墓の下に入れるのは

pixiv再掲
あの人のことを気に病むテルに、セキさんが協力してあの人の痕跡を辿る話。
「墓の下にいれるのは」と読みます。タイトルが物々しいですが、物騒な話ではないです。
クリア後、図鑑完成済みで、かつアルセウスに会った後です。セキテルはまだ付き合っていないけれどお互いに特別視はしている。
クリア後の裏ボスに触れていて大いにネタバレありです。裏ボスまでクリア済みでの閲覧を推奨します。



 ウォロの手がかりをなにも掴めぬまま冬が来て、一ヶ月が過ぎる。昨夜猛吹雪に見舞われた山あいから、一人の旅人が難をのがれてやってきた。手や足は凍傷を起こしていたが、命に別状はなく顔色もいい。セキが安堵して一息つくや否や、その旅人は「けど、」と口を開いた。
「俺がテンガン山を降りるころ、誰か山を登るやつがいまして……こんな吹雪で危ねえって声をかけたんですけど、笑ってましたね」
 コンゴウ団の連中は、顔も知らぬその人間に同情する顔になる。
「なんだってそいつはそんなことを」
「自殺志願か……?」
 いずれにせよ、助けにいく術はない。雪の多く降ったばかりの山は斜面がゆるく、非常に不安定で登りづらい。今行けば、確実に自分たちの身が危うい。話にだけ聞くその人間を構う余裕はなかった。
 まわりが話で盛り上がる中、旅人の話を一部始終聞いていたセキは自分の肌をさすった。
 室温が数度、下がったような感覚。テンガン山のどこかから、こちらを見下ろされている気がした。色素のうすい目でじっと見据えて狙いを定め、不敵な笑みさえ浮かべて。セキは冷や汗を流し、奥歯を噛む。
(まるでオレらを試すような動きをしやがる……ウォロよ)
 セキは、こめかみに青筋が走った。しかし、今この場でみんなに気づかれてはまずい。たとえこの話に自分が参戦し「ウォロかもしれない」とのたまえば、団の連中はテルのために立ち上がる者も出てくる。そうなればウォロは絶対に現れない。かといって「様子を見てくる」とだけ言い、説明をしないまま行けば、冷静さを失っていると思われかえって自由な行動がしづらくなる。
「ヨネ」
 部屋の隅で成り行きを眺めていた姉に近づいて、ひそかに声をかける。ヨネはとっくに理解していて、うなずいてくれた。力強いそれが、セキにはありがたかった。
「行くよね、あんたなら。あとの仕切りはあたしが任せな。リーダーの頼みだし、なにより、」
 彼女は頬を上げてほほえんだ。
「かわいい弟の頼みだ」
 セキが小さく頭を下げると、ヨネは入り口に近づいて声を上げる。もちろん、中にいる他の人間には聞こえないように。
「ツバキ!」
「な! バレていたとは……!」
「なにかバレてただ。あんたも長のいない間を取り仕切んだ」
 室内に入らずに入口で様子を窺っていたらしい長身の男が、嫌そうな顔で中へ入る。それだけヨネの怒声は圧倒的に強制力があり、強い。セキは苦笑いをした。
「あとは頼んだぜ」
 と男──ツバキに言うと、歯をむいて文句を言われる。
「なんでアニキが行くんだよう、任せておけばいいじゃないか」
「おめえはオレが行くのをわかっていながら、駄々こねやがるな」
 セキは弟の言い分を聞きながら、あれこれ言いながらもこの男が優秀なキャプテンに育ったことにひそかに感動した。
 あの天候の中、テンガン山からこの負傷した旅人をすくい上げてきたのは他ならぬツバキだし、なによりキング場を任されているツバキだからこそ、山の状況はいちばんよく把握している。そして近頃の、敬愛する兄の動きからの察知。胸中穏やかではないだろう。だから、
「アニキ、絶対無理するなよう」
 と泣きそうな声をあげた。 かたくなに決意したセキをわかっての言葉だ。いつものように「泣きべそかいてんじゃねえ」とは、言えなかった。
「ありがとうな。行ってくる」
 昔のように、頭を撫でることはもうできないほど育った弟分に、肩を叩いてあとを任せた。
 厚着をし、馴染んだ外套を着た。山ははるか前方に、厳かにたたずんでいる。昔から見てきたはずの山並みが、今はとてつもなく巨大に見えた。巨大で、そして侵入を拒んでいるようにも。
 山の地図を開く。テルから聞いていたウォロの行きそうな場所は、すでにすべて行き尽くしていて、近頃では二人で顔を合わせたときに諦めが漂っていた。テルは今、最後の手がかりのありそうな群青の海岸を調べているところだろう。
(これが最後になる気がする)
 セキは歩き、踏み締めた雪の音を聞く。その雪が足のすね近くまで覆ったのを見つめながら考える。
(きっと、逃せば二度と捕まらない)
 セキの知るウォロは、そういう男だ。

