【かくして贖罪は果たされず】

『蹂躙するは我が手にて』現行未通過×

メルロルif
約束を破られた話



 結果として、気が紛れることは無かった。
 彼の扱っていた食器に、眉を顰めた。彼の使っていた掛け時計から、無意味に電池を抜いた。彼とボクがお揃いで買ったぬいぐるみを、箱の中に戻した。彼が綴った日記を、暴くこと無く机に置いた。
 整理と言うにはあまりにも散らかった部屋に居るのが気まずくなり、ふらりと歩いて自室へ籠もる。

 未知の嫌な感覚は、収まるどころか増すばかりだ。今もベッドに横たわり、天井をボンヤリ眺めるので精一杯。遺品整理はまだ半分も終えていないのに、窓から差し込む橙の光が夕方を過ぎていることを知らせてくる。無気力に無価値な時間は無作為に流れていく。


…………


 浮んでは消えていく、彼との過去。愛しい彼の幸福そうな光景。
 料理を前に目を輝かせる姿。布団に包まり眠る姿。自分と手を繋いで照れる姿。仲間との宴で笑う姿。研究に集中している真剣な姿。彼なりの愛を言葉にしている姿。
 過ぎ去った思い出たちに、また知らない感情が湧き上がる。心臓が締め付けられ、胃痛とは別の息苦しさが胴体に宿る。僅かな吐き気、しかし嘔吐するような気分にはならない。頭の中で風音のような耳鳴りが反響して、ぐるぐると全身を蝕む嫌悪感。

 そう、ボクはただ知りたいのだ。この苦痛の正体を、彼の言う愛というものを。彼のことを愛している、彼のことは唯一で特別だと想っている。なのに自分にはその証明が難しい。それに対するこの歯痒さは、その証拠になるだろうか。

 視界を閉ざし、考える。
 彼を喪ったボクは、この先で別の誰かに奪われるのだろう。他人か、友人か、神や悪魔か。それは彼ではないことだけは確かで、そのことが無性に嫌で悔しくて仕方がない。
 それならいっそ、自分で完結してしまおうか。いや、そんな無意味な結末は望めない。そんなものボクは欲しくない。ならばこれからどうやって生きよう。答えは出せそうにない。


「ボクは本当に、キミを────……


 続きを言葉にしようとして、口を噤む。この先を知っているのは、彼と自分だけでいい。彼が約束を破った罪も、ボクが彼のいない未来を歩む罪も、赦されることはない。罰を受け、贖い償うことはできない。その事実を世界に伝えるのは非常に不愉快だ。


「魔法使いじゃなかったのかい、キミは」


 ボソリと虚空に語りかける。勿論、返答はない。そんなもの期待して呟いたわけではないが、独り言というにしては疑問の色が滲んでいる。一方的な問いかけは、ボク以外に届かず解ける。そうして漸く、ボクは実感した。彼はもう、ボクを喰むことは無いのだ。

 歪に揺れる天井だけが、開けた視界に広がっていた。