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さもゆ
2024-12-10 01:07:47
6113文字
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狂戦士
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セルピコの話ふたつ
祈るな、祈れば手が塞がる、ってガッツが言ってたから。
ぐちゃぐちゃな気持ちで書き途中だったものをとりあえず書いて。けどとても悲しい。
先生、ご冥福をお祈りいたします。ベルセルクに出会えて良かったです。
私、あと六十年くらい全然待つので、私が死んだらそっちで続きを教えてください。死後の楽しみができたと思って頑張って生きます。でも死んで欲しくなかった。何年待ったっていいから続きが読みたかった。悔しすぎます。
ベルセルクがいつまでも大好きです。大好きです。
2021.5.20 たまごのお粥pixiv投稿作品 (原文ママ)
1
2
呼び声
一時的に家にお父さまがいらっしゃったことがあった。
枯れた枝葉の隙間のようなお母さまと、ロケットペンダントのひととは似ても似つかないくたびれた革のようなお父さま。
お父さまというか、いやさ実際には本当の父親でないことはもちろん分かっていたし、そう呼ぶつもりも毛頭なかったのだけれど、嵐の夜に突如このあばら家に入り込んできた男はどう見たって犯罪者崩れの気違いで、こりゃ子どもの僕と病の母じゃどうにもできないと判断しての「お父さま」だ。ちなみに、母はそのことを知らない。だって二階のお化け屋敷の真骨頂みたいなお母さまの寝室からあのひとは出てこられないし、無警戒に知らない男を二階に上がらせることもぼくがしなかったので。
……
男を見られたくなかったのか、母を見られたくなかったのか、それはどっちつかずだ。
男はちょうど足に怪我を追っていた。嵐吹き荒ぶ外では自警団の警笛がびゅうびゅう鳴り響いていて、騎士団の重苦しく甲高い甲冑の音はしなかったから邪教徒を追っているわけではなく、そうなるとこの家に逃げるように侵入してきた男はただのならず者である可能性が高かった。引き渡せば、報酬を貰えるだろう、ぼくはそんなようなこともずる賢く考えた。
男が二階から下りてきたぼくに気づき、相手が子どもであることにあからさまに安堵して強張っていた口の端を解くのを、階段の途中でぼくは注意深く観察していた。
「おまえ、この家の子か」
この家で、お母さまの引き絞ってカラカラに乾いた雑巾みたいな声以外と会話するのは、久しぶりだった。初めてかもしれない、と思い直す。「そうです」なんだか、多少、浮ついた気持ちで答えていた。「ぼくと、母しかいません。あなたはどちら様ですか」
「客だよ」
「招いていません」
「でももう、邪魔しちまった」雨と風が染み出しているドアにもたれかかり、血溜まりに沈む右足を僅か揺らして見せる。「招いてくれよ。治るまででいい」
武器は持っていなさそうだ。痩せた男。四十代。足を怪我している。ぼくはほとんど分かりづらく瞬きを繰り返した。鍋でぶん殴るのは嫌だな、と思った。包丁も。調理器具は、まだ使えるし使いたいから、なるべくそういう用途で使いたくない。
そもそも、大きな音を立てたら、せっかく寝てくれたお母さまがまた起き出してぼくの名を呼ぶかもしれない。そうなったら、一体、ぼくの睡眠時間を誰が賄ってくれるんだろう? ここ何日間か、もしかしたらずっと、ぼくは眠れている気がしていなかった。
「いいですよ。いらっしゃいませ。見ての通り、何もありませんけど」
答えると、自分だっておかしなくせに、男はぼくを奇妙なものでも見るような顔つきをしたあと、限界だったのかごとりとその場で眠った。
