さもゆ
2024-12-10 02:22:45
6772文字
Public 狂戦士
 

【セルファル】燃やせるのはあなただけ/ほか

1.2…妖精島、媚薬を飲んでしまった主従。
3…たぶん全てが終わったあとのセルファル。

大ベルセルク展、本当に楽しい蝕ランドでした。先生の映像見て泣いた。これからもいつまでもいつまでも待てそう。なのに41巻とドラマCDはまだ開封さえできていないんです誰か助けてほしい。

2021.12.30 たまごのお粥pixiv投稿作品 (原文ママ)



樹はいくつか



 びやく、ファルネーゼの口から拙く単語が転がり落ちた。
 つい先ほど自分が誤って飲んでしまったものは、魔女見習いの子どもたちがつくった軽い媚薬効果のあるお茶だったしい。それを聞いてまず怒ってくれたのはファルネーゼの小さな師匠、シールケであったので、自分は戸惑いはしても怒る気にはなれなかった。というか、意中の男の子に飲まそうとしていたものを台無しにしてしまった方が申し訳ないくらいで(気になるひとに何としてでも振り向いてほしいという気持ちは、きっと分かる側にいるので、諭すような資格もない)、その効果が軽いことと時間が経てば治まるというのを聞いてからは特に問題ないように思えた。
 ちょっと体が熱くて、頭がぼんやりするくらい。それから、覚えのある下腹部の疼き。
 桜と若草と、純粋な栄養しか含んでいない土の萌ゆるにおいのするこの島で、灰の香りなどするはずもないのに。
 鼻の奥で嗅ぎ慣れたあの焼けたにおいが蘇る。
 そうなるともう、ファルネーゼは何だかとても胸が苦しいような衝動に襲われて、でも昔のように嵐になってしまえばいいとは理性が許さず、そっと誰からも逃れるように大木の影に蹲った。この木は大きく、死角になって、香りが強い。だからどうか、今だけ、この木の一部になってしまいたい。
 肺を膨らませて甘い香りを吸い込む。そうすると幾ばくか、胸の内、火かき棒で掻き混ぜられたように渦巻くものが、少しはマシになるようだった。
 けれど今度は不意に肌を刺す冷たさを思い出した。
 それは雪だったかもしれないし、鉄塊の刃だったかもしれない。
 とにかく、こういうことに関して、良い思い出がひとつもない。
 それは、そうだろう。だって良いことなどひとつもして来なかったから。
 未熟だった。暴君だった。狭量だった。愚昧だった。何でもいいから、あの寒くて広い家のなかで育った私を、熱してくれるものが欲しかった。歪んでいた。
 だから従者に迫ったし、挙句拒まれ、そして剣士の刃の上に乗った。
 媚薬と言っても、精神的作用が大きそうね、とファルネーゼはひとり泣き笑いを浮かべた。ああ、どうしていつも、消えてしまいたい……
「ファルネーゼ様」
 風が、吹いた。こういうとき、髪を短くして良かったと思う。彼の風が、彼の切り揃えたこの髪の毛先を攫うのが、面白い。面白い、という表現が合っているかいまいち自信はなかったが。
 しかし普段ならそう思うことも、今ばかりは恨めしくなる。首筋に熱が灯るようで益々泣きたくなったからだ。
「なに」
 随分、子どもっぽい声が出てしまったと思った。蹲ったままぼそぼそと言う。「いま少し、顔を上げられません」どうせ知っているだろう。彼がファルネーゼのことで知らないことがあるのなら、こっちから教えてほしいくらいだ。
 セルピコは言葉を選ぶような間のあと、気遣わしげに言った。
……ロデリックさんを、呼んできましょうか」
 そちらがそう来るのならこちらはこう行こうとファルネーゼは滑らかに答えた。
「婚前交渉は、はしたないわ」
「ファルネーゼ様は、そんなの、お気になさらないでしょう」
 俯けた顔が歪む。
……おまえ今日は意地悪だわ」
 優しさ、かも、しれない。優しくされたいわけではない。だからわざわざそういう言い方をしているのかもしれない。よく分からない。もうずっと、よく分かっていない。近すぎるからかしらとも思う。
 たとえばこの身をいま預けている桜の大木とは決してひとつにはなれないが、セルピコとは繋がれる。その繋がりが何かすら分かっていなかった。ただ、そうして一緒に育ってきた。
「私のことを家族だと言うのなら、」
 分からないままに、勝手に口が動く。優しくされたいのか、されたくないのか。
「抱きしめてちょうだい。とても寒いの」
「キャスカさんを呼んできましょう。シールケさんでも」
「お前がいい」
 ファルネーゼは顔を上げた。上げた際に涙がひとつぶ零れ落ちた。瞬きもせずに、目の前に立っている一番近い存在を見上げる。
「セルピコ。私はもうお前の手を握っているだけの子どもではありません。キャスカさんの温かく硬い手も、シールケさんの小さく柔らかな手の感触も、覚えてしまいました。けれど、お前だけ、お前だけよ。嵐の寒い夜に一番に握っていてほしいと思うのは、きっとお前だけなのよ」
「そんなこと」いつもの困り笑い。騎士団時代によく見た、まるで人間味のない狐顔。「ファルネーゼ様はいま情緒が不安定でいらっしゃる。大人しく解毒薬を貰いに行きましょう。時間が経てば治ると言っても、そんな状態でうろうろされては困ります」
「どう困るって言うの」
「いくらここが妖精島と言えどもね、……襲われでもしたら、どーするんですか」
 僅かに低くなった声音と跳ね上がった眉に感情が乗っているのを確認したファルネーゼは、何だそんなこと、と声を上げた。ついでに、また子どもみたいに言っていた。「ならやっぱりお前にそばにいてもらわなきゃ駄目ね!」だってセルピコはファルネーゼをそういうふうに見ていない。昔っから。「そばに来て、隣に座って、私の手を握って。さもなくば、その辺をうろついてやります」
 彼は面白いくらい渋面をつくったのち、「僕の手は温かくもないでしょうに」と言ってまだ渋るので、ファルネーゼは無言で立ち上がりどこぞへ――その辺へ――一歩踏み出す真似をして見せて、ようやく従者が手を掴んできたのを泣き笑いで振り返った。
 彼はその顔を見てぐっと喉を詰まらし手を離そうとしたのを、ファルネーゼがすかさず握り込む。手は骨張っていて、自分のより長く、そして慣れた温かさだった。
 この旅ですっかりそうではなくなったけれど、それはかつてファルネーゼのためだけのものだった。
 寒さが和らぐ。熱いまではいかない、確かな温もり。居心地の良い。
 また灰の香りがした。でもそれだけで、あとは泣きたくなるくらいの妙な懐かしさと罪の意識が身を苛んだ。
「このまま、しばらく……
 そうしたら、そうしたらきっと。
 風が髪を揺らしても、またくすぐったい気持ちになれるだろう。
「二人きり、こうしていて。セルピコ」
 彼はやはり自分から手は伸ばさずに、けれど拒みもせずに、小さく息を吐いて、はいと静かに返した。同じ体温が、ふたつ。しばらくそうやって寄り添い合うのを、おそらく大木だけが寛容に認めている。