でがらし
2022-12-24 14:13:25
13857文字
Public 【吸死】ドラヒナ~童話パロディ~
 

【ドラヒナ童話パロディ】金平糖の夢

クリスマス記念作品。くるみ割り人形のお話のパロディです。
おとぎ話なドラヒナを書こう!と思いました。糖度高め。
ドラルク=ドロッセルマイヤー、ヒナイチ=クララなイメージです。
初投稿2022年12月24日→加筆修正版に変更しました(Twitter投稿:2023年12月)

 粉雪がちらつく夜。とある街の片隅の大きなお屋敷からは温かな灯りが漏れ、人々の賑やかな笑い声が響き渡っています。今日はみんなが楽しみにしていたクリスマス。そして今は毎年恒例のパーティーの真っ最中。大広間には豪華なクリスマスツリーが飾られ、その下にはカラフルなプレゼントの箱が山積みになっています。その脇では子供たちがマント姿の紳士を取り囲んで歓声を上げていました。

「さあ皆様お立ち会い、次は何が飛び出すかなぁ?」

 紳士の名前はドラルク。彼は毎年この家にやってきて、魔法のような手品を披露してくれます。他の大人たちとはどこか違う雰囲気を漂わせた彼は、子供たちから不思議がられつつも慕われていました。真っ黒なマントをひらひらさせるその姿に、この屋敷に住む娘……ヒナイチもまた釘付けになっています。次はどんな手品を見せてくれるのだろう。両手を組んでドキドキしていた彼女に、ドラルクは目を合わせて微笑みました。

……おっと、これはこれは……そこのお嬢さんへのプレゼントだ!」
 マントからひらりと現れたのは焼きあがったブリオッシュのような丸々としたぬいぐるみ。お腹は真っ白で、カメではないのに固い甲羅が付いています。見たことのない動物のぬいぐるみの登場にきょとんとする子供たち。一方でぱぁと目を輝かせたヒナイチはドラルクへと駆け寄りました。

「わぁ……ありがとう、ドラルク!この子はなんていう生き物なんだ?」
「遠い海の向こうからやってきたアルマジロという生き物さ。……名前はジョンだよ」
……アルマジロの……ジョンか!これからよろしくな、ジョン!」

 一目見てこの不思議なぬいぐるみが気に入ったヒナイチは、満面の笑みでジョンを抱きしめます。その姿に一瞬だけ目を伏せたドラルクの顔に、彼女は気づきません。頬ずりをしたり甲羅の部分を撫でてやると、ジョンの表情は変わっていないはずなのにどこか嬉しそうです。

「おっ、いいものを貰ったじゃないかヒナイチ! どうだ、俺のと交換しないか?」
 そう言いながらヒナイチに歩み寄ってきたのはカズサ。彼女の年の離れた兄です。招待客と談笑していたはずでしたが、後ろ手に何かを持ってにやにやと近づいてきました。
……いやだ」
「そんなこというなよ、お前の大好きな……ペンギンだぞぉ!」
……ちーん!!」
 突き出されたのは彼女が大の苦手としているペンギンのぬいぐるみ。思わず悲鳴を上げたその時、両手からジョンが滑り落ちます。がちゃんと響く鈍い音。はっとしたヒナイチは慌てて拾い上げましたが、ジョンの甲羅にはうっすらと傷が付いてしまいました。

「あ……ジョン……! 痛かったな、ごめんな……
 まるで自分が怪我をしてしまったかのように目を潤ませるヒナイチ。そんな彼女に目線を合わせるようにしゃがみ込んだドラルクは、マントの中から白いハンカチを取り出します。
「大丈夫だよ、ヒナイチ君。ジョンはとっても丈夫だからへっちゃらさ。さあこれで一緒に拭いてあげよう。痛いの痛いのとんでいけ……ほら!」
……わぁ、治った!」
 ぱっとハンカチが離れると、甲羅の傷は綺麗に消えていました。もう離さないぞ、とぎゅっとジョンを抱きしめるヒナイチの目の前に、星型のクッキーが差し出されます。
「心優しいお嬢さん。もう一つ、私からプレゼントだ」
「クッキーだ! とてもきれい……
 クッキーの真ん中はステンドグラスのようになっており、灯りに透かしてみれば中に散りばめられた金平糖が夜空の星のように煌めきます。しばらく見とれていたヒナイチが一口かじると、口の中で甘い星が弾けました。
……おいしい! おいしいぞ、ドラルク!」
「まだまだ沢山あるから、ゆっくりお食べ」
「ああ! ……このクッキー、ジョンも食べられたらいいのにな」
……大丈夫。その気持ちがあれば、きっと願いは叶うよ」

