【かくして贖罪は果たされず】

『蹂躙するは我が手にて』現行未通過×

メルロルif
約束を破られた話



 天才技術者メルヘカ・タヴィリカが死んだのは、彼の苦手な雪が降り積もった日だった。飲酒運転を行った車との不運な接触事故、運転手も彼も即死らしい。
 勿論、遺書も遺言もなにも用意されていない。死体も粉々で、棺桶の中を見ることはできない。

 アル殿とエル殿には、未だ知らせていない。この判断に、どんな反応を返すのかは分からない。けれどメル殿の唯一であったボクは、葬儀で他の誰かが慟哭するのを見たくなかった。まぁ結局、自分は涙の一つも流れなかったわけだけど。

 小さくなった彼の骨は、ボクの家に納められた。彼の血縁は残らず戦争で失われていたし、それを預けられる知人もいない。そうして選ばれたのが、葬式を取り仕切っていたボクだったというだけ。


 彼は誓ったことがある。
「オレはいつか、キミを食い尽くしてしまう」

 ボクは受け入れたことがある。
「いいよ。残さず全部、食べてくれるなら」

 その約束は、呆気なく破られた。本人の意図したものではないにしろ、誓いが破却されたことに違いはない。不運な事故と一言で済ませるには、未だ過ぎた時間は短すぎる。


 彼が明るく笑う遺影を前にして、ボクの内側は得体の知れない感覚で埋まっていく。渦巻くこの色を、自分は知らない。憤怒、憎悪、苦痛、悲哀、それとも別のものだろうか。嘘つきになった彼は、これの正体を知っていたのだろうか。分からない。何もかも理解できない。

 周囲に積み重なった段ボールをぐるりと見渡し、手短な一つに手を添えてみる。これらは全て、ボクが引き取った彼の遺品だ。当然ながらぬくもりは存在せず、紙の感触と僅かな冷たさが指に伝わる。煩わしくて愛おしい、彼が生きていた証拠たち。

 何もしないという行為が、身体に疲労感を蓄積させる。錯覚にしては現実的なそれを振り払おうと、ボクは彼の遺品整理に手を付け始めた。中身を確認し、仕分けする作業。その単純な行動なら、少しは気も紛れるだろうと考えて。