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ある男の叙事詩
pixiv再掲
とある男の交際匂わせ。ナックルシティのモブはキさんが大好き
キさんの未来を大いに捏造していますが、ジムリ引退後、ポケモン研究なんかに勤しむ賢そうな職についていたらいいなあ、なんて妄想なのでお許しください
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ガラルのチャンピオンがダンデから新しく変わって、随分年月が経った。
ジムリーダーも代替わりをして、ジムチャレンジは相変わらず活発に行われている。チャンピオンは当初、慣れない事務や制度に追われて慌ただしく動き回っていたものの、近頃はすっかり貫禄も出て忙しく視察やトレーニングに励み、ジムリーダーたちをまとめていた。研究所にも足を運び、ワイルドエリアの生態調査も欠かさない。
月に一度の定例会議で、若いジムリーダーたちと議論を交わす様子は、SNSやニュースでも高い評価を得て、今やチャンピオンの座に相応しく張り切っていた。時折ポケモン研究所のホップが「あいつは頑張りすぎだぞ」と呆れて笑うくらいに。
ジムはいよいよ各地で賑わい、暗がりの中で人々が住んでいたスパイクタウンも、今や移住者が増え始めて、年に二度ほど開催される有名シンガーの凱旋コンサートがすっかりガラルの名物イベントになった。
二年前に新しくナックルシティの統括をすることになったドラゴンタイプを扱う期待の新人ジムリーダーは、緊張しながらも様々な意見を発案し、マリィやビートと議論を交わしているそうだ。
そんな報告を、ナックルスタジアムの地下に新しく設立された研究ブースで、一人の男は聞いていた。
彼は研究職に携わるようになってから、専ら白衣と眼鏡で作業をすることが多く、黙々とポケモンの研究に日々勤しんでいる。
かつて多くの異名を持ち全国に名を馳せていたこの男は引退会見時、「本当にたくさんの良い経験をした」とだけ言った。思いの詰まっているであろう短い言葉を残して、まだ質問をし足りない記者たちが押し寄せるも、それ以降一切の発言が無く、当時フォロワー数がガラルのトップだった彼のSNSアカウントが翌日にはきれいさっぱり消えていた。
人は様々な噂を飛び交わす。
「ライバルが増え、周りのジムリーダーは次々と代わり、栄枯衰退を感じたのでは」「バトルができないほど困らせる恋人ができたのか」「違う地方へ旅立つのか」
どれも男は言及しない。噂は散々な方向へ向かい、ひどく人々の心を踊らせた時もあったが、今ではもう彼が喋ることはない。スクープにはならないと判断した記者が、男の姿を追うことはなかった。
そのとき、研究員の一人があまりの噂のデマ具合に痺れを切らし、本人に尋ねたことがあるという。
白い壁、高い天井の澄み切った研究所の、人々が出払った静かな音のない空間で、男はぼそりと呟いた。優しいテノールが思いの外響く。男はカラカラ笑って、「本当に、満たされたからもういいんだ」と言ったらしい。
ガラルチャンピオンやその他の地方の様子、ジムリーダーの活躍の報告をジムトレーナーから聞いて笑う彼は、褐色の肌を紅潮させて至極嬉しそうだ。「今度何か奢ってやるか」とわくわくして話す口元は柔らかい。研究所のパソコンの並ぶデスクの中で、研究員の女性たちが幾人かその姿を目撃して「よっぽど嬉しいんだね」と顔を見合わせて微笑んだくらいだ。
そうして今日も、彼はご機嫌で鼻歌を歌う。有名なあのフレーズ、あの曲調。スタジアムのエレベーターを定期点検しにくる腕のいい若い修理工は、二ヶ月に一度のその点検時でさえその歌を毎度耳にする、と言っていた。
「あの人、ほんとにネズさんの歌が好きなんですねえ」
と深く頷きながら、休憩中に話す。
男はそれから少し経った頃、同じ歌を口ずさんでいた。ヘッドホンをして温厚な笑みをたたえながらのんびり歩く普段着とスニーカーという出で立ちの男は、近くのカフェで持ち帰りの紙袋に入ったコーヒーと軽食を持ってスタジアムへ戻るところだった。道ゆく少年が、驚いた顔で振り返って男を見る。
男は長身なので、子供は首を大層見上げないと目が合わない。それでも「あの!」と勇気を出した少年が、慌ててごそごそと取り出したのはモンスターボールだった。スマホロトムとボールを差し出して、何かを一生懸命に男に話す背の低い子供の顔は緊張している。
夏の青空に広がる薄い雲は、二人を見下ろして悠々と流れていった。時折吹く風が葉を乗せてゆっくり足元をさらさらと泳ぐ。
やがて男はしゃがみ、優しい垂れ目をさらに細めてにっこり笑って、二台のスマホロトムを取り出した。一台は赤いカバーの少年のスマホ、もう一台はショッキングピンクの珍しいカラーリングのカバーをしている。交互にパシャリと音がして、高揚した少年が恥ずかしそうにお礼を述べた。
さらに男は、少年の持っていたボールに小さくペンで何かを書き込む。最後にもう一度笑いかけて自分よりも小さい頭を撫でてスタジアムの方向へ再び戻っていく後ろ姿を、少年はいつまでも憧れと共に眺めていた。
子供の手にはもうずいぶん長い間、見られることのなくなってしまったドラゴンのサインの入った、モンスターボールが握られている。「やった」と舞い上がった気分そのままに、少年はうきうきと家路を急ぐ。
茜色に少しずつ変化する空が、これから間もなく陽が沈む準備をしていた。
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