 真剣な声で呟くドラルク。もぐもぐとクッキーを頬張りながら首を傾げたヒナイチでしたが、さっと差し出された色とりどりのお菓子に、疑問はすぐに吹き飛んでしまいました。

……コナをかけるには、まだ少し早いと思うが?」
 ヒナイチと子供たちの笑い声の中、いつの間にかドラルクの隣に立っていたカズサがぽつりとつぶやきます。
「何のことかな?」
「とぼけても無駄だぞ。毎年妹のプレゼントだけえらく豪華なこと、俺が気づいていないとでも? あのぬいぐるみだって、本当はお前の……
「いやぁ、流石の観察能力ですな! ……要件はきちんと言わないと伝わりませんよ、政治が得意なお兄さん?」
 僅かに声を低くしたドラルクが、どっしりと構えたカズサを見上げます。ニヤリと笑った彼は、ドラルクにしか聴こえないように耳元で囁きました。
「我が妹は来年の春やっとデビュタントを迎える。俺がエスコートする段取りになっていたが……どうやら予定を変える必要がありそうだな?」
……それは彼女次第ですよ」

 そう言ってドラルクは子供たちの輪の中に戻っていきます。腕組みをしたカズサの口角がさらに上がったことに、ドラルクが気づくことはありませんでした。

***

 楽しいパーティーが終わり、雪がしんしんと降り積もる真夜中。ベッドの中でふと目を覚ましたヒナイチは、一緒に寝たはずのジョンがいないことに気づきます。

「むにゃ……あれ……ジョン、どこだ……?」

 ベッドから足を下ろすと感じるひやりとした床の冷たさ。急いでスリッパを履いた彼女は、ジョンを探しながら部屋を抜け出し階段を降ります。ふらふらと探索を続けていると、真っ暗な広間の中でも煌々と輝くクリスマスツリーの根元に、探し物を見つけました。
「あっ! ここにいたのか、ジョン!」
 安心したヒナイチがジョンを抱きかかえたその時、ゴーンゴーンと広間の古時計が十二時を知らせます。兄に見つかったら叱られてしまう。そう思い自分の部屋へと戻ろうとしたヒナイチは、部屋の隅に赤い点が光っているのを見つけました。

……なんだ?」
 目を凝らし様子を窺うと、赤い点は二つ、四つ、六つとどんどん増え、話し声も聴こえてきます。

「あ~ら、ずいぶんと大きな宴会場だこと!ここで野球拳できたら楽しそうねぇ」
「絶対にやめろ」
「ふふ……これからこの家の人間どもにマイクロビキニをプレゼントしてやろう」
「絶対にやめろ!……あーもう!俺たちは食べ物を漁りにきただけじゃねぇか!」

 がやがやと騒ぎながら現れたのは、ねずみの耳が生え、前歯の代わりに犬歯が長く伸びた男たち。変わった泥棒の登場に一瞬どきりとしましたが、元々物怖じしない性格の彼女です。威勢よく声を張り上げ、男たちに向かって指を突き立てました。
「おい、そこのねずみ男たち! ここから出ていけ!」
「あらぁ? まだ起きている子がいたのねぇ……。じゃあこの野球拳大好き様の相手をしてもらうじゃないの! さあ、よよいの……
 得体のしれない呪文を唱え始めた男に身構えるヒナイチ。しかしその声は銃声によってかき消されました。真っ直ぐな銀の光が男たちに届く寸前、見えない壁によってバチンと弾かれます。

