さもゆ
2024-11-14 23:42:33
16277文字
Public BF
 

【BF】モブの話三編

あの世界を生きる名もないモブの話。

1P【とある女と旅での話】
アニメ軸のような原作軸のような世界で、アッシュとショーターと英二とお話した女の話。光の庭がちょこっと。色々おかしいけど雰囲気で読んでね。

2P【リトル・チャイニーズ・ガール】
原作ショーターに助けられる口の悪い女の子の話。たぶんショーター17、8くらい。暴力表現があります。

3P【給仕の話】
「英二と○○しないと出られない部屋」の話に出てきた、月龍邸で働く給仕の話。アニメ予告で月龍が言及した給仕がまさかここまで私の中で妄想されるとは…。原作程度のレイプ表現があります。

2019.2.4 たまごのお粥pixiv投稿作品

とある女と旅でのお話




「なんだこれ……まずい……
 思わず日本語で呟いてしまったのは、我ながらナイスとしか言いようがなかった。もし英語で言ってしまっていたら、周りのお客さんに余さず聞こえていただろうし、お店のお姉さんに嫌な顔をされるところだった。いや、そんな理性的な思考によって出された日本語じゃなく、本気で素だっただけなのだけれど。
 何より、まずい。
 おいしくない。
 この小籠包。
 小籠包なのに皮がバリバリしている。中の具はしゃりしゃり氷でも噛んでるよう。肉汁なのか分からないエグミのある汁が噛む度に口の中に広がる。なんというか、こう、芸術的な不味さ。食べたことないけど隕石ってこんな味するのかなって宇宙に思いを馳せるほどの、不味さ。
…………ぐっ」
 もぐもぐ、粘度の塊のようなものを息を止めながら咀嚼し、呻きながらなんとか飲み込んだ。
 お冷を口いっぱいに入れ、不快感を少しでも逃すべく、行儀悪いが口の中で濯いでから喉に流す。ふうう。
「すごいや……
 amazingと今度は英語で呟いた。皮肉じゃない。素直に驚くべきと思っての言葉だった。
 お店で出されたもので、こんなに不味いもの、食べたことない。
 アメリカ旅行で立ち寄った観光地チャイナタウンの中華料理屋で、まさかこんな貴重な体験ができるなんて。
 と言っても、この不味さは失礼ながら表通りから外れたこの店なら仕方ないのか? と思わなくもないんだけど。まだ口の中まずい。でも一緒に頼んだ炒飯はすごく美味しいのにな。
「あなたそれ、全部食べたの」
 振り返る。後ろのテーブルに料理を運んでいた短髪のお姉さんが、切れ長の目を僅かに見開いて、私をどこか呆れたふうに見ていた。
「え……え、はい」
 丸々一個、胃に押し入れたが。
……不味かったでしょう」
「えっ」 
「ごめんなさい。まさか飲み込んでくれるとは思わなくて」
「えっ?」
「吐き出すものとばかり」
 申し訳なさそうに謝られた。
……吐き出して良かったんですか……
 お店の人公認の不味さなら、この質問は許されるだろう。
 私が空恐ろしくなって訊いた問いに、お姉さんは潔く頷いた。
「ちゃんと食べたのはあなたが初めてよ」
 ええ……。私が唖然と眉間に皺を寄せ口をぽけっと開けていると、他のお客に呼ばれたお姉さんが去って行ってしまう。困惑。なんで不味いと分かってるものを出したんだ。それにあの言い方、不味いとクレームつけられること覚悟してたみたいだ。いつもこうなのか。いつもそんなスリリングなことしてるのか。よく潰れないなこの店。
 間抜けな顔を晒しながら捻っていた体を元に戻そうとしたところで、くつくつと笑いを噛み殺すような声が聞こえてきた。後ろからだった。