ぼくは男の財布を確かめてから、血糊を拭いて、常備してある包帯と塗り薬を宛がってやった。そうした理由は、死なれでもしたら遺体を運ぶのが大変そうだなと考えたからだった。それから一枚しかない毛布を被せてその隣で眠り込んだ。
殺されたって構わなかった。
聖都って、そういう街だ。
不思議なことに、とてもよく眠れたと分かったのは、翌朝、頭の中が拭き掃除でもしたみたいに綺麗になっていたからだった。母はぼくを貴族の子だと言うけれど、ぼくの頭の中にはたくさんの埃や灰が詰まっていて、それが目の奥にまでこびりついているもんだから、小汚くて重くて痛くて仕方がなかった。本当の貴族なら、ぴかぴかのガラス玉みたいな頭の中をしているんだろう。ぼくのは汚れてひび割れているが、たった一晩よく眠れただけで、少しはマシになったらしい。瞼を開けるのも軽かった。
「ちゃんと目ン玉あるんだな」
瞼を開けた先で、土気色した男の、薄青い唇がそう言った。
「あります、おはようございます」
「おまえは気味の悪いガキだな」
「お化け屋敷にはよくいるでしょ」
「この家が?」
「そーですよ、ああほら、聞こえてきちゃう。はあいお母さま! いま行きます!」
窓の外はとっくに朝、を越えて昼の陽射しが降り注いでいることにようやく気づき、ぼくは飛び起きて水と食事の用意をした。その間、床に体を起こした男に振り返って念を押す。「あなたはただの怪我人で、お客さまです。ほかは知りません。ここから動かないでくださいね」
「動けないよ」男の怪我を負っている足からは薬と、ひどいにおいがした。
「死にそうですか」
直球な質問に、悪い顔色で笑われる。
「そうだったら、この足斬り落としてでも生きるよ」
「そうまでして」
「そーまでして。死にたくはないだろ」
「そうですね」
男はまた笑った。「ほんとに分かってんのか?」
死にたくはない。それは、そうだろう。でもそうまでして生きたいかと言うとよく分からなくなる。ぼくは曖昧に頷いて二階に上がった。二階はいつでもいやなにおいがする。
お母さまはオバケだ。骨と皮だけの、いつも夢見ている生き物だ。
そして、寂しがり。きっと。
何かあるたびに、何もなくても、ぼくの名を呼ぶ。
セルピコ、セルピコ。
その声がぼくの頭のなかをどんどん重くする。
「セルピコって言うんだな」
一階に戻ると、立ち上がることもできないのか、床に座ったままの男が言った。
「
……
あなたのお名前は」
「じゃあお父さまでいいよ」
「本当の息子にもそう呼ばせてたんですか」
「俺に息子がいるって
――
ああクソ、ペンダントを見たな?」そばに放ってあった荷物を手繰り、財布の中にペンダントがあることを確認して息を吐く。そのペンダントには、ぼくより幼い子どもの写真が納まっている。夕べ、金目の物はないかと探ったときに見つけたものだ。「盗まなかったのか」
「訳ありの人間から盗んでいいことは何もないと思います」
「逞しいガキ。キツネみたいな顔しやがって」
「そうしないと生きてけないです」
「おお。ちゃんと分かってんじゃねーか」
二階に上がる前の会話の続きに、そうなのかなあ、ぼくはまた思った。物を盗んでまで生きたいと思っているんだっけ。お母さまのためを思って生活しているんだっけ。そんなこと、答えを見つける間なんてなくて、ただそうしないと生きていけないからで
……
。
そうすることをやめたら楽なはずなのに、ぼくはただ何となくで生きることをやめていない。
「お前、父親は」
「いません。
……
いえ、います」
「会いたいとは思わねーのか」
「母は会いたがってます」
「お前は」
「母の。母の
……
夢なので」
そうだ。ぼくには夢がないけど、お母さまには夢がある。
だからそれは叶ったらいいなとは思う。
お母さまの夢のために、生きている。
「かわいそうなやつだな。俺のことお父さまって呼んでいーぜ」
男はそう言ってぼくの名を呼び、およそ死にかけているとは思えない笑みを浮かべた。