「伏せろお嬢さん! ロナルド、後ろを頼む!」
「ああ!」

 ヒナイチの背後から飛び出してきたのは二人の銀髪の男性。それぞれ白いジャケットと赤いジャケットを纏い、ねずみたちに向かっていきます。野球拳大好きと名乗ったねずみは後ろへ飛びのき、白ジャケットの男の警棒を受け止めました。

「お兄ちゃんも野球拳がしたいのねぇ!」
「生憎そんな趣味はない! もっとも、お前が可愛い女の子だったら話は別だったかもな?」

 激しい金属音に交じり、「あいこで……しょ!」と激しい問答が続きます。一方、ロナルドと呼ばれた青年は季節外れの水着姿のねずみと対峙していました。水着のねずみは服装を整えながら不敵に笑います。

「最初のプレゼントの相手はお前のようだな!」
「るっせえ! 俺もそんな趣味はねぇんだよ……!」

 狙いを定めた銀の弾丸を続けざまに放ち、じりじりと水着姿のねずみを壁際へと追い詰めていくロナルド。ねずみは寸前のところで弾丸をよけ、今にも倒れそうです。しかし戦いを見ていたヒナイチはある違和感に気づきました。確か男は三人いたはず……

……危ない!」
 直後、クリスマスツリーの明かりに紛れてオバケによく似たねずみが姿を現します。一瞬の隙を突かれたロナルドはそのねずみに後ろから羽交い締めにされ、銃を落としてしまいました。
「くっ……!」
「ふふふ、よくやったぞトオル! さあ、まずはお前からビキニの魅力に憑りつかれろ……
 そう言ってにじり寄る水着姿のねずみ。一転した状況に、考えるよりも先にヒナイチの身体が動きました。履いていたスリッパを両手に持ち駆け出すと、「はあぁぁ!」と叫んでオバケねずみの頭を叩きます。そして続けざまに水着姿のねずみにも一発。

「痛ってぇ!」
……こ、小癪、な……
 脳天にスリッパが直撃し、ばたりと倒れる水着のねずみ。オバケねずみがふらついている間に、ロナルドはその腕から抜け出し銃を拾い上げました。照準をぴったり合わせ、慌てるオバケねずみに言い放ちます。

……まだやるのか?」
……やるわけねぇじゃん!おいケン兄! ミカ兄がやられた、もう帰ろう!」
「やれやれ、ここからだってのに……おあいこか!」

 よよい、とじゃんけんを仕掛けたねずみは不思議な結界を出すと、オバケねずみと一緒に倒れた水着のねずみを担ぎあげます。そうしてヒナイチ達には目もくれずに暗闇の中へえっさほいさと走り去っていきました。

「勝った……のか……?」
 急に力が抜けその場にへたり込むヒナイチに、「ケガはないか?」とロナルドが駆け寄ります。
「悪かった、危険な目に合わせちまって……
……大丈夫だ、助けてくれてありがとう。私はヒナイチ。ええと、貴方たちは……?」
 ヒナイチがそう問いかけると、白ジャケットの男が髭を整えながらやってきました。
「俺はヒヨシ、そしてこっちはヒデ……いや、ロナルド。……まあ、とある国の警察官、といったところじゃな。いやぁ、ご協力感謝するぞ! 勇敢なお嬢さんじゃ」
「警察官……?」
 ヒヨシの説明にぽかんとするヒナイチでしたが、その膝に温かくもふりとした何かが触れます。目線を落とすと、それは目を細めながらヒナイチによじ登ってきました。

「え……ジョン……!? なんで、動いて……
「ヌヌヌヌヌ!」
……しゃ、しゃべった……!」

 なんと、さっきまでぬいぐるみだったジョンがのそのそと動いているではありませんか! ヌーヌと話す言葉の詳細は分かりませんが、どうやらお礼を言っているようです。「どういたしまして」と顔を綻ばせたヒナイチの隣で、ロナルドがびっくりした様子で口をぱくぱくさせていました。
「こ、ここにいたのか、ジョン! 城にいないから心配してたんだぞ」
「ヌン!」
 元気よく返事をしてロナルドの胸に飛びこんだジョンは、こしょこしょと何かを囁きます。しばらくして、ロナルドはジョンと一緒にヒナイチの方へと向きなおりました。

