満月の晩、荒らされた小さな建物の中を歩く人物が一人。瓦礫や割れたガラスの破片を避けながら黒猫に案内されるようにゆっくりと周囲を見渡しながら歩くたびに萌黄色の長い髪が揺れる。
「ニャー」
「うん。分かっているよ。こっちだね」
猫の言葉が分かるかのように中性的な顔立ちのヒトは微笑んだ。階段を上ってすぐの扉が壊された部屋の前で足を止めて端正な顔立ちを曇らせる。目の前に広がる光景に眉を寄せ、息を呑む。
「これは……」
割れた窓から差し込む月明かりに照らされて見えるのは二段だったベッドが破壊され、血が飛び散る様。その上を黒猫が軽々と飛び越え、一カ所を前脚で掻いた。
「そこにいるのかい?」
「ンニャー」
黒猫の傍に近づいて重なる子どもと、守るように覆い被さる大人を退かせた先、夕陽のような髪の少女と、黒髪の少年が手を握りながらうつ伏せに倒れていた。抱き起して二人の息があることに安堵する。
少女の眉が微かに動いて薄っすらと目を開いた。虚ろな金色の瞳が揺れて相手を映す。乾燥した唇を動かしてようやく紡いだ掠れた幼い声に耳を傾け、そのヒトは頷いた。
「うん。分かったよ。僕の名前はエルキドゥ。君たちの仇は必ず取るとも」
返事に声なき声で礼を述べた少女は瞳を閉じ、意識を失った。エルキドゥが子供二人を抱えて立ち上がると、背後に殺気を感じて伏せていた長いまつ毛を上げた。
「君たちかい? この子たちを襲ったのは」
幽鬼たちの群れがケタケタ笑っている。振り返って相手に向けるエルキドゥの薄い青緑色の瞳が金色に変わっていく。
「今の僕は加減が出来そうにないからね」
骨の手が萌黄色の髪に触れる前に地面から現れた黄金の鎖が骨を切断する。断末魔が響いた直後、宙から降り注ぐ槍の雨に幽鬼の群れは一瞬で消え去った。
「うーん、首魁は姿を現さないか。この件はギルに引き継ぐしかないね」
静まり返った部屋に怪異の気配は残っていない。エルキドゥは肩をすくめた。
建物から出てきたエルキドゥが子供二人を抱えている。月明かりの下、歌声が聞こえた。歌っているのはエルキドゥ。天使のような歌声に安心したような寝顔になる子供二人を抱えなおしてエルキドゥは外で待っている車まで歩いた。
♦︎♦︎♦︎
陽が落ちて辺りが暗くなる頃、店の前に出していた看板に明かりが灯る。看板名は〝巴比倫弐屋〟
「なあイオリ~。こんな誰も来ない店で働く意味はあるのか?」
黒地の短めのスカートに白のエプロンをつけた三つ編み姿の少年にも少女にも見える子がモップの先に顎を乗せて頬を膨らませている。
「セイバー。俺たちはここのオーナーに雇われている。例え客が誰ひとり来ず、閑古鳥が鳴いていたとしても仕事をこなすべきだろう」
返すのはバーテンダー服を着た黒髪の癖毛を一つにまとめている青年、宮本伊織はバーカウンターでグラスを拭きながらセイバーを見る。
「ぶぅー」
「ぶぅー、じゃない」
不満そうに口を尖らせるセイバーをたしなめる伊織の前に座る一人の男が「貴様ら」と呆れたような声を上げた。
「ああ、ワカダンナ」
カクテルグラスを揺らしながら二人の会話を聞いていた短い金髪の男がグラスを置いた。紺色のシャツに白のパンツスタイルの男は長い脚を組みなおしてルビー色の瞳でセイバーを見て鼻で笑った。
「ああ、ワカダンナ。ではないわ。我の店で仕事をさぼろうとするとはいい度胸よな」
「さぼってはおらぬ! こうしてモップ掛けをしているではないか」
「落ち着けセイバー。若旦那は仮にもここのオーナーなのだから機嫌を損ねれば俺たちはクビだ」
