渇きに甘露滴りて

MHRウ教×ハ♀。相思相愛。
2ページ目からウ視点。

恋人同士なのに、お互い多忙で一緒に過ごす時間が少ない二人が限界を迎えて。



影の中が心地良いと感じたのは、生まれて初めてのこと。

ここは夢か、まさか幽世かくりよか。そう勘違いしてしまいそうになるほどだ。

僅かな時間であっても、愛しい手を取り影の世界に行けるのならば、どんなきっかけであっても、それは極楽への片道切符。
 
「はあ……っ、は……! まな、でし……
「はっ……! ふっ、んんっ……

腕の中に最愛のキミを抱き、その小さな桜色の唇に喰らいつけば、キミは健気に俺を迎え入れる。

どうぞ奥へと誘わんばかりに、瑞々しく柔らかな舌で懸命に、俺の猛って分厚い舌に絡みつき、ちゅう、と吸いながら引き寄せようとしてくれる。

「ん、ふふっ……


──声を、我慢できない……


今にも瓦解がかいしそうな理性を必死に保つ意味ではちょうど良かったが、この声と吐息さえ、キミの細い喉を駆け巡って全身に広がるのだろうかと考えると、ぞくぞくとした蠱惑的こわくてきな感覚が、つま先から下半身へ、そして背へ、瞬く間に全身を駆け巡る。


──キミも、俺と同じなんだろうか?


