ちよど
2024-12-02 00:00:00
16061文字
Public ビマヨダ
 

いつも間違えるヨダナさんとビマヨダを応援しているカルナさんの話

分かっているのにいつも間違えてしまうわし様。カルナさんはビマヨダを応援しているつもり。pixivより再掲。

カルナさん「バベルの塔の逸話ですら今のお前たちにとっては生ぬるいだろう」

 白紙化された地球を飛ぶストームボーダー。このカルデアではパーンダヴァは俺だけだ。対してカウラヴァはあの馬鹿とカルナがいる。
 二対一だろうが気にする事はない。あのトンチキ王子がいちゃもんをつけて来た時に対処すればいい。
 そう思っていたのだが。

「カルナ、あーん」

 甘ったるい声をあげてカルナの唇に菓子を押し付けているドゥリーヨダナをカウンター越しに見てしまい、俺は片付けの手を止めた。
 おやつ時が過ぎた食堂は厨房もふくめて人がほとんどいない。唯一埋まったテーブル席に三人が座っていた。
 ドゥリーヨダナとカルナと、何故かガネーシャ神だ。
 男ふたりが並んで座り、カルナの向かいでガネーシャ神が俺が作った菓子ーーーココナッツをペースト状に固めたバルフィをパクついていた。
 テーブルの真ん中の小さな皿にはバルフィーが山盛りになっている。カルデア向けに調節したとはいえ、甘みの強いバルフィはそんな大量に食べる菓子ではない。
 絶対に余る。
 それが分かったあの馬鹿はカルナに消費させようとしているのだろう。自分が食べずに人に押し付けるのはあいつらしかった。
 なんのことはない戯れの光景。

 ただ、俺が昔、あいつにああやってバルフィを食べさせられた事があるというだけで。

「かーるな、ほれほれ」
 ぐりぐりと押し付けられてカルナは観念したのだろう。その薄い唇を開いてバルフィを受け入れた。
 その一瞬、カルナの視線がカウンターにいた俺を捉える。
 すぐにカルナはドゥリーヨダナに視線を戻し、無言で飲み込んだ。
「カルナさん、美味しいっスか?」
「美味い。……これを作った者は愛情を込めたのだろう」
 愛情なんかねぇ!!
 耐えきれず俺はカウンターから出た。
 今日は夢見が最悪だったのだ。あのろくでなしに毒入りのバルフィを食べさせられて川に流された過去を追体験してしまった。
 だというのに、目覚めた俺はあのバルフィがどうしても食べたくて、厨房のメニューを変えてもらったのだ。
 愛情なんかない。愛情なんてあってたまるか!
 ズンズンと近づいてきた俺に、カルナを背後にしたドゥリーヨダナは満足した猫のように目を細めた。
 その手がバルフィを摘む。
「なんだ?ビーマ。おまえも分けて欲しいのか?美味いらしいぞ。わし様は食べておらんがな」
 差し出されたドゥリーヨダナの腕を俺は掴んだ。
「そうしてまた俺に毒を盛るのか」
「今はそんなことをしても意味がない」
 くだらなさそうにドゥリーヨダナは俺に掴まれたままの手首を揺らす。バルフィの甘い香りが記憶と混ざった。
 カルデアで再会したドゥリーヨダナは俺に会えば悪態をつく。逆に言えばそれだけだ。

 それ以上のことは何もない。

 嫌がらせは子供ような些細なもの、殺意は微塵も感じられない、……恨み言さえ無い。
 生前、浴びるほど向けられていた感情がここでは何も感じ取れなかった。もう俺に興味はないと告げるかのように。

