二 特別
薬研が厚の腕を引っ張って遊んでいる。厚は痛かったのか泣き出した。大泣きだ。その横で青江が離乳食をぶちまけた。机だけならともかく畳まで大参事だ。石切丸が掴まり立ちをしようとして失敗し、転んでしまった。頭をぶつけて泣いている。長曽祢は障子を破いて遊んでいる。ちなみに障子の事は随分前から諦めている。またすぐ破られるため張り替える気力はない。隙間風ならぬ障子の穴風に耐える日々だ。冬ではないのでいっそ無視だ無視。
「主、青江の事を頼む! そこに雑巾があるからっ
……! ほら、石切丸、痛いのはいないいないだ、泣かないんだぞ。薬研、仲良く! 厚にごめんなさいしろ! 痛い痛いはめっ! だぞ!
……主、それは長曽祢のよだれ掛けだ
……!」
今日も国広は育児に奮闘している。
育てて見てわかったが、五児を一気に育てるのは大変だった。まず目が足りない。こっちで泣いているかと思いきや、他の子がいつの間にか別の場所に移動して危険な事をしていたり、かと思えば別の場所で悪戯をしてたり、とにかく全員を一気に見ていられない。
そして国広以外で唯一大人である審神者も問題だった。彼は子育ての経験はもちろんなく、しかも空気の読めない、気が利かない、不器用で何も出来ない男だった。
「主、長曽祢のおしめを替えてくれないか」
「わかった任せろ!」
国広が机に零れたご飯を片付けたり、厚をあやしたりしている間に、オムツ交換を頼む。審神者は大抵アワアワして何も動かないため、国広が指示するしかない。
「国広ー、これでいいかな?」
暫くして審神者に呼ばれて、国広は頭を抱えた。
この本丸では紙オムツを使用しているのだが、当てて巻いてテープで留めるだけのはずが、めちゃくちゃな穿かせ方になっている。まずおしりにフィットしておらず、ずり下がっている。テープもおかしな位置で留まっている。左右対称ですらない。オムツは穿かせやすいように、色々な工夫がされているはずだが、すべて無意味になっている。オムツの隙間から水分が漏れるだろう確実に。オムツの機能を果たしてない。
「主、もういい
……俺がやる
……」
こうして国広の負担が増えていくのだった。
国広は彼らのレベリングにも力を入れた。
0歳だから何もできないなんて言っていられない。彼らは刀剣男士なのだ。それに練度が上がれば成長するのだから経験をたくさん積ませた方がいい。成長すれば手がかからなくなるはずだ。だから国広は彼らのレべリングを重点的に行うことにした。
もちろん戦場に行くなんて無謀な事はしない。彼らはまだ刀も握れない赤ん坊だ。まず皆を連れて遠征に行った。見回りの任務は乳母車に全員乗せてのお散歩だった。戦がある任務は国広のみが参加し、他の刀達は安全な場所で眺めているだけにした。その甲斐あって彼らは少しずつ、本当に少しずつだが、練度を上げて行った。
そんな気の遠くなるような日々を積み重ね、彼らの練度は二〇~二五程度になった。見た目は三~四歳だ。刀の付喪神だけあって、歩けるようになれば自然と刀も扱えるようになった。本体を握り、奮い、幼児の姿でも弱い敵なら倒せる。もちろん国広のフォロー有っての事だが、この本丸にとっては大きな進歩だった。ちなみに刀は彼らが扱えるサイズに伸縮可能らしく、戦場に行く時は身の丈にあった長さになる。大太刀の石切丸は脇差程度の長さの刀を振り回していた。
その甲斐もあってか、当初に比べレベリングが捗ってる気がする。彼らが誉を取る事も多くなってきた。それに戦に出ると刀の本能で敵に集中するので、普段育児をしている時より楽だった。彼らの遊びの時間やご飯の時間は大抵問題が起きる。色んなことに興味を持ちあちこち動き回るので、世話する方は大変なのだ。それに比べたら戦場では彼らの意識は敵に向かっているので、気を散らすことはない。転ばないか、怪我しないかだけ気にしていれば良かった。だから国広は積極的に彼らを戦場に連れて行った。