「あー、えっと……ジョンが今から国に招待したいんだと。俺と兄……えっと、隊長はパトロールがあるから護衛できないが……まあ、多分大丈夫だろ。ジョンの案内だし、国には『あいつ』の魔法が効いているだろうし。……どうだ?」
……ああ、行きたい! 連れて行ってくれ、ジョン!」

 さらなる冒険の予感に胸を高鳴らせるヒナイチと、嬉しそうに彼女の周りを転がるジョン。その様子を微笑ましく眺めていたヒヨシがパチンと指を鳴らすと、辺りが白い光に包まれていきます。眩しいと目を瞑るヒナイチの耳に、声が響きます。
「いっけね兄貴、もうこんな時間だ!」
「おっと! 残りのパトロールもサクッと終わらせないとな。……良い旅をボンボヤージュ、お嬢さん!」
 
 ヒヨシがもう一度パチンと指を鳴らすと、ヒナイチとジョンの姿は広間から消えていました。ぐぐ、と伸びをしたロナルドは大きなツリーを見上げてヒヨシに話しかけます。

「兄貴は今年のヒマリへのプレゼント何にしたんだ?」
「それは内緒じゃ。そういうおみゃあは?」
……俺も秘密!」
「秘密主義のサンタクロースじゃな……もちろんお前の分も用意してあるからな、ヒデオ?」
「え、マ、マジで!? でも、俺もう子供じゃないのに……いいの?」
「木下家のサンタさんはいい子にしている弟妹には甘いんじゃよ?」
……あ、ありがとう!よーし、残りのパトロールも完璧にこなしてみせるぜ! 行くぞ!」

 クリスマスツリーの星は、優しくきらきらと輝いています。その様子はまるで、ヒナイチの旅立ちと兄弟のやりとりに微笑んでいるようでした。

***

「ここは……?」
 
 次にヒナイチが目を開けたとき、広がっていたのはピンク色のお花畑でした。さっきまで広間にいたというのに、一体どういう仕掛けなのでしょう。地平線の先まで花の絨毯が広がっているようです。

「こんなに広い花畑、初めてだ!」
 暖かく甘い香りの風がヒナイチの赤毛を揺らします。しばらく見とれていたヒナイチでしたが、ジョンにネグリジェの裾を引っ張られ我に返りました。鼻歌を歌うジョンを先頭に、スリッパのままてくてくと花畑を進みます。どの花も良く手入れがされているようで、どれ一つとしてしおれているものはありません。それどころか今にも動きだしそうなほどに元気そうです。きっとさぞかし腕の良い庭師がいるんだろう、とヒナイチは想像しました。しばらく歩いていると、ぴたりとジョンが立ち止まりました。濃い霧でその先はよく見えません。

……ヌンヌヌヌヌヌーン!」

 花畑の向こうに呼びかけると、春一番のような強い風が吹き抜け、どこからともなく一人のがっしりとした男が姿を見せました。首から下は花吹雪に覆われ、どんな服を着ているのかはわかりません。
「ムッ、客人か? ……おぉ、小さき同胞ではないか、久しいな!」
 ジョンがヒナイチを指さしながら説明をします。自分よりもはるかに大きい男に緊張しながらもヒナイチがカーテシーをすると、男は感じの良い笑顔で両手を広げました。
「ようこそ、魔法の国の花園へ! 我こそがこの花園の主ゼンラニウムだ」
「私はヒナイチだ。……すごく素敵な花畑だな。どの花も綺麗なピンク色で、見ていてとても楽しいぞ!」
「ウム、褒めていただき感謝する。丹精込めて世話をした甲斐があるというものだ。さて、同胞とお嬢ちゃんの目的地へ向かうには……ここをまっすぐ進めばよいぞ。ムン、我が眷属を道しるべにしよう!」
 そう言ってゼンラニウムはたくさんの種を空へと放ちます。すると種からはあっという間にピンク色の花が咲き、踊りながら花道を作りあげました。霧が晴れたその先にはうっすらとお城のような影が浮かびあがっています。

