さもゆ
2024-12-10 01:55:21
7234文字
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【血界】レオくんとおじいちゃん/ほか

1レオくんのおじいちゃんになりたいモブ
2レオくんのまぶたを触りたいモブ
3焼灼止血するザップさんと凍らすスティーブンさん

2021.12.29 たまごのお粥pixiv投稿作品



なんてすてきなまぶた


 痴漢とは触られている箇所や接触の有無ではなく、本人が痴漢されていると思えばそれが紛れもなく痴漢なのである。
 だからレオナルドはあっと思った。ドキリどころかドゴンと心臓が嫌な音を立てた。まさか自分がとは思ったし最初は確信できなかったが、自分の耳たぶに湿った荒い息遣いが掠ったところで、これは確かに痴漢だと悟った。困惑のあまり震える声であの、と口を開く。
「あの……そこ、俺のまぶた、なんすけど……
 ドゴンドゴン。
 レオの心臓よりうるさく電車が跳ねた。この地下鉄電車は異界生物が寄生しており、ほぼ生命体と化して線路で働いている。もしかしたら本当に走行音ではなく脈拍音かもしれない。ドゴン、車体とレオの心臓が跳ねる。
 跳ねた拍子に自分の左まぶたをべたべたと触っていた柔い何かが剥がれ落ち、レオはドア前の左隅から右隅にすかさず移動した。そう、移動できる。車内は座席はほとんど埋まっていたが、つり革はどこもがら空きで、だから本当にまさかと思ったのだ。まあ、時間や場所問わずいつでもどこでも目の前で犯罪が起こったり異界人が暮らしているこんな街では、空いている車内で体を触られたって“まさか”ではないのだろう。十二分に起こり得る極軽い犯罪だ。
 しかし触られた場所が場所であるためレオは警戒露わに相手を見定めた。触れられていた左まぶたに手をやると、何がしかの液体でべっとりと濡れている。窓の外の時折極彩色に煌めく地下道を眺めていたところ急に背後からまぶたを触ってきたその相手は、糸目の視線を受け止めて「ごめんね」と言った。
 街中でよく見る、頭がかたつむりに似たタイプの異界人だ。
 ひとまずレオはホッとした。異界人にもそりゃ性格によるが、それでもかたつむりタイプの異界人は激しい気性じゃないことが分かっていた。説明を求めたところで食われることはないだろう。
 だがやはり無断で触られていた手前、彼(もしくは彼女)の頭部から大触角の先についた目玉がレオの真ん前に迫って来るのには多少怖気づいた。まぶたのないつるりとした黒目がじっと怯えるレオを見つめる。ドゴン。
「ごめんね。あんまりきみのまぶたが素敵だったもんだから」
 と言う声はレオにもしっかり聞き取れる英語であったが、その出どころを辿って見ると彼の着たワイシャツの首元、髭のように連なる小触角にまた別の小さな生き物がいることが判明した。声はそこからだ。そういえば人語を話せない異界人向けの翻訳者がこのHLでは活躍していることを思い出す。彼らを雇っているということは、やはり、このかたつむり異界人は人間と比較的友好な関係を築きたいのではないだろうか、レオはふと警戒心を緩めた。
「まぶた?」
「そう。ぼくにはまぶたがないけど、きみたちにはあるだろう? いつかずっと触ってみたいと思っていたんだけれど、そんなこと頼んだら怖がられるんじゃないかと我慢していて」
 触角についた目玉がゆるりと下がっていく。レオは逃げ腰になっていた姿勢を正した。
「それで、色んなひとのまぶたを眺めるだけだったんだけど、きみのまぶたが一等、ぼくの目を惹いたんだ。本当にごめんなさい。興奮して、つい。ごめんなさい」
「そ、そっすか。俺のまぶたが……」正直どこにも共感できない。できないが、無断で触るのは絶対に駄目だし、相手もそのことは重々承知しているらしい、素直な謝罪とともにどんどん触角が項垂れていく。許してやんなよ兄ちゃん、レオの後ろの座席に座る野次馬がしょうもなさそうに言った。外野は引っ込んでいてほしい。だからと言うわけではないが、そもそも困惑と恐怖があっただけでレオは怒りにまで到達していなかったのだ、「いいっすよ、そんな謝んないでください」と慌てて返していた。
 ぬめりを帯びた黒目がきらりと光る。
「触らせてくれませんか」
「はい?」
「あなたのまぶたを。痛いことはしません。引っぺがしたりはしないし。まつ毛も抜きません。ただ、あなたのまぶたってすっごく――だって全部がまぶたって感じでぼくとは大違い――すごく魅力的で」
「は、はあ」
「少しだけでいんです。薄い皮膚の感触を確かめるだけ。駄目ですか?」
「え、ええーと」
 レオはたじろいで思わず後ろを見る。ついさっき野次を飛ばしてきた輩は自己責任だ、とこの街において非常に便利で薄情な言葉をくれた。こんにゃろう。そりゃそうだ。
 義眼を褒められたことはあれど、まぶたを褒められたことはない。むしろ幼少のころから眠りかけのフクロウだの不機嫌な子猫だの愛嬌のあるチベットスナギツネだのと評されてきた重怠いまぶただ、直截的に魅力的だと言われるのはだいぶレオの思考力を鈍らせた。
「ちょ、ちょっとだけ、なら……?」
 ドゴン。
 おそらく車体と、かたつむり異界人の心臓が跳ねた。
 それから駅に止まる暫しの間、本当にただ単にまぶたを粘液質な手に触られる(「わあ、すごいや。きみのまぶたってぼくの手に吸いついてくる。美しい」「あ、あの、あんまり引っ張らないで……」「目玉もちゃんとあるんだね」「お、押さないで、こりこりしないでぇ怖いっす」「素敵なまぶただ……こうやって眼球を守ってる、いいなあ……」)という時間を過ごしたレオだったが、目的地である事務所にべたべたのまぶたのまま出勤したら大層呆れられ怒られもしたので、今度このようなことがあったらもう了承しないぞと心に誓った。ちなみに、かたつむり異界人のメアドはレオの携帯に登録済みである。