ちこと
2024-10-29 20:43:53
7426文字
Public poke小説・SS
 

【短文まとめ】きみと夜のあいだにて

2020~2021年頃にTwitterにあげた短文のまとめです。ゲンガー+サトシで3本です。ラスト一本がほんのりホラー風味なので、念のため苦手な方はお気をつけください。



3.きもだめし
※微ホラー


 肝試しの後片付けは、〝お兄さん〟たちの仕事だ。
「みんな楽しんでくれて、よかったな」
「ムウマやゲンガーもはりきってたしな」
「あれ、そういえばコハルは?」
「ひとあし先に帰るってさ。ソウタがもう寝る時間だから」
「そっか」
 屋敷の玄関で手を動かしながら、サトシとゴウは今日を振り返っていた。
 今宵開かれたのは、子どもたちの肝試し大会だ。ソウタとその友人たちにねだられ、サクラギ研究所の研究員たちで取りしきることになったのだ。研究所の敷地内であっても屋敷を囲む森は深く、日が落ちれば〝それらしい〟雰囲気を作るのにはもってこいだった。とはいえ子どもだけで森に入りこむのは危険なので、屋敷の周囲を回ることを基本とし、折り返しのチェックポイントを森の手前の草むらに置くのみにとどめた。
 道中の仕掛けを動かす役、自ら驚かすお化け役、影からこっそりと見守る役。大人たちと〝お兄さん〟たちはそれぞれ分担し、子どもたちのための肝試しを作り上げたのだった。そのときにひときわはりきり、楽しんでいるように見えたのは、サトシのゲンガーとゴウのムウマだ。
「ムウマは相手の怖がる心を栄養にするらしいんだ」
「あー、だからか。ゴウのムウマも」
「おどかし役、めちゃめちゃ気合い入ってたっしょ」
「みんなの悲鳴、すごかったもんな」
 サトシのゲンガーも生き生きとおどかしていたが、上がった悲鳴はムウマのほうが大きかったように思う。ゲンガーがちょっぴり悔しそうな顔をして見えて、サトシにはそれがなんだか可愛く感じられたのだった。
「あれ」
「どうした、サトシ?」
「なあゴウ、カード回収したっけ」
「あ、そういえばまだだったかも」
 肝試しは、チェックポイントに置かれたカードをひとり一枚とってくる、というルールだった。折り返し地点として森の手前に設置したそれを、ふたりとも回収し忘れていたことに気づく。
「おれちょっと取ってくるよ。ゴウはここ頼む」
「ああ、サンキュー」
 解体途中の仕掛けを地面に置き、サトシは駆け出した。その足音を聞きとめてか、相棒の耳がぴんと立つ。
「ぴかぴ?」
「あ、ピカチュウ。おれちょっとあっちに行ってくるな」
 ピカチュウはサルノリの面倒を見つつ、仕掛けのパーツを箱に仕舞うという重大な役目を果たしていたところだった。サトシが向かうのは屋敷の裏手であるから、数分と経たず戻ってこれる。
「すぐ戻るから」
「ぴかちゅ」
 ピカチュウがこくりと頷くと同時、サルノリが木の棒でパーツを叩いて遊びはじめた。ピカチュウとゴウが慌てて止めに入る。それを横目に苦笑し、「じゃあいってくる」とサトシは再び駆け出した。


 玄関の喧噪も、遠ざかれば気配は小さくなる。屋敷が大きな影を作っており、月明かりの下であっても、ふと周囲が暗くなったように感じた。
 森の手前、草むらをすこしかきわけたところに、チェックポイント用のちいさな台と、ここまでたどり着いた証である手製のカードが残されていた。カードをポケットに突っこみ、台を両手で抱え、サトシは振りかえる。
 ひやり、と空気が揺れた。
……あれ」
 夜とはいえ、さほど涼しくはなく、むしろ汗ばむほどの体感だったはずだ。それだというのに、サトシの二の腕に鳥肌が浮かんでいた。
 ふと、顔をあげる。目の前にそびえ立つ屋敷は、月明かりを阻み、大きく暗い影をサトシへと落としていた。
 玄関の喧噪は遠く、サトシのほかに、温かい息づかいはひとつもない。背後には、無限に続くかのような闇をたずさえて、森がその入り口をぽかりと開けている。
――っ」
 弾かれたように歩きだす。台を抱えているから走りにくく、それでも自然と早足になる。
 ほんのすぐ近くに、ピカチュウもゴウもいるはずなのに。そう、あの角を曲がって、もう一度曲がれば、すぐそこに。
 頭ではわかっているのに、心ははやるばかりだった。もどかしく足を動かすうちに、左足が右足にもつれてしまう。
「あっ」
 右足をそのままむりやり伸ばし、なんとか転ばずに済んだ。だが一瞬、歩みが止まる。
 そこで肩がぎくりとこわばった。足を止めたサトシの背後、なにか、闇のなかにこごったものが迫ってくるような気がした。すうと血の気が引く。
――
 何か、いるのだろうか。
 寒い。――怖い。
 ぶわり、〝なにか〟の気配が濃くなる。
 心臓を氷の手で掴まれたような、気がした。



