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さもゆ
2024-11-14 23:42:33
16277文字
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BF
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【BF】モブの話三編
あの世界を生きる名もないモブの話。
1P【とある女と旅での話】
アニメ軸のような原作軸のような世界で、アッシュとショーターと英二とお話した女の話。光の庭がちょこっと。色々おかしいけど雰囲気で読んでね。
2P【リトル・チャイニーズ・ガール】
原作ショーターに助けられる口の悪い女の子の話。たぶんショーター17、8くらい。暴力表現があります。
3P【給仕の話】
「英二と○○しないと出られない部屋」の話に出てきた、月龍邸で働く給仕の話。アニメ予告で月龍が言及した給仕がまさかここまで私の中で妄想されるとは…。原作程度のレイプ表現があります。
2019.2.4 たまごのお粥pixiv投稿作品
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頬を思い切り打たれ、口いっぱいに鉄の味が広がり、それを撒き散らしながら地面に倒れた。
ぐわん、と世界が揺れる。続いて、腹を蹴られた。嘔吐感が一瞬にして込み上げるが、胃には吐けるものがなくただ血の混じった涎が溢れる。
そのまま相手の脚に粘つく口で齧りつけば、ギャアッなんて、まるで今自分が蹴り飛ばしたものが歯向かわない空き缶だと信じていたように、情けない悲鳴を上げた。この野郎! とようやくこれは空き缶じゃなくクソガキだと理解した男が、あたしを吹っ飛ばす。
硬いアスファルトに全身を打ちつけ、あたしは芋虫のように丸まり、嘔吐き、震えながらも動くのをやめた。
立ち上がろうとしない姿に満足したのか、男は舌打ちと罵りを残して踵を返す。けれど、ひゅうひゅうと喘鳴を漏らし、ふざけんなよ、と吐き捨て、あたしは関節を外された人形のように立ち上がった。
そして、歩き去って行く男の背中に飛びかかり、首に腕をかけた。締め上げる。大の男と小の女じゃ力の差は明らかで、すぐに腕を取り上げられると壁に叩きつけられた。
腹の中で、骨が軋んだ音を発した。
大人しくしてりゃ見逃してやるつもりだったのによ、男が激昂してさっきとは反対の頬を殴った。意識が離れかけたが、足を踏み潰されたおかげで気絶し損ねた。
いいぞ、と思った。
痺れる唇で掠れ声を発すると、その喉を絞められる。
いいぞ、その調子だ。
気道が塞がる。心臓が暴れる。血流が速くなる。それがゆっくりになれば、こっちのもんだ。
ごぽり、口端から唾液が流れた。もうすぐだ、そうだ、お前はあたしを殺す。
殺してくれよ!
ようやくとうとう視界が白み出し、原色がちかちか火花のように舞い、それが収まりかけ体の機能が静止しかけた頃、ガツンと大きな音と動作で男が倒れた。
大量に正常に入り込んできた酸素に激しく咳き込み、うえっと胃液なのかよく分からないものを吐いて、その傍に白目を向いた男の顔を認めてこれ以上ないくらい絶望してしまう。心臓が跳ね上がり、血潮が熱く駆け巡る。
なんだ、なんでよ。
激しく呼吸する背中に手が置かれた。大きくて温かくて労りと心配に満ちた手だった。
顔を覗き込まれた。サングラスだった。若い男だった。ハゲ頭だった。
両目からひっきりなしに溢れ出る涙を、安堵と生への感謝だと勘違いしているその男が、ニカッと笑う。
「頑張ったな、もう大丈夫だぜ」
あたしは叫んだ。嗄れて潰れてひび割れた硝子みたいな声で言った。
「余計なことすんな、ハゲ!」
しかしたった今死にかけていた声帯では人間の言語だと分からないほど酷いものだったため(自分でさえもなんて言ったか聞こえなかった)、何を勘違いしたのか男はまた笑った。安心させようとする笑い方。
あたしは泣き続けた。あんまりだとこの世を呪った。ああ、中国の仙人かアメリカの神様!