多忙なんて嫌いだ、嫌いだ、大嫌いだ。

キミに会えない時間なんて消えてなくなってしまえ。

キミの見えない世界で生きるなんて、拷問よりも苦痛だ。

少し離れていただけで、俺は、キミを欲して渇ききってしまった。

永遠の曇天どんてん。雨も陽射しもない、何一つ恵みのない暗晦あんかいの世界。

そんな世界でキミの熱が失われたこの身と命は、無価値と思えてならない。

その度に、俺はキミの笑顔と涙を同時に思い出す。

俺を見つめて温かく燦々さんさんと微笑み、俺を案じてはらはらと、慈雨の如く泣いてくれたキミは、俺の全てを芯から満たしてくれた。
 
「っん……! ふうっ、はあ……! きょう、かん」
「ん、ふう……愛弟子……! もっと、舌……!」

呼吸の為に少しだけ顔を離して俺がねだると、キミは小さく、林檎のように赤くなって頷く。

俺はがっちりとキミを両腕に抱きしめたまま、キミの唇の端でしたたるキミと俺の混じり合った丸い蜜の雫を、思わず舌で、下からぺろりと大きく掬った。

「っ、ひゃ……!」

掠れた可愛い驚声きょうせいを溢れさせる、すっかり熟れて食べ頃のキミの唇。

蜜も声も全て逃したくなくて、雷狼の如き雄の本能のように嬉々として喰らいついた。

想いの炎に突き動かされるように舌を絡め合った先ほどと違って、熱情的な唇を重ねるだけに留めれば、キミは「んう」とじれったそうな色声いろごえを響かせる。

その声は、俺には至上の甘露に等しい。

余すところなく味わいながら更に求めるように、舌先でキミの可愛い唇の形に沿って、ゆっくりと、ぬるりとなぞっていく。

やがて、扉が開かれるようにおずおずと口を開いたキミは、応えるように、健気に舌を伸ばして俺の舌先をちろりと撫でた。

もっと来て、と言わんばかりのその動きに煽られて、舌でキミの口内へ向かうと、キミは無防備に、また俺の舌を迎えてくれた。

幼い頃からよく知るキミの無意識の無垢な反応こそ、キミに選ばれキミを愛する俺にとって、何よりも扇情的でなまめかしい。

「ん……ふふふ……

背中を、下半身を、心臓をくすぐるような歓喜に震えながら、俺は思わず声を漏らしてしまう。

迎えてくれた感謝とねぎらいを、そしてキミを欲して止まない熱を込めて舌を動かせば、俺の腕の中のキミは「んん」と呻き、ぴくん、と小さく縦に震えた。

可愛い歯列をなぞり、上顎を擽るように撫でると、声とも異なる溢れんばかりの甘い味がする。

キミは俺の腕の中でもぞりと動いて、俺の舌の動きを封じるように自分の舌を押し当ててきた。

狼の檻の中に自ら飛び込んで来た、可愛い子羊のようなキミの舌を捕らえるように、俺は蛇のように舌を絡ませ、溢れてくる甘美なキミの蜜を、喉を鳴らして飲み下す。
 
「んう…………

俺の喉が、ごくん、と大きく鳴る音が聞こえたのだろう。

少し恥ずかしそうに、また俺の腕の中で呻きながら身をよじるキミはあまりにも愛おしくて、離したくなくなる。

舌を絡め合ったままでいると、彼女の喉もこくん、こくんと何度か遠慮がちに鳴った。

俺の心臓をどくんと震わせ、雄の本能を猛らせる魅惑の音。

ますます大きくなっていく、自分の中の炎よりも熱い欲求に突き動かされながら、俺は絡めた舌からキミの喉に向けて、少しだけ、俺自身の唾液という想いと征服の欲求が入り交じった蜜を注ぎ込む。


──ああ、ダメだ、やめろ……

──彼女に無理をさせたくないのに……


熱湯よりも熱い想いに満ちた俺の蜜を、キミは健気に受け入れてくれた。

先ほどよりも短い間隔かんかくでこく、こく、と喉を鳴らし、微かに「んん」と高めの色声を漏らすと、ますます俺の胸にしがみついてくれて。

その音に、彼女の柔らかさに、舌の熱さに、ぞくぞくとした快感にも似た何かが、また俺の全身を痺れさせるように駆け巡った。


──もっと……

──もっと受け入れてくれ、愛弟子……


俺の中で、俺自身の声が低く木霊して、それに気付かないふりをする。

気付いてしまったら、俺はきっとキミを欲するだけの雄になってしまうから。

俺は、キミを愛している。
キミの命が輝くならば、この身が朽ちても惜しくはない。

キミが欲しくても、ただの雄になりたくない。

キミを悲しませたくない、傷つけたくない、キミの求めに応じたい。

(──愛弟子……愛しい愛弟子……俺は、キミを……何よりもっ……!)

