2024-11-25 15:20:23
7463文字
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ファンファーレ

千血篇後のグリムジョーと一護。自分の望む方向に自分の求めるカタチがあるのだろうか。グリムジョーが自分と葛藤するお話にしたい。

1.約束



「ゲンテイレイイン? ンだそりゃ?」
「限定霊印な、どんだけ片言だよお前」
 新たな統治者のもと管理されている虚夜宮。元・第6十刃自宮。以前と同じ宮を根城とする男が、白のソファにふんぞり返りながら傍に立つ死神の少年――――黒崎一護を見上げた。いや、出会ってから既に三年経つのだ。この期間の成長振りを思い返せば、青年と言うべきかも知れないが。
「代行証でチカラ制御すんのが難しくなったんだとよ」
 どうせ詳しく話したところでインプットはしないだろうと踏んだ一護が、限定霊印という代物が何であるかを大雑把に説けば、この部屋の主――――グリムジョー・ジャガージャックがあからさまに眉を顰めた。初見の者ならば後退りでもしそうな威圧感だったが、それにもだいぶ慣れているのか、一護がたじろぐ様な素振りはない。
「随分とご不満そうじゃねえか」
「当たり前だ。本気のテメェと殺り合えねえってこったろうが」
 ソファに凭れていた背を伸ばし、勢いよく噛み付いてきたグリムジョーの反応も一護の予想ままだった。とかく、気に入らないことに対する感情の起伏だけがやたらと激しいのがこの男なのだ。
「まあ落ち着けって……
 両手のひらを胸の前で広げ、食って掛かりそうな獣をとり鎮める。グリムジョーは尚も不満を示すように舌を打ってから一護とかち合っていた視線を切った。一護にはそれが、思考を探らせないための回避行動に見えた。会話が途切れ、訪れたほんのわずかな沈黙。一護、グリムジョー双方の脳裏には、時同じく浮かんでいた記憶があった。


 限定霊印――――護廷十三隊の隊長格が現世へと赴く際、霊に不要な影響を及ぼさぬよう霊圧制御を担う代物だ。力の限定率は八○パーセント。その制度を一護が正確に把握したのは、正に今、言葉を交わし合っているこの青髪を筆頭とした破面による現世襲撃の直後だった。幾らか丸くなったとはいえ、相変わらず誰に対しても悪態が先をつくこのグリムジョーという男は、あの夜、限定霊印の解除により仲間であった従属官五体を失っている。この男の鋭さだ、どんなに配慮して言葉を選ぼうとも自ずと察することがあるだろうと、一護は敢えて先の説明でも言葉を濁すことはしなかった。


