せつが
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11/24伊剣ワンドロワンライお題「ローファー」

学パロです。宮本伊織先生と生徒ヤマトタケル。
宮本先生の懊悩、というお話。
セイバーの性別はどちらでもですが、今回は女子制服を着ています。ミヤセン呼びはみなさんのポストから。
ローファーはほんのフレーバーにしかなりませんでした。学パロをやる口実でしかない程度。
生徒に懸想する部分を書いたらシンプルに「みやもといおりはくそやろう」になったのでご注意ください。
創作ですお話です、良心の自由はあるよねって思っていても、くそやろうなことには変わりはなかったな……


 宮本先生には秘密があった。
 誰にも知られていない秘密。
 誰にも知られてはならない秘密。


 
 
「ミヤセンさよならー。明日質問いきまーす!」
「はいさようなら。それとミヤセン呼びはやめなさい」

 部活の生徒もおおかた帰り、あとは別棟で自習を続ける生徒がいるばかりの時刻。
 すでに日は落ち、空は低いところにわずかな赤色を残すだけになっている。植え込みの木々は落ち葉を散らし、冬の背中は目の前だった。

 学内では受験生が最後の追い込みとばかりに熱心に机に向かっており、過去問片手に職員室へと質問に来る生徒も多い。
 まことにけっこうなことである。ぜひ桜を咲かせてほしいと、ミヤセンこと宮本伊織は、ローファーが消えた下駄箱を眺めて強く思った。

 幼大一貫のこの学舎なみびやで宮本伊織は教師をしている。
 幼稚部から大学まである学舎だが、その門は広く開いており、思いのほか様々な生徒が勉学に励んでいる。
 やることなすこと無茶苦茶な理事長ではあるが、この方針においては評価ができると、伊織は思っていた。

 生徒は帰宅をしたものの、教師にはまだまだ仕事が山積みである。ようやく会議が終わり、やり残した小テストの採点に授業で使用する資料作成が待っていた。
 職員室ではなく教科準備室へと足を向けると、遠く廊下の先、準備室の前にひとりの生徒が立っている。
 壁に寄りかかり誰かを待っている女子制服を認め、伊織は、少しだけ唇に力を込めた。
 すると向こうもこちらの姿に気づいたのだろう、頭を下げて伊織を呼んだ。

「ヤマトか。どうした、質問か?」
「はい。どうしても解けない問題があって。もう帰る時間なんですけど、気になってしかたがなくて……だめですか?」
「量は?」
「一問です」
「聞こう」

 かちり。
 準備室の鍵が開く音がした。

 
 ◇◇◇

 
 大和健ヤマトタケルはこの冬に本番を控えた受験生である。
 もとよりよく質問に来る生徒ではあったが、近頃はさらに、ちょくちょくと質問に来るようになった。
 飲み込みも早く、持つ力をきちんと発揮できればよい結果を残すであろうと目されている。
 変わっているのはその風貌だ。
 なにせその日によって着ている制服が違うのだ。男子制服であったり、女子であったりと定まらない。
 最初は物珍しがられていたものの、いまでは誰も、そんなものだと気にしないようになった。
 なにせ服装の性差など問題にならない見てくれなのだ。やたら整いすぎていて。
 学内でも評判の美形だが、伊織にとってはかわいい生徒のひとりである。
 そう、ひとりであるのだ。

 誰もいない準備室の中は薄暗く、壁にある照明のスイッチに手を触れた。LEDの白い光に室内が浮かび上がると、ことさらに寒々しく見える。現に袖を捲り上げた伊織の腕には、ひんやりとした空気がまとわりついた。 
 タケルはそそくさと問題集とノートを広げ質問の準備をしていたが、コーヒーを淹れる伊織に気づくと

「イオリ、私もほしい! 牛乳をいれてな!」

 とねだる声をあげた。
 先ほどとは打って変わって弾んだ声だ。先生と生徒の間における模範的な態度は消え、まるで友と語るような話し口があった。
 タケルは周囲の目がなくなると、伊織にごく親しい態度をとってくる。