そんな本丸に訪問者が現れた。
布を頭から被っており、顔は見えない。いかにも怪しいが、自身を政府からの使いだと名乗った。
「放棄された世界 歴史改変された聚楽第への経路を一時的に開く。各本丸は部隊を編成し、一五九〇年の聚楽第、洛外より調査を開始。同時に敵を排除せよ」
彼はそう告げた。国広は審神者と顔を見合わせる。出陣要請のようだが、この本丸には無理だ。国広以外、幼い刀剣しかいない。練度こそ二〇程だが、精神が幼いため戦術知識や判断力などが低い。通常の力を発揮できてない彼らには危険だ。
「すまない、うちは見ての通りバグ本丸で、俺以外は中身も見目も幼い。こいつらを危険な場所に連れていくわけにはいかない」
暗にこの件は参加できないと伝えた。こんなに危険な任務に幼子を連れて行くなんて無理だ。
だが彼は国広の言葉に少し考えた後、こう提案した。
「ならばこの本丸には特別措置をやろう」
「特別措置?」
「政府から一振り、刀を貸与する。参加可能な者とその刀で聚楽第に赴き、本丸を制圧せよ」
「そんなこと、許されるのか?」
「今回限りだ。ただし、貸与する刀はこちらで決めさせてもらう。なお留守中の本丸に何かあっても政府は一切保証はしない」
そう言われて国広は自分がいなくなった本丸を考えてみる。
もしも何かあったら、対処できる者がいない。まともに動けるのは審神者だけだ、心許無い。敵の侵入云々以前に、誰かが熱を出した、怪我をした、というだけで大騒ぎになるだろう。
そして出陣のメリットを考えてみる。政府からの報酬はあるだろうが、この本丸を空けてまで得る魅力的な物があるだろうか。資材や刀装をもらっても出陣は怪我をしないよう低レベルな場所ばかりのため、あまり使い道がない。
政府からの評価は悪くなるだろうが、元々ここがバグ本丸ということは報告済みなので大目に見てもらえるだろう。出陣するメリットはない。だから国広は断ろうとした。しかしそれを察してか、政府からの使者は先に告げる。
「報酬の件だが、これは極秘事項のため本来ならば伝えてはいけない事になっている。しかしこの本丸の場合は教えた方が良さそうだ。今回の報酬は刀剣だ。聚楽第を制圧し、監査官である俺から判定優を取れたなら、政府から正式に一振り配属されることになっている」
「配属
……?」
「政府から配布された刀はバグの影響を受けない、そうだろう?」
「!」
「きたか」
国広は迷った挙句、審神者に頭を下げ、特命任務に参加することにした。他の刀達の面倒は審神者が見てくれるし、何かあれば幼児の姿でも刀は刀だ、戦うことができる。彼らを信じ、国広は参加を決意した。そして監査官の待つ聚楽第の洛外まで一振りでやってきた。
自分が危険なのは百も承知だ。貸与される刀がいるとは言え、二振りで臨むことになる。国広の練度も低いため何処まで歯が立つかわからない。
「政府から貸与される刀はどこだ?」
見る限りその場には監査官ひとりしかいない。
「俺だ、監査も兼ね俺が戦う」
「あんたが
……?」
それを聞き驚いた。彼の正体は刀剣だったのかと。よく見れば腰に打刀を差している。
「刀、だったんだな
……」
「話をしている暇はない、行くぞ」
もっと話をしたかったがすぐに打ち切られてしまった。彼にとってはあまり話したくない内容だったのかもしれない。例えば燃えた事があるだとか、持ち主に捨てられただとか、想像もできない悲しい過去を持っている事だってある。あまり詳しく聞いてはいけないだろうと国広はそれ以上言及しなかった。
やはり戦いは厳しくて、何度も何度も倒れそうになった。そのたびに監査官が助けてくれたり、勝栗を分けてもらい回復したりした。政府の刀というだけあって彼は強かった。一振りで幾振りもの敵を薙ぎ倒していった。慎重に進軍しながら、時には本丸に帰還し適度に休みながら、任務を進めて行った。