若旦那に負けじと言い返そうとするセイバーを伊織が止める。三か月前、バイトを探していた伊織とセイバーはたまたま入った店〝巴比倫弐屋〟で若旦那と出会った。若旦那は二人を見るなり仕事を依頼した。バーテンダーとしてではなく、怪異退治としての依頼に驚きはしたものの、腕に覚えのあった伊織とセイバーは引き受けた。刀と剣を借りて難なく怪異退治の依頼をこなした二人を気に入った若旦那は巴比倫弐屋で雇うことにした。
カウンター席でカクテルを飲んでいる若旦那が経営している巴比倫弐屋は表の顔はバー、裏の顔は怪異退治。依頼主は怪異に殺された者たちの身内だった。その声を聞いてくる人については未だに教えてもらえていないが、怪異退治の依頼が来るまではバーの仕事をするしかない。
「雑種の言う通りよ。だが、今日の我は機嫌が良い。貴様の言葉など気にならぬわ」
たしかに今日の若旦那は機嫌がいいらしい。セイバーの失礼な言動についても眉一つ動かさない。
「いい事でもあったのか?」
伊織の問いに若旦那は双眸を細めた。
「特別に雑種に教えてやろう。特別も特別! 良く聞け雑種! 今日は我の友がくるのだ」
「友?」
普段よりも穏やかな声音に伊織が目をしばたたかせる。雇われて約三ヶ月経つが、今までで一番優しい声だ。
「きみにも友達がいたのか?」
「セイバー……」
若旦那の口から〝友〟と聞かされて目を丸くしていた伊織はすぐにセイバーの失礼な言の葉に額を押さえた。それでも若旦那は声を荒げない。よほどその〝友〟と会えるのが楽しみなのだろう。若旦那が残りのカクテルを飲み干したところで扉が開いた。伊織とセイバーが同時に扉を向く。
「やあ、久しぶりだねギル」
入ってきた人は白を基調としたゆったりめの服を着ており、長い萌黄色の髪を遊ばせている。顔立ちはセイバーのような中性的で、その美しい容姿は伊織の目を惹いた。伊織の視線を気にする素振りもなくまっすぐ若旦那の元に向かう。
(ギル? 若旦那のことを愛称で呼ぶほどの仲か。若旦那はやはり本名ではないのだな)
「待っていたぞエルキドゥ」
若旦那の隣に腰かけたエルキドゥが薄い青緑色の瞳で伊織を見て微笑んだ。
「ああ。君たちか。ギルが気に入っている二人というのは」
「若旦那が?」
「そんなわけないだろう」
エルキドゥの発した何気ない言の葉に伊織とセイバーが顔を見合わせて即否定する。二人の反応にエルキドゥが肩を揺らしながら笑った。
「初めまして。僕はエルキドゥ。伊織にセイバーだね、君たちのことはギルから聞いているよ」
笑い終えたエルキドゥが伊織とセイバーを交互に見ながら名乗る。
「あ、ああ。初めまして。俺たちのことをすでに知っていたとは」
「ワカダンナは口が軽いな」
「セイバー」
半目で若旦那を見るセイバーたしなめながら伊織は若旦那を見た。彼は鼻で笑いながら空になったカクテルグラスを揺らし、氷がグラスにぶつかる音を聞いている。自分たちのことをエルキドゥに話すほどの仲か、相手が言うようによほど自分たちを気に入っているのかは解らないが、若旦那が否定しないところを見るとどちらもあり得る。
「面白い二人がいるから一度見に来てみよ! って楽しそうに話していたよ」
(面白い? 俺たちのことだろうか)
自分たちに面白い要素など皆無だと思うが、と眉を寄せる伊織に若旦那が口を開いた。
「雑談は良い。エルキドゥ、施設の様子はどうだった?」
「……うん。酷い有様だったよ。生き残ったのは子供二人だけ。他は皆怪異に殺されてしまった」
長いまつ毛を伏せながらエルキドゥは自分が見てきた児童養護施設の様子を話し始めた。施設の中は荒らされ、子ども大人を含め数十人が怪異に喰い殺されていた。エルキドゥが報告を受けて向かった時には怪異の首魁は姿を現さず、幽鬼たちが跋扈していたらしい。怪異の仕業であるが故、事件として表に出すこともできず秘密裏に処理されている。生き残った男女の子ども二人はシドゥリが医療施設へと運び意識を取り戻していた。
