Momosei808
2024-12-08 22:46:34
10134文字
Public SD(リョ花)
 

出したいリョ花の本(お試し版)

いずれ出したい真面目なリョ花小説の1話、2話部分

1話

バスケットボールが弾む音、床を軋ませるバッシュの音、煩いまでの自分の呼吸の音。聞こえてきたその音に、耳を澄ます。周りに居るのは、自分たちのチームと、敵チームだ。狭いようで広い体育館の床を、全員が体力の限り駆けている。一つのバスケットボルを巡って。
 電光掲示板を見遣ると、其処には現在のスコアが表示されている。66対74──負けているのは、自分達だ。刻一刻と試合終了への時は流れていき、止まってはくれない。残り二分と二十秒ちょっとだ。この点差は、どちらかが1ミスをしたら、致命的になる。それが分かっているから、気を抜いたらダメなのに。
 ほんの一瞬だった。隙を突かれて、ボールを膝に当てられた。このままボールがラインを割れば、相手ボールになる。敵は残り僅かな時間を使って、一気に速攻をかけてくる筈だ。
ダメだ、マズい。
焦りが込み上げた。自分のしようも無いミスで、自分達のチームが負けてしまうという最悪の予想が脳裏を過った。膝に当たったボールは何処までも弾んで、今にもラインを越してしまいそうだった。一縷の望みを託し、叫んだ。
『頼む、とってくれっ!!』
 叫びに呼応するように、走る影があった。自分にとって、過去に色々と──確執といってもいいものを抱えていた、一学年上の先輩の彼が、必死で駆けていた。試合終了間近で、体力に不安を抱えた彼は、限界が近い筈なのに。それでも勝利の可能性に向かって、ひたすらにボールを追っていた。
 すると、そこに。
『どけミッチー!!』
 突如、降って湧いた、声。声の主は、物凄い勢いでボールとの距離を詰めて。高く、跳躍した。
 赤いユニフォーム。
 赤と黒のエアジョーダンⅠのバッシュ。
 燃えるように赤い髪。
 今も猶、目に焼き付く、その瞬間の、彼の姿だった。

 それを見た瞬間、声を張り上げた。
 ──バカ!! やめろ!!
 ──無理して突っ込むんじゃねー!!
 ──分かってんのか!? お前、そのプレーのせいで。
 ──お前の、背中は──
 しかし幾ら叫ぼうと、それは全く周囲には届いていなかった。やがて、ボールがラインを割るギリギリのところで、赤い髪の彼が、ボールを掴み取る。ボールはそのまま、彼の手により、コートの内側に戻されたが。それと相反するように、彼はコートの外に、身を投げ出した。
 彼の巨躯が宙を舞い。やがて、コートのすぐ外に並んでいた机に激突しそうになった瞬間。
 声の限りに、叫んだ。
 
……花道!!!」

 叫んだ自分の声で、目が覚めた。囂々(ごうごう)と音がする其処で、身を縮こまらせた状態で、右手だけを必死に伸ばして。その手は勢い余って、前の座席にぶつかった。
「い゛っっっ!!!」
その痛みによって、半ば強制的に覚醒させられた男──宮城リョータは、乗っていた飛行機のエコノミークラスの席で、声を上げた。機内は照明が落とされて、開いた窓から覗く空の色は未だに暗かった。真夜中もいいところの時間帯に、目を覚ましてしまったようだ。運良く取れた窓際の席から周囲を見渡すと、殆どの乗客は眠っていた。唯一、リョータの隣に座っていた白人男性が、迷惑そうに身を揺らしていた。どうやら、先ほどの叫び紛いの寝言で、起こしてしまったらしい。Sorry.と会釈しつつ謝って、リョータはブランケットを自分の膝に掛け直した。脱いだスニーカーの上に載せた足の位置を、再調整する。なんとか寝直そうと、再び目を閉じる。そして、たった今まで見ていた夢を反芻する。何だって今更、あんな夢を見るのか。そんなことを思いながら。

