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ぶたたけ(名もなきルビコニアン)
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サンライズ・デイ
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3.サンライズ・デイ
『この人物の情報を集めて欲しい』
海から透過されるマリングリーンの光に照らされたサーヴァンタスの書斎。
その書斎にあるアンティークのソファーに座って、僕は彼が渡したデータを見つめる。
“ラスティ”
サハラ・アラブ民主共和国統治惑星『サハラウィ』出身
両親は共に食料生産プラントに勤める農夫。
自身は警備兵として16歳から20歳までの4年間同じプラントで勤務している。
2190年に惑星内にて水資源を巡る内戦が勃発。
2192年10月29日に宇宙政府関連機関『惑星難民保護機構(Planetary Refugee Protection Organization)』により難民保護をされる。
PRPOによる職業適正検査の結果ACパイロット適正が認められ、AC技能訓練プログラムに参加。
2194年に技能プログラムを修了する。
2195年シュナイダーの人材公募プログラムによりシュナイダーに入社。
広報部派遣戦闘部隊「フィッター」に配属される。
査定評価A+
2202年、人材活用制度によりアーキバス強化人間部隊『ヴェスパー』第四隊長に就任。
データには彼の略歴のほかに、PRPOから提供された本人の身元保証書とAC技能訓練プログラムの成績データ、シュナイダーでの人事評価の資料が添付されている。
過不足は見当たらない。
一体何を調べろと言うのだろうか。
「あの、すみません。この人の何を調べれば良いんですか
……
?」
「彼がアーキバスに潜入したスパイである証拠を調べてくれ」
「す、スパイですか
……
?」
「そうだ。内部監査部は彼が何らかの目的をもってアーキバスに潜入したスパイであると考えている」
PRPOの身元保証書もある人物がアーキバスに潜入したスパイ?
PRPO、『惑星難民保護機構』。
宇宙政府傘下の機関であり、宇宙政府が管理している星域はもちろん、星域外でも影響力の強い組織だ。
あの機関を通してスパイを潜り込ませるなんてあり得ない
……
。
「何か言いたげだね。言い給え」
「
……
彼をスパイだと判断した根拠は−−」
「ノーコメントだ」
ピシャリと質問を遮られる。
「他に質問は?」
聞きたかった質問は遮られた。
他にしたい質問も無い。
「い、イエ。何もありません」
きっと何か証拠を掴んでるんだろう。
内部監査部ではある程度彼の情報を掴んでいるから、その後追いをさせて業務を身につけさせようということなんだ、きっと。
「質問が無いのなら結構。ブリーフィングはこれで終わりだ。ドルに君の部屋まで案内させよう」
ドル、とサーヴァンタスが窓際で佇む彼女を呼ぶ。
彼女が改めて姿勢を糺す。
「ドルネシア。案内が終わったらその後はゆっくり休み給え。彼を頼んだよ」
「イエス、サー」
彼女が杖を持っていない手で敬礼をする。
「仕事のやり方については明日、担当の者から指導がある。君も今日は休みなさい。」
「行きますよ、メイナード」
僕が座るソファーの後ろをドルネシアがスタスタと横切っていく。
「あ、まって」
僕は慌てて立ち上がる。
「あっ、し失礼します
……
!」
慌てて頭を下げる僕。
サーヴァンタスの部下であるドルネシアの美しい所作と比べると、ちょっとだけ恥ずかしくなる。
胸を張って、顎を少し上向きにして、堂々と。
芍薬の花のように高い背を伸ばして進む彼女の後ろを、僕はペタペタとついていく。
ドア前まで歩いたところで優雅に振り返って、彼女がまた敬礼をした。
そして扉の外へと出る。
僕も彼女を真似て、今度は深く礼をして扉の外に出た。
「それでは、寝室まで案内します。付いてきてください」
扉の外には長い長い廊下があった。
ドルネシアは中央にある点字ブロックの凹凸を白杖で探りながら速度を落とさず進んでいく。
ヴェスパーの宿舎でも使われている、フィブロイン樹脂で構成された漆喰のような壁。
床は黒壇の模擬タイルが敷かれ、白と黒の対比した無彩色が続いている。
色があるのは窓の外にある海の緑青色だけ。
僕は廊下を、歩きながら窓の外を眺める。
緑青の底、海底に青白く光る棺のようなものが等間隔で並んでいる。
「あ、あの、」
「なんでしょうか」
「外にある、アレ。アレって何ですか?」
僕は窓の外を指差す。
指差したところで、しまった、と思った。
目が見えないの、忘れてた。
「アレ
…
あぁ、海底サーバーのことですね」
目が見えない筈なのに、彼女は外にあるものを把握しているように応えた。
「バベルの所蔵するデータを管理しているデータサーバー群です。バベルを中心に約4000機のサーバーが海底に設置されています。データベースには弊社の兵器開発データの他、数学、科学、人文、哲学、歴史等アーキバスが網羅的に収集した情報を記録しています」
「あの、なんで海の底にあるんですか?」
「一つは冷却コスト削減の為ですね。陸上に設置した場合、サーバーを冷却する為の設備を別途設置する必要があるのですが、海底にサーバーを設置すれば海水がサーバーを冷却してくれるのです」
「へぇ
……
」
なるほど、それは賢い。
「もう一つはセキュリティ保全の為というのもあります。バベル含め海底に設備を設置することで、外部者が物理的にデータベースにアクセスしようとするリスクを大幅に減らす意図もあります」
「
……
海が冷却装置と情報防壁の役割をしてるってことですよね、考えた人頭いいですね」
「施設の設計考案はサーヴァンタスがしたんですよ」
すごい。
「
……
サーヴァンタスって何でもできる人、なんですね」
「そうですね。彼は何でもできる人です。貴方と違って」
ドルネシアの足が止まる。彼女が僕の方に振り返る。彼女がサングラスを取る。サングラスの下には酷い火傷の跡があった。瞼は下瞼と癒着していて、眼球があるはずの窪みには何も無い。
ひきつれた皮膚が頬と同じようにあるだけだ。
眉間に皺が寄って、眼球の無い皮膚の両端に細かな皺が寄る。氷柱のような視線。
眼球は皮膚に埋もれて存在すらしていないのに、ひしひしと感じる。
「何故貴方みたいな、何も出来なそうな人間がサーの後継者なのでしょうね。」
僕、彼が後継者?