「ひどいな」
聞いていたセイバーがこぼした。殺された人たちを憂いているのか、伊織から見える横顔は悲しそうでもあり、怒りを滲ませているようにも見える。
「今回の依頼主はその子どもか?」
「うん。夕陽のような髪の女の子から化け物を倒してほしいってお願いされたんだ」
「待ってくれ。その口ぶりでは怪異退治の依頼を受けてきたように聞こえるのだが?」
口を挟んだ伊織にエルキドゥは頷いた。
「そうだよ。僕は怪異に殺された人たちの声を聞いてくるんだ。それをギルに伝えて君たちが退治する。あれ? ギル言っていなかったのかい?」
初耳だと、勢いよく若旦那を見る伊織に興味がないのか鼻で笑いながら長い脚を組みなおした。
「いちいち雑種に言うほどのことでもあるまい。聞いたところで貴様たちのやることに変わりはない。分かったなら疾く行かぬか」
「たしかにそうだが」
払うように手を振る若旦那に頷きかけた伊織にセイバーが口を挟んだ。
「一つ聞く。エルキドゥはなぜ力がありながら自ら怪異と戦わぬのだ?」
セイバーからの指摘にエルキドゥが小さく笑った。「ほう」と感心したように声を上げる若旦那がルビー色の瞳でセイバーを見据えた。
(言われてみればエルキドゥ殿から感じられるのは若旦那と同等の力。俺よりも遥かに強い)
「口にするのは嫌だが、ワカダンナは強い。そしてきみはワカダンナと同等に強いのだろう? なぜ依頼だけ聞いてくるのだ?」
問いにエルキドゥは長い萌黄色の髪を耳にかけながら答える。
「僕が行っても怪異の首魁は姿を現さないんだ。それはギルが行っても同じだね」
「それはどういう」
「貴様解らぬのか?」
重ねて問おうとしたセイバーに若旦那が呆れたように息をついた。それにムッと眉を寄せるセイバーをなだめながら伊織は続きを待つ。
「我もエルキドゥも強すぎるが故、首魁どもは姿を現さぬのだ」
フハハハハ! と高笑いする若旦那にセイバーが伊織の制止を振り切って両拳に力を込めながらわなわな震えている。
「なるほど、首魁もバカではない。強者からは姿を隠すか」
「何を納得しているのだ、イオリ! 云い変えれば私たちが弱いと云われているのだぞ!」
「二人と比べれば事実だろう」
「……私は弱くないぞ」
あっさりと認めてしまう伊織にすっかり拗ねてしまったセイバーが頬を膨らませて顔を背けた。
「セイバー」
拗ねてしまったセイバーは呼んでもぷい、と横を向いたまま反応しない。こうなってしまっては機嫌を取るのも骨が折れる。美味しいものか、甘やかしか。さてどうしたものか。伊織は息をつきながら頭を掻いた。
「貴様ら痴話げんかをしている時間があるならさっさと行かぬか」
呆れた声の若旦那に反応したのはセイバーの方。背けていた顔を勢いよく戻して若旦那を見る。
「チ、チワゲンカなどしておらぬ! 急になにを云いだすのだきみは!」
否定していても顔は赤い。
「なあイオリ!」
「そうだな。痴話げんかなどではなく、いつも通りのやり取りだろう」
「イ、オ、リ! なぜ否定しないのだ⁉︎」
同意を求めたセイバーの意図とは裏腹に否定をしない伊織にセイバーの顔がますます赤く染まる。
「うん。やっぱり君たちはギルが言う通り面白いね」
静観していたエルキドゥが納得したように口を挟んだ。エルキドゥの言葉に若旦那が「そうであろう」と腕を組みながら笑う。
「いや、全く面白味に欠けると思うのだが」
「……きみの否定する箇所がまったく解らぬ」