*******

リョータがこうして飛行機に乗っているのは、他でもない、母国に帰るためだ。彼が高校卒業後すぐの三月に、バスケ留学のために渡米してから約一年、初めての日本への帰国だった。
彼が高校三年の頃、近年新たに設立された奨学金制度に応募し、見事留学の権利を勝ち取った。現在は、アメリカ東海岸のプレップスクールに籍を置いている。全寮制でバスケ漬け……かと思うと、そういうワケでもなくて。アメリカでの大学入学も見据えた、学業重視の講義のカリキュラムがきっちり組まれていた。当初、リョータはバスケのプレイそのものよりも、その授業の難しさに閉口した。彼なりに、高校二年から三年にかけて、勉強、特に英語に力を入れたつもりだ。それでも、本場アメリカで、全編英語で行われる講義の難しさは、予想を遥かに超えていた。連日連夜、授業の予習と復習に追われ、かと言ってバスケを疎(おろそ)かにすることも出来ない。プレップスクールに入学後の数か月は、苦闘の日々だったと、リョータは振り返る。それでも、九月期からの本格的な講義開始よりも前に、語学スクールに通うことが出来たこともあり、彼なりに少しずつ慣れて行った。自分の目標は、アメリカの大学に入って終わりでは無い、もっと先だ──と見定めた。そう決心したら、迷いは無くなった。夢に向かって邁進するだけだ。徐々に講義にも慣れ、課題をこなすことにも慣れていった。
その一方で、本業のバスケの方においても前進することが出来た。十一月からの公式戦開始後、バスケ部でも徐々に主力として定着し、試合に出場する機会に恵まれた。だがそれは幸運だけでない、実力だ、と。彼は自負している。
そして数日前、リョータはプレップスクールでのバスケのプレイと、学業での成績を奇跡的に認められ、NJCAA(全米短期大学体育協会)の大学からスカウトされたのだ。季節は巡り、二月も半ばになった頃だった。
アメリカで何とか、次に繋がる成果を上げることが出来たのと、チームでのバスケの試合と、練習。リョータの日々は、充実していた。後は、自分の後に来るであろう後輩を待つだけだ、と思っていたのだ。
リョータにとってのその後輩──桜木花道は、湘北高校バスケ部の二年間を共に過ごした仲間だ。バスケ選手にしては若干小柄なリョータと違い、長身で見事な筋肉を纏っていて、目が覚めるように赤い髪の、コート上で誰よりも目立つ奴だった。後輩と言うには礼儀作法という概念がそもそも無く、リョータは彼から『リョーちん』という愛称で呼ばれていた。勿論口調はタメ口である。高校に入ってからバスケを始めたというド素人で、身体能力は目を見張るものがあるが、プレーの良し悪しも判断できず、5ファウルでよく退場を繰り返していた。だが徐々に、彼が自身を『天才』と呼んでいたように、信じられない才能の片鱗を見せ始めた。驚異的なジャンプ力と、最高到達点に達するまでの速さと、滞空時間さえも操れるような、全身の筋肉。それらの能力は、バスケの試合において最も重要と言っても過言ではないリバウンドにおいて、最大の価値を発揮する。リョータは、彼が煌めくように才能を開花していく様(さま)を、間近で見続けた。
リョータが高校二年で初出場したインターハイで、花道は試合会場に絶大なインパクトを残し。続く翌年にも出場した二度目のインターハイで、リョータと花道、そしてもう一人の後輩・流川のトリオによる最速の攻撃は、全国に名を轟かせることとなった。その頃には花道はもう、ド素人の域をとうに出て、高校バスケ界の有名人になっていた。
そんなこんなで、リョータと同様に花道も、全国での成績と将来性を考慮されて、今年の三月から、リョータと同じ奨学金制度を使って、アメリカに来ることになっていた。少なくとも昨年の十月に、リョータの在籍するプレップスクールのバスケチームのトライアウトに参加した他の候補生と比較して、花道が劣っているということは無かった。ひいき目無しに、誰よりも目を引くプレイをしていたと思う。現在リョータの在籍するチームは、若干リバウンドが弱い。花道が来れば渡りに船だろう。事実、その時のプレイが評価されて、花道が奨学生として内定したようなことを、周囲の関係者から伝え聞いていた。
先輩後輩という枠を超えて仲が良かったこともあり、リョータは花道とちょくちょく文通をして、互いの近況を報告し合っていた。ごく稀に電話もしたが、国際電話の料金は呆れるほどに高いため、余程の緊急事態以外はナシで、とお互い認識していた。
それが、ここ数か月ほど、花道からの手紙の返信が途絶えている。リョータ自身は花道宛にちょくちょくエアメールを送っているが、それに対する応答が一切無くなっていた。それを、リョータはてっきり、高校卒業を目前に控えて、試験や何だかんだで忙しいもの、と思っていたのだ。春になれば、花道が自分と同じプレップスクールに入学する。この奨学金制度でのプレップスクールの入学期間は、三月から翌年五月までの十四か月間だ。つまり、花道とは少なくとも二か月間はこのチームで一緒にプレイすることが出来る。リョータはそう信じていた。

