さもゆ
2024-11-14 23:42:33
16277文字
Public BF
 

【BF】モブの話三編

あの世界を生きる名もないモブの話。

1P【とある女と旅での話】
アニメ軸のような原作軸のような世界で、アッシュとショーターと英二とお話した女の話。光の庭がちょこっと。色々おかしいけど雰囲気で読んでね。

2P【リトル・チャイニーズ・ガール】
原作ショーターに助けられる口の悪い女の子の話。たぶんショーター17、8くらい。暴力表現があります。

3P【給仕の話】
「英二と○○しないと出られない部屋」の話に出てきた、月龍邸で働く給仕の話。アニメ予告で月龍が言及した給仕がまさかここまで私の中で妄想されるとは…。原作程度のレイプ表現があります。

2019.2.4 たまごのお粥pixiv投稿作品


給仕の話




 カッと頭に血が昇る感覚は、炒飯を強火で一気に炒めるようだった。
 手際がいいからと厨房の手伝いをさせて貰っていた時、数か月前に入ったと聞いた料理人が、見慣れない調味料を出来上がった料理にかける場面を見たからだ。
 この時、俺の頭は正しい憶測を最短で導き出していた。
 ここは華僑のお偉いさん方の、秘密の末弟のお屋敷で。
 俺より二、三歳は年下のその人は、しょっちゅう命を狙われるタイプのお立場難解な人で。
 そして俺たち中国人は、毒殺が得意だと周りから思われている(歴史を鑑みれば全くその通りだった)。
「なあ、あんた」 
 まさか見られていると思っていなかっただろう相手は、声をかけられ焦るでもなく、至って普通に俺を振り返った。
「ああ、どうした?」
「それ、何を入れたんだ? 胡椒じゃないよな、七味か? 俺に少し味見させてくれよ」
「おいおい、主任に怒られるぞ」
「じゃあその小瓶ちょっと見せてくれ。俺将来、料理人になりたいからさ。気になる」
「仕方ねえな」
 ほれ、と渡される。透明な小瓶に赤いラベル。香辛料だ。中の粉末は茶色い。俺は断りもなく瓶の蓋を開け、中に指を突っ込む仕草をした。目の前の男が腰に手をやった。
 瞬間、俺は小瓶を投げつける。男が、取り出した銃を撃った。轟音が鳴ったが痛みはなく、他の誰かか壁にでも命中したかもしれなかった。傍にあった中華鍋を引ったくり男をぶん殴る。頭をかち割った衝撃が鉄を伝い腕に痺れをもたらしたが、なんとか鍋を落とさずに踏ん張る。
 男が力なく倒れた。騒然とする厨房内から、何人かが出て行く足音がし、このことはすぐに屋敷の主に伝わるだろうと知れた。
……おい、」 
 俺は血と呻きを零している死にかけた不逞の輩に、地獄の鬼もかくやという低音で話しかける。
「毒は調味料じゃねえんだよ、なあ、分かるだろ? あんたみたいなのがいるから安心して飯も食えねんだろうが……人間寝る時と食う時と風呂や便所入る時は平穏でいたいんだよ、おい、なあ、これって常識じゃないか? あと火を扱うここで銃ぶっ放すとかあんた相当馬鹿だ。そうか、馬鹿なんだもんな。分からないか? 毒は、調味料じゃ、ない」