さすがにそこは否定してくる伊織にセイバーが脱力したように肩を落とした。
♦︎♦︎♦︎
若旦那に半ば追い出される形でバーを出た二人は車を用意していたシドゥリに怪異の襲撃を受けた児童養護へと送ってもらっていた。到着してすぐ、用意してあった二刀と剣を装備して施設内へ足を踏み入れる。
荒らされた部屋に赤黒い血が飛び散っており、エルキドゥから事前に聞かされていた有様以上のひどさに眉を寄せた二人は怪異を探した。
「エルキドゥとやらは本当に強いのだな。怪異の残滓だけ辿っても斃した数は十や二十ではない」
虚空に人差し指を立てたセイバーが何かをなぞるように指を動かしながら言う。伊織には薄っすら解る程度だが、セイバーにははっきりと感じ取れるのだろう。少し悔しそうな顔をしている。
「私たちも負けてはおれぬぞ、イオリ!」
急にやる気を出したセイバーが伊織の背中を強く叩く。力の強さに息を詰まらせた伊織がむせ込んだ。恨みがましくセイバーを見ると、相手は「すまぬ」と謝罪を口にしてすぐ、愛らしい表情から険しいものへと変えた。
「イオリ、来たぞ」
「ああ」
剣を抜いたセイバーの隣で同じく怪異の気配を感じ取った伊織も帯刀ベルトに差していた二刀を抜く。室内に現れたのは幽鬼の群れ。
白骨が伊織に向かって伸びる。触れる前に一歩下がった伊織が二刀を振り上げて骨を絶った。悲鳴を上げる幽鬼に容赦なく刀を突き刺し、息をついた伊織の視線の先ではセイバーが剣を片手に幽鬼を斬り伏せていた。身軽なセイバーが骸骨の手を躱せば、丈の短いスカートが翻る。白いエプロンの端がセイバーの動きに合わせて揺れるたび、まるで白鳥が羽ばたいているように見えて伊織は目が離せずにいた。
「イオリ!」
セイバーの声にとっさに反応した伊織は自分へ伸びる幽鬼の手を振り向きざまに斬り落とす。
「まったく、何に気を取られていたのかは解らぬが、気を抜けば死ぬぞ」
「すまん」
気を引き締め直した伊織は柄に力を込めて残りの幽鬼を斬り伏せていった。
すべての怪異を斃し終えて周囲に気配がないことを確認した伊織は刀を納める。息をつきながら隣に立つセイバーに伊織は視線を送った。伊織の視線はセイバーの服。若旦那の経営するバーから直接来たせいで二人ともバイト着のままだ。白シャツに黒いベスト、スラックス姿の自分とは異なり、セイバーの方は丈の短いメイド服。派手に動けばさきほどのようにスカートが翻る。視線に気付いたセイバーが伊織を見た。
「ん? どうかしたのか、イオリ」
「いや。なんでもないよ」
「いいや。きみ、私を見ていただろう」
首を左右に振ったセイバーが見上げてくる。眉を寄せているセイバーに誤魔化しは通用しない。由を言うまで引かないだろう。伊織は観念した。
「すまん。お前のその服で派手に動けばどうなるか考えていた」
「ほう、ほうほう! きみ、この格好が気になるのか?」
スカートの端を摘まみながらセイバーがニヤケ顔を向けてくる。居心地が悪くなった伊織は顔を背けた。けれど、そうすればするほど面白がっているセイバーが顔を近づけてくる。
「丈が短いからな。普段通り動けばスカートは翻るだろうな! 見たいのか?」
いたずら心が疼いたのか、セイバーはスカートの端を掴むとたくし上げた。白い太ももが見えたところで伊織がセイバーの手を掴んで止める。
「からかうな」
「ぶー」
「ぶー、じゃない」
頬を膨らませて不満を露わにするセイバーに伊織は息をついた。
「……他でもこんなことしているんじゃないだろうな?」
眉を寄せる伊織にセイバーはきょとん、と首を傾け緩く首を振った。