この男に、ヒーローは必ずしも全ての弱き者を助ける必要はないのだと、どうやって教えればいいんでしょう!
リトル・チャイニーズ・ガール
男に生まれたかったとか母にもっと愛されたかったとかそもそも生まれてこなけりゃ良かったとか、この世を地獄に思う理由なんてたくさんあるけど、この時ばかりは死にかけた怪我の療養期間ほど悪いもんったらないと極楽に思いを馳せた。本当に。地獄だ。
肋骨は三本いかれ、口の中はざっくり切れ、右肩は脱臼、踏み潰された足はどす黒く染まり、他にも打撲と裂傷だらけの身体は与えられた治療を貪欲に甘受した。つまりは約一週間、発熱と悪夢と激痛に魘されまくった。
息も絶え絶えになりながら、あたしは譫言を繰り返していた。
ふざけんなよ、なんで助けた、あのまま死んでれば良かったんだ、ちくしょう、ふざけんなよ、ふざけんな
……
。
そうして九日目の朝、バチンと意識が弾けた。台風明けみたいに薄曇りを起こしていた頭の中は明瞭に晴れ渡った。視界の方はというとそうでもなく、コブのような瞼の圧し掛かった眼球を駆使し、それと鼻につく消毒と血と薬のにおいで、やっとここがどこぞの医院だということが分かるのだった。
あたしはベッドから飛び出した。飛び出そうとした。撥ね退けた布団は現に宙を舞ったし、捻った上半身はベッドからはみ出た。
ガッシャン!
けたたましい音を立てながら床に転がる。這いつくばり、もしやあたしが寝ている間に地球の重力が加圧を変動させたのかと思ったが、そんなわけはなく病み上がりが急に動いたからだ。病み上がり? ふざけてる! 床に伏せたまま土に還りたかった。
「
……
っ、ッ」
口汚いことを放ちたかった喉は声にもならない呻きを発するので限界だった。体を抱え、冷たい床の上でじっとする。痛い。辛い。しんどい。参った。生きてる。参った!
「お目覚めかい」
聞こえた声と視界に入り込んできた靴にびくつき、石みたいな瞼を持ち上げて視線を動かす。地獄の鬼婆だ! 叫ばなかったあたしはなんて理性的なのだ。単に叫べなかっただけだが。
あたしを見下ろし、少々濁った目玉に皺しかない皮膚、がさついた白い長髪を纏め上げたその老女はまさしく地獄絵図で見た獄卒のようだった。とするとあたしは今からばらばらにノコギリで切り刻まれ棍棒で挽き肉にされた挙句爽やかな風に吹かれ生き返り、また殺されるのだ。万歳! ここは地獄だ!