 さっきはお姉さんで気づかなかったが、私の後ろの席には見事な金髪の青年が座っていた。背凭れに腕を乗せ、青年が私を笑いながら見ている。うわお。目が翡翠だ。こりゃべっぴんさんだ。
「amazing って、あんた味覚おかしいんじゃないの」
 ぺっぴんさんの割には人を小馬鹿にしたような態度に、いやでも綺麗だし若いし許される許す、と思いながらばつが悪くなってたははと笑う。
「いやあ……あまりの不味さについ称賛が……
「ぶはっ」
 噴き出された。な、何がそんなにこの子のツボに入ったのだろうか。更なる困惑で見守っていると、奥から別の声がかかった。
「んなこったろうとは思ってたんだ……
 悔しそうな声のもとを辿ると、金髪青年の向かい側に、顔を手で覆う青年が座っていた。――モヒカン。モヒカン頭だ、しかも紫。相当派手な色だ。日本じゃまず見ない。この二人組やばい。やばい人に話しかけられてしまった。旅の一生の思い出にしよう。
「あのー……
 一方は腹を抱え笑い、一方は酷く落ち込んでいる様に、堪りかねて口を開く。どういうことなんでしょう。
 すると笑い終えた金髪くんが、目尻に溜まる涙を拭いながら、親指でモヒカンくんを示した。
「こいつが作ったんだよ」
「小籠包?」
「そう。で、一人でも客が美味しいって言ったら、店に出すつもりだった」
「それは……博打だね……
「ははっ」青年はまた噴き出し、肩を震わせる。
 私はモヒカンくんに視線を移した。「おまっ、笑い過ぎだぞ」サングラスをかけた目で向かいの友人(たぶん)を睨みつけている。「やっぱお前の代で終わりだぜ、この店は」「何を! 今に見てろよ!」確実に友人だろう仲の良さが窺えた。なるほど、あの子はこの店の跡取り息子か。絶賛修行中だろうか。見た目に反して真面目なのかもしれない。きみの料理の腕はたぶん常人がどんな修行積んだって届かないレベルだと思うよ。普通に凄いよ。美味しいとは口が裂けても言えないけど。心の中だけで拍手を送る。
……ん? ということは、小籠包、正式なメニューになっちゃうの?」
 胃に到達しても凄まじい後味が残っている食道辺りを押さえながら訊くと、モヒカンくんがこっちを向いて念のため、というふうに訊いてくる。
「美味しかったか?」
…………、」
「遠慮すんな。正直に言ってやれよさっきみたいに」
「とても不味かった」
「あっはは!」「てめえこの野郎」
 爆笑する金髪くん。金髪くんに拳を振り上げるモヒカンくん。男子高校生みたいだ。実年齢いくつだろう。モヒカンくんは中国系っぽいから見た目からして……18、9か? 金髪くんは……どうだろう、モヒカンくんよりいくつか年下かな。アジア以外の外国の人はほんとに見た目で年齢を図れない。
「すまん。美味しいって言っときゃメニューにして貰えたのにな……
「謝んなよオネーサン……逆に惨めになんだろ……
「は、はは、っ」
「お前はいつまで笑ってんだ」
 この辺は治安が悪いって聞いてたけど、ここを生きる子たちは可愛らしく感情を発している。いいね。だから計画性のない旅って好きなんだ。
 私は体全部を二人に向けて、ニヤッと笑った。
「私さ、またここ来るから、その時までには美味しく作れるようになってよ。お友だちにも手伝って貰ってさ」
 二人は顔を見合した。
「げえ、そりゃ俺に実験台になれってことかよ」
「いいなそれ。腹いっぱいに食わせてやる」
 心底嫌そうな顔をする金髪くんと、楽しそうに意気込むモヒカンくん。
 私は声を上げて笑い、しばらく二人の仲いい小競り合いを見ていた。
 あー、ほんとにすごい。
 まだ不味いや! アメージング!