 駆けつけた護衛が、真っ先に毒物混入野郎ではなく血の滴る中華鍋片手に訥々と語る俺を拘束したのは、誠に遺憾としか言いようがなかった。本当になんでだ。
 そうして引っ立てられるようにして主に突き出された俺は罪人より罪人らしかった。意味が分からない。何も悪いことしてないのになんで俺は俺より小さな主の目の前で怒られ待ちよろしく立たされている?
「あー、その」
 なんとか丁寧な言葉遣いを意識しようとした。この人――まだ少年の年齢だ。少女に見紛うほど可愛らしい顔立ちはしているが――とは、たった一度しか話したことがない。つまり、俺がここで働くための自己紹介をした時だけだ。物言わない小さな口と、そのくせじっと見つめてくる黒目に居心地悪くなりながら、とりあえず謝っとこうと思った。
「えっと、騒ぎを起こしまして、申し訳ありません。あと、鍋も。手近にあって俺の力で殴っても大ダメージ食らわせれんのあれしかなかったんです。弁償なら、給料から、……引いといてください」
 砂利を噛み締めている表情になってしまったのは許してほしい。金は大事だ。じゃなかったらたとえ末端でも命の危機があるここで働いたりなんかしない。
「あー、月龍様」
 頬をかく。
「何か言ってくれません?」
 不躾で失礼極まりない要望を口にすれば、ソファに座っていた子供はふいと視線を逸らした。「褒美は」声変わり前の鈴を転がすような音だった。「何がいい?」
 あれ。
 あれれ。
 ひょっとして、今、俺は見返りを求めている人間に思われているのだろうか。
 とんでもねえ。短気な俺が怒りを通り越して呆れ返るレベル。誰が十かそこらの子供に褒美を強請るんだ。
「いやいらねっすけど」
 やべっ。丁寧語丁寧語……「いえご褒美なんて頂けませんわ」なんだこれ。言い換えない方が良かった。
 月龍様が面倒くさそうに俺に目線をやった。これは、何重にも線引きをされた上で、見下されている。そう感じた。
 くそがき。頭の半分以上を占めたその単語を無視して、自分の悪い目つきがこれ以上尖らないように愛想笑いを浮かべておく。
「金なら、好きな額を言うといいよ。あなたは暗殺を阻止したんだからね」
「いえ、本当にいいです」
「じゃあやっぱり、そういうこと? ここは女がいないもんね」
「は?」
 会話が成立していない違和感に本気で顔を顰めると、訝しげに眉根を寄せたあとちょっと驚いた顔を向けられた。「まさか、本当に、何も考えずにやったの?」「はい? いや、頭にきたんで殴ることだけ考えてましたけど」「なんで?」「何が」「なんで怒りが湧いたの?」
 俺は何か宇宙人とでも会話しているような気分になりながらも答えた。
「ここの料理、美味いじゃないっすか。賄いでさえ美味しい。それがなんで毒入れられて平気なんですか?」
 ぽかんとしていた。子供らしい表情だった。そして、ぷはっと噴き出された。
「そっか、そうだね、その通りだ……
 くすくす笑い続け、垂れてきた髪を耳にかけると、さっきまでと違い妙に晴れやかな態度で俺と向き合う。
「やっぱりさ、何か欲しいものはない? ボーナスは?」
……金は必要ですけど、ここで働いてりゃ貯まるんで、別に。クビにさえならなけりゃ何もいらないです」
「欲がないんだなあ」
 感心された。それから考える素振りをして、「あなたは確か、給仕だったよね」痛いところを突かれた。「いや、あの、今回はちょっと人手が足りなかったそうなんで、調理を少しだけ手伝いに」
「暇な時なら、厨房、好きに使っていいよ」
「はっ?」
「これってお礼になる?」
「なん、もち、なりますとも」
「じゃあ決まりね。あともし良ければ、今だけでいいよ、僕に何か作ってほしい」
……は?」
「お腹空いてるんだ。駄目かい?」
 それは命令ととっていいんでしょうか。訊けるはずもなかった。俺は何がなんだか分からないながらも頷いた。
 月龍様が俺の作った不格好な天津飯を食べて、どこか安心したように言った言葉は、この先の俺の指針となる。
「普通の料理だね」
 安心して口に入れられるものを。
 この世界じゃ、この人にとっては、俺の普通は異常だったのだ。



 俺が思っていたより遥かにここは地獄で、異常で、そしてそれを普通だとしている人間ばかりだと気付かされたのは、あれから四年経ってからだった。
 一介の給仕と雇用主として何も変わらない、道行く通行人なみの存在だった俺は、いつもの如く月龍様の部屋を開け、絶句した。
 床に転がる、生白い裸体の少年。黒い長髪は散らばり、絨毯の赤と相俟って殺人現場のようだ。扉をノックして返ってきた「入れ」は、この人の、声変わりをしたそれじゃなかったか?
「月龍様」
 食事のワゴンを放って駆け寄り、制服の上着を脱いで掛けてやる。床に肘をつきなんとか上体を起こそうとする主を支え、ソファに寄りかからせた。さっと周りを見渡す。散乱した服。割れたグラス。引っ掻いた跡のある絨毯。
 そして月龍様の手首の赤い手形の痣に、足の間から垂れている白濁。
 馬鹿でも分かる。犯されたのだ。誰に?
「新しい服と、濡れタオル持ってきます。湯も沸かしましょう、誰かに伝えた方がいいですね? あなたが一番信用している護衛は誰かな、あと、あ──」
 俺にはある得意なことというか、それのお陰で今まで生き延びられたちょっとした力があった。
 勘の良さ。当たる憶測。
 だから迷いもせずに中華鍋で人を殴った。そして今は、確実に事実であろうものに考え至り、月龍様の顔を凝視していた。
 若い主はこっちを見ていた。深淵だ。まさに、深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている。
「兄上様に、やられたのですか」
 極たまにそういう噂は聞いていた。
 今日の午前、六人いるうちの本家の兄弟の誰かが来ることは、仲のいい護衛から聞いていたのだ。
 少年は視線を逸らしもせずに、事務的な口調で、言う。
「そうだよ」
……は」
「僕は、兄達の、慰みものなんだ」
 反応を示さなくなった俺に、一瞬軽蔑するような顔を浮かべ、頭を振った。
「悪いね、動くのも辛いんだ。食事はいい。着替えを持ってきてくれるかい」
 一体いつからとか。
 あんた一人で耐え切ってたのかとか。
 俺は中途半端に誰かに関わって面倒かけられんのが一番嫌いなんだとか。だから言われた通りさっさと着替えでも渡して適任者に任せようとか。
 それら一切の感情を押しのけてやってきた衝動に、俺は自分の口を押さえ、それでも止められずに吐き捨てていた。
「マジくそ。くそすぎる。曲がりなりにも兄だろ? ふざけてる。吐く、吐きそう。すんませんゲロ吐いていいっすか」
 月龍様はきょとんとした。
 それから、痛む腹を抱えて、爆笑した。
 く、狂ってらっしゃる。
 ひいひい笑っているまだ青年とは呼べない少年は、滲む涙を拭って言った。
「今度頼むよ。兄の前で」
 それは俺に処されろと仰ってるんですか?