キミの舌を絡めとったまま、キミの後頭部に手を回したくなる衝動に駆られてしまう。

頭がぼんやりとしてくるほど、キミの味にうっとりとする俺の舌の動きが止まると、今度はキミの舌がうごめき始める。

けれど、俺の舌に絡め取られて抜け出せないと悟ったのか、キミはすぐに「んうう」と声を漏らしながら、俺の舌を唾液ごと吸い始めた。
 
「んっ、ふ……!? ん、ふふふうっ……!」

嬉しくて、驚いて、俺は薄く目を開いてしまった。

細く開かれた視界、影の中でも分かるほど赤く顔を上気させたキミは、俺の目の前で俺と唇を重ねながらぎゅっと目を閉じ、眉を下げ、懸命に俺を求めてくれていた。

「──ッ……!!」

どくん、と大きく心臓が跳ね上がって、俺はすぐにまた目を閉じる。

俺の中で燻る雄の衝動が、俺の体の底からまた勢いを増して燃え上がり、俺を煽り立て、突き動かそうとする。


──愛するつがいを、思いのままに征服したくないのか……


「ッ……! んん……!」

自分自身の衝動に抵抗する声が漏れてしまった。

かけがえのない可愛い愛する人を、自分だけの雌にしたい欲求の炎は熱く粘つき、ますます猛っていく。

それはたちまち俺の中の理性を覆い尽くそうとして、その炎の衝動を必死に振り払い、愛するキミの鮮やかな光彩に満ちた眩しい笑顔を思い出す。

そのおかげで、俺は絡め取ったキミの可愛い舌をまるでお返しのように、吐息と滴る唾液の蜜ごと吸うだけに留めることができた。

「んっ、ふっ」

キミの声さえかき消すほどの、じゅる、という水音。

影の世界で響く熱い吐息とその音は、どこまでも淫靡いんびに反響し、俺はキミを抱きしめ直す。


──熱くて、甘くて、美味しい……


「ッ、は……はあっ、まな、でひっ……
「んふうっ、ん、ぅ」

じゅる、とキミの吐息を吸い上げてから、解放するように舌をほどく。

直後、キミは「はあっ」と深呼吸した。

熱い吐息が俺の鼻を擽って、口角が上がって、また俺はキミの、瑞々しく光る唇に喰らいついた。

球型の蜂の巣の中に滴る蜜を味わい尽くすように、キミの上顎に、歯列に、下顎に、何度も舌を這わせる。

溢れるキミの甘い吐息を、極上の蜜を、何度も何度も吸い尽くす。


──止まらない……求めてしまう……

──俺の可愛い愛弟子、俺の愛しい人……


キミは健気に、必死に俺を受け入れ、そして求めてくれた。


俺が吸えば、キミも吸ってくれる。

俺が舌で上顎を撫でれば、キミも俺の口内で遠慮がちに動いて、ちろちろと舐めていってくれる。

ああ、さすがは俺の愛弟子だ──俺の愛しい人だ。

キミを味わい尽くし、キミに求められ、俺の中の渇いたものが満ちていく。
どうかキミもそうであってくれと、願わずにいられない。


──愛弟子……足りない……

──足りないよ……


熱くくすぶる体と激しく脈打つ心音に晒されながら、俺はキミへの前者の願いを強く意識し、緩やかに舌の動きを止めた。

ならうようにキミも動きを止めて、ゆっくりと、絡め合っていた舌が離れていく。
 
……んぅ……

キミの口から、切なげに漏れた小声が愛おしい。
俺も「んん……」と声にならない吐息が漏れてしまった。

どちらからともなく、ゆっくりと顔を離しながら、目を開く。

影の中でも繊細に煌めく銀糸ぎんしが、俺とキミを繋ぐように、互いの唇からたゆみ伸びていた。

はあ、はあ、とお互いの蜜より甘く、温い吐息が官能的に鼻を擽り合い、交わり合って影の中に溶け、熱気を充満させていく。

ぷつん、と銀糸が切れた時、俺の視界いっぱいに映ったキミの潤んだ瞳の中には、俺だけが滲んで揺れている。

林檎より愛らしく熟れたその顔は、俺の身も心もぶるりと大きく震わせた。

また喰らいつきそうになる衝動を抑えられたのは、我ながら奇跡だと思う。

今は舌ではなく視線を絡め合い、きゅうっと胸が締め付けられるような感覚と共に、キミも俺も名残惜しさに通じ合った。

……っ、ぷ、はあ……! ウ、ツシ、教官……!」
「愛……してる……! はっ……はあっ……可愛い……大、好きだ……愛弟子……!」

キミを抱きしめる両腕の力を緩めず、キミを真っ直ぐ見つめながら、俺はぺろりと自分の唇に舌を這わせ、そのまま唇をきゅっと結ぶように力を入れた。

俺の唇を潤す蜜から、微かにキミの味がした気がして、けれど、それももう無くなってしまって。
渇きを満たしてもらえたはずなのに、心がきしむ。


──やっぱり、ダメだよ、愛弟子……

──全然足りない……もっと、キミを……


「愛、してる……! っ、はあ……離したくないよ、愛弟子……一緒に、いたいっ……!」

熱く乱れた呼吸のまま、俺の口から溢れ落ちるキミへの想い。

もっと、もっとキミが欲しいが、影の外の世界の現実は、それを許さない。

真っ直ぐ俺を見上げたまま、キミは俺の言葉に蜜よりも蕩けて目を細め、幸せそうに口角を上げて笑ってくれたので、ほっと胸を撫で下ろす。

俺と同じように呼吸を乱したまま、キミは俺の首の後ろに、そっと両腕を回して抱きつき直してくれた。

……ウ、ツシ、きょう……かん。わ、たし……もっと……ほしい……! もっと……一緒に……!」
「ッ……! 夕方の依頼って、何だい……?」
「大社跡で……っ、ふう……リオレイアの狩猟です……! す、すぐに……終わります……
「ふ、ふふっ……陸の女王を『すぐ』か……

潤んだ乙女の瞳で俺を見つめながら、強者ツワモノらしい言葉を挟んで俺を求めてくれるキミが、あまりにも愛おしい。

あの幼かった可愛い子が、こんなにも凛と強く、美しくなって、将来を誓う相手に俺を選んでくれた。

どんなに求めても足りないほど、俺の一生涯の最愛の人になってくれた。

熱く脈打つ鼓動の中に、陽射しのように温かく、桜のようにほのかに、優しく香るものが満ちていくのを感じながら、つい伸びてしまった手を、愛しいキミの頬に添える。

「本当に、強くなったね……! でも……油断は禁物だよ? 早く帰ることばかり考えていると、目の前の危険への意識がおろそかになってしまう……
「大丈夫、です……! っふう…………もう、何度も狩猟したことがありますし、わ……たし……早く、あなたに……んうっ?」

