Momosei808
2024-12-08 22:46:34
10134文字
Public SD(リョ花)
 

出したいリョ花の本(お試し版)

いずれ出したい真面目なリョ花小説の1話、2話部分


2話

「リョーちゃん!! おっかえり~~~~!!!」
……ただいま」
 リョータが実家である神奈川の団地に帰って来て、自宅の扉を開けるなり、妹が玄関に飛んで来た。妹のアンナは、もう高校二年になっていた。あと数日で高校三年に進級し、間近に受験を控えるようになる。通う高校は、リョータと同じ湘北高校だ。最初、リョータは妹が自分と同じ高校に進学すると聞いて閉口したが、アンナ自身は兄と同じ高校の方が何かと心強い、と言って、勇んで登校していた。とは言え、同じ高校に通っていた頃、たまに忘れた弁当箱を届けてくれるのは、正直ありがたかったのだが。
「疲れたでしょ~? おかーさん、まだ帰らないけど、夕飯は良いところのお寿司取る、って言ってたよ」
「おー」
「反応うっすいよ、リョーちゃん」
 不満気に頬を膨れさせた妹は子供っぽさが残るが、一年近く見ない間に少しばかり大人びたように見えた。今、高校は春休みの真っただ中だ。当然のようにアンナは制服などではなく、私服のゆるいパーカーとデニムのジーンズを身に着けていた。
 リョータは玄関入ってすぐの廊下に荷物を置くと、ダイニングへと向かった。当然のように妹も着いてくる。リョータは後ろを振り向かずに妹に話しかけた。
「どーだ、受験生。塾とか行ってねーのかよ」
「春期講習はこれからだよ~。だから今のうち遊べるだけ遊ぼうかな、って」
「あんま気ぃ抜くなよ。ウチに経済的な余裕なんて無えからな」
「分かってるってば」
 リョータの家は、父の居ない母子家庭だ。母一人で子供二人の進学費用を賄うのは決して容易なことではない。だからこそ、リョータが今こうして奨学金制度を使って、アメリカに留学出来たのは実に幸運なことだった。少なくともリョータの進学費用が浮いた分、アンナに学費を使うだけの余裕が出来たからだ。
 冷蔵庫を開けて、約一年ぶりに見た冷水ポットを取り出す。勝手知ったる我が家でコップを取り出して、ポットの中のお茶を注いだ。日本のお茶をこうして飲むのも久しぶりだな──そんなことを思いながら、喉を潤した。
 気づけば、アンナはすぐ隣で、瞳を輝かせて待ち構えていた。
……何だよ」
 リョータが思わず胡乱(うろん)な目を向けると、妹は期待に胸を膨らませて言ってきた。
「お・み・や・げ」
 そう言って、ニッ、と笑った彼女の笑顔を見て、リョータは脱力した。半ば呆れつつ、妹の頭を撫でてやる。
「後でな。かーちゃんが帰ってきたら渡すから」
「え~~~~!!」
「あ、あと、アンナ。俺、これからちょっと外出てくっから。お前のチャリ貸して」
「え~~~~~~~~!? もう夕方だよ? 何処行くの?」
「ちょっと用があってよ」
「何ぃ? 早速カノジョのとこでも行こうっての? あ、あのアヤちゃん???」
「ちげーよ!! いーから、チャリ貸してくれ」
 こう言うと、アンナは不承不承だが、自転車の鍵をリョータに渡した。帰宅して早々にまた外出しようと玄関に向かう兄に付いて行きながら、アンナが言う。
「あんまり遅くならないうちに帰ってね。おかーさんも待ってるんだからね」
 その妹に背を向けながら手を上げてやって、リョータはせわしなくも宮城家を飛び出した。空の色は、だいぶオレンジ色が強くなっていた。
*******