「宮本先生と呼びなさい。あと牛乳はないからフレッシュだ。一杯だけだぞ。質問が終わったら帰るように」

 ぶー! と頬を膨らませるタケルに取り合わず、伊織はタケルとの間に明確な線を引いた。

 宮本伊織と大和健は教師と生徒である。
 この学舎まなびやで生徒と教師として出会った以上、卒業までその間柄は変わらない。
 タケルの学年で教科担当となったのをきっかけに、よく顔を合わせるようになった。
 学級委員だといえば雑用を手伝ってもらい、文化祭だといえば会議で見かけた。
 やがて先生、先生と慕われて親しくなった。
 委員だ質問だのなんだので顔を合わせれば話もするから、多少なりとも距離は縮まり、あたりまえのように情が湧いた。
 ただ、先生と呼ぶその声に別の親しみがあるのやも? と思い始めたのはいつの頃だったか。
 男の都合のいい妄想でしかなかったそれが、かたちを持って伊織に襲いかかるまでに、そう時間はかからなかった。
 なにせいままさに、伊織はその別の親しみとやらに晒され、タケルは露骨なまでに距離を縮めようとしてきている。

「ヤマト。先生の手をさわるのはやめなさい。質問に来たのではなかったのか?」

 そう告げて伊織は手を引くと、本日二度目の『ぶー!』が出た。
 質問の最中、タケルがペンを持つ手に触れてきたのだ。それもわざとらしく。

「ふ、ふーんだつまらん。かわいい生徒が思わせぶりに誘っておるのだぞ。こう、なんだその、間違いを起こす気になるものだろうそこは」
「ならん。だいたい生徒に手を出す教師なぞとびきりのろくでなしだ。おまえが慕う宮本先生とやらは、そんなろくでなしなのか?」

 唇を尖らせるタケルに説教をくれてやると、再び解説に集中する。
 その解説が終わりさあ理解したかとなったところで、今度は足になにかが当たった。
 見れば上履きを脱いで紺色の靴下一枚の白い脚が、スラックスの上から伊織の足を撫で上げている。
 どこで覚えたんだこれを。
 思わず天を仰いだ。

「ヤマト」

 低い声が出た。
 細い脚は触れたままだ。

「ヤマト」

 もう一度出た。
 ここでやめるのなら不問に付す気でいたのだが、なかなかどうして相手も手強い。
 聞かぬふりをして今度はスカートに手をやるので、これ以上はまかりならんと最後通牒を突きつける。

「やめなさいと俺は云ったぞ。これ以上続けるようなら今後一切、準備室への立ち入りを禁止する。おまえの質問は人のいる職員室で受ける。いいな?」

 そう云って開いたままの扉を指さし帰宅を促した。
 伊織はタケルを迎え入れるにあたり、準備室の扉を開けたままにしている。
 なにせこれが初めてではないのだ。思わせぶりに体に触れては、悩ましいところを見せつけてくるのは。
 ただし誘う姿はどこかしらぎこちなく余裕がない。きっとどこかに、いらん知恵を授けている何者かがいるのだろう。

「ぐぬ……今度もだめか……イオリは手強いな!? もう少し手心とかそういうのはないのかそういうのは! ちーっとぐらいはぐらついたりせんのかきみは!?」
「きみでもイオリでもない。先生と呼びなさい。あとこんな姿を人に見られでもしてみろ。たちまち淫行教師として吊し上げだ。俺を社会的に殺す気か?」

 しごくまっとうな説教を立て続けにくらったタケルは、しおしおとうなだれてしまった。
 黄色いネズミが映画で見せたあの顔とそっくりである。

「なにもしないならいままで通りここでも受け入れる。気後れせずに質問においで。勉強、よく頑張ってるな」

 投げ出されたままの脚を掴み上履きをはかせてやると、タケルは弾かれたようにおもてを上げ、まじまじと伊織を見つめてきた。
 そして残りのコーヒーを勢いよく飲み干すと、

「さよならイオリ! またわからないところを教えてくれ!」

 そう云い残し、慌てて部屋を出ていった。

「先生と呼びさい! あと廊下は走るな! 気をつけて帰るんだぞ!」
 
 廊下を走るタケルに声をかけ、小さくなる背中を見送ると、伊織はひとり室内へと戻った。
 いやに静かに感じる。
 先ほどまではタケルがいて、ぎゃーだの、むーだのと騒ぎたて賑やかだったからだ。
 淹れたコーヒーに口をつけるとすっかり冷えていて、風味もなにも感じなかった。
 窓に目をやれば夕明りが消えた空は夜色に染まり、星がいくつかまたたいている。
 その星を見て伊織は、記憶の中の顔よりいくぶん大人びた面立ちに煌めく、あのを思い出していた。