俺の蜜をまとい、影の世界であでやかに、愛らしくつやめく唇に、俺は「しーっ」と声無く告げながら微笑み、そっと人差し指を当てた。

言葉を飲み込んで、やや不服そうにながらも不思議そうにしている今のキミの姿は、在りし日の愛らしいキミの姿と重なって、ますます離したくなくなる。

俺はキミの唇に当てた人差し指を戻しながら、とろりと瞳を細めた。
 
「大丈夫だよ……愛弟子。夜は……俺が行く」
……えっ?」
「俺が……大社跡に行く。今度は俺が、キミに会いに行く」

艷めく唇を、驚いたようにぽかんと半開きにして、どんぐりまなこをぱちぱちと瞬かせるキミが、あまりにも可愛らしい。

喰らいついてしまいそうになるのを抑える意味も込め、片手でキミの髪をき撫でる。

「だから……ちゃんと、気を付けるんだよ? 俺……必ず、キミのところに行くから。メインキャンプのテントで待ってるよ」
…………ほん、とう……?」
「ああ、本当だとも……約束する。だからキミは集中して狩猟して、必ず、必ず無事で……ッ!?」

俺の言葉は、途中で途切れた。不意を突かれた、柔らかな感触。

キミの顔が目の前にあって、何が起こったのかはすぐに分かった。

途切れた俺の言葉は、キミのお口の中へと吸い込まれて、じゅわりと砂糖のように溶けていく。

言葉ではなく、俺は優しくキミを抱きしめ直し、伝えきれなかった想いを注ぐように、重ねるだけの口付けを交わした。


──ウツシにいに、だいすき!

──ウツシ教官、大好き……


声がないのに流れ込んでくる言葉を帯びた想いは、俺の錯覚なのだろうか。

キミから俺を求めてくれる感触は、多忙によって離れていた間のキミの心の渇きと痛みがどれほどのものであったかを、俺に伝えてくれる。

俺が渇いて枯れている時はキミもそうなのだと実感できて、心がきつく、強く締め付けられた。

もっとキミを満たしてあげたい。
もっと早く、恐れることなく、キミのところへ飛んで行けば良かった。

今考えれば、怖がってしまっていたようにも思う。

多忙がもたらす疲労という呪いによってお互いの心が溶け合うことなく摩耗まもうし、離れてしまうことが。

そんなこと、あるはずがなかった。

俺もキミも、心からお互いを、こんなにも愛していたんだから。
何があろうと、この身も心もどうなろうと、俺はキミの全てを満たして包み込んであげたいのに。

この恐れもきっと、多忙がもたらす呪いの一種のような気がしてしまう。

どちらからともなく、現実に身を引かれるようにして、再び名残惜しさを通わせながら、俺たちは顔を離した。
 
「はあ……はぁっ……。っふ……愛、弟子……
……ふうっ……。待って、ますね……教官……
「うん……! 必ず行くから……キミも……!」


──必ず、無事に帰っておいで……

──帰って来たら、また……


キミに触れたいのに、キミで満たされたいのに、キミをこの熱で満たしたいのに、キミにこの想いを伝えるとなると、この体が邪魔でたまらなくなる。肉体を捨てて心をさらけ出したくなる。
 
「──愛、してるよ……! 俺の……愛しい人……!」

挨拶代わりの、ありったけの想いを込めて絞り出した俺の言葉はあまりにも陳腐で、笑いそうになってしまった。

それでもキミは、影の中であまりにも眩しく、その瞳に至福を煌めかせて笑ってくれた。

花よりも美しい極彩の笑顔を包み込み、俺は言葉よりも深く深く、自分自身の中で燃え上がる想いの全てを伝えるように抱きしめたが、それもほんの束の間。

断腸の思いで、俺は腕の力を解き、愛しい最愛の人を、恋人同士の極楽の影の世界から、光溢れる厳格な現実の世界へと解き放つ。

顔つきを英雄に変え、凛と美しく「いってきます!」と走り去って行くキミの後ろ姿を、俺は手を振って見送る。


──応援しているよ……

──夜、必ず会いに行くからね……


溢れんばかりの想いがあるのに、そんな言葉しか浮かばない自分が、もどかしくてたまらない。

キミが見えなくなってから手を下ろして、その手を握りしめて、心に風穴かざあなが空いたような心地に震えた。

さっきまでキミと交わしていた熱が、蜜の味が──もう、恋しい。

いつの間にか、俺たちだけの影の世界は陽射しに侵され、眩燿げんような光が満ちている。

ああ、俺も仕事があるんだ、戻らないと。

キミを欲する大きな穴の空いた心を抱えているのに、何故なのだろう、体は鉛のように重かった。


@acadine