何かの役に立てればいいだろ。例えば武勲を立てるとか、料理をするだとか。刀解は絶対禁止だ、次言ったら布を剥ぎ取ってさらし者にするぞ!」
最後の一言が効いたらしく、彼はブルッと身体を震わせると口を噤んだ。やはり山姥切国広という刀は布がないと駄目らしい。
夕食の時間だから、と初期刀に案内されて、大広間までやってきた。顕現したばかりの国広も一緒だ。
みんなが集まったら紹介するから前で挨拶しろと初期刀は言った。それなら近い席の方が効率的だろうと一番前を陣取る。初期刀、長義、三振り目の国広の順に一直線になるよう座った。するとひょっこりと二振り目の山姥切国広が寄って来た。先ほど逃げた個体だ。
「新しい俺か
……
?」
「ああ、ついさっき顕現した」
「どうせ俺は三振り目だから
……
」
「その持ちネタはもういいから」
「ネタじゃない
……
!」
三振りの山姥切国広がコントを繰り広げている。そこに新たに声が掛かった。
「どうしたんだい、そんなところで写しばかり固まって」
一振り目だ。馬鹿にしたような目でこちらを見ている。『こちら』というか、それは長義の左隣に向かっているような気がした。
「偽物くんがまだ世話をしてるのかな。偽物ごときがあまり俺の同位体に近づかないでほしいんだけど」
「世話係だから仕方ないだろ」
「フーン? まあいいや。写しくん、おいで」
『写しくん』とは誰の事だろうと思うと、二振り目の国広が反応した。どうやら一振り目の言う『偽物くん』は初期刀、『写しくん』は二振り目の事らしい。
初期刀に話しかけるよりも、随分優しげな声で二振り目の写しを呼んだ。この違いは何なのだろうか。彼はびくびくしながらも、一振り目の長義には逆らえないのか彼の方へ寄って行く。
「偽物くんの顔を見ながら食べるご飯はおいしくなさそうだからね、ここにしようかな」
そう言いながら一振り目は長義の向かい側に座る。そして二振り目の国広にその左隣に座るよう示した。言われるがまま彼は素直に腰を下ろす。初期刀がじろりと彼を見た。
「
……
嫌なら別のところにいけばいいだろ」
「生憎空いてないから、仕方なくだよ。それにしても写しくんは偽物くんと違って素直で可愛らしいね」
そう言いながら一振り目はすぐ横の国広を撫でる。
「お前に可愛いと思ってほしいわけじゃないからな」
「本当生意気」
一振り目達の間で緊迫した空気が流れる。少々気まずいが止める手立てもない。それに二振り目の国広が何も言わないので、恐らくいつもの事なのだろう。
「なんでこんな所しか席空いてないのかな、しかもこんなにも写しがいるなんて」
また山姥切長義が現れた。恐らく彼が二振り目なのだろう。
「長義」
咎めるように初期刀が彼を呼ぶが、彼はツーンとそっぽを向いた。
「あーあ、なんで偽物くんの真ん前しか空いてないのかな~」
「お前が早く来なかったのが悪いんだろう。次からは徳美組とか長船派に席を取っておいてもらえばいい」
初期刀の忠告を聞いているのかいないのか、二振り目は不服そうな顔で初期刀の向かいに座る。初期刀に何か文句を言いたそうに口を開いたが、何も言わずにそのまま噤んだ。
食事の雰囲気は、はっきり言うとギスギスしていた。
表面上は一振り目が布の国広を可愛がったり、一振り目と二振り目が世間話したり、初期刀が新人である長義達の世話を焼いたりと和やかだった。しかしなんとも表現しづらい重い空気を長義は感じ取っていた。
本丸全体への挨拶も済み、夕飯も食べ終わった。既に人もまばらだ。
「写しくん、食べ足りなくないかな? 部屋にお菓子があるよ。よかったらどう?」
一振り目が布の国広にそう言って誘う。その横で二振り目が『夕飯食べてすぐ菓子食べると太るんじゃない?』などと茶々を入れ、布の国広は『うるさい!』と強気に言い返した。