「やだねこの子は全く。口が利けないのかい」
ちょんと足で手をつつかれた。
――
まさか。そんな。もしかして。
「誰があんたを診てやったと思ってんだ。感謝くらい述べたらどうだい」
――
この黄泉に片足突っ込んでそうな老婆が医師だと! あたしは応える代わりにげほっと噎せた。
中華街の片隅にひっそりと看板も下げずに建つこの医院は、限りなく合法的ではなく、それ故に非合法的中国人から懇意にされていた。あたしを助けここに預けたあの男はなんと中華街の不良共のボスだというのだから驚きだ。
ショーター・ウォン。老婆から告げられたその名は、あたしだって知っている。聞いたことはある。あたしも観光地にされている中華街の真昼にだけ照らされて育ったわけではないので、もちろん分かっている。あの男は、あのショーター・ウォンなのだ。気難しく血の繋がりを重んじ、白人から見れば独特のルールと掟を設けて守っている中国人たちの、非行少年たちの、ボス。ここと、ここをどうにでもできる華僑のお偉いさん方との橋渡し、綻びがないようまとめている、一目置かれ慕われている青年。
「あの子にもお礼を言いよ。あと少し遅かったら、死んでたからね」
不味い回復食を食べさせられているあたしは、それを言われて益々もとから歪んでいる顔を顰めた。助けて欲しいなんて思ってなかった、あっちが勝手に善意を押しつけてきたのに。
「
……
お金ないよ」
脈絡のない重要なことをぼそりと言ったあたしに、婆さん先生は口の中でチッと音を鳴らした。歯の欠けた唇のせいかそれとも普通に舌打ちだったのか曖昧だが、ほとほと無愛想な態度で腰を叩いている。
「掃除が行き届かないんだ。洗濯に料理もあるってのに、ここの連中と来たら昼夜問わず玄関を叩きやがって
……
なァ、あんた」
「嫌だよ」
「じゃあ金を払いな」
「婆さんはあたしを孫にでもする気? あたし身寄りもないんだよ。老い先短い人生をあたしに全部捧げる気もないのに、適当なこと言うなよ」
だから、死のうとしたのに。
違う。殺されようと頑張ったんだ。
自殺だけは何がなんでもするもんかと思っていた。自分から死ぬなんて真っ平ごめんだ。誰がこの世に誕生したあたしを受け入れてくれる? あたししかいない。だから、あたしだけはあたしを裏切らないように、でもいい加減一人で生きていくのが辛くて苦しくて、誰かの手で殺して貰おうと、それで。あとちょっとだったのに。あとちょっとで、不可抗力の死に抱かれるところだったのに。あいつが。人の良さそうなお節介ハゲが。どうしてくれるんだ。
「あんたこそ、死ぬならもっと計画的に死にな」
婆さんの声は、高くも低くもなかった。しかし咎められていると思った。他人任せの積極性自殺的他殺願望(面倒な言い方だがそういうことなのだ)を、見抜かれているに違いなく、途端に頭に血が昇った。
「じゃあなんで放っといてくれなかったんだよ!」
あばらに響く喚きを上げれば、蚊でも払わんばかりに手を振られる。
「それがあたしの仕事なんだよ、どんなに助けたくなくとも患者に心血注ぐのがね。なら老い先短い人生全部捧げてあんたの面倒見るのかって? はっは、あんたが見な、あたしの面倒を。婆一人わけないだろ。それがあんたの仕事だ。分かったらとっとと安静にしな」
くそがき、ゆっくりチャイニーズスラングを言い放つと、口の悪い小さな老女医師は部屋を出て行った。
あたしは呆然とし、くそばばあ、と呟いた。逃げ出そうにも体が思うように動かなかったのである。
張大飯店。
それがショーター・ウォンがよくいる店らしかった。なんでも、彼の姉が営んでいるらしい。あたしは今、松葉杖をつき、店に放火でもするんじゃないかと疑われる形相で、その中華料理店の入り口を睨みつけていた。
自力で歩けるようになるまで回復した頃、あたしの雇用主で先生で同居人となった偏屈ばばあが、最初に言いつけてきた仕事が料理でも掃除でも洗濯でもなくこれだった。
ショーター・ウォンに礼を言ってこい。
あたしは無論、断固拒否した。そんな世の母親みたいなことを言われなきゃならないのなら借金背負った方がマシだと走りかけた(すぐに転んでいらぬ痣を作った)し、なんでわざわざこちらから出向かなきゃならないんだと喚き散らした。でもそこは婆さん、年の功が違う。「チヂミを買ってきな。あそこのが美味いんだ」と小銭を押しつけてきたのだ。
