朝見草
2024-11-10 02:27:55
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夢よりほかに

春の中羽骨董市
松原枝莉花と庄司蓬と本山弥生さんの遭遇。

「枝莉花さーーん!」
 三月の中羽。まだ風は冷たいが店の前は日当たりがよく暖かい。毎年恒例である骨董市で、今年の枝莉花は店番をしていた。ここ、御園骨董店の店主である祖父母は買い付けも兼ねた海外旅行中である。周囲の店は馴染みの顔ばかりなので一人の留守番に不安もなかった。
 その安心もあってか、日向ぼっこに丁度いい陽気でうつらうつらした意識を、聞き知った声に呼び起こされた。
「あら、あらあら、弥生さん!」
……こんにちは、枝莉花さん」
「ふふ、蓬もいらっしゃい。二人とも白百合の芽の活動中ですか?」
 露店に向かって駆けてきた来たのは、白い揃いのワンピースに身を包んだ少女二人。弥生と蓬と呼ばれた彼女らは白百合の芽というボランティア団体に所属していて、揃いの服はそこの制服だ。
 まだ真新しい制服の蓬という少女は枝莉花の従姪で、数年前にこの骨董市で見かけた白百合の芽の少女に憧れてとうとう活動に参加したのだった。顔も忘れてしまったその憧れの少女というのが今隣にいる弥生なのだが、それは枝莉花だけが知っている。
 枝莉花は訪れてくれた二人を見るとあぁ、と思いついた様子で、少し待っていてください、と骨董店に引っ込むと、何かを皿に乗せて戻ってきた。
「琥珀糖なんですが、よかったら」
 練習していたら作りすぎてしまってと差し出した皿の上には濃い青、淡い水色、きらきらした透明。ガラスの破片のようなそれらがやわらかな日差しを受けて儚い存在を主張する。お菓子であり宝石でもあるような塊をひとつ、弥生はつまみ上げる。
「きれーい!」
と声を上げはしゃぐ様子を枝莉花は目を細め眩しそうに見つめた。
 最近の松原枝莉花は琥珀糖にご執心だった。あの夏に巡り会った、敬愛する氷コップの色合いを再現しようと始めたお菓子作りに段々熱が入り、気が付けば大きな瓶いっぱいに甘く青い欠片が詰まっている。しかし砕けた破片の形状になってしまうのは、ガラスであるおにいさまにとってやはり不吉だろうか。
 そんなことに思いを巡らせため息を溢せば服の裾を引かれる。こちらを見上げた何も知らないはずの蓬が首を振り否定の意志を示すので、枝莉花はありがとうと小さな頭に手を伸ばした。横で琥珀糖を頬張っていた弥生はきょとんとしていたが、二人を見ると私もー!と一緒に蓬の頭を撫でるので、枝莉花はそれにも、ありがとうと笑って頭を撫でるのだった。

 ごちそうさまでした!と食べ終わった弥生と蓬は行儀よく両手を合わせた。休憩時間が終わり、他の白百合の芽の団員と合流して活動があるらしい。
「蓬をよろしくお願いしますね、弥生さん」
「まっかせてください!」
 胸を叩いて見せる小さくとも頼もしい姿を蓬はきらきらした目で見つめていた。
 さようならー!と元気に去っていく弥生と、弥生に手を引かれ小さく手を振る蓬。かわいらしい後ろ姿が見えなくなるまで手を振り返す。
 どこからか南風が桜を運んできて、枝莉花は春が来たのだなと思った。

 春風を見送り、枝莉花も休憩は終わりだと店に戻る。少女達が来るまでにいくらか品物が売れたので、商品の補充が必要だったことを思い出し、在庫の箱を開ける。
「あら?」
 いつの間に紛れ込んだのだろう一枚の絵。祖父母が仕入れたにしては新しく、枝莉花には見覚えもない、しかし見慣れた筆跡。
 枝莉花はスマートフォンを取り出すと、慣れた様子でメッセージアプリを立ち上げた。