三振り目の国広は長義の隣でそのやりとりをぼんやり見ていたが、一振り目の長義がそれに気づき手招きした。
「おいで、お前にもお菓子を与えてあげようね。俺の写しはみんな食いしん坊だから」
国広の目がわずかにキラキラと輝いた。
同位体はすべての山姥切国広と仲が悪いと思っていたが、どうやらそうではないらしい。一振り目はふたりの山姥切国広をにこにこと可愛がっている。一方二振り目の長義はそれを遠巻きに面白くなさそうに見ている。
初期刀は彼らの様子に目もくれず大広間から出た。え、と思って目で追っていたら一振り目から声を掛けられる。
「シールくん、君もどうかな?」
「え、俺の事?」
「三振りもいるとややこしいだろ? シール交換で顕現した『俺』だから『シールくん』」
そのネーミングセンスはどうなんだと思うが、別に好きに呼べばいい。号の件は『山姥切』が何振りもいる時点でもはや拘るべき点ではない。『山姥切』呼びが現実的に無理なら呼び名など何でもいい。
「俺の部屋でお菓子を食べるから君もどうかな」
三振り目の国広は行く気満々で『長義も行こう』と期待した顔でこちらを見ている。
しかし長義は初期刀のことが気に掛かった。
「いや、俺は遠慮しておくよ」
国広のことを頼むね、と言い、初期刀を追って長義は出て行った。
「初期刀くん」
もう行ってしまったかと思ったが、彼はまだすぐそこにいた。声を掛けると初期刀はこちらを向く。
「なんだ」
振り向いた時の顔が悲しげに見えて、泣いているのかと思った。しかしそれは本当に一瞬で、涙どころか、感情など何も映していない表情でこちらを見つめている。見間違えだったのかもしれない。
「ええっと、その、なんというか、
……
俺の同位体とは、仲が悪い、のかな
……
?」
なんと聞けばいいか考えあぐねた挙句、結局直球で問いかけた。初期刀は苦笑した後、こう答えた。
「俺の生意気な態度が気に入らないらしい。だから嫌われている。一振り目にも、二振り目にも」
初期刀がそう言って闇夜に視線を移す。空には月が浮かんでいて、儚げな横顔を照らす。目を伏せて落ちた睫毛の影にどきりとさせられた。
「そ、そうなんだ」
慰めの言葉をひとつふたつ言えればいいのだが、何も思いつかずそう返した。
しかし今までの対応で初期刀に生意気な態度は見当たらなかったが、どこが不快なのだろうかと疑問に思う。彼は自分に対し謙虚に接してくれたように感じたが、同位体達は嫌そうな顔をしていた。
「そういえば俺に何か用だったのか?」
切なげな横顔から一変し、けろりとした顔で初期刀が尋ねて来る。まさか心配で追い掛けて来たとも言えず、考えを巡らした。
「い、いや、まだ俺は新参者だからね、風呂とか布団とか聞かなきゃいけないことがたくさんある。君が世話係なんだろ?」
「あ。そうだったな。忘れていた、すまない。それなら三振り目も伝えなければならないが
……
」
国広は一振り目の俺の所だ。それを思いだし慌てて言った。彼らが顔を合わせればまた重苦しい空気になる。少なくとも初期刀が悲しむのが目に見えていた。
「さ、三振り目の国広には俺から伝えておくから」
「そうか? すまないな、じゃあ頼む。まず寝巻きと手拭いを支給しよう、来てくれ」
リネン室のような所に連れて行かれ、布団のシーツや枕カバー、タオル、寝間着を支給された。ついでに三振り目の国広の物も渡される。長義の部屋に行き、布団を敷いて、初期刀から簡単に寝ると言う行為について説明された。
ひと段落着く頃、俄かに縁側が騒がしくなった。
「ああ、ここにいたのか、シールくん。この子の部屋がわからなくてね、君を探してたんだ」
一振り目が三振り目の国広を伴って現れる。国広はうとうとと半目の状態で今にも寝てしまいそうだ。一振り目の布の裾をぎゅっと握っている。