「そんなになってまで新しい刀が欲しいか?」
先程受けた傷を止血していると監査官が話しかけてきた。感情を抑えたような淡々とした声だ。
「当たり前だ、あんたみたいな政府の刀にはわからないだろうが、あの本丸には俺しかいないんだ。俺がいなくなったら大変なことになる。あいつらはまだ幼くて何もできないからな、戦力になる奴は一振りでも多い方が良い」
「
……そうか」
こんな戦い方をしていたらいつか国広は折れてしまうだろう。そうなればまだ幼い彼らはどうなるのか、考えただけで恐ろしい。面倒が見れないからと審神者が見放してしまうかもしれないし、他所の本丸に引き取られてバラバラになってしまうかもしれない。唯一動ける国広が今はあの本丸の要なのだと国広自身も理解していた。一振りで担っていてはダメになった時弱い。だから国広以外に彼らを任せられる誰かが必要だった。
「配属される刀が家事ができると戦力になるんだが」
「戦力ってそっちか
……」
何故か監査官は頭を抱えていた。
そしてついに聚楽第本丸へ辿り着く。
「これより最後の決戦となる。心してかかれ」
監査官の声は固い。この先にいるのはやはり強敵なのだろう。練度が低いながらもよくここまで辿り着けたと思う。それは偏に監査官のお陰だ。彼がいなければここまで来れなかっただろう。
敵のいる部屋に入るとそこには槍、薙刀、四振りの大太刀の時間遡行軍がいた。攻撃力の高い大太刀に内心少し怯んだが、動きが鈍いようだ。室内なので大きな刀身では扱いづらいのかもしれない。
素早く大太刀の懐に入り込み斬るが、太刀筋が浅かった。軽傷にすらなっていない。舌打ちし一旦距離を取ろうとするが、別の大太刀が国広に斬り掛かる。寸での所で避けたと思ったが、腹に衝撃が走った。やはり大太刀はリーチが長い。しかし体勢を立て直す間もなく、槍の攻撃が国広を襲う。咄嗟に後ろに飛び跳ねるようにして距離を取った。
「
……っはぁ」
何回か切り結び、満身創痍で国広は漸く一振り倒した。しかし他の刀達がまだ残っている。数で敵わない。一太刀入れるごとに、他の刀から嬲られる。劣勢なのは明らかだった。唯一国広が勝っていたのはスピードだった。彼らは元々動きが鈍いうえに室内で扱うのには向いていないため、そこに勝機があった。機動を生かして、敵の攻撃を避け、相手に斬りかかる。彼らに比べれば攻撃は重くないが、少しずつでも削って行けばいいと考える。
そうして国広がさらにもう一振り倒したところで監査官が助太刀に入った。もう自分が相手をしていた敵を倒したらしい。残り一振り
――槍が国広に襲いかかろうとしていた。そこを監査官が斬り掛かる。
「ぶった斬る!」
「!!」
国広は槍の意識が監査官に向いたことを悟り、その隙を逃さず刀を繰り出す。挟み撃ちにされた槍は双方からの刃を受け、雄叫びを上げて絶命した。
がくん、と国広は膝を着いた。全身傷だらけだ。漸く終わった安心感で力が抜けたのかもしれないし、低い練度でここまで来た身体にガタが来てるのかもしれなかった。
「終わった、のか
……?」
「斬ったのは殆ど俺だがな」
主の元に帰れる、みんなに会える、と強く思った。たびたび帰還してはいたが、この厳しい戦いに身を置いて、心が荒んでいた。だから日常に戻れる喜びに歓喜した。拳をぎゅっと握りしめる。
「おい、お前重傷なんだ、あまり無理は」
「帰れる、良かった
……みんなに会える
……!」
「
…………」
監査官が近づいてきて国広をそっと抱きしめる。
「な、なにを
……!」
突然の行為にドギマギと動揺していると国広の体が宙に浮いた。
「わっ
……」
「少し休め、本丸まで運んでやる」
