三崎
2024-12-10 23:29:36
58248文字
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ハッピー♡メルティ♡トイボックス♡まとめ読み

2025/1/12 super comic city 関西30にて頒布予定「ハッピー♡メルティ♡トイボックス♡」収録話の公開済のお話+書きおろしサンプルまとめ読みです。
A6 164P 800円 カバー、ダイカットカードつき

※2話と3話の間でチャティに人型の体が出来た感じの流れです。
※ラミーとブルートゥが生きてたりでゆるふわ時空なのでそういうのが許せる人向け。
表紙イラスト:ひめり様(X:@chiyomomo25)
表紙デザイン:うぐ様(X:@sijinomix0343) いつもありがとうございます!!


   5.どちらもじっくり味わって


 今日も今日とて、621はRaDに遊びに――もとい、恋仲になったチャティに会いに――来ていた。ACをRaDのガレージに置かせてもらい、ギシギシ鳴る簡易通路を歩くのも慣れたもので、チャティともう一人、ガレージ担当のモヒカン頭で顔中ピアスまみれのドーザーに出迎えられるのも、これまたいつものことだった。
 しかし、今日はいつもと様子が違っていた。621を出迎えてくれたのはドーザーただ一人。ガレージにはチャティの姿は見当たらない。
「よう、ビジターさん」
「こんにちは。チャティ、は……?」
「ちょっと遅れるってよ。なあに、五分もすれば来るさ」
 ここに座って待ってなよ、と促され、621は勧められたパイプ椅子に腰を下ろした。硬い椅子は立て付けが悪く、軽い621が座っただけでミシミシと悲鳴を上げる。ドーザーは壊れかけの椅子など気にもせず、安煙草を吸いながら怪しげな笑みを浮かべた。
「で、今のうちに、ビジターさんに〝良いもの〟をあげたくてよォ……
「いい、もの……?」
 不用意に知らない人からものをもらってはいけない――621は飼い主とチャティからそう言い含められていた。しかし、このドーザーは来るたびに挨拶や雑談をするし、顔見知りと言っても良い相手だ。だから問題ないだろうと判断し、621は特に警戒もせず男に聞き返した。男はニッと笑って続ける。
「滅多に手に入らないお菓子さ。この前ビジターさんには手作りクッキーをもらったからな、そのお返しにと思ってよ」
「お菓子……!」
 お菓子と聞いて、621は一層前のめりになった。世には様々なお菓子がある。よく口にするのはクッキーだが、クッキーにも様々なバリエーションがあって、それぞれ味が違うのだ。クッキー以外のお菓子はまだ良く知らないし、滅多に手に入らないお菓子とは一体どんなものだろう……。621は目を輝かせながら、男がそれを取り出すのを待った。
 本当に、心配になるくらい素直で警戒心がないビジターだ、と内心苦笑しつつ、ドーザーの男は着ていたジャケットの内ポケットから、手のひらサイズの赤い箱を取り出した。
「ほい、こいつさ。あんたにやるから、チャティと一緒に食べるといい」
「あり、がとう……大事に、食べる……
 パッケージには、商品名と思われる文字と、中に入っているお菓子と思われるものが描かれていた。細長く、黒い。片方の先端はクッキーのような色をしている。この黒いものは、先日クッキーのデコレーションをした時に使ったチョコレートという奴かもしれない。あれは口の中でとろけて、甘くて美味しい。それがたっぷり使われているお菓子なら、きっと美味しいに違いない……621はそんなことを想像しながら、にこにこと男に礼を言った。
「しかし、だ……ビジターさん。このお菓子を食べるには、あるお作法があってね」
「お作法……?」
「ああ。教えてやるから、ようく聞きなよ……
 男は得意げな顔で、621にその〝お作法〟を説明してやった。説明を終える頃にはチャティもガレージに到着し、二人は男があげた菓子箱と共に、ガレージを去って行った。
「さあて、どうなるかねえ……
 当然、男が伝えた〝お作法〟とは、ありもしない嘘っぱちだ。しかし、素直で警戒心のない621は、きっと真に受けてくれるだろう。チャティと仲良く食べな、そう伝えた時の621の顔は、ほんのり赤く染まっていたから。