 ◇

 二日後、雪の粒が太陽に反射してまぶしい昼間。セキはテルと、ベースキャンプで暖を取っていた。群青の海岸から慌てて駆けつけたテルは、落ち着かない素振りだ。期待に満ちている顔だが、反面不安げに瞳は揺れる。
 今までテルも自分もウォロを見つけることはできなかった。ヒスイにはもういないだろうとも想定しながら、半ば諦めかけていた。それが突然、降ってきた奇跡。セキはコンゴウ団を出たあの日、ついに手がかりを見つけた。
「罠かもしれない」
 セキは短く言う。テルもうなずいていた。
 ウォロの慎重さは、見習いたいほどに周到だ。ヘマをして居場所がバレるようなことはしない。だからこれはウォロが、探し回る自分たちに、さぞチャンスをくれてやろうと言わんばかりの撒き餌である。
……行くか」
 セキは急な坂を下ると、手を差し伸べた。テルがそこに手を添えて──その手は、わずかに震えている。
 怖いか、と聞こうとしたが、やめた。当たり前のことだからだ。ウォロとのことは話にしか聞いていないが、面と向かってはっきりと悪を向けられる気持ちは汲める。
 テルはそれでも足先で、凍った土を踏む。行くのをやめることはしない。霜柱が砕ける音がして、さらにテルの足は下へと進む。
 セキは手を握ったままでいた。テルもなにも言わず、握り返してくる。指先の冷たさをせめて温めようと、大きく覆ってやった。先ほどより、テルの震えは落ち着いていた。
 ──距離にして数十メートルのところに、それはあった。石切場の余り石でできた洞穴内に、錆びたランタンが置いてある。奥からポタポタと液体が垂れる音が響く。氷が少しずつ溶け出しているのか、地中に染み出した水なのか。うっすら肌寒い気温と、苔の匂いが漂う。一時的に雨風をしのぐにはいいかもしれないが、長居をするのは周りが完全に凍っている冬季期間しか無理だろう。
 火を起こすために集められた、太さの違う木の枝が並べられていて、その数が残り少ないことを悟るとセキはテルに言った。
「おそらく、春になる前にここはもう使われなくなるな」
 テルは辺りを見回している。
「セキさん、あの、どうしてウォロさんがいたとわかったんですか?」
……これがあった」
 セキが薪の横に置かれていた手紙を開ける。セキがここを見つけたときから、無造作にそこに挟まれていた。最初から、二人がここに来ることを見越して置いてあったのだ。巡礼者の道沿いにひそやかにあるこの洞穴は、旅人が足を休めるのにも、寝泊まりをしながら拠点にするにも使いやすい。あえて見つかりやすいところに居を構えたウォロには、この手紙を読ませる意図があった。
……読むか?」
 湿り気のあるこの場所は、肺に空気を入れづらい。けれどテルの呼吸が詰まるように不安定なのは、それだけじゃないだろう。
 セキのしろい息はときどき周囲に舞うのに、テルからは細いたなびきしかない。手紙を受け取る手はずいぶんまえに自分から離れてしまったので、もうとっくに冷えただろう。テルの固い表情に出会うのはもう何度目か。そのたびにセキの顔は大きく歪む。
 すべてが終わったあと、少年はまた笑えるのだろうか。
「読みます」
 少年は、セキの手から手紙を受け取った。渡すとき、刹那、指が触れる。寒さも相まって、やはりひどく冷たかった。
 セキは内容を知らない。紙の表面にすでに「テルさんへ」と書いてあったものを、先に見ることはできなかった。薄れた墨で、しかしたしかなウォロの文字の書かれたそれは、互いの使命を賭した二人しか覗いてはいけない世界だと思ったのだ。
 セキは、外に出てわずかながら残る葉を集めた。薪を折って焚きつけを作り、空気の通り道を確保してマッチを擦った。焚き火になるにはしばらくかかるが、寒いよりはマシだ。
 パチ、パチと赤黄色の熱がつく。いつか二人で見た、ポニータの毛並みよりも落ち着いた明るさだ。
 テルは火が起こるまで、手紙を持ったまま立ち尽くしていたが、わずかな木の合間に見える炎の兆しを目に映すと、黙ってそのまえに座って手紙を開いた。
……降り出したな)
 今日の雲はうすく穏やかで、雪は長くとも一時間も降らないだろう。しかし山の天気は変わりやすい。装備もそこまで充実したものを持ってきているわけではない。後ろから静かに聞こえる、鼻をすする音が止んだら一旦ここを離れなくては。
(空も、一緒に泣いてやってるみてえだ)
 できれば、天気よ、ひどくなじらないでほしい。テルが歩き出すときは、道を照らしてくれ。
 セキは洞穴の入り口で、空を見上げながら思った。