 三月に入り、チームの公式戦も終わった、数日前のことだった。
……誰?』
 チームに新規加入したメンバーの中に、花道の姿は無かった。代わりに、見たことが無い──少なくとも記憶に残っていない日本人選手の姿があった。新規加入メンバーの紹介の後、全体練習開始前に、その日本人がリョータに話しかけてきた。
『初めまして! 宮城……さん、ですよね!? すげー! オレ、三年前の山王との試合、見ましたよ!!』
『あ……、ああ。ヨロシク』
 戸惑いながら、リョータは返答した。久々の、生で聞く日本語だった。
『山王戦、って言っても、現地で見てたのかよ?』
 リョータが尋ねると、彼は首を振った。
『いえ、うちの先輩がビデオ、撮ってたみたいで。それを、ウチの部みんなで観たんスよ! あの試合、ソーゼツでしたね!』
 こんな風に当たり障りの無い会話をしながら、リョータは混乱しきりだった。何で、花道は、この場に居ない? 何で、それを俺に伝えない? 最近ずっと、手紙を寄越さないのは、どうしてだ? そんな思いが、幾つもリョータの中で渦巻いた。
 その日の午後の練習の後、寮に戻ってから、リョータは最終手段に出た。電話だ。国際電話は通話料金が高いと言っても、そうは言っていられない。寮に数台しかない国際電話可能な公衆電話の前に行き、電話機の上に何十枚ものコインを積み上げた。今はこちらは夜八時だが、日本なら朝六時になる。花道は朝が早い。早朝ランも終えて、今頃は家に居る筈だ。そう踏んで、リョータは電話をかけた。だが。
『おかけになった電話番号は、現在使われておりません』
 受話器の向こうから聞こえてきた機械的な音声に、一瞬目の前が真っ暗になった。受話器を持つ手が、震えた。もしかしたら、掛け間違いかもしれない。慎重に電話番号を確認しながら、再度ボタンを押した。繋がった先から帰って来た音声に、変化は無かった。
 それからリョータは、気を取り直して、時間帯を見計らってかつての湘北メンバーの面々にも電話をかけまくった。聞きたかったのは、花道のことだ。だが、彼らに聞いても、皆一様に、判で押したような答えしか返って来なかった。
──電話番号でも変えたんじゃないか。
──ところでお前の方こそ、アメリカでどうなんだ。
花道のことを聞こうにも、すぐに話の矛先を逸らされて、リョータ自身の方に話を持って行かれる。これは流石におかしい。皆が花道の何かを、隠している──。その考えに思い当たったリョータは、速攻で決断した。約一年ぶりに、日本に帰国することを。
 幸いにも、三月に入り、プレップスクールで二週間の休暇期間に入ろうとしていた頃だ。リョータは当初、休暇でも何処にも行かず、寮に残って花道と過ごす算段をしていたのだが、話が変わって来たのだ。仕方ない。
 こうしてリョータは瞬く間に日本に帰国する準備を整え、飛行機に飛び乗ったのだった。
*******

 やがてアメリカからの乗(のり)継(つぎ)を経て、実に半日以上の長旅を終えて、飛行機は成田空港に着陸した。ここから更に神奈川の実家に帰ることを思うと骨が折れる。飛行機代はともかくとして空港から実家までの運賃は、奨学金制度では面倒を見てはくれなかった。タクシーで帰るとなると、到着した時にメーターを確認するのが怖い。一応帰国前に実家に連絡は入れているが、母親からは仕事の都合上迎えには行けない、自分で帰りなさい、と言われたので、そうせざるを得なかった。溜息を吐いて、リョータは電車に乗り込んだ。平日の午後、帰宅ラッシュにはまだ早い時間帯なので、電車は全体的に空いていた。都合何度か乗り換えが必要だが、座れるなら座れるに越したことは無い。そう思って、リョータは大き目のリュックサックを膝に抱えて、電車の座席に腰掛けた。
 ごとんごとん、と規則正しい音と振動が、疲れた男の身を包む。懐かしい、日本の電車の振動だった。鼻腔に届く匂いも、どことなくアメリカと異なっている。
(そういや日本って、そこらの空気も醤油の匂いがする、って誰かが言ってたな)
 その話の真偽はさて置くとして、どこか懐かしい日本の空気と、その匂いと。慣れ親しんだ振動と、電車の音。やがてそれらに包まれるように、リョータの瞼は落ちていった。