「久々だなあ、此処に来るのも」
 自宅を出てから自転車で十分弱、到着した『其処』のすぐ前で、リョータは自転車を止めた。自転車から降りて、押して進ませながら、『其処』の敷地内に入る。うらぶれた、古ぼけた小さなアパート。木造で、築年数も結構行っていると窺わせる『其処』に、リョータは久しぶりにやって来た。
 其処は、花道の住むアパートだ。彼が数年前に親を亡くしてから、ずっと一人で生活をしていたアパートだった。リョータは高校時代、このアパートに、実に何度も足繁く通った。何かと理由をつけては顔を出し、遊びに行ったり、泊まったりした。なので、自宅からこのアパートに向かう道は、自然と身体が覚えていた。慣れ親しんだアパートの敷地内で、トタン屋根が被さった駐輪場に、妹の自転車を停める。自転車に鍵を掛けると、そのまま花道の部屋の前まで歩みを進めた。
「相変わらず古いな~、人のこと言えねえけど」
 自分の実家の団地を思い出しながら、独り言ちる。ボロいアパートの一階部分の、端の部屋。その扉のすぐ前まで来て、リョータは気が付いた。
 表札に、苗字が無い。空になっている。幾らボロいアパートとは言え、かつて花道の住むアパートはまめに大家が管理しており、表札部分には見慣れた『桜木』の苗字のプレートが入っていた。
 それが、跡形も無くなっていた。更に言うと、人の気配も無くなっていた。単純に、花道が不在というだけでない。此処に、もう人が住んでいない、と思わせるような雰囲気が漂っていた。
……何だよ、コレ」
 呟きながら、リョータは思わずドア横のインターホンを押した。しかし、ボタンを押したらドアの外にも聞こえる筈の音が、部屋の中から聞こえてこない。何度ボタンを押そうが、それは変わらなかった。それは、つまり。部屋に電気が通っていない、ということを意味していて。
 矢も楯もたまらず、リョータはアパートの反対側、ベランダ部分に駆け寄った。ベランダ側は、すぐ隣は空き地になっている。そのため、窓が西側を向いている其処は、日当たりが良く、洗濯物を干すにはもってこいなのだ、と花道はかつて語っていた。やって来たベランダ側の、そこから室内の様子を窺って。愕然とした。
 花道が居た筈のアパートのその部屋は、カーテンもかかっておらず。室内には、家具の類も一切ない、がらんどうになっていたのだ。
………ッ!」
 リョータは、息を飲んだ。窓の傍に寄って、室内を覗き込んでも、当然のように人の影も形も無かった。中にあるのは畳だけだ。家具が置かれていた場所は日に焼けず、青い畳の色が残っていて。それ以外の箇所は日に焼けて黄色く変色しているのが、妙に生々しかった。その畳の上に、長くなってきた夕日の光が差し込んでいた。夕日を背負ったリョータの影だけが、室内に長く伸びていた。
数日前、アメリカから電話をかけて、電話が通じなかった理由を、厳然と突き付けられた、そんな気がした。

(花道、お前)
(何で、いつの間に、居なくなったんだよ)
(引っ越したのか? 俺にも言わずに)
(そんで、アメリカに来るのも、やめた、ってのかよ)
(イヤ、花道が、自分からアメリカ来るのやめるなんて、そんなコトあるワケねー)
(だって、花道は、あんだけ楽しみにしてた)
(アメリカに行って、もっと高いレベルでバスケ出来ること、ずっと楽しみに待ってた)
(アイツが、花道が、逃げるみてーに居なくなるなんて)
(あるわけ、ねー)

 空っぽの部屋を呆然と眺めながら、リョータの頭の中は、ぐるぐると思考が渦を巻いていた。

*******

 三月の半ばともなれば、日本ではとうに高校の卒業式は終わっている。今は、春休みの真っ最中で、現役高校生はリョータの妹のように、束の間の休暇を謳歌している筈だ。湘北バスケ部はというと、リョータが高校二年の頃に県内でも強豪としての地位を確立して以来、春休みなどの長期休暇であっても、厳しい練習に励むようになっていた。
 リョータが自転車を漕ぐにつれ、見慣れた嘗ての母校の姿が近くなる。今は夕暮れに近い時間帯で、既に運動部の多くが練習を切り上げようとしているところだった。オレンジ色に染まった空の端から、どんどん暗くなっていく。急ぐように学校の敷地内に自転車で乗り入れて、在校生用の駐輪場に妹の自転車を停める。それから、懐かしい体育館に目を向けた。明かりがまだ点いている。部員が居るに違いない、と踏んで、リョータは高校時代に練習に明け暮れた体育館へ向けて歩みを進めた。