 ◇

 ベースキャンプまで引き上げたあと、互いに予定を確認して、毎日どちらかが必ず洞穴を見にいくようにした。吹雪の日は人影がないか目を凝らし、雪解けが進めばぬかるんだ土の足跡を確認する。木の幹に通り過ぎたときの傷がないか、どこかで食事をした跡地はないか。
 しかしウォロの痕跡はどこにもなかった。手紙だけを残してもうこの地は去ったのだ、とテルは言う。コトバキムラの宿舎で二人、昼食を食べ終えて話していたときのことだ。
 明日、セキが洞穴へ向かう日。もうこれで終わりにする、と二人で決めた。セキが見に行ってもいなければ、もうそこでウォロの捜索は打ち切りだ。
……手紙の内容は、なんだったんだ?」
 セキが今まで、尋ねたことのなかった話題。最後の最後に、そこに手がかりくらいはあるかもしれないと、わずかな望みをかけた。
 テルは重い口を開く。
「俺への、悪態……ですね。あとは、二度と探さないでくれ、とも。でも、最後に、図鑑の完成だけは生涯投げ出してはならない、と」
 悪態、とはやわらかい言い方をしたが、あの紙の内側にどんな怨念があるのか。呪いのような言葉が書かれているかもしれない。けれどテルはそれを、おそらくずっと持っているんだろう。ウォロは、失意の裏側にどこか、テルを憎んでいるのか、羨望なのか、本人でもわからない感情を持っているような気がした。
 言い終わったあとに苦笑いを添えて、テルはなんとかこっちを向いた。もうすぐ外は春になるのに、似つかわしくないほど固い笑顔だ。セキは自分より背の低いところにある頭を撫でると、安心させるようにほほえんだ。
「終わったら、ここへ真っ先に報告しにくるからよ」
 そのまま、頭から手を滑らせて頬をなぞる。ここ数十日、調査の合間でウォロの探索をしていて互いに傷が増えた。セキが手に巻くさらしは古びたし、テルの耳には切り傷がある。
「待っています」
 テルは頬にそえたセキの手に、自分の手を重ねてきた。それは誓いのようにも見える。
 一人で最後の報告を待つ夜は、どんな気持ちでいるのだろう。今の自分たちがやっていることは、ただ一人の人間を追うだけなのに、途方もなく、あてのない星を掴むようなものに見えた。
「リーフィア、しばらくテルといてくれ」
 高く鳴いたセキの相棒は、テルのそばへぴたりとくっついた。テルが驚いて、懐いてくるリーフィアをまじまじと眺める。
「オレだと思って、そばに置いてやってくれ」
 セキは笑って、リーフィアの頭を撫でた。少し崩れた毛並みを気にせず、嬉しそうにしている。
 テルは迷っていたが、ようやくゆっくり頷いた。「よし」とセキが快活に笑う。
 ──笑顔の下でセキは、胸騒ぎを感じていた。今晩、洞穴のある巡礼者の道に着いたら、なにかが起こる。今日が満月だからかもしれないし、ここ数日吹き荒れていた風が嘘みたいにないからかもしれない。
 こういう直感は、自然に身を置く自分たちにはとても大切な感覚だ。セキは特に、コンゴウ団の長として理性と直感のバランスを取ってきた。
 外れればいい、と思いながら、きっとこの勘は当たる、と体が知っていた。もしかしたら時を司るディアルガが、先読みをして教えてくれている、なんてことがあるのかもしれない。
 春の陽気がすぐそこまでやってきているのに、セキにはそれが、ただ生ぬるいだけに感じた。