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捺
2024-11-25 15:20:23
7463文字
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ファンファーレ
千血篇後のグリムジョーと一護。自分の望む方向に自分の求めるカタチがあるのだろうか。グリムジョーが自分と葛藤するお話にしたい。
1
2
2.刻印
瀞霊廷、護廷十三隊十二番隊管轄、技術開発局。
「違和感はあるか?」
「んー? そう言われても
……
違和感?」
死覇装の左袖を脱ぎ肩口を露わにした一護が、鎖骨下に浮かび上がる“しるし”に思わず指を這わせる。質問を反芻しながら施術室を出た一護が、四方八方をモニターに囲まれた空間で、一番大きな画面を見上げながら手元のキーボードを手慣れた様子で操作する男へと首をもたげた。
「例えば?」
「痛むとか疼くとか、よくあるだろ」
「それは無い、かな? 阿近さん」
一護が曖昧にした返事を受け取ったのは、十二番隊の副隊長も兼任することとなった阿近だった。
「体調の変化は?」
「それも大丈夫」
「そうか。稀にだが、霊圧の制御に入って直ぐ頭痛・吐き気・眩暈なんかを起こす場合もあるからな」
「は? これやんのって隊長格なんだろ? 想像つかねえな」
「まァ平たく言や貧血みたいなもんだ」
「そんなのあんのかよ」
冗談かと思ったが、どうやら本当らしかった。
一護の回答を記録しているのか、淀みなく動いていた阿近の指が一際大きめな音を立てて最後のキーを押した。おそらくは確定キーなのだろう。保存完了、と映し出されたモニターを一瞥し、灰皿に置かれていた煙管へと手を伸ばす。どれくらい放置していたのか、緩く煙を昇らせるそれを指でつまみ上げながら椅子から立ち上がった。
「手、どけろ」
一護へと歩を進めた阿近が、火種を煽るため長めに息を吸い、半身を捻って背後に向かって煙を吐き出す。目の前の子供を些か気遣っての無意識の所作だった。次いで腰を折りズイと顔を突き出し、そこに描かれたカタチの輪郭を、慎重に、睨め付けるように確認する。彼のトレードマークとも言える額の角を見下ろしながら、心遣いは嬉しいが煙いことに変わりはないと思った一護だったが、敢えてその事には口を噤んでいた。
「
……
なんか、思いのほか簡単なんだな」
施術は拍子抜けするほどに呆気なく終了した。寧ろそこに進むまでの方が時間を要したくらいだ。それもこれも、技術開発局に赴いて直ぐ〝何を模した印を打つか〟という難題を出されたせいなのだが。限定霊印といえば、本来は各隊の隊章を模した霊印を打つのが通例だ。しかし、それを持ち合わせない一護があれやこれやと思考も錯誤もし尽くし、大の字になりそうなタイミングで助け舟を出してくれたのも技術開発局の面々だった。
『やっぱり、花の紋が良いかと思ったので
……
』
そう言って案を差し出してくれたのは壺府リンだった。それは白黒の図ではあったのだが、花弁の形が特徴的で、蝶が舞っているようにも見えるし、火が燃え盛っているようにも見える一輪の花だった。色が着くと赤かオレンジあたりなのだろうか。
『僕たちは狐百合、なんて呼んでますが、現世だとグロリオサって呼ばれる事の方が多いかも知れませんね』
図案上ではもちろん簡略化されているのであろうが、実物を思い浮かべようとしても一護にはピンと来ない花であった。日常的に見かける花ではないのかもしれない。
『俺に合うと思って選んでくれたのか?』
『はい。護廷十三隊の隊花にはそれぞれ意味があります。それが隊色にもなってたりするので、恐縮ですが一護サンをイメージして選ばせて貰いました』
照れるように肩を竦めたリンを、一護は感嘆の眼差しで見つめた。あらゆるパターンを予測し、準備をし、対処する。どこぞのしがない駄菓子屋の店主が頭に浮かぶ。その男の古巣なのだと思えば特段不思議ではないのかもしれないが。そして、もう少し早く声を掛けてくれても良かった気はしたが。
『ありがとな、リン。じゃあ、これにさせて貰う』
そう言って一護は柔らかく笑ってみせた。敢えて意味を聞くことをしなかったのは、どことなく恥ずかしかったからだ。その心情を察したリンも「はい!」と嬉しそうに返事をし頷くだけに留め、その二人を見ていた阿近はどことなくホッとしたように表情を綻ばせていた。
「簡単だって? そう思うならよっぽど霊圧知覚が拙い証拠だぞ、黒崎」
「ぐ
…………
」