「顕現したばかりで疲れたんだろう」
「ああ、すまない。おいで国広」
手招きすると彼はよたよたとよろけながら長義に寄ってきて、ぎゅっと裾を掴んだ。そして安心しきったように寄り掛かって来る。
「それと、なんでシールくんの部屋に偽物くんがいるんだ?」
一トーン低い声で一振り目が言う。
「寝る支度をしていただけだ。最初は誰しも寝る行為に戸惑うものだろう」
「わざわざ個室(ここ)でしなくてもいいだろ、同位体の部屋に入らないでもらえるかな」
「あんたの部屋じゃないのに、なんでそんなこと言うんだ」
「俺の同位体にお前なんかが近づくのが嫌だからだよ」
何やら喧嘩が始まってしまった。ふたりを止めるなんて長義にはできない。
国広が眠そうなので、もう風呂に入れずに寝かしつけてしまおう。それにこの場にあまり居たくない。そう思い、そそくさと抜け出して彼を部屋に連れて行く。布団を敷き、そこへ横たわらせると、相当眠かったようですぐさま健やかな寝息が聞こえてきた。
さて、部屋に戻って風呂に入りたいが、一振り目達は去っただろうか。
長義の勘だが、恐らく一振り目は初期刀のことが好きだ。態度では嫌って邪魔者扱いしているが、同じ山姥切長義だからわかる。あれは心底初期刀に惚れている。
『同位体に近づかれるのが嫌』と一振り目が主張していたが、あれは『他の男が初期刀に近づくのが嫌』ということにも読み替えられる。素直に気持ちを伝えられない彼なりの主張だ。しかしあんな言い方では本人に伝わっていないだろう。
本丸案内の時の発言もそうだ。初期刀に他の男を近づけさせるくらいなら、案内は自分でやるという意図で買って出たのだろう。ただ主命と言われてしまっては引くしかない。しかし長義に牽制するのも忘れない。同位体だからわかる、『アレは俺の物だから手を出すな』と言葉なき圧力を掛けられたのだ。あの時は妙な威圧感を感じたが、あれは悋気だったのだ。
長義が自室に戻ると、既に部屋は静かになっていた。しかし明かりはついたままだったので疑問に思い、こっそりと中の様子を伺った。
少しだけ障子を開き、覗いた先にいたのは、抱き合っている一振り目達だった。
くらりと長義は眩暈を覚える。
あんな壊滅的な仲でどうしてそうなった?
それよりも他刃の部屋でラブシーンはやめてくれないか。
もう一度覗くと一振り目と目が合った。
口元に人差し指を添え『静かに』のポーズをし、さらにその手でしっしっと追い払うような仕草をした。
(ここは俺の部屋なんだけど?)
しかしここにいても気まずいのは事実であるため、彼の要望通り長義はそっとその場を去ろうとした。
が。
「っだぁぁぁ!! 離せ!」
初期刀の大きな声が長義の耳まで響く。びっくりして再度覗き込むと、初期刀が一振り目を突き飛ばしていた。
「なんだ、何のつもりだ! からかうのもいい加減にしろ!」
常に冷静な態度の初期刀が取り乱している。こんなに動揺するのは珍しいのではないだろうか。彼との付き合いはたった一日だがそう感じた。顔は真っ赤だ。
「嫌がらせにも程がある
……
! もう、俺は帰るから
……
!」
な、と続くであろう言葉は彼の口の中に消えて行った。一振り目が初期刀を引き寄せ、口付けていた。
(えええええ!!)
長義はその光景に釘付けになる。まさかの急展開だ。あそこまで初期刀にツンを発揮していた一振り目がそんなことをするなんて考えられるだろうか。
(手が早過ぎないか俺!?)
長い口付けの後、初期刀は立っていられなかったのか、崩れ落ちそうになった。それを一振り目に支えられている。一振り目は満更でもない様子だ。抵抗したくてもする力すら奪ったのは誰でもない一振り目であるのに、大人しく腕に収まっている初期刀を見てご満悦だ。
(初キスで腰砕けになるほどやるってどうなんだ
……
?)