「綺麗な道しるべだ……ありがとう!」
「礼には及ばん。主人にもよろしく伝えておいてくれ、小さき同胞よ!」
「ヌイヌーイ!」
 小さな手を振って再び歩き出すジョンの後を追うヒナイチ。もう一度強い春風が吹いたとき、ゼンラニウムの姿は消えていました。

「夢みたいだ……まるで……

 ドラルクが去年のクリスマスに話してくれた、不思議な国のお話を思い出します。確かその国にも一面の花畑があると言っていました。もし今日のことを話したら、ドラルクはどんな顔をするでしょう。
……会いたいな」
 ふとこぼれた独り言に、なぜかぽっと赤く染まる頬。それに胸がきゅんとして、少しだけ苦しくなります。今まで友達に会いたいな、と思ってもこうはなりませんでした。初めての気持ちにどきどきする心臓。だんだん早足になり、「行こう、ジョン!」とヒナイチは駆け出します。そんな様子を見たジョンは、こっそりヌフフと笑うのでした。

***

「なぁジョン。少し寒くなってきたな」
「ヌン……ヌ!」
 歩みを進める一人と一匹の頭上から、ふわふわと雪が降ってきます。先ほどまでの常春はどこへやら、辺りはいつの間にか針葉樹に囲まれた冬の地へと姿を変えていました。一歩一歩進むごとに足元の雪はどんどん深くなっていきます。ただ不思議なことに雪の冷たさはそこまで感じることはありません。そうでなければきっと足元から凍えてしまっていたでしょう。

「ヌヌヌ……
「どうしたんだ、難しい顔をして。寒ければ私が抱えるぞ……って、え、待ってくれジョン!」
 前方に何かを見つけたジョンが、ボールのように丸まり転がり出します。慌てて後を追いかけると、その先には木々の影に溶け込むように一人の男性が立っていました。こちらを見やる壮年の紳士は、恭しくお辞儀をし微笑みます。

「おやおや、珍しい。こんな辺境にお嬢さんがやってくるとは……ゴフッ!」
 紳士の鳩尾に刺さる、丸まったジョンの一撃。お腹を抑えてうずくまる紳士にヒナイチは駆け寄ろうとしますが、番犬のように唸るジョンが近づけさせてくれません。
「ジョン、一体どうしたんだ!?」
「ヌー! ヌヌヌヌヌン、ヌヌヌ!」
「ゴホッ……フフ、いつにも増して躾のなってない使い魔だ。こんなに早く動けるようになるとは想定外だが……どうやら君が呪いを解いた騎士か」
 
 やれやれとため息を吐いて、紳士が立ち上がりました。濃紺の髪に品よく揃えられた口髭、そして身に着けているマントは真っ黒。なんだかドラルクとよく似た服装ですが、こちらを品定めするような赤い瞳にヒナイチは僅かに嫌悪感を抱きます。こんなにジョンが警戒するなんて何者なのでしょうか。

「お、お前は一体何者だ!」
「では自己紹介を。私の名前はノースディン……この辺境の地を治めている。初めまして、勇敢な赤毛のお嬢さん。私に何か御用かな?」
「私とジョンはこの先にある城を目指しているんだ。ここを通してくれ」
「ほーう。あの城を……
 灰色の雪雲がかかり見通せない城。その方角を見据え、ノースディンの口角が上がります。
「確かにこの道を真っ直ぐ行けばたどり着けるだろう……だが相当長い道のりだぞ。お嬢さんと小さなアルマジロには少々難しいのではないかね? それに随分と寒そうな姿じゃないか、私の館で温まっていきなさい。紅茶とスコーンもこしらえよう」
 雪を踏みしめる音と共に、ゆっくりと紳士が近づいてきます。
「いいや、そんなに寒くはないから大丈夫だ。私たちは先へ行かせてもらう」
「なかなか強情なお嬢さんだ。だが私の『術』にかかれば素直に……ん?」