 ……俺を殺しても意味がないと、他でもないおまえが言うのか。

 鈍い音がして、ドゥリーヨダナの手からバルフィが床に落ちた。
 衝撃に体が揺らぐ。遅れて痛み。顔を殴り飛ばされた。
 誰に?目の前の馬鹿に決まっている。
 唇が歪む。笑い出したくなる高揚に空いている拳を振り下ろす。拳と拳がぶつかった。
 片手ではドゥリーヨダナの腕を握りつぶし、もう片方の手で拳を撃ち合わせている。
 ぎりぎりと押し合う拮抗を止めたのはカルナだった。
 カルナはドゥリーヨダナの背後からふわりと跳躍し、俺とドゥリーヨダナの間に顕現させた槍を振り下ろしたのだ。
 とっさに俺たちが離れた空間を槍が通過した。
 音もなくカルナが俺たちの横に着地する。
 ネオンブルーの瞳が俺を見て、ドゥリーヨダナの潰された腕を見た。
「かるなぁー!!森育ちの野蛮人が暴力を振るったぁ!!わし様何もしてないのに!!」
 元気いっぱいに潰された腕を振り回して主張するドゥリーヨダナに、カルナは黒い手袋をつけたような自分の手首を指でくるりとなぞった。
 ちりちりと音を立てて霊衣が切り離される。するりと手首から先のそれを脱ぎ捨てて、カルナは俺にその手袋を投げつけた。
「?」
 英霊本体から離れた霊衣はすぐに光の粒となって消える。
 器用な事をするが、一体何をしてぇんだ?
「西洋では手袋を投げつけるのは決闘の申込みだと聞いた」
……俺はアルジュナじゃねぇ」
「おまえがアルジュナであるはずもない」
 静かに答えてカルナは、呆然として立っているガネーシャ神に槍を押し付けた。
「セコンドを頼む。槍など不要」
 そして、突然のカルナの奇行に目を丸くしているドゥリーヨダナに微笑んだ。
「俺はお前に、お前が望んでいるものを贈ろう」

 つまり、こいつは。
 槍無しで、俺に勝利すると。
 ……あいつに宣言したのだ。

「ヴァーユの風よ!!」
 槍を喚び出した俺にカルナは踏み込む。
「遅ぇ!」
 その体に槍を突き立てる、が。カルナの姿が一瞬ブレた。と思うと
「捉えられまい」
 影のように肉薄する黒いフーディー。それは、
「『聖人連続拳』!!!」
 セイバーの、カルナ!!
 霊基とクラスを変えたのだと認識するより早く顎を撃ち抜かれる。
 浮いた体が床に叩きつけられた。
 がらがらと周りの椅子やテーブルが倒れる。
 セイバーのカルナはこのカルデア最強の一角だ。限界まで強化された霊基に聖杯のひとつも食っていない俺が叶うはずはない。
「ひき、」
 卑怯だぞ、と言おうとした口はネオンブルーの瞳に黙らされた。
 この男は知っている。自分の死後、俺がどうやってドゥリーヨダナを倒したかを。
 カルナはランサーの姿に戻ると俺を静かな目で見下ろした。
「乱れた心では何も掴めまい。その気持ちを忘れないことだ」
 ひぐっと喉が鳴る音がした。ドゥリーヨダナだ。奴は倒された俺よりも青い顔をしていた。
 俺とドゥリーヨダナの目が合う。
 それは一瞬、すぐに弾かれたようにドゥリーヨダナは食堂から飛び出して行った。
「俺が何故ドゥリーヨダナの側にいるかその矮小な視野では気づくまい」
 カルナが道を開ける。
 追え、という促しを蹴り飛ばすように俺は走り出した。
「少しは兄らしいことが出来ただろうか」
「大惨事っスよ!!!」
 俺の背後。何故か誇らしげなカルナの声にガネーシャ神が叫んでいた。



 何が『兄らしいこと』だ!!
 いつもいつも、あの男は俺たちに災いを運んでくる。
 血でぬかるんだ地面に膝をついて泣きながら死体を探す母、立ち尽くすアルジュナ、見逃された理由。
 カウラヴァの司令官だった大叔父を、師を倒し、やっと戦が終わると思った後に現れた新たな司令官。
 アルジュナに栄光を与えるはずだった御前試合をぶち壊した御者の息子。

 何故、ドゥリーヨダナの側にいるかだと?アンガ国王の座を与えられたからだろう!!