 カーラに挨拶をした時も、チャティと一緒にRaDを見て回った時も、なんとなく621は上の空だった。ドーザーの男からもらったお菓子をどうしようか、ぐるぐる考えていたせいだ。
 世には色んなお菓子がある。きっと自分が知らないものの方が多いに違いない。だが、食べ方に決まりがあるお菓子なんて、本当にあるんだろうか? でも、おそらく自分より人生経験が豊富な彼が言うのなら、そうなのだろう。であれば、教わった通りの食べ方をしなければ。チャティは知っているのだろうか? 知らないだろうな。お菓子を含めた娯楽について、彼はまだ知識が堪能とは言えない。だから、私が教えなければ……
「どうした? 今日はなんだか様子がおかしいぞ、ビジター」
「え、あ、うん……
 チャティの部屋、チャティが淹れてくれた熱々のフィーカ……とくれば、美味しいお菓子がつきものだ。大体はウォルターが手土産として持たせてくれるクッキーを二人で食べるのだが、今回はそれに加えてもう一つ、ドーザーの男が渡してくれた珍しい菓子があった。
「あ、あの……これ」
「ん? なんだ、これは」
 どう説明したらいいものかとは思いつつ、621はもらった菓子をテーブルに置いた。赤いパッケージに描かれた菓子を見て、なんとなく事情を察したチャティは、じっと621の顔を見つめる。
……ビジター、誰からもらったんだ?」
「えっと、ガレージにいる……
「あいつか……
 あそこのドーザーは何かと621と自分の仲を気にかけてくる。悪意を持った人間ではないが、悪戯好きなところもあるから、そいつがただ菓子を渡してくれただけとは考えづらい……。チャティはそう考えながら菓子の箱を手に取り、まず未開封であることを確認した。成分表示も特に問題があるものは含まれていない。ただの菓子のようだが、念の為、チャティはセンサーを起動し成分を分析することにした。コーラル反応なし。成分表示の記載通り製造された菓子のようだ。食べても問題は無いだろう。そう結論付けると、チャティはテーブルの上に菓子箱を置いた。
……問題はなさそうだ。あいつは何か言っていたか?」
「珍しい、お菓子だ、って。あと……それを、食べる時は……決まりが、ある、って」
……決まり?」
 やはりあいつは何かを企んでいる。そう思うものの、621があまりにも真面目な顔で説明するものだから、チャティも真剣に聞くことにした。621が説明することには、こうだ。
 細長い形をしたこの菓子を食べる時は、二人で両端を咥え、少しずつ食べ進めなければならない。食べるうちに当然菓子は短くなっていき、食べている二人の唇が近づいていく。そして食べ終わる時は、一本ごとに必ずキスをするのが決まりなのだ――と。
……なるほど、恋人同士でしか食べられない菓子、という訳か」
「う……そう、なるな……
 そうやって食べなければならない菓子ならば、一緒に食べるのはキスをしてもいい相手――恋人やパートナーといった仲の相手――に限られる。だから621はもじもじしていた訳だ。
……俺もこの菓子に興味が湧いてきた。早速、食べてみるとしよう」
「えっ、あ、う……あ、ああ……そう、だな」
 こういう時のチャティは思い切りが良い。テーブルを挟んで座っていては食べづらいだろうと、チャティは椅子を動かして、621の隣にやって来た。
 621はたどたどしい手つきで菓子が入った箱を開け、銀の包み紙を破った。包み紙の中にはパッケージに描かれていた通りの見た目をした菓子が二十本ばかり入っている。長細いそれは、持ち手になる部分にはチョコレートがかかっておらず、手が汚れないようになっていた。621はまず一本手に取って、初めて見るその菓子を観察し始めた。
「ふむ。クッキーとはまた違った質感の焼き菓子だな。それをチョコレートで覆っている……なかなか贅沢な品のようだ」
「う、うん」
 このルビコンにおいて、チョコレートは高価でなかなか手に入らない。タダで誰かに渡すには、ちょっと覚悟のいる値段がするはずだ。それをほいほい渡してくれるということは、あのドーザーはなんていい人なんだろう……。何か下心があるのではと勘ぐるでもなく、621は素直にそう思った。
……じゃあ、チャティ、口、あけて」
 621は手に取った菓子を、まずはチャティに咥えてもらうことにした。チャティは頷いて、言われた通りに口を開く。チャティが菓子を咥えたのを見て、621も端を軽く咥えた。口が塞がっているから、今から何かを話すことは難しい。後は食べるだけだ。
……
……
 どちらともなく、さく、さく、と、二人は少しずつ菓子を食べ進めていった。香ばしく甘いプレッツェルの軽い食感に、甘くほろ苦いチョコレートが蕩けて口の中で混ざる。滅多に手に入らないだけはあり、これは、とても美味しいお菓子だ。感想を言い合いたいのに、口が塞がっているせいで、それもままならない。それに……
……
……
 さく、さく。食べ進めるうちに少しずつ相手の顔が近づいてくるのも、よくない。近すぎていっそ見えづらいくらいなのに、どうしても、チャティの薄緑の目を見つめてしまう。チャティもまた、じっと621の赤い瞳を見つめている。瞳の奥、チャティが一体何を考えているのか、621にはわからなかった。
……
……
 いよいよ唇が触れる距離になると、なんとなく、食べ進めるのが遅くなる。チャティとキスなんて、今までに何度もしたことがある。でも、必ずキスをしなければならない、なんて言われると、なんだか妙な心地になった。そんな決まりのあるお菓子を食べなくたって、おやつを食べたら、わたしたちは――キスをして、抱き締めあって、そして……
 さく……さく……。唇が触れて、お菓子が一本すっかり無くなると、やっとこの奇妙な時間は終わりを告げた。
……どうだった、ビジター」
 美味かったか? そう尋ねるチャティは、なんとなく意地悪な顔をしている。キスをしたばかりだというのに、チャティは何も感じていないのだろうか。
「美味し、かった……けど、もっと……味わって、食べたい……な」
 それは嘘ではないが、全くの真実でもない返事だった。複雑そうな顔をした621にチャティはふっと笑って、菓子を一本手に取った。
「ほら、今度はチョコレートの方をお前にやろう」
「あ、あり、がとう……
 お菓子はお菓子、キスはキスで味わいたいのに……。そんな不満は、口の中でとろけていくチョコレートの甘さに塞がれてしまった。