「行くぞぉーーー! 一本!!」
「よっしゃ来い! ぜってー止めるぞ!!」
 部活の終盤近くでの、部員同士で分かれての5対5のミニゲームだ。それぞれ色違いのビブスを身に着けている。懐かしい、と思いながら、リョータは僅かに開いたままの体育館の扉の隙間から、中を窺った。体育館の内部は、自分の居た頃から特段代り映えはしていない。中を見渡し、赤い頭を探した。見当たらない。もしかしたら、と思って高校に寄ったのだが。
(此処にもいねーし。花道、お前、マジで何処行ったんだよ。水戸とかに聞いた方が良いか? でもアイツの電話番号……、覚えてねーな。家帰ったら、どっかにメモ残ってっかな)
 花道の友人の水戸洋平とは、特段親しかったわけではない。しかし花道にとって半ば保護者のようなカタチで寄り添っていた彼とは、連絡先を交換していた。特に、花道が高校一年のインターハイで背中を負傷して入院していた頃は、割と密に連絡を取っていたと思う。
 現役高校生の部活の様子を眺めながら、リョータが延々考え込んでいると。
「宮城さん!?」
 突然、名前を呼ばれた。ハッとして前を見ると、リョータが高校三年のキャプテン時代、一年生の新入部員として入って来た面々が、リョータを見て騒ぎ出した。
「やべー! 宮城さんだ!!」
「お久しぶりです!」
「アメリカ行ってどースか! 大変ですか!?」
「どーしたんスか? 急に日本に帰って来て」
 ミニゲームの最中だというのに、一人、また一人とリョータの元へ駆けて来る。彼らから、矢継ぎ早に挨拶と質問が飛んでくる。そんな彼らの様子を離れたところから不思議そうに眺めているのは、リョータも知らない下級生らしかった。初々しく見える下級生も、リョータを見て、あの……、とか、アメリカの……、とヒソヒソと何かを言っている。嘗ての後輩たちに囲まれてワイワイと騒いでいると、その中で現在のキャプテンに当たる男が、指示を出した。
「よし、五分休憩!」
 言った瞬間、部員たちは散開して、思い思いに休憩を始めた。それを見て、リョータが口を開く。
「わりーな、部活、邪魔しちまったろ」
「や、良いですよ。もう少しで休憩に入ろうとしてたんで。……ていうか、宮城さん、一時帰国ですか? まだ留学期間終わってないんじゃ」
 現部長の男に尋ねられて、リョータは少し戸惑いながらも頷いた。同時に、考えた。一時帰国は一時帰国だが、その目的を、果たして彼らに尋ねても良いものか。彼らに、本当の目的を、花道の行方を尋ねても良いものか。暫く無言のまま考えて、リョータは改めて、尋ねた。
「おめーらが知ってたらで良いんだけど。……花道、今、どうしてる? 卒業した後のあいつの進路とか、知ってるか?」
 リョータがその問いを投げかけた瞬間、目の前の部員一同は、静まり返った。そして。
「やっぱり、宮城さん、教えられてなかったんスね……
 彼らの中の一人が呟いた。その言葉の真意を確かめるよりも先に、後輩たちがざわつき始める。
──どうする?
──言って良いと思う?
──もう本人、帰国してるし……
──教えてあげた方が良いって。
そんな言葉が幾重にも聞こえてきた。彼らの雰囲気に、リョータの胸がざわめく。何故だか、酷く嫌な予感がする。そんな気がして。
そして、不安を押し隠そうとするリョータを見て、現部長の彼は言った。
「桜木さん、高校、卒業してないです」
……へ、」
 戸惑い、呆けた表情を一瞬浮かべたリョータに対して、彼は言葉を続けた。

……高校、辞めたんです。桜木さん」


To Be Continued...