しかも想いが通じてない者に、と彼の非常識さに若干引いた。
初期刀は先ほどの威勢はどこへやら、顔は恍惚としていて、ぼんやりと虚空を見つめている。
「からかってないって、わかってもらえただろうか?」
初期刀はチラリと一振り目を見て、さらに顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに彼の肩へ顔を押し付ける。
「でもあんた俺のこと嫌って
……
」
「嫌ってない、好きだ」
一振り目はきっぱりと言い切った。
(同位体のことながら、普段あんな仕打ちをしておいて、よくそんな甘い台詞が言えたものだ
……
)
砂を吐きたい気分になる。もうこれ以上は、と思い、長義はその場をそっと去った。
さて、これからどうするか。
長義は困ってしまった。風呂の用意は部屋に置いて来てしまった。布団も然りだ。しかし部屋に戻ろうにも一振り目達の所為で戻れない。もし戻って濡れ場に遭遇してしまったら、次の日から彼らの顔がまともに見られないだろう。
これではいつまで経っても床に就けない。
「おや? 長義くんじゃないか、どうかしたのかい?」
ふらふらと歩いていると、長船の祖、燭台切光忠に会った。
「君、新人の長義くんだよね? 道にでも迷った?」
「えーっと
……
」
まさか自室で同位体達がラブシーンを繰り広げているから部屋に戻りづらいとは言えない。
「いや、自室の位置はわかってるんだけど、ちょっと今日だけは別の部屋にいたくて
……
」
「お化けでも出た? まさかGとか
……
」
「そ、そんなんじゃない
……
! ちょっと部屋に戻りづらくて
……
」
彼はピンと来たのか『うんうん、そういうこともあるよね』と頷いた。彼がどこまで察したのかわからないが、理由を追及されないのは有り難かった。
「予備の布団があるから今夜はそれを使うといいよ。お風呂は? もしかしてまだなのかな」
「あ、ああ
……
」
「予備のタオルと寝間着もあるから大丈夫だよ、お風呂の位置は知ってるかな?」
「しょ、初期刀くんに教えてもらったから
……
」
「じゃあ予備の布団を持ってくるよ」
そう言って燭台切は何処からともなく布団とタオルと寝間着を持ってきてくれた。
「ただ空き部屋がわからなくてね。国広くん
―
総隊長なら部屋の管理もしてるからわかるはずだけど
……
。聞きに行こうか」
「ああああ! いや! 大丈夫! アテはあるから!」
総隊長とは初期刀のことだろう。そう思った途端、先程の光景がフラッシュバックした。燭台切が彼を探すとあの現場に遭遇してしまうかもしれない。すぐにそこまで思考が辿り着き、慌てて燭台切の申し出を断った。そして彼が抱えていた布団を奪い取るように受け取ると、礼を言って逃げ去った。
とぼとぼと布団を抱えながら廊下を歩く。
正直アテなどない。
一月の廊下は寒い。板張りの床を歩いていると、つま先が氷のように冷たくなり、肌に触れる空気もぴりりという痛みを伴うほど冷たい。
人の気配がなさそうな部屋を探してみるが、もしかしたら気配を殺しているだけで、中では情事の最中かもしれない。そう思うだけで探す気が失せた。
途方に暮れていた所、大広間なら大丈夫なのではないか、ということを閃く。あそこならば人はいないだろう。
長義が考えた通り、そこには誰もいなかった。しかし暖房は消されているため、夕食時の温かさなど微塵もない。だからと言って広い空間に長義ただ一人だけのために暖房を付けるのも憚られて、仕方なく寒い中、布団を敷く。
じゃあ風呂に行くかと、大広間から出たところで、口論の声が聞こえてきた。
「どうしてお前はそうバカスカと食うんだ!」
「山姥切が食べていいって言ったから良いだろ! お前の物でもないくせに文句言うな! ケチくさい!」
「別にケチとか関係なく礼儀として
……
!」
「礼儀!? よく俺に礼儀を説けるな!? 初期刀によく注意されてるのはあんたのくーせーに~!」
なんだかとても厄介な匂いがする。
恐らく彼らは二振り目の山姥切長義と山姥切国広だ。そして会話の内容から、一振り目のお菓子をご馳走になった後なのだろう。二振り目の国広が呼んだ『山姥切』とは内容から察するに一振り目の長義のことだろう。
彼らは仲が悪いと言っても殺伐とした関係ではなく、喧嘩仲間という間柄のようだ。
これは関わると面倒臭そうだとすぐさま隠れようとした。しかし遅かったようだ。
「あれ? シールくん」
「どうしたんだ? こんな所で」
「いや、ちょっと
……
」
「なんで布団?」