……美味しかったな?」
 十六回キスをして、包み紙の中がすっかり空になると、チャティは621に尋ねた。
……ああ」
 途中、フィーカを飲みながら食べたそのお菓子は、確かに美味しかった。フィーカともよくあって、フィーカの苦さとチョコレートの甘さ、プレッツェルの控えめな甘さと香ばしさは、食べ方さえ指定されてなければ、延々と食べていられそうなくらいには621の好みにあった。
 けれど、食べるたびに触れるだけのキスをするというのは、どうにももどかしいもので……
……物足りなさそうな顔をしているな、ビジター」
「そ、んな顔、して……な」
 否定しようとした621の口に、もう一度、あの菓子が差し出された。食べきったとばかり思っていたのに、そうではなかったらしい。おそらくは最後に残った一本。それを、今までと同じように二人はさくさくと食べ始めた。
……
……
 チャティはどうして、わざわざ残しておいたのだろう……。何か企んでいるのか、それとも。
 さく、さく。食べるのも慣れたもので、二人は順調に食べ進め、唇がすぐそばまで近づいてきた。触れるか触れないか、そんな距離まで顔が迫り――
――!」
 触れるだけのキスで離れていったはずの唇が、621の唇を塞いだまま離れない。体を抱き寄せられ、甘くなった舌が挿し込まれると、驚きに強張っていた621の体から力が抜けた。
「んっ、う……
 これが欲しかった。ずっとこうして欲しかった。触れるだけのキスで満足なんて出来ない。チャティはそれを見抜いていて、物足りなさそうだと言ったに違いない。
 ああ、そうだ。物足りなかった。きみと、チョコレートより甘くとろけるキスをして、抱き締めあって、そして……その先は……
 口を甘く塞いだまま、チャティは621の望み通り、彼をベッドへとエスコートしてくれた。空になった菓子の包み紙が、テーブルの上で寂しげにかさりと音を立てる。甘い甘いお菓子は、今の彼らには必要のないものだった。