かくして、おつかいという名の強制謝礼告白をしなければならない状況に追い込められたというわけだ。くそ。なんで肋骨と足首怪我してる小娘がチヂミ買いにいかなきゃならんのだ。やっぱりあれは鬼婆だ。そうに決まってる。
こうしてずっと睨みつけてても埒が明かない。あたしは悪態を吐いてから店の扉を開け、慣れない杖でつかつか不格好に中に入って行った。
香辛料と、油と、煙熱のにおい。背後で扉が閉まる。客は数人、ちらりと見られたりするも、すぐに手元の料理に視線を戻す。
「いらっしゃい。一人?」
奥から店員が出てきた。男かと間違えるほど黒髪は短く、切れ長の目は凛としていた。化粧っ気のない若い女の人だった。
この人があのハゲの姉さんっ? ぎょっとして言葉をなくしたあたしに、膝を屈めて目線が合うようにしてくれる。うっと声が出そうになった。
「一人? 席は近い方がいいわね」
「あ、あんまり、」
「何?」
あたしはつっかえつっかえしながら言う。
「あんまりその綺麗な顔を近づけないでください、どう接したらいいか分からない」
なんでも思ったことは言うしとりあえず要望は口に出すあたしは、露骨に顔の前に掌を翳した。若い女の人との接し方が分からなかった。水商売の女なら腐るほど見てきたし、殴る殴られの取っ組み合いもしたことあったが、一人で普通の女と対峙すると駄目だった。何を言えばいいか分からない。同じ女のはずなのに自分は遥かに下等な生き物で、だから決してあたしのとこまで段差を下りて話をさせてはいけないという強迫観念に囚われる。あたしと関わると、母のように不幸になってしまうのではないかという、全然無関係な恐怖と心配事が這い寄ってくる。
あたしは早口で告げた。
「診療所の、婆さんの使いで来たんだ。チヂミを一つくれたら、すぐ帰るよ」
それと、と更に早口で続ける。
「ショーター・ウォンに会いに来たんだ。助けられたから、そのお礼を言いに」
言っていて血反吐を吐きたくなってきた。
自傷行為に近い発言に頭を痛くさせていると、微かな笑い声が聞こえた。俯けていた顔を上げると、もう膝を屈めていないその人が、「分かったわ」と頬を緩めていた。
「今作るから、適当に座って待っていて。弟も呼んでくるから」
去って行った女の人からは、油臭さの他に、紛れもなく『女の人』と呼べるにおいがして、軽く眩暈がした。姉弟揃って、きっと、恐らく、確実に、いい人なのだ。ああ、逃げ出したい。
あ、こんにちは。あたしはあの時助けて貰った者なんですけど、覚えてますか? あはは覚えてなくてもいいんです勝手にお礼を言いに来ただけなんで、本当にありがとうございました! あなたのおかげで命拾いしたんです助かりました。すみません渡せるものが何もなくて
……
とにかく言葉だけでもと思って、本当に、本当にありがとう! このご恩は一生忘れません! ありがとうございました!
などと一生懸命考えていた体のいい感謝の言葉は、本人を前にすると一文字も出てきてはくれなかった。それどころか、
「あ! お前あん時の! 良かった無事だったんだな、いやでも完治してねえのに来んのは駄目だろ」
サングラスをかけていても分かる満面の笑みで迎えられてしまえば、もう、
「
……
この、この
……
ッ、お節介ハゲ!!」
松葉杖の存在を忘れ椅子から勢いよく立ち上がり啖呵を切ったあたしは、間髪入れず見事に膝から崩れ落ち、店内をちょっとした騒然で包むことになるのだが、仕方ないことだった。
そして、ひとしきり心配を露わにしたショーター・ウォンが、「俺のは髪を伸ばしてンの、ハゲじゃねえ」「けどそう言われんの二回目なんだよな~!」と悔しさと楽しさを混ぜた複雑な声で笑い、そのままの流れでちょっとした会話を交わして、チヂミができるまでの辛抱だと思えばそうではなくなんやかや縁のできてしまったことを呪うあたしがいるのも、認めたくはないが、残念なことに、本当に勘弁願いたいことに、仕方のないことだったのだ。
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