 ……分かっている。生前ならともかくサーヴァントとなった今、国王の称号など飾りにもなりはしない。



 あの男が御前試合で現れた時、いつものように俺の横でわめいていたドゥリーヨダナは急に真顔になった。
 前座の一騎打ちで大暴れした俺たちは王族席に戻るのも面倒で、少し離れたところから弓の試合を眺めていたが。
……おい、ビーマ。おまえ、あいつの顔を見たことあるか?」
「いや、ねぇな。あれほどの武芸者なら見知っててもおかしくないはずだが」
 俺の返答にドゥリーヨダナは表情を強張らせた。
……馬鹿者がっ!!親指を無くすどころじゃすまないではないかっ!もったいない!」
 叫ばれた言葉の意味が分からない俺を置いて、ドゥリーヨダナは男のもとへ走っていく。
 王族である俺とドゥリーヨダナが知らない武芸者などクシャトリヤにいるわけがない。
 だから、あの男はクシャトリヤではなく……

 ーーー俺は本当に知らなかったのだ。

 以前、師匠がアルジュナより優れた弓の腕を見せた男をクシャトリヤではないという理由で、弓を引くその親指を切り落とさせたことを。
 それを思えばこんな公衆の面前でアルジュナを侮辱したカルナが無事で済むはずがなかったのだ。
 王族でさえなければ。
「この者との友情はアンガの王位と引き換えにしてにてもなお余りある!!!」
 あの時のドゥリーヨダナの言葉が蘇る。
 ドゥリーヨダナがカルナに与えたのは確かに富と身分だろう。だが、カルナが受け取ったのはそれだけではなかったのだ。



 勘でカルデア内を走れば、すぐにドゥリーヨダナの背中を見つける事が出来た。
 だが、おかしい。
 走っている相対速度が生前と比べて明らかに遅かった。
 サーヴァントとしては普通だろう速度。だが、奴は俺ほどではなかったが、それなりに足は早かったはず、だ。
「ドゥリーヨダナ」
 一足飛びに風で跳躍してドゥリーヨダナの前に降り立つ。
 嫌そうな顔をみせる好敵手に俺は問いかけた。
「おまえのソレは召喚された時からか?」
 左足に向けられた俺の視線に気づいたのだろう。ドゥリーヨダナの顔が歪む。
……なんの事を言ってるのか分からんなぁ?森育ちの猿は言葉も喋れんのか」
 確信する。本当に俺が見当違いの事を言ったのなら、こいつは大声でその誤りを嘲笑っただろう。
 つまり。俺との決闘で左足を粉砕された逸話はサーヴァントになったこいつにダメージを与え続けている。

 ……謝るのは論外だ。

 そして、喜びを感じるのはもっと許されないだろう。
 先程握りつぶしたこいつの腕はカルデアからの魔力で徐々に自動回復されている。
 逸話とは関係がない傷は容易く治るが、霊核に刻まれた傷は治癒することはない。
 俺の視線が腕に移った事に気づいたのだろう。ドゥリーヨダナは腕を振り払った。
「これだから野蛮人は。わし様のこの上なく優美な肉体を損ねても謝罪のひとつもない!」
「すまなかった」
「ひっ!」
 言われた通りに謝罪したというのに、ドゥリーヨダナは生き返った死体を見たような表情をする。
 それが面白くて言葉を続けた。
「クラス相性のことを忘れてた」
……馬鹿ビーマめ」
 ランサーの俺の攻撃は、バーサーカーのドゥリーヨダナには二倍のダメージとなる。
 そして、それはセイバーのカルナとランサーの俺でも同じだ。
 カルナがわざわざセイバーになったのはそれを伝えたかったのだろう。……たぶん。
 それにしても
「なんで俺を殴った?」
 幼い頃、何度も俺は力加減を誤ってこいつや弟達に怪我をさせていた。だが、その時はこいつらから文句も言われず、やり返しもされなかったのだ。あの毒殺未遂までは。
 だからこそ、俺は生前何の疑いもなく毒入りの菓子を食べ、先程の予想外の反撃ももろに食らったのだ。
 言いたい事が分かったのかドゥリーヨダナは口の端を吊り上げた。
「蛮族には分からんだろうが、わし様にも立場はある。父を亡くした可哀想な従兄弟たちに辛くあたるなど、王の後継者たるわし様が出来るはずがなかろう?」
 ドゥリーヨダナの唇が笑みを深める。
「おまえが罪なきわし様たちをさんざん怪我させてくれたお陰でわし様たちは被害者になれた。あの優等生もさぞかし肩身が狭かっただろうよ」
 嘲笑うドゥリーヨダナに、兄に不利益をもたらしていた当時の俺の愚かさを思う。
 あの場所は生まれ育った安全な森の中ではなく、人の思惑が渦巻く宮殿だということを俺は全く理解していなかったのだ。
 しかし
「だったら、なんで俺を毒殺しようとした?」
 俺は一歩ドゥリーヨダナに踏み込んだ。ドゥリーヨダナは動かず俺たちの距離が縮まる。
 こいつの言葉が真実ならば、あの時の俺はこいつにとって都合のいい駒だったはずだ。こいつは利用できるものは大切にする。つまり、こいつに切り捨てられたということは。
 俺の問いにドゥリーヨダナは片目を眇めた。
「おまえ。馬鹿か?高貴なるわし様たちにさんざん怪我をさせておいて無事ですますわけがなかろう。
 それに、いなくなった乱暴者の次男を、それでも探す者がいたら。ーーーそいつはわし様たちの明確な敵だ。
 九十九人も弟がおれば宮廷の隅々まで目が届く。おまえは本当に役に立ったぞ。ビーマセーナ」
 そう言ってドゥリーヨダナは鮮やかな華のように微笑んだ。
 拳の中に感触が蘇る。人の腕のものではなく、硬い木の肌だ。
 従兄弟たちの体を砕く度に俺は庭の木に登り、太い枝を握りしめては……砕いていた。
 何度も何度も、庭園を丸裸にして兄に怒られるまで。
 どうすれば力を加減して骨を砕かずに済むのか分からなかった。
 骨を砕かれて痛みに顔を歪めても、俺を責めない優しい従兄弟たちに報いたかった。
 ……そんな努力は端から望まれていなかったのだ。