 翌日。621が拠点へ帰る時間になり、二人はガレージへとやって来た。そこにはあの菓子をくれたドーザーの男がニヤニヤ笑いながらパイプ椅子に腰掛けて待っていた。
「よお、おふたりさん」
 いつもと変わらぬ飄々とした様子で男が二人に挨拶をする。お菓子のお礼を言わなければ、と621が思っていると、チャティがかつかつと男の前に出て――
「いってェ!」
 チャティはぺしりと男の頭を叩いてしまった。男はさすさすと頭を擦り、バレちまったか、という苦笑いを浮かべている。
……あまりビジターをからかうな。真に受けてしまうだろうが」
……?」
 二人のやり取りをうまく飲み込めないまま、621はしばし呆然と二人を交互に見つめ、たっぷり二分ほどかけてようやく、自分が嘘をつかれていたということに気付いた。
「う、嘘、だった……のか?」
 かあっと顔を赤くして621が抗議すると、男は悪い悪い、と頭をぺこぺこさせて謝った。ちょっとからかってやるつもりだったんだと彼は言う。それは……騙されたのはいい気分ではないが、まあ、菓子をくれた分を差し引いて、許してやらないこともない。しかし。
「チャティ、も……嘘だ、って、気付いてた……んだよな?」
「そういうことだな」
「ど、どうして、何も、言って、くれなかったんだ……
……それは」
 思っていたより怒っているらしい621に、チャティはどう弁明しようかと頭を悩ませた。そんな二人を見て、男がけらけら笑う。
「はっはっは! そりゃあ、素直に騙されてるビジターさんが可愛かったからに決まってるさ、なあ?」
……
 ばしばしと男に背中を叩かれても、チャティは気まずそうにするだけで、否定はしなかった。つまり、そうだということだ。
「チャティ……
 じとりと621に睨まれ、チャティは思わずたじろいだ。こんな風に621に怒りを向けられるのは初めてのことだ。621は滅多なことでは怒らないし、大体のことはそうかそうかと受け入れてしまう。これは、素直に謝るべき時だ。
「す、すまない、ビジター。つい……
……
 しょんぼりと謝罪の言葉を口にするチャティを見るのもまた、621にとって初めてのことだった。そんなチャティを見ていると、なんだか可哀想になってくる。これは、怒りすぎたかも知れない。かっかしていた頭がすうっと冷えていき、許してあげなければという気になった。
……謝って、くれた、から……許して、あげる」
……そうか……良かった……
 チャティはほっと胸を撫で下ろし、それを見た621もまた安堵してにこにこ笑った。喧嘩したまま帰るより、こうして仲直りして、いつも通りに手を振って別れるのがいい。
……なんか、珍しいもん見たなあ」
 いつも仲良くしている二人の、おそらくは初めての痴話喧嘩。痴話喧嘩というレベルにさえなっていないかも知れないが、ともかく、それに近い様子が目の前で繰り広げられるとは思わなかった。
「さて、ビジターさん。そろそろ時間だぜ」
「あ……そう、か。行かなきゃ」
「気を付けてな。また連絡する」
 暗くならないうちに帰るには、もう出発しなければならない。621とチャティは名残惜しそうに手を取り合い、控えめにハグをして、寂しげに手を振って……621はコックピットへ続く簡易通路を歩いて行った。
 621の背中を見送って、無事乗り込んだのを確認し、男は制御盤を操作し始めた。毎度のことながら、仲の良い二人が離れ離れになる作業をするというのは、少しばかり心が痛む。
 621の機体が出ていってしまうまで、チャティはじっとコアの方を見つめ、そこから動こうとはしない。まるでコアの奥、コックピットに座る621の姿さえ見通しているかのようで――彼らみたいな甘酸っぱい関係に憧れている訳ではないが、それが微笑ましくて眩しくて、見守ってやりたいと男は思う。
 だから、今回の詫びにと、男はジャケットの内ポケットからあるものを取り出した。
 621の機体がガレージを出て、その姿が見えなくなると、寂しそうに小さくため息を吐くチャティに、男は〝それ〟を差し出した。
……なんだ、これは」
「二人にプレゼントさ。食べ方はお任せするよ」
 差し出されたのは、昨日味わった菓子の、鮮やかな赤いパッケージ。
 チャティはそれを受け取ると、ニッと笑う男に向けて、ぽつりとありがとう、と呟いた。


おしまい