 湯を浴び、服を着替え、お茶を優雅に飲んでいる様は、あまりに普段通り過ぎて俺は少々拍子抜けすると同時に、これは本当に日常なのだと更に顔を凶悪にする羽目になった。
「あの、御用がないなら、戻りたいんですけど」
 そうなのである。何故かこうして月龍様が落ち着くまで部屋で待機させられていた。
 やっぱりあれか、お前は知ってはならないことを知ってしまった生きて返すわけにはいかないんだよ、とかそんな感じか。「殺すんなら早くして貰いてえんですが」ただし全力で抵抗させて貰うが。
……何か勘違いしているね。別に口封じしたりしないよ」
「じゃあ俺はこれで」
「お茶を飲んで行けば? お礼だ」
…………」「毒が入ってるとでも?」俺はテーブルに乗るカップからぐいとお茶を飲んだ。「いえ、ただのお茶だ。美味しい」そして背凭れにもたれかかった。どうやらこの人は俺とお喋りしたいらしい。ならもうソファに身を預けるしかない。「きみはさ」さして興味なさそうに訊かれた。
「兄弟とかいるの?」
「妹が一人」
「へえ。きみに似てる?」
「まあ。俺に似てずけずけ物言うし、俺に似たせいでブスですね」
「兄妹揃って? 大変だな」
 皮肉だろうか。皮肉だろうな。
「親は?」
「両親とも知りません。見たことがない」
「どうして?」
「さあ。生まれた時からそういうもんだったんで……
「ふうん」
 月龍様は肘置きに体を傾けた。
「きみみたいなのが、兄だったら……
 それは小さな、本人も言っていることに気づいてなさそうな呟きだった。
 この人の母親は、妾で。この人が幼い頃に死んだと聞かされている。
 しかし血の繋がっていないこの人の兄はクソどもで。ということは、この人の母親は、……
 当たる憶測と想像を巡らすのをやめ、俺はまたこの場で撃ち殺されても仕方ないことを宣った。
「あなたが俺の弟だったら、その綺麗な顔が不細工んなると思うんで、やめといた方がいいっす」
……僕の顔が綺麗だって?」
「綺麗でしょう。えーと、月並みな表現ですけど花みたいですよ。小さい時から」
「驚いたな。きみはそういう感覚がないのかと思ってた」
「なかったら自分の目つき悪く思ってません」
「ああ、熊でも射殺せそうだよね」
「ハハァ」
 これが近所のガキだったら殴ってんのにな~!
「きみ、前にも」
……なんですか」
……いや」
 微笑まれる。まだ幼さが残っている笑みだった。
「こんなことがあっても、きみはまだここで働くの?」
「出て行けと言うんなら、出て行きますよ」 
 雇用主にクビにされたら、抗う術はない。月龍様は答えなかった。ならばと俺は言った。「俺が、このままふてぶてしく働いていいんなら、ずっといます。ここは給料がいい。住み込みだし。中国人しかいないし」「命の保証はないけど?」「どこにいても、ないようなもんでしょ」「そうだね」
 そこで会話は終わりだった。もう戻っていいと言われ、俺は頭を下げて大人しく部屋を出る。扉を閉める間際に見た月龍様は、この世に一人きりのように思えた。ああ、関わりたくない。自分にできもしないことを案じて日々を過ごすなんて真平だ。



 それから数年後、閉じ込めた日本人の世話を言い渡された時が、月龍様と会話らしい会話をした三度目の時間だった。
 気弱そうで厄介そうな日本人に花瓶で殴られながらも食事を用意したのは、我ながら最高に珍しく我慢強かったと思う。
 俺はこの屋敷の少年が、いつか必ず誰かのおかげで幸せに笑えることを、人知れずひっそり、願っている。