どうやら運ぶための行為だったらしい。いきなりそんなことをされたら吃驚してしまう。所謂俵担ぎをされており、情けないやら、居心地悪いやら変な感覚だ。しかし漸く戦いが終わったのだと実感し、一息吐いた。それを感じたのか、フッと監査官が笑う気配がする。馬鹿にされたのかもしれない。監査官から見たら、戦闘経験も練度も足りず、任務遂行も拙い印象だっただろう。それでもこれが国広の精一杯だった。馬鹿にされたことは腹が立つが、実力不足は仕方がない。
「今まで一振りでよくがんばったな」
それまでの淡々とした声とは異なり、優しさを含んだ言葉が降ってきた。国広は耳を疑った。まさか彼がそんなことを言うとは思わなかった。先程の彼の笑いは馬鹿にしたのではなかったらしい。ついさっきまで感じていた怒りが浄化されていく。
今まで、とは聚楽第に来てからのことではないだろう。なぜなら聚楽第では一振りじゃなかったから、きっと彼は本丸設立からの事を言っているのだ。顕現してからずっと頑張らねばと思い続けてきた。誰にも頼れない状況だったため、仕方なかった。それに気づき国広は今までピンと張っていた糸が緩み、涙が溢れてきた。止まらない、後から後から溢れてくる。
「これからは一振りじゃないから」
そう、これからは政府から配属される刀剣がいる。バグが影響しないちゃんとした刀だ。国広一振りでやってきた炊事・洗濯・掃除・育児も彼と分担してできるのだ。願わくばオールマイティにできるスーパーマンに来てほしいがこの際何か一つ得意な物があるだけでも構わない。それほど渇望していた。
「これからは、俺がいるから」
「は
……?」
はぁぁぁぁぁ??
「あんたが?? あんたが来るのか? この怪しげな布のあんたが? 子ども達が泣かないか?」
「うるさいぞ、本人を前に言うか普通。それにお前に言われる筋合いはない小汚い布の初期刀。俺が配属されたら覚悟しておけ、その布ピカピカにしてやるからな」
「ひぇ、ごめんなさいごめんなさい、本当の事言ったのは謝るから、怪しげなんて言ってごめんなさい、監査官殿は心優しいので子ども達も泣かないです、きっと!!」
「本当の事とかさり気なく殴ってきたが、まあいい」
「はぁ
……あんた意外と狭量だな
……怪しげなんて言っただけで布を取り上げようとするなんて」
「お前は布に依存しすぎだ、洗濯決定」
「ぎゃ!」
二振りで本丸への帰路に着く。俵担ぎとは言え、他人に抱きかかえられたのは初めてのことだ。なんせ抱き上げることはあっても、抱き上げられる機会はない。サイズ的にも国広を持ち上げられるのは審神者ぐらいだがその審神者も国広より少し小さいため、体重差で潰しそうだ。それに戦場に審神者はいない。中傷・重傷になると自力で退却しなければならなかった。運んでもらえるなんて、今までにない。
彼の背中は暖かい。担がれてる所為で逆さなのは不服だが、確かに国広には動く気力が残ってない。それを見透かして運んでくれたのだろう。
これから彼と一緒に上手くやっていけるだろうか、と想いを馳せる。何にせよあの育児に追われる怒涛の日々に助っ人が入ったのは事実だった。一振りじゃないというのはこんなにも心強い。
そして彼が国広にとって特別な存在だという事は、その時思いもしなかった。
「俺こそが長義が打った本歌、山姥切。聚楽第での作戦において、この本丸の実力が高く評価された結果こうして配属されたわけだが、
……さて」
※以降は本にて。
ベッターにてあらすじ(というかお祈り)を公開してます。
内容は少し付け足したり修正してたりそのままだったりしてます。
https://privatter.net/p/4356398
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