「そんなの知らない」
「知らない?」
「ぼ、僕、僕がサーヴァンタスの後継者って初耳なんですが
……
」
心がゾワゾワする。
何も知らないのに、それがとても悪いことに感じる。
「それって、何も知ろうとせず受け身で事が運ぶのを待ってただけってことですよね」
「
……
」
言いがかりだ。
ただ配属を言い渡されて来ただけでそこまで言われなきゃいけないのか。
それの何が悪いんだ。
心臓が鎖で縛られてるように痛む。
「反論しないってことは図星なんでしょうね。何、気に病まないでください。説明していない彼の責任ですから。でも」
でも。
「貴方のような自分で考えもせず、機会を待つだけしかしない弱い人間が、サーの後継者だなんて知りたくなかった」
「
……
すみません、弱くて」
僕は思わず謝罪する。
確かに、僕は弱い人間だ。
ヴェスパー4という強い立場に居たのは只単純にACの操縦技術が高かったのと、人一倍臆病で生存率が高かっただけで、他のメンバーのように何か特別な功績や能力がある訳でもない。
現に不条理な言いがかりに反論する勇気も無い。
「謝らないで下さい、益々失望してしまいますから」
ドルネシアが外したサングラスを再び装着する。
そして白杖で右側の壁をコツンと一回だけ、叩く。
そこにはドアがあった。
ドアには僕の名前が印字された表札が架かっている。
「さあ、部屋につきましたよ。さっさと寝室に入って下さい」
ドアノブに手をかける。
ノブを回す。
扉を開くと、ホテルのような生成色の白い部屋があった。
短い廊下の先には、寝室。
突き当たりにある大きな窓からは眩しい程の日の光が差し込んで、パイン材のフローリングを金色に照らしている。
ん?
……
日の光?
窓を見ようと部屋の中に一歩入る。
すると背後からドアがバタンと閉まる音がした。
僕は振り返る。
先程まで空いていた扉はしっかりと閉められていた。
「明日は8時にお迎えに参ります。長旅で疲れたでしょう、ゆっくりおやすみ下さい。それでは失礼します」
彼女の声がしなくなると同時に、コツコツとヒールを鳴らして歩く音が聞こえた。
「
……
まってよ!」
僕は再び外へ飛び出す。
数秒も経たずドアを開けたにも関わらず、ドルネシアは何処にも居らず、長い通路だけが続いていた。
何もかも理不尽だ。
苛立つ心を胸に持ったまま、取り残された。
煮え切らない苛立ちに怒りも、嘆きも上手くできない。
誰も居ない廊下を数秒眺めて、どうしようも無くなって、僕は自室に戻った。
歩いて、蒸れるスニーカーと靴下を脱いで。
無垢なパイル材のフローリングに素足で触れる。
人が居ない部屋のフローリングはひんやりとして気持ちがいい。
ワックスがかかったフローリングが足裏に吸い付く感覚を感じながら、気になっていた窓の外を見る。
外にはなだらかな若草色の草原があった。
背の低い草が生える草原。
方々に生えるコルクや、オリーブの木々。
その中に時たまサルスベリの赤みがかった桃色や、林檎の赤が差し色として生えていて美しい。
その美しい自然の遥か先に、巨大な壁が横一直線に聳え立っている。
距離が遠い故か、壁は空気によって青く靄がかっている。
いや、あれは只の壁じゃない。
バベルの壁面だ。
バベルは円環構造になっていて、巨大な輪の形をしていると聞いたことがある。
つまりこの遥かな草原は超巨大な箱庭なのだ。
この草原は多分、採光システムから取り入れた光を施設全体に行き渡らせる為のスペースなのだろう。
海の底にこんな長閑な自然があるなんて、コミックに出てくるヒーローの秘密基地みたいでカッコいい。
外に出れたりしないかな?
バベルを探検してみたいな。
年甲斐も無くて、恥ずかしいけれどもワクワクしちゃって。
とても楽しい。
こんなにワクワクしたのっていつ振りだろう。
多分、弟が生きてた頃振りかもしれない。
しばらく日の光に照らされる木々や草を窓辺にもたれて眺める。
巨大な箱庭の中で風に揺らぐ事も無い風景に飽きて、部屋のクローゼットに持ってきた荷物を詰め込んだあとは、備え付けのソファーに座って映画を見て過ごした。
外が暗くなる頃には楽しかった気分も落ち着いて、いつものような漠然とした不安がやってきた。
真新しいベッドシーツに潜り込んで、目を閉じる。
僕の背骨の中を貫く、怖さという芯。
それを感じて、僕は頭に痛みを感じながら安心をする。
目を閉じて、眠りから覚めたら新しい生活が始まる。
楽しい日々が早く終わって、単調で退屈な日々になればいいのに。
こんな楽しい日が続いて欲しいと思う気持ちが持てたならばよかったのに。
自身の幸福を願えるほど、希望を見出す力が無いから。
僕は不安を抱き枕にして、眠りについた。
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