……グリムジョー、話の続きな」
 そう、助け舟を出すように沈黙を破ったのは一護だった。救われるのがどちらなのかは知れないが、グリムジョーが言葉に応じて顔を上げてくれたことには少しばかり安堵したようだった。そうしてお互いが勘づく程度に張り詰めた空気を、どうにかほぐそうと言うような口振りで一護が続けた。
「普通なら解除すんのにも色んな段取りあるみたいなんだけどよ、俺の場合、それが必要な時は大概非常時だっつーことで、案外すんなり下りるみてーだぜ、許可」
 詳しい事は今後尸魂界で聞くことにはなるだろう。ただ、一護にとっても大きな気掛かりであったそれだけは事前にしっかりと確認していたのだ。尸魂界からの打診を受けた際、そこで不都合があれば浦原喜助に相談しようと決めていた。一護も決してあの世界に対して従順な質ではないのだ。
「ひとつだけ確認しておくが、それはテメェが納得してやる事なんだな?」
「ああ、そうだ」
 グリムジョーの問いに、一護は迷いなく頷いてみせる。これは、通常の虚であれば制御下に於いても代行業への支障は無いだろうと、一護自身の自負と覚悟の上での決断だ。
 何より、自分自身でも少しばかりマズイと感じ始めていたのだ。ユーハバッハ率いる滅却師との全面戦争を終え現世に戻ってからと言うもの、己が近付いた幽霊――――整と呼ばれる魂魄達が、ひどく怯え苦しそうな様相を見せるようになった。これまでの経験と客観的な意見から、霊圧操作が苦手という自覚はしっかりとあったため、それならば制御された方がマシだという結論に至った。その根底にあるのはどんな存在にでも分け隔てなく向けられる彼の優しさのカタチだ。その無意識下での本能とも呼べるものだけは、彼がいつまでも自覚する事はないのだろうけれど。
 一護からの答えを受け、グリムジョーはほんの少しだけ、呆れたような顔をした。
「勝手にしやがれ」
「あのなあ、もともと許可取りに来たわけでもねえよ。どうせ事後報告したらしたでキレるだろお前」
「説明なんざ要らねえ。俺にとって必要な情報はお前が全力で戦えんのかどうかってことだけだ」
「だからそれを言いに来たんだろ。お前とはいつだって全力で戦うさ」
 その言葉にも、迷いや嘘は微塵も感じられない。彼らしいハッキリとした物言いだった。
「ハナからそれだけ言っときゃいいんだ。ンで黒崎、てめえソレ言うためだけにわざわざ虚圏まで来たのかよ? 暇人が」
「はあああ?!」
 吐き捨てるようなグリムジョーの余計な一言で、空気感が一気にいつものそれに塗り替えられた瞬間だった。
「何処ぞの馬鹿野郎が電話には出ねえしメールも返さねえからだろ?!」
 まくし立てながら人差し指を勢いよく伸ばした一護が指し示したのは、グリムジョーの目の前にあるテーブルだった。その卓上に、ひとつ、ぽつりと放置されたこの世界に似つかわしくないように思える機械は、現世で言うならばスマートフォン。尸魂界で例えるならば伝令神機と呼ぶものに非常によく似ていた。
「要らねえっつったろ」
「お前に必要なんじゃねえ! 俺に必要なんだ!」
 声を張り上げる先の掌は、伸びていた人差し指が折り畳まれ怒りを示す握り拳に変わっていた。一護がグリムジョーにこれを贈った理由はたったひとつ。この男の赴くまま気の向くままのアポ無し突撃に心底困り果てての事だった。就寝中は勿論、高校時代のテスト期間も、受験を控えた追い込み中も、晴れて大学生になってからもレポート漬けで殺気立っていようとお構いなし。そんな日々を繰り返すこと数ヶ月、ついに音を上げた一護が浦原喜助に頭を下げる羽目になった。
……まあ、あっちの時間は把握したみてえだから大目に見るけどよ」
 悪びれる様子の無い青髪は、知らん顔で窓の外を眺め始めていた。ただ、なんとなく分かってきた事もある。人の話を聞かないヤツ。当初はそう思う事の方が多かったのだが、このグリムジョーと言う男は、聞いていない“素振り”をしている事の方が多いのだと言うこと。ただし自分に不要と判断したことは徹底的に排除するスタイルなのだが。
 現に、この機械を渡してからの一ヶ月、一護の電話にも出た事はないし、メールにも返信してきた事はない。しかし、画面に表示されている数字が現世の“時刻”を表すもので、大体の一護の活動時間を教えたところ、睡眠の質がなかなかに向上したのである。今となってはそこら辺の虚の方がよっぽど厄介ものだ。
 これであとはアポ無し訪問が終われば言うこと無しなのだが。
「とりあえず、これから三日間は尸魂界だから間違っても現世行くなよ」
 実はそれが本題中の本題だった。
「しつけえな、一回言われりゃ分かる」
「はいはいそうですかすみませんね。じゃあ俺、ネルんとこ行ってくっから」
 売り言葉に買い言葉とはよく言うが、この男とは毎回違う。売ってもいないのに買われるこのやり取りはなんと言うのだろうか。溜息混じりに一護は踵を返した。せっかくなのでネリエル達にも同様の報告をしておいて損はないだろう。どうせこの男が伝書鳩になってくれる筈もないのだからと、扉に向かいながら彼女達の霊圧を探ろうとした時だった。
「オイ、黒崎」
……ん?」
「三日っつったな?」
「え? あ、ああ、三日……だな?」
 突然聞き返されるものだから、一護の方が戸惑い自分でも謎の疑問形になってしまう。一度で理解できると言っておきながらのこれだ。質問の意図が、分からなかった。
「覚えたからな。これで面倒事に巻き込まれて戻って来ねェなんてのは許さねえぞ」
 思わぬ言葉に虚をつかれ、肩越しに振り返った一護の琥珀がぱちくりと大きく開かれる。恐らくこれは、かの大戦時、零番隊への出入りをきっかけに現世へ戻れなくなる可能性があったことを指しての言葉なのだろう。そう、グリムジョーの瞳を窺いながら胸の内考えた。
「大丈夫だから心配すんなって」
「そーいうこと言ってんじゃねえ」
 宥めるよう笑んでみても、獣の瞳は鋭く細まる。このよく見せる不満気な様子に、今まで肝が冷えたことは何度あったろう。それに慣れ始めたのはいつからだっただろう。恐らくグリムジョーが信用していないのは尸魂界側だ。それを汲み取った一護が今なんとなく感じたことは、どこか、子供のようだと。お気に入りのおもちゃを取り上げられ拗ねる子供のように、なんだかいたいけに見えてしまったのだ。この男のことを。それが心底おかしくて、ほんの少しだけ愛おしく思えた。
 こんな時、一護は笑い返すしか術を知らない。この男が本当に子供ならば、同じ目線にしゃがみ込みそっと抱き締め、安心しろとその背を撫でてあげられたかもしれない。そんなこと、出来るはずはないしグリムジョーという男がそんな行動を受け入れてくれるとも思えない。そんなことは分かっている。だから一護はもう一度、そのじりじりと向けられる青の眼光に、ただ強い気持ちだけを乗せて、笑った。

「ちゃんと帰ってくる。約束な」