分かってるよ。と、拗ねた素振りで口ごもった一護に対し、阿近は浅めに嘆息を漏らす。そこには「簡単なわけがないだろう」といった心の声が乗せられていた。代行証による霊圧制御に懸念が出始めてからというもの、どれほど神経を擦り減らしこの作業をして来たことか。それをこの子供が知る由はないし、無論知らなくて良いのだが。黒崎一護が自分自身で異変に気付くまでは動かない。そう決めて手段を用意することだけに没頭した月日が思い起こされる。だからこそ、折を見ての打診に一護が色良い返事をくれたことも嬉しかったのだし、失敗するワケにも勿論いかなかった。
「
……
まあ、お前の霊圧の高さは群を抜いてるからな」
ボヤくように付け足しながらも目はじっくりと観察を続けていた。霊印の掠れや薄れが無いか。霊印からの霊圧の漏出が見られないか。その阿近の様子に一護もつられるように緊張し始め、口も挟めなくなった。阿近の角が「問題なし」を示して上下に動くまでの間、一護の背筋は伸び切っていたし、彼の煙管の火種も既に死んでいた。こういった動作の繰り返しで技術開発局の研究員達は猫背になるのかもしれない。そんな事を思っていた一護へと死覇装を整えるように促し、自身も腰を伸ばしてから阿近が続けた。
「だからこそ、三日かけて徐々に抑えていくってワケだ」
何度も繰り返すが、本来、限定霊印の施術はこれ程までに時間を有するものではない。準備も去ることながら、経過観察まで必要ということは大変珍しい。
先ほど、阿近は一護の霊圧量だけを引き合いに出した。しかし、問題はそこではない。とかくこの少年の潜在能力と、現状持ち得るチカラの稀有さは、これまで施術を施して来た護廷隊士とは種類からまるで違うのだ。更に、本人が自覚しているのかどうかは知れないが、彼のなかにはまだ虚と滅却師の力も根付いている。先の大戦で奪われたと思っていた能力は、しかと彼の中に戻っている。だからこそ一筋縄ではいかないのだ。死神以外のチカラも調整し制御する。それこそ初めての試みである。ただ霊圧を抑えれば済むのなら、それはそれは随分と楽なのだが
――――
阿近をはじめ、関わった局員が思うことはみな同じだった。
施術前の“しるし”決めの最中に行っていた解析でそれが判明し、阿近は内心で「やはりな」と納得していた。一護自身の自覚の無さが不思議ではあったが敢えてそれには触れず済ませることに決めた。彼のことだ、自分自身で気付くタイミングがある筈だ。こうして阿近の予測のなかでいちばん厄介で、いちばんやり甲斐のある手段が今しがた終了したわけだ。
「三日おとなしくしてろってだけなら別に尸魂界に居なくても良くねえか?」
「本っっっ当に、おとなしくしてるんだったらな」
「
…………
分かったよ、ごめんて」
自信無げに肩を落とした一護が、薄ら笑いで頬をひとつ掻く。
「現世が心配か? つってもその為に朽木が代打で行ったんだ。総隊長の意を汲んでやれよ」
三日間不在となる死神代行の代わりに、念には念をとの事で補助要員として遣わされたのはルキアだった。死神代行代理とは、字面だけ見るとめちゃくちゃな気はするが。そして更に、一護が現世に戻ってからは霊印の経過観察と報告を兼ね一週間お目付け役となるのだそうだ。
「重霊地っつうくらいなんだから、ハナからもうちょいマシなやつ配置すりゃ良いだけだと思うんだけど」
「どうせ誰が空座町の担当になろうが放っとけねえだろ、お前は」
ふ、と新たな火種から柔く紫煙を吐き、緩く口角を上げる。阿近も知らない訳ではない。この少年が、いざとなれば己の状況も顧みずに身体が動いてしまう質だということを。
「ただ
……
黒崎、お前は力を目覚めさせてから全力で戦う機会の方がずっと多かった筈だ」
阿近の言葉に、目を合わせた一護の首が「うん?」と曖昧な返事と共に傾いだ。
死神の殆どが霊術院時代から長きに渡り磨き、培い、扱うそれを一切学ぶことなく、相見える強敵に常に全身全霊で挑んで来たのが黒崎一護という英雄だ。戦いの果てにその全てを失ったこともあったが、今回行う力の“制御”と、彼が経験した力の“消失”は当然同義ではない。百か零か、これまでの経験があまりにも極端過ぎるのだ。
「限定率80パーセント、言葉にしてもピンと来ねえだろうが、慣れるまでだいぶ苦労するぞ」
阿近の言葉を黙って受け止めながら、右掌を霊印に軽く押しあてる。そうして指先を肩に軽く引っ掛け、自分の温度を自分で知る。大事なものがそこに閉じ込められているのを感じた一護が、前を向いて弓なりに笑って見せた。
「抑えてるってだけでちゃんとココにあんなら良いさ。阿近さん、心配ありがとな」
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