 ジョンの威嚇を気に留めず、じりじりと距離を詰めていたノースディン。ヒナイチの髪に触れるまであと数メートルとなったその時、彼は不意に立ち止まります。

……おっといけない。こんなに甘い香りのまじないをしてあったとは。どうやら我が弟子は相当君のことを……
「ヌ! ヌヤン!」
「はは、これ以上話してしまうのは無粋だな。それに弟子にどれだけ仕返しをされるか分かったものじゃない。ただでさえ私は今あの子に恨まれているのだから……
 ばさりとマントをはためかせたノースディン。ヒナイチが瞬きする間もなく、彼の姿は無数の蝙蝠に姿を変えていました。

「またいつか会おう、『赤毛の姫君』」

 そう言い残し、蝙蝠たちは空高く消えていきました。晴れた夜空に、青白く輝く月を残して。

***

 それから数分、いや数時間。時間の感覚が分からなくなったころ、ついにヒナイチとジョンは城の前に辿りつきました。月明かりに照らされ、ガラス細工のような城壁がきらきらと反射します。ジョンが「ヌヌイヌー!」と門に向かって叫ぶと、その脇にいた一つ目の置物がぱっちりと目を覚ましました。

「こ、こんばんは。私はヒナイチ、ジョンに案内してもらってここまで来たんだ。……入っても、いいか?」

 じーっと見つめ合うこと数秒。一つ目はヒナイチのことを見回し「ビビッ」と返事をしました。同時に門がゆっくりと開いていきます。どうやら門番のチェックは無事に終わったようです。
「お、お邪魔するぞ!」
 足を踏み入れたヒナイチがまず感じたのは、先ほどの花畑とはまた違った甘い匂いでした。ふわりと漂う紅茶とクッキーの香り。そして目に飛び込んできたのはチョコレートの噴水に、アップルパイでできたテラステーブル。

「お、おやつが、こんなにたくさん……!」
 これ以上ない魅力的な光景にうっとりするヒナイチ。しばらくぼうっとしていましたが、いつの間にかジョンの姿が見当たりません。きょろきょろと探しながら歩みを進めると、城の扉へと導かれます。アルマジロ一個分開いた扉をそっと押し開くと、ヒナイチの目に広がったのは大きなエントランスホール。その中央で、ジョンは細い人影に抱きかかえられていました。

……ドラルク!?」
「ようこそヒナイチ君、我が城へ!」

 そう言ってくすくす笑うドラルク。その顔は、まるで手品が上手くいったときにそっくりです。
「フフ、驚いてくれたかな?いつか君をここに招待したいなと思っていたけれど……ようやく、叶った。きっと来てくれると思っていたよ。……うんうん、ジョンも案内ありがとう。ここからは私がエスコートしよう」
 ドラルクが指を鳴らすと、手元で一輪のバラがぱっと咲きます。そのバラは水晶で出来ているかのようにキラキラと輝いていました。
「ウェルカムスイーツをどうぞ」
……いただきます」
 そっと一枚摘まんで食べてみると、あっという間に花びらは甘く溶けてなくなります。次から次へと口に入れ、ヒナイチは「おいしい!」と笑顔を見せました。
「まだまだ沢山あるからね。さあ、ジョンとの旅の話を聞かせて」

 それからヒナイチは、今までのことを話しました。ロナルドたちと一緒にねずみと戦ったこと、ジョンが動き出したときの驚き、一面に広がる花畑の美しさ。ドラルクは相槌を打ちながら次から次へとお菓子を振舞います。どれもクリスマスパーティーで食べたもの以上に美味しく、ヒナイチは一口食べる度に隣で一緒に食べるジョンと顔を見合わせ笑いあいました。そんな一人と一匹の様子をドラルクは微笑ましそうに見つめます。……不思議な雪景色の中で出会った男のことを話しているときだけは、少々難しい顔をしていましたが。