 
 遠くから教師として見守るつもりだった。

 春の嵐、桜の花弁が降り注ぐなか、
 長い三つ編み、
 耳横で頬を撫でる翠髪、
 夕焼け色の瞳を持つあの姿を見つけたときから、
 心に誓った思いだった。

 
 ずうっと昔のあの夜に、一世一代の我儘と、向き合ってもらった叶えてもらった。
 だからもう、未練などないはずだった。
 だのに、過日の記憶を掴んだままに、伊織は再び生を受ける。
 記憶があることにいったいなんの意味があるのかと、疑問のままに長じてそして教師になった。
 教師となり卒業生をおくり、新入生を迎え入れたある年、新入生名簿に見知った名を見つけて目を見張り、提出された書類に書かれた元気のいい字を見たとたん、ようやく理解をした。
  
 ヤマトタケルと名を呼ぶことを。 
 あいつの願いに寄り添うことを。
 
 まだ、やり残したことがあったのだ。
 
 この学生生活で未練のいくつかは叶えたし、叶えてやれたと思っている。
 手伝いの礼といっては飯を食わせた。不器用ながらも、人と交わり見せた笑顔に嬉しくなった。よき友人に恵まれている様子を見れば安堵した。
 ヤマトタケルと名前を呼ぶと、俯きがちに向けられる、はにかむ顔に頬がゆるんだ。
 生前とそのあとも、ついぞ得ることのなかった世界を謳歌する、ヤマトタケルを見るのが伊織は好きだった。
 ただ〝宮本伊織に寄り添いたい〟
 このことにだけは、応えてやることはできなかった。
 記憶の意味を知ったと同時に、かつて抱いた温かでいて苛烈な想いもまた、姿をあらわしてしまったから。
 
 今生のタケルは未成年で伊織の生徒だ。教師と生徒は恋仲にはならない。なってはいけない。経験の浅い未成熟なタケルに手を伸ばすなど、もってのほかだった。ましてや、『昔の記憶はあるだろうか?』と、気味の悪いことをどうして聞けよう。
 タケルの喋り方からもしやと思い、探りは入れてみたものの、記憶の有無はわからない。
 過去にどんな縁があろうとも、もう、伊織とタケルを繋ぐものは教師と生徒という糸だけだ。
 学校指定のローファーを脱いだなら関係ない、などとはとんでもない。
 かつてと違い、タケルには広がる未来と自由があった。かつてと同じ、飛べる翼もあったのだ。
 これからタケルは、もっと大きな世界を見て様々な経験をしてゆく。色々な考えと、人と出会う。いまの伊織がとらえていいものではなかった。
 なにせ嫌というほど自覚がある。一度とらえてしまえばもう、二度と離してやることはできないだろうと。
 手を伸ばすなと云いながら姿を見たくて口実を作った。
 触れてはならぬと自制しながら、あの白い脚を掴んだ。
 掴んだくるぶしの小ささに、間近で見た脚の滑らかさに、当分の間、眼裏まなうらにはこの絵が浮かび続けるだろう。
 清廉潔白のミヤセンなとど云われるが大間違いだ。ろくでなし? まったくもってその通りだ。
 あのとき駆け足で帰るタケルの耳が色づいていたのを、伊織は気づいている。
 迷うくせ、飛ぶ白鳥に思わせぶりに餌をやるずるくて汚い大人でしかない。
 見守ると云い聞かせながら劣情を催し、あられもない夢想にふけっている。
 あの細い体に男のものを咥えさせ、奥の奥まで暴き立てる。折れるほど体をひらいて肌を貪り、俺のかたちに作り変える妄想などいくどもやった。
 その浅はかでろくでなしの大人に、あろうことか白鳥のほうから飛び込んで来るのだ。 
 
「こちらの気も知らないで」

 身勝手な言い分だとは百も承知だ。
 だが、この関係もつぎ来る春で終わりを告げる。タケルはこの学舎まなびやを卒業し、そう会うこともないだろう。
 その旅立ちを伊織は、教師として言祝ぐのだ。
 目をつむる。
 
(隠し通せ、自制しろ。殺しきることには慣れている——あと、わずかだ)
 
 伊織は音にならぬ呟きをもらした。
 
 
  
 宮本先生には秘密があった。
 
 誰にも知られていない秘密。
 昔々の記憶があること。
 髷を結って袴を穿いて、大小二本の刀を振るい、願いのために戦ったこと。
 
 誰にも知られてはならない秘密。
 教え子のヤマトタケルは昔々の想い人で、かつてと変わらず、いまも想いを募らせていること。
 
 宮本先生の、秘密。