さもゆ
2024-12-10 01:55:21
7234文字
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【血界】レオくんとおじいちゃん/ほか

1レオくんのおじいちゃんになりたいモブ
2レオくんのまぶたを触りたいモブ
3焼灼止血するザップさんと凍らすスティーブンさん

2021.12.29 たまごのお粥pixiv投稿作品

レオナルドとすてきなおじいちゃん


「ご、ごめんなさい。ぼくにはもうおじいちゃんがいるんです」
 小さな子どものように舌っ足らずに返答してしまったのは、いくらHLの奇々怪々な日常に揉みくちゃにされても尚強く感じる恐怖のせいだった。
 HLに来てこっち、秘密結社に偶然入社できたり血が燃えるクズに集られたり飛行機が落ちてきたり老人の頭が目の前でかち割られたりという血生臭い光景を散々見て(時には見させられて)きたが、それでも、血が出たりするよりよほど怖いと感じる時が稀にあって、それがまさしくいまであり、ある意味一番厄介なことをレオは知っていた。
 あのクソッタレ神性存在モドキや怪人堕落王に偏執王のような――こちらの言葉を話せるくせに全く話が通じない相手から話しかけられるのが――最も恐ろしく、手に負えない。いや、口か。レオの口に負えない。
 だって武力のない、あるいは武力があってもなるべく使いたくないレオのせめてもの抵抗力は全て言葉にこめられている。その言葉を封じられたとあっては、もういいようにされるしかなかった。くるくると相手の話術に踊らされるのが経験則だ。
「へェ、おじいちゃん」 
 その相手である長身小太りの老翁はニタリと口だけでそう笑った。たぶん、老人だ。覗く皮膚は皺だらけだし紳士服もシニア向けの高級ブランド、右手には杖もついている。彼が人間ならば見た目通り老人だろう。
 だがほとんど皮膚に埋もれた目は黒々と光っており、一瞬サングラスかと思ったがレオは視線を通してその黒さが白目のない正真正銘の目玉であることを理解した。空洞ではない。現に大型スーパー内の煌々としたLEDを受けて黒目がまあるくぎらぎら光っている。レオはそこに人間の視神経を感じなかった。
 老紳士が優雅に腰を折り曲げ、膝を震わしかけたレオの鼻先に皺だらけで骨張った鼻を突き合わせる。でかい、と思った。身長がおそらくクラウスほどある。そして横にも。だが伸びてきた手足は異様に細く、むかし見た奇妙な子ども向けアニメーションを思い起こさせる。杖を持っていない方の手が蜘蛛のようにレオの肩にへばりついた。
「わたしはきみのグランパになりたい。どーしてもだ。そんなにいけないことかな?」
 最初から、これである。
 店内の菓子売り場で出会って一秒できみのおじいちゃんになりたいと言ってきてレオは多大に困惑しながらも反射的に、ちゃんと、自分には祖父がいることを伝えたはずだ。これは話の通じない相手だ。ふるりと全身からまつ毛まで震えが走る。意味が分からない。
「ええと、ごめんなさい。ぼくたち初対面っすよね? ほんとスンマセン、離して」
「きみにはおじいちゃんがいるって?」
「います、大好きな」
「わたしはグランパになれないだろうか?」
「なれないっす、はい。俺のおじいちゃんはその人だけだし、これからもそうだし、まだ生きてますんで」嘘だった。レオの祖父はレオが十になる前に死んでいる。けれど棺桶に何の花を添えたかも覚えているし、彼が話した昔話の低い声音さえハッキリ耳に残っている。実際、レオは祖父が大好きだった。「そういうわけなんで、ほかを当たって……いやそもおじいちゃんになりたいって何だ。とにかく、」
「レオナルド」
 びくり、レオの体が大きく震えたのち硬直した。
 それは教えてもいない名前を呼ばれたせいでもあったし、肩にへばりついていた長い指がとっくりを掻き分け首に回ったせいでもあったし、眼前より少し下にあった老人の喉から、レオの耳だけに残っているはずの祖父の声が聞こえたせいでもあった。ぶわりと総毛立つ。
「な、」
「どうだろう、私に着いてきては? 決して寂しい思いも、怖い思いもさせないよ。家にいるきみにたくさんの音楽を聴かせてあげよう。三時になったらお茶を用意し、そこにあるお菓子も出そう。お前は犬と戯れ、時に勉強し、床にまで及ぶ落書きをする。夜はベッドに運び、物語を読んであげるよ。どうかな? 私をきみのおじいちゃんにしては」
 これはやばい、レオは自分の唇が戦慄いていることに更に焦って口を開いた。言葉が出てこない。暴力性がないにも関わらず理解不能というだけでこんなにも怖い。いいや、暴力性はあるのか。レオの首を撫でる指が首肯を促すように力がこめられる、その時だった。
「申し訳ないミスタ・グランドン。彼は私の孫です。その手を離していただけますかな」
 レオの人生において祖父の次に優しく、そして祖父よりよほど怖い老人の声がかけられた。
 糸目のまま視線だけ動かすと、後ろから包帯だらけの老執事、声の通りのギルベルトが来てレオの隣に並ぶのを認めた。脇にはカートがあり、レオが買い出しを手伝うと言って結局こうしてあまり手伝えていない事務所用の食料品が積まれてある。それを押してきた彼はやはり老人らしからぬ背筋を持ってレオの首に手を回す翁を見上げ、黒々と光る視線を受け止めても真摯に口を開いた。
「離しなさい、その子は私の孫です。お前のではない」
 するり、と指が離れた。すかさずギルベルトがレオの肩を抱く。庇うように前に出て、少しの憐れみが含まれた声音で「諦めろ」と言った。身の丈二メートル以上はある老人は恐れたようにたじろぎ、それから、来たとき同様足音もなく去って行った。蜘蛛の如き影がするすると老人の足について引いていく。
 その姿が完全に見えなくなると、レオは知らず飲んでいた息を盛大に吐き出した。肩にあった手袋越しの手が背中を撫で擦って呼吸を整えてくれる。「大丈夫ですか、レオナルドさん」
「だ、だいじょうぶっす。何ですか、あのひと。ひと?」
「ミスタ・グランドン。HLの悪意なき厄介者のひとりです。危ないところでしたね、もう少しで彼の孫にされるところでしたよ」
「孫に……」されたらどうなっていたんだろう? 思ったが、自分に起こり得た恐怖をこれ以上知りたくはない。「危ねえー、おれもう少しで孫にされるとこでした」レオは追求せずそう言った。「ありがとうございます、ギルベルトさん」
「いえ、私は何も。むしろ、あなたの祖父を騙ってしまい大変失礼を」
「そんな! マジかっこ良かったっす。俺のじーちゃんじゃ出せない迫力でした」
「お恥ずかしい」とは言いつつ白い髭がふわふわと笑みをつくった。「さて、早く買い出しを終わらせて戻りましょうか。レオナルドさん、自分用にお菓子を買ってもいいですよ。私が出します」
「え!」
「迫力あるおじいちゃんより、優しいおじいちゃんの方がいいですからね」
 そうして朗らかに笑う様は、たとえ包帯ぐるぐる巻きでも、まさしくそれだった。
 レオは心の中で天国のグランパに謝った。ごめんじーちゃん。
 二人目のじーちゃんを選んでいいなら、もしかしたら、俺ギルベルトさんを選ぶかもしれない。……ほんとごめんね!