「どうして、ドラルクがここに?」
 
 旅の話を終え、テーブルの上のお菓子が無くなったころ。ヒナイチが問いかけると、ドラルクはまっすぐにヒナイチを見つめ、にこりと笑いました。

「そうだね、そろそろ種明かしをしよう。……ジョン、少しお庭を散歩しておいで。これはご褒美のクッキーだよ」
 ヌン!と頷いたジョンはドラルクの腕から抜け出すと、クッキーの袋を抱えて庭へと飛び出していきます。それを見届けこほんと咳払いをしたドラルクは、物語を聞かせるような優しい声で言いました。
……実は私、この国の王子様なんだよね」
「おうじ、さま……?」
「平和な国だからこうやって趣味のお菓子作りばかりしているけどね。あとはロナルド君にいたずらして怒られたり。ジョンは私の大切な使い魔でね、ぬいぐるみになったのはあの歯ブラシ髭のせい……っといけない、これ以上は長い話になってしまう。もうあまり時間は残されていないみたいだし。さあ、これが最後のお菓子だよ。とびっきりの魔法をかけたんだ、召し上がれ」
……これは、さっきの……!」
 小さなお皿にちょこんと乗っているのは、あの金平糖入りのクッキー。淡く光るそれを一口で食べると、ヒナイチの身体も星のように光り輝きました。ネグリジェは雪の結晶が散りばめられたドレスに、スリッパはアンクレットを添えた真っ白なミュールに。頭にはティアラが飾られます。
「うわぁ……!」
 砂糖菓子でできた壁に反射する自分の姿に、嬉しくも恥ずかしくなるヒナイチ。そんな彼女にゆっくりとドラルクが近づきます。雪のように白い手袋を付けたドラルクの手には何かが握られていました。
「仕上げにこれをどうぞ、お姫様」
 首筋に近づくドラルクの顔と手にどきりとして、思わず目を瞑るヒナイチ。彼の指が離れ、恐る恐る目を開けると、胸元には美しいアメシストのネックレスが輝いていました。
「完璧! 思っていた通り、とってもよく似合ってる。……ねぇ、ヒナイチ君。一つお願いをきいてくれないかな?」
 ヒナイチの前にドラルクが跪きます。その姿は絵本の中に出てきた王子様そのものでした。先ほどまで食べていた沢山のお菓子よりも、ずっと甘い何かがヒナイチの心を満たしていきます。

……私と、一曲踊っていただけますか?」
……喜んで!」

 差し出されたドラルクの手に、ヒナイチの小さな手が重なり合います。どこからともなく流れ始めた音楽に合わせて踊り始める2人。最初こそおぼつかない動きでしたが、ドラルクのリードに従って脚を動かしていくと、だんだんと音楽を楽しみながら踊ることができるようになりました。ターンをすると背中のリボンがふわりと揺れます。
ドラルクとずっとこうして踊っていたい。もっと話をして、傍にいたい。クリスマスの夜だけでなく、この先もずっと。ヒナイチがそう思いながらドラルクの顔を見上げると、その瞳は少しだけ寂しそうな顔をしていました。

「楽しい時間をありがとう。ねぇヒナイチ君、私はずっと、君のことを……
……ドラルク……?」

 急にやってきた強い眠気に立ち止まると、まるで抱きしめられたかのようなふわふわとした感覚に身体が包まれます。その心地よさに身を預け、ヒナイチの瞼はふっと閉じられました。

***

「ん……あれ、ドラルクは……?」
 目が覚めるとヒナイチは自分の部屋のベッドの中にいました。バルコニーの窓からは陽の光が差し込み、雪が降りやんだ街は白く光り輝いています。
……ああ。そうか、夢か……
 動き出したジョン、不思議な国への旅、そして甘いお菓子にドラルクとのダンス。今まで見た中で一番幸せな夢を思い出しながら、しばらくぼおっとしていると何か固いものがコンコンと窓を叩きました。
「ヌヌヌヌ!」
……ジョン!」
 枕元にいたはずのジョンが、窓の向こう側で手を振っています。びっくりしたヒナイチが窓を開けると、ひんやりとした甲羅と温かいお腹が抱きついてきました。まだ夢の続きを見ているのでしょうか。頬をつねってみましたがちゃんと痛みがあります。どきどきするヒナイチにジョンは甲羅に背負っていた羊皮紙を差し出します。綺麗な字で書かれた手紙にはこう添えられていました。

―――あの夢の続きを話したいんだ、と。