 出された小籠包は、ほかほか湯気を立てて、蒸気で顔がしっとりした。
 箸で持ち上げ、噛みつく。肉汁がじゅわっと溢れて、でも火傷しそうな熱さじゃなくて、詰まった餡がとっても美味しい。皮ももちもちしていた。
「おいしい」 
 私はにっこり笑う。
 傍に立つ、以前と変わらない涼やかな切れ長の目のお姉さんは、「良かった」私には到底説明できない笑みを浮かべて、他のお客さんのところに歩いて行く。
 おいしいなあ。
 はふはふ食べ続ける。
 モヒカン弟くんのあの腕前は、一体誰に似たんだろう。
 モヒカンくんと、金髪くん。よく覚えている。約八年前、ここを訪れた時に出くわした、仲の良い若者たち。名前も聞かずに別れて、絶対に向こうは私のことなど忘れているだろうと思いながら、またふらりとここに来たけれど。
 まさか死んでるとはなあ。オネーサンびっくりだよ。
 私はあの青年たちより年上だから、人間に絶対的な明日はないことを知っていたけど、それでも受け入れ難いよ。きみたち、あんなに笑ってたのに。
「はー……
 この小籠包、誰かの涙の味がする。
 お姉さんのかな。結婚してるようだったけど、でも、だって、弟と二人だけで切り盛りしてるって、八年前教えてくれた。何があったか知らないけど、訊くつもりもないけど、悲しくて辛いことだ。もう一度くらい、会いたかった。店に入ったらあのモヒカンくんが厨房に立っている姿とか、カウンターで野次を飛ばしている金髪くんとか、一人勝手に想像してたのに。店を継いでなくても、生きていることは疑ってなかったのに。
「宇宙味の小籠包……
 もう二度とお目にかかることはないだろう。
 ――ガタリ。後ろで椅子を鳴らす音がした。
 振り返る。私の後ろの席に、無造作に伸ばした黒髪を一つに束ねた、眼鏡の青年がいた。……何歳、だろう。童顔だ。大学生くらいか? 中国人……という雰囲気じゃないような気がしないでもない。その青年が、体を捻り瞳を瞬かせて、私を見ている。
「いま、」
 日本語だ。
「今、すみません、なんて、」
 私は訝りつつ答えた。
「宇宙味の小籠包」
 ぱちくり。青年は瞬きし、次いで瞳を細め、本当に小さく笑った。昔を懐かしむような、とてつもない悲しみを含んだような、泣きたいような、それでいて空しく美しい笑みだった。
「食べたことあるんですか、彼の、……ショーターの作った料理」
 ショーター。
 それが初めて知るモヒカンくんの名前だと思い至った私は、こっくり頷き、ニヤリと笑う。
「きみも?」
「ええ、はい、シューマイとか」
「本音で語ろうじゃないか。とても?」 
……まずかった」
 顔を見合し、まるで内緒話のように告げられる。私たちはふふっと笑った。この青年は誰だろう。恐らく、モヒカンくんと親しかった子だ。間違いない。じゃなかったら、そんな顔で、声で、話したりしない。
「私さ、一回だけ、ここ来たことあって。そん時にモヒカンく……ショーターくんの小籠包食べたんだ。びっくりだよ、すごくまずかった」  
 青年は穏やかに聞いている。
 私は懐かしさがどうしようもなくなって、ついお喋りなおばさんみたいに(実際おばさんだけど)言葉を続けてしまった。
「でね、もう一人の子が……金髪の男の子がさ、いたんだけど、あ、この子凄く綺麗でね。ふてぶてしい感じもしたけど。その子が、店はお前の代で終わりだって。確かに激マズだったけど、でもむしろあの腕は中々――
 ふと、口を開けたまま、舌の動きを止めた。
 私は途端に針で胸をちくりと刺されたような、真綿を喉奥に詰められたような、苦しい感覚に襲われた。そして、とてつもない失言をしてしまったのだと気づいた。
 青年が睫毛を震わし、唇を引き結び、泣き出しそうな顔をしている。
 私より十以上は年下の子が、必死に、何かを耐えている。
「ごめん」 
 何が悪いのかも分からないのに、謝らなければ、と思った。「ごめんね」青年は首を横に振った。俯き、すぐに顔を上げる。涙は出ていない。でも泣いている。微笑まれた。
「その金髪のふてぶてしい奴、アッシュって言うんですよ。きっと、そうなんです。アッシュとショーターは、彼らは、親友でしたから」
 きみは。
 きみは、どうだったの。
 親友同士だという二人にそんな顔させられるきみは、今、どういう気持ちで。
……そっかあ」
 私はへたくそな笑みで頷いた。そうするしかなかった。踏み込んではいけない。そういう世界というものが、ある。
「欲を言えばさ、もう一回、食べたかったけど」
 へらりと笑った。
「でもいいよ、楽しみがずっとあるってことだ。これでまだまだ旅できる」
「旅、ですか」 
「そう。まあ一人でふらーっと異国行って、ふらーっと帰ってくるだけだけど。そんな中出会ったショーターくんと、アッシュくんのことは、忘れないな。心に残る子たちだった」
……はい」
「きみもね」
「僕は、」 
「約束しなくてもいいよ。また話そう。何年後になるか分からんけど、私ここ来るよ。おいしいし」
 厨房にいるお姉さんを振り返る。目が合い、手を振ると、首を傾げながらも手を振り返してくれた。
 私はつつつと青年に身を寄せ、これまたこそっと言った。
「それに、さすがにお姉さんに明け透けに弟くんの料理不味かったって言うのは憚られる」
 そんなこと気にしない人だと思うけど。
 私の軽い調子に、青年はようやくふはっと笑った。「分かりました、また、お話しましょう」言ったな。たとえきみが忘れても、私だけは覚えてるぞ。
 私が満足して体を離すと、青年がぽつりと言った。
「写真、」
「え?」 
……好きなんです。今までの、あなたの旅の写真とか、」
「あるよ」
 見る? 訊くと、ぜひ、と答えられる。
 名前も知らない私たちは、お互いの料理を食べきるまで、そして彼の連れだというガタイのいい高身長の若者が来るまで、私の写真を見ながらぽつぽつ話しに花を咲かせていた。青年も写真を撮るのが好きだと言う。
 じゃあそれも、またいつか見せてね。言うと、青年は笑っていた。

 彼の名前と、彼が撮った写真を見たのは、それから数か月後のニューヨーク。ある写真展でのことだった。