「いいや。きみ以外にこんなことするはずがないだろう? もしかしてきみ、不安になったのか?」
ジッと見上げてくるセイバーに伊織は自分の発言と胸の内が解らないのか、目をしばたたかせて首を傾けた。
「そうか、そうか。うん。きみは本当に愛いな」
伊織の反応にセイバーは一人納得したように頷くと、顔を綻ばせながら爪先を伸ばした。手を伸ばして伊織の頭を何度か撫でた後満足したように手を離す。
「セイバー……、っ!」
言いかけた伊織は現れた怪異の気配に姿勢を低くする。帯刀ベルトに差した二刀を抜けば、同じくセイバーが鞘から剣を抜いた。
「まだ湧くのか! いい加減しつこいぞ」
「仕方ないだろう。これも仕事だ。終わったら帰れる」
「むぅ……。これらを片づけて帰ったら夕餉かな? 夕餉だよな?」
「時間を考えろ。終わったら軽く済ませるだけだ」
「なぜだ⁉︎ ワカダンナのところで働いてそのまま来たのだから私は腹が減っているのだぞ!」
会話をしている間にも周囲に湧いた幽鬼と餓鬼を斬り伏せ、剣を手にしたまま勢いよく伊織を見るセイバーは少しだけ涙目になっていた。捨てられた仔猫のような表情を見せられても、開いている店がないのだから仕方ない。伊織は諦めろ、と言わんばかりに肩をすくめた。
「イオリ~」
猫なで声を出すセイバーに伊織は首を左右に振る。すぐにセイバーが頬を膨らませてこちらを見上げた。琥珀色の瞳には涙がたまっている。その表情に伊織は弱いと解っているのか、それとも無意識か。伊織はセイバーを見下ろしたまま少しだけ思考をめぐらせた。結局セイバーに弱い自分が折れるしかない。
「……解った。帰ったら何か作る。それでいいか?」
「うむ!」
提案にセイバーの表情が花が咲いたように綻んだ。期待に満ちた目でこちらを見上げるセイバーに面映ゆさを感じた伊織は顔をそらして人差し指で頬を掻いた。
現れた幽鬼や餓鬼を斃し終えた二人は一息ついていた。静寂が訪れた廃墟が突然揺れる。一瞬、体勢を崩した伊織の背をセイバーの小さな手が支えた。
「助かったセイバー」
「油断するなイオリ。おそらくこれで最後だ。帰ったらきみの手料理が待っている!」
「大したものは作れないぞ」
「構わぬ!」
人間サイズだった幽鬼の数倍はある巨大な幽鬼を見据えたままセイバーが弾んだ声を上げた。横から盗み見たセイバーの口角が上がっており、どこか嬉しそうに伊織の目に映った。
「そうか」
短く答えた伊織にセイバーが満面の笑みで返して幽鬼へ視線を戻した。
♦︎♦︎♦︎
無事にすべての怪異を斃し終えた二人はシドゥリの運転で自宅近くまで送ってもらい、途中からは徒歩で家に向かう。車の中で着替えたセイバーは伊織と同じでジーパンに白のパーカー姿で上機嫌に隣を歩いている。
「やけに機嫌がいいな」
「帰ったらきみの手料理が待っているからな」
「疲れているからさきほど言ったように簡単なものしか作れないぞ」
「良い。きみが私のために作ってくれるということに意味があるのだ」
鼻歌まじりに歩くセイバーが後ろで手を組んで伊織を見上げた。視線に気付いた伊織が小さく笑うと、セイバーは少年のように笑みを返してくる。
「イオリ」
歩いている人が誰もいない深夜、街灯の明かりの下でセイバーが伊織の手を取った。普段であれば、人の目を気にする伊織は手を繋ごうとしない。けれど、誰の目にも触れないこの時間だからか、伊織はセイバーの手を握り返した。予想外の反応にセイバーが目を丸くしたのはほんの一瞬で、すぐに表情を緩ませて伊織の手をギュッと握ったまま家まで続く道を歩いた。
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