それから、三日ほどこのお化け屋敷で過ごしたのち、「お父さま」は(最初、素直にそう呼んだら自分からそう呼べと言ったくせにまた気味悪がったけど、ぼくは便宜上そう呼んでいた)足を斬り落とす前に死んだ。当然だろう。医者にもかからず、女子どもでやっと暮らしていける家に重傷人を世話する充分な物資があるわけもない。
聖都にしてはマシな死に方だろう。五体満足、屋根の下で、誰ぞに罵られることもなく。ただ死ぬ前に代わりに足を斬り落としてくれるかと冗談ぽく訊かれたので、嫌ですと真面目に答えたのは、単純に家がこれ以上おどろおどろしくなるのが嫌だったからで、男はそれを聞いて弱々しくもやっぱり笑っていた。ぼくはそれを見ておかしなひとだと思っていた。男は死んだ。ぼくは遺体を荷物ごと教会に引き渡し、「お父さま」が窃盗の罪で追われていたことを知ると脅されていて仕方なく、と怪我の手当てについて弁明し僅かながらのお小遣いをもらった。今晩の母のパンを買えそうだったのでその足でパン屋に行く。
そのときのぼくときたら少しは落ち込んでいると思っていたのに、実際はまた母と二人で暮らしていくことへの憂鬱が大きくて、このパンがなくなったら次はどう食べていこうという考えしかなかった。
あれだけお母さま以外のひとと話したり笑ったり、くっついて眠ったり、ましてや暴言や暴力を振るわれないことなんて、ずっとなかったのに。
ぼくはどう生きていきたいんだろう。
どうとでも生きていけるから、そう死にさえしなかったら、ぼくはきっとずっとこういうふうに生きていくんだろう。
お母さまに産んでもらったから、お母さまのために、何となく。
そうしてまた日々を生きていくうちにどんどんどんどん頭のなかが目の奥まで灰と雪でいっぱいになって、重くって痛くって、もう持ち上がらないからこのままでいいかと受け入れたときに。
ぴか、ぴか、ガラス玉みたいに綺麗な貴族の女の子と出会った。
もういいやって諦めかけた命を。
ファルネーゼさまが拾ってくれたんだ。
「そういうふうに生きてきたから、もう開き直るのも手かと。ガッツさん私はね、ファルネーゼ様のために生きてるんですよ。彼女が私を呼んで、母親よりよっぽどのことをしてくれた。あのひとのためなら、僕はあなたを殺して死んだって構わない」
「いきなり来て穏やかじゃねェな」
「穏やかじゃなくさせてるんですよ。こんなこと、私にもあるんですねぇ。はーだからですね、お手合わせ願います」
「あ?」
「ちょっと体を動かしたいんです」
そう言ってひゅ、と久しぶりのレイピアを振る。シルフェの妖精さんたちの力を借りないのは、これがただの、
「八つ当たりしたいの間違いじゃねーの」
「
……
ご名答」
そういうことだ。わたしは随分自分のことを分かってきたらしい。遅すぎるくらいだが、これが彼女と一緒の成長速度だと思うとまあいいかと思えた。「ガッツさんこそ八つ当たりしたいんじゃないんですか」これはちょっと、わざとでも、気遣いに欠ける言葉だ。正気を取り戻した(おそらく)最愛のひとと顔も合わせられないなんて、いくら妖精島と言えど癒しきれない傷ではないだろうか。
そこの傷を少しでも突くとすぐ反応してくれるので直情型は気晴らしに戦うには最適だった。
彼はそんなわたしの姑息さなどとっくにお見通しなのでピクリと眉を跳ね上げたあと、盛大に溜め息を吐いて装備を全て外し構えた。おやと思う。片手に、大剣だけ。
「
……
八つ当たりだからな」
ガッツさんは律儀にそう言った。
おかしな男だと思う。もうずっとそう思っている。
「ガッツさんが死んだら、その足でパンを買いに行く神経では、もうないのかもしれない」
何の話だ、と訝る彼に前触れなく攻撃を仕掛ける。八つ当たりポイントの話ですよ、わたしは笑いながら答えてお化け屋敷を破壊し得る大剣と剣を合わせた。
あれからお化け屋敷はだいぶ賑やかになったんだろう。
お母さまの呼び声は聞こえない。
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