大広間から半身出た状態だった所を二振り目に覗きこまれた。目聡く布団を見咎められる。バツが悪そうに目を逸らした。いや何も悪い事はしてないが。
「自分の部屋は?」
「ちょ、ちょっと訳あって帰れなくなったんだ
……
」
「ふーん?」
二振り目は訝しんだ視線を長義に向けてくる。何を疑われているのかわからないが、居心地が悪い。
「なら俺の部屋に来るか?」
二振り目の国広が言う。はぁ!? と同位体とそろって声を上げた。
「こんな所じゃ寒いだろ、風邪引くといけないし。俺の部屋にもう一人分布団を敷けば良い」
「な、何考えてるんだよ!」
「だって可哀想だろ」
「だからって見ず知らずの男を
……
」
「見ず知らずじゃなくて本歌だろ。あんた何言ってんだ。写しの部屋じゃ不満かもしれないが、どうだ??」
前半は二振り目に、後半は長義に向けて小首を傾げて言った。そんな提案をされて、長義は戸惑う。寒いのは苦手なので、甘えたいのは山々だが、国広の後ろで怒気を孕んだ目で同位体が見つめてくる。
(あんたもか!!)
何とも思っていない写しに対しての態度ではない。二振り目の気持ちは明白だ。
揃って独占欲が強い同位体にげっそりしつつ、長義は言った。
「いや、ダイジョウブだここで
……
。全然寒くない
……
」
「そうか? まだ一月だから明け方はだいぶ冷えるぞ
……
?」
「さ、寒いのは平気だから
……
」
やっぱり厄介ごとに巻き込まれた、と長義は思う。
(ここの山姥切長義(おれたち)は山姥切国広(うつし)に傾倒しすぎでは
……
!)
「そうだ、俺たちは風呂に行くけど一緒にどうだ?」
「あ、ああ。俺も今から行こうとしていたところで
……
」
「そうか、ちょうどよかった」
厄介なことになりそうなので、あまり彼らと一緒にいるのは得策ではないが、初めての風呂は誰かと一緒の方が有り難い。入り方は一通り頭の中にあるが、それでも初めての体験というものは不安が伴う物だ。だから誰かが共にいるというのは安心した。しかし、その相手が問題だった。
風呂へ向かい、脱衣所で衣服を脱ぎ、身体や髪を洗って湯船に浸かった。二振り目の国広は要領が悪いのかまだ髪を洗っている。そんなところにそっと二振り目が近づいて、息を潜めて長義に言った。要約
―
どちらかというと翻訳すると『二振り目の国広には手を出すな』と釘を刺してきた。
「いや、俺はそんなつもりないから
……
」
「ふーん
……
?」
まだ疑っているのか、不躾な視線を向けられる。恋の欲目で片恋相手が魅力的に見えるのだろうが、誰しもが求めるわけではないということを理解してもらいたい。一振り目といい、二振り目といい、己の写しに傾倒しすぎではないか。
「ところで、偽物くん
―
一振り目の写しのことだけど」
長義はぎくりとした。今彼らの話題は避けたい。
「シールくん、偽物くんのことが好きなの?」
「はぁぁ??」
見当違いの質問をされて、長義は驚いた。
何の探りだ、彼は二振り目の国広が好きなのではなかったのか、それにもし自分が初期刀を好きだったらどうだと言うのだ、二振り目には何も関係ないはずなのに、と頭の中で様々な考えが駆け巡る。
「ほら、夕食後も偽物くんのことを気にしてたし」
「いやそれは」
同位体達が酷い扱いするからだろ! とは面と向かって言えない。
「と、とりあえず、好きな訳じゃない!」
「そう? 良かった」
何が良かったのか、そう疑問に思う前に、また突拍子もない推理が飛び出て来た。
「いやね、一振り目の俺は写しくん
―
二振り目の国広のことが好きだろう?」
「は?」
「いつも餌付けとかして、気を引こうとして」
「はい??」
「邪魔だから俺は偽物くんと一振り目をくっつけようと画策しててね」
「エート
……
」
一振り目が好きなのは初期刀であって、二振り目の国広ではない。まさに二振り目の思惑通りに事が運んでいるのだが、それを長義が伝えるのは憚られる。
初期刀の気持ちはわからないが、力が抜けたとはいえキスの後に逃げ出さなかったのは、満更でもないということではないのだろうか。
彼らがこの後どういう関係になるのかはわからない。わからないが、あの状況を見る限り、大体予想できる。
しかし同位体ながらトンチンカンな推理をしているなと長義は二振り目を見た。
「き、杞憂じゃないかな
……
?」
「そんなわけない! いつも写しくんを部屋に誘うんだ
……
! ふたりきりにしたら何をするかわからない! 他でもない『俺』だぞ!?」
(それって自分だったら何をするかわからないって言ってるようなものでは
……
?)