 期待を裏切ったから切り捨てられたのではなく。最初から期待すらされておらず予定通りに切り捨てられた。

 同じ母を持つカルナは最期まで切り捨てられずアンガ王であり続けたというのに。

「俺とカルナの何が違う?」

 突然の俺の質問にドゥリーヨダナは顔を顰めた。
「何もかも違うわ、たわけ」
 武芸には秀でていたがカルナは決して使いやすい駒ではなかったはずだ。あまりカウラヴァの内情に詳しくない俺でさえ、あいつが出自と言動で不和を撒き散らしていたのを知っている。
 パーンダヴァにもカウラヴァにも公平だった大叔父がカルナとは目も合わせなかったくらいだ。それはよっぽどだったのだろう。
 何かに気づいたのか、ドゥリーヨダナはにたりと笑った。
「そんなにカルナに負かされたのが悔しいのか。おまえは負けたことなどなかったから、な……
 何故か語尾を小さくしたドゥリーヨダナに、俺は雷に打たれたかのように絶句した。
 
 そうか、おまえの中で俺は一度たりとも負けたことが無かったのか。

 俺だって負けたことぐらいある。特に兄のハヌマーンには鼻っ柱を叩き折られた。
 しかし、それをこいつは知らないのだ。
 こいつの中の俺はずっと、生前も死後すらも無敗の戦士でーーー。

「ビーマ、何を笑っている?」
 不審そうに俺を見るドゥリーヨダナが愛おしくてしょうがない。
 戦士にとって無敗と信じられていた事より熱烈な告白があるだろうか。
 しかも、こいつは俺を無敗だと思いながらもずっと挑んでいたのだ。
 そう、挑んで……

 ーーー俺を無敗だと信じ、それでも挑んできた男に、俺はルールに反して太ももを砕いたのだ。

「ビーマ、おまえ。笑ったと思えば青ざめて。変な所でもぶつけたのか?」
 俺の反則で負けた男が、何事もなかったかのようににやにやと笑う。
 足が勝手に後退る。
 思えば俺はこいつの弟を皆殺しにした。
 こいつの容姿から判断して、その意識はクルクシェートラの戦いの頃のドゥリーヨダナだろう。だから、実感していないはずはないのに。

 どうして、まるで何もなかったかのように振る舞えるんだ?

 それどころか今のこいつは生前に感じていた殺気すらもない。
 幼い時からの付き合いだ、目の前の男がドゥリーヨダナであることに間違いはない。だというのに、まるで知らない生き物のように見えた。
 今まで対峙してきたどんな敵よりも、その精神性が恐ろしい。
「ビーマ?」
 『ドゥリーヨダナ』が俺の名前を呼ぶ。
 背筋を走り抜けた恐怖に耐えられず、俺は、俺は『それ』から逃げ出した。
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