朝見草
2024-11-13 20:29:58
Public
 

春の通い路

枝莉花が湖さんを尋ねる話
こちらのつづき
special thanks 湖さん、灯さん、潮さん

 海風に花びらの舞う弥生の末頃。ピンポーンとチャイムが鳴り、訪問の連絡を受けていた湖は、インターホンを確認することもなくはーいとドアを開けた。
「いらっしゃい~」
「こんにちは、湖さん」
 お邪魔しますと挨拶をする枝莉花は、白い花柄のレース羽織に苺の帯留めがすっかり春らしい。ちょうど今日の空模様のような、清々しい青色のカーディガンを着た湖は、枝莉花を自宅兼アトリエのリビングに案内する。丸い机を挟んで椅子に座ると、枝莉花はこれなんですがと本題のものを取り出した。
「こちら、湖さんの描かれたものかと思いまして」
 そう言って差し出された一枚の小ぶりなキャンバス。写実的な画風で二人の人物が描かれている。背景はどこかの水辺のようで、海祈の海にも似ていた。
「ん~?」
 絵を見た湖は目を瞬かせる。二人の内片方、着物を着ている人影は、どう見ても湖のアトリエに飾られている人魚だった。
「え~~?!」
「湖、どうかしたのか?」
「お客さんかの?」
 驚いた声を聞いて、キッチンに繋がるドアからひょこりと二つの頭がのぞいた。
「あら、灯さん!」
「おお、久しぶりだの」
 額に角のある人物が現れても、湖も枝莉花も怖がることはない。彼ら二人は——厳密には人間ではないのだが——、あの夏からの友人だった。
 元々は青中原という山の泉で暮らしていた人魚の蘭は、夏の終わり頃から画家である湖と共に生活している。本人魚曰く専属モデルだそうで、湖のアトリエにはいつ来てもたくさんの蘭のスケッチやデッサンが溢れていた。鬼火の灯は、現在どこで過ごしているのかを枝莉花は知らないが、蘭と仲が良いようでアトリエに遊びに来るとよく出くわす。二人とも今やすっかり人間社会に馴染んでいた。
「蘭さん、これ知ってる?」
 近くへ寄ってきた蘭に湖が尋ねる。描かれている当人魚は、キャンバス上の絵をひと目見て答えた。
「ああ、ゆめの湖のか」
 平然と言うものだから、滅多な事では動じない湖も珍しく困惑の色を浮かべている。
「ゆめの?というと」
 こちらも何も分かっていない枝莉花が首を傾げると、ええとね、と蘭は紙片を取り出した。桜色のそれには『3.1-3.31まで』と印字があり、どうやら定期券のようだった。
「買ったのかの?」
 不思議そうに券を覗き込んで灯が聞く。
「いや、普通に郵便で」
「あ~!前に何か届いてたね~。蘭さん宛のってめずらしいから覚えてる」
 ふるふると首を振った蘭に、湖も記憶をたどり同意する。
「では描き手の湖さんにも?」
「ううん~、あたしには届いてないよ」
 枝莉花が問えば、両手をひらひらさせて湖は否定する。顎に手を添えた蘭はどこか遠くへ視線をやった。
「あれは俺と湖が見ている夢みたいなものだからなぁ」
 謎の絵の正体がわかっているのは蘭だけだが、正直蘭の説明では要領を得ない。しかしそれは常からそうなので、これから会う彼女に聞けばいいかと枝莉花も思う。蘭と湖が見ている夢ならば、訪れた彼女は定期券を持っていたのかもしれない。身近な世界にも不思議なことがたくさんあるのは、枝莉花もよく知っている。

「そういえば灯さんは今日はなぜこちらへ?」
「ちょっと試食によばれてな」
「蘭さんが新しいお菓子に挑戦したんだ~」
「マジックケーキっていうのが楽しそうでね」
「枝莉花ちゃんも食べてく~?」
 三層に分かれるプリンみたいなケーキで、と生き生きと説明をする蘭をいえ、と遮り枝莉花は首を横に振った。
「潮さんと約束がありますので」
 ふふふ、とスマートフォンで口元を隠し笑みを零す。あの夏と変わらない、少女のような仕草だった。
「そっか。これ届けないとだよね~」
 頷いた湖は、自身の筆跡のキャンパスを見遣る。
 そこに描かれているのは橙色の着物を着た人魚の蘭と、黒髪を一つにまとめた制服姿の少女——田中潮の姿であったから。






~~おまけ~~

「そのうち俺と俺のツーショットが届くよ」
「なにそれ見てない描いてない~!」