ははは、と渇いた笑いを返すと、髪を洗い終えた二振り目の国広がやってきた。
「何の話だ?」
「いや何でもない」
二振り目が即座に答えた。
国広は風呂だと言うのにタオルを頭から被っている。顔はもちろん身体も見られたくないようで、すっぽり収まっているのだが、タオルの隙間から覗く太ももやらお腹やらが艶めかしい。
国広本人はそんなつもりはないだろうが、まさにチラリズムという性癖の者を狙っていると言われても仕方ない光景だ。
二振り目もそれを感じているのか、長義の視界から国広を隠すようにそっと身を傾けた。奪う気など更々ないが気持ちはわかる。他の者に見せたくないだろう。
「そのタオルは
……
」
「何だ?」
「いや、そ、その格好で湯船に浸かるのかな?」
「ああ、いつものことだ。あまり見られたくない」
「いや、今俺達しかいないから見比べるやつもいないだろ」
「それもそうだが、見られたくないものは見られたくない」
山姥切国広という刀は頑固のようだ。例え本歌であっても、見られることを嫌うらしい。普通湯船にバスタオルは浸けないと思うのだが、深追いはしない方が正解だと考え、その話題はそこまでにした。
風呂から出て、燭台切からもらった寝間着に着替えた。そしてふたりと分かれ、大広間に戻る。
同位体と写しのいざこざに巻き込まれるのは真っ平だ。
顕現してからいろいろあって疲れた。もう寝てしまおう。
そう考えて床に就いたが眠れない。風呂に入って温まった身体はここに来るまでにすっかり冷えてしまっていた。寒さで眠気など吹っ飛んでいる。
「ちょうぎ
……
?」
襖がすーっと開く音と共に、舌足らずの声が大広間に響いた。その声に驚いて飛び上がらんばかりに起き上がると、国広が入口から覗き込んでいるのが見えた。
「国広
……
!? どうしてここに
……
!?」
「寝れなくて。そしたら二振り目達があんたがここにいるって教えてくれた」
「そうか
……
」
するとなぜか彼はいそいそと長義の布団に潜り込んで来る。
そしてころんと寝転がると、目を閉じた。
「こら」
「だって」
「自分の布団で寝な」
「長義と一緒がいい。長義の側が一番安心する」
そういうと眠れないと言っていたのは嘘だったのではないかと思うほどの早さで寝息が聞こえてきた。いつの間にか長義の裾がぎゅっと握られている。絶対に自室には戻らないという固い意志にも思えた。
他の山姥切国広と違って、この子はこんなにも可愛らしい。
この可愛らしさは一目見ただけで明確なのに、同位体達が移り気を起こさなかったのが奇跡に思えてしょうがない。
「
……
ったく
……
」
仕方なくその子を抱きしめて横になった。
先程まであんなに寒かったのに、今はとても温かかった。
そして朝、大広間に来た刀達に同衾している所を発見され、顕現早々カップル成立かとからかわれる事となる。
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