――げんがっ」
 闇色のからだが突然、にょき、と勢いよく、屋敷の壁から現れた。
「わっ! ……ゲンガー?」
「げんっ」
 いつものように口をみかづき型にして、にんまりとした笑みを浮かべたまま、ゲンガーはサトシと目を合わせる。壁をすり抜け、サトシの隣に浮かび上がった。
「あぁ、びっくりした。どこにいたんだ、おまえ?」
「げんげろ」
 サトシの問いには応えようとせず、ゲンガーはサトシの周囲をふよふよと回る。サトシはそれを目で追いかけたが、なにをしているのか判然としない。
 これもいたずらの続きだろうか。突然目の前に現れて、それはもう驚いた。心臓はまだちょっとばくばく鳴っている。だがサトシの、凝り固まっていた肩の力はとうに抜けていた。
 ゲンガーはすいとサトシの背後に回る。と、今度は地面をじいっと見つめはじめた。
「ゲンガー?」
 サトシが尋ねても、ゲンガーは目線をそらさない。にまにまと笑っていたはずの口もとが、いつの間にか反対向きになり、逆さのみかづきとなってきゅっと結ばれていた。
……げん!」
「うわっ」
 突如、ゲンガーの姿がかき消えた、ように見えた。一拍おいて、そうではないと分かる。
「おぅい、ゲンガー」
 サトシは地面へと呼びかけた。正確には、地面に落ちる自身の影に。
 消えたかに見えたゲンガーは、一瞬のうちにサトシの影のなかへと入りこんだのだった。
 ふたたびひとり残されて、サトシの肩がふるりと震える。屋敷からかかる影はいまだ暗く、思い出したように空気が冷たく感じられてきた。
 サトシの影は、黙ったまま動かない。
……なぁ、ゲンガー……?」
 思いのほかちいさな声が、サトシの口もとからこぼれる。その声の残滓が完全に夜の闇へと消えるころ、サトシの影は、むくりと頭をもたげた。
「わっ」
 影は影のままふくらみ、大きくなる。やがて風船が弾けるかのようにして、ふたつのシルエットが飛び出てきた。
 ひとつはそのまま森の闇へと消えてゆく。その直後に、サトシには見慣れた背中が姿を現した。
「げんがっ!」
 大きな声を、追い立てるように上げる。その声から逃れるかのように、はじめの影は闇のなかへととけて消えた。
 人間で言うところの、肩をいからせるかのような仕草で、ゲンガーは森の奥をにらみつける。
……げ、ゲンガー? どうしたんだよ、おまえ」
 一部始終がなにもわからず、サトシはぽかんとした声を漏らした。それを聞きとめてか、ゲンガーはやっとこちらを向く。
……げんがっ」
 今度はサトシを追い立てるかのように、ゲンガーが背中をぐいぐいと押してくる。されるがまま、サトシは振りかえり、今度こそ玄関へ向かって歩きだした。
 だがそこで、手が軽いことに気づく。いつのまにか台を降ろしてしまっていた。
「ゲンガー、ちょっと待って。台が」
「げん?」
 振り向けばゲンガーの大きな瞳と口がある。そしてその斜め上に、サトシが手放したはずの台がふよふよと浮いていた。ゲンガーが〝サイコキネシス〟で運んでくれているのだ。
「あ……サンキュー」
 そう言うと、ゲンガーの瞳と口もとがやっと緩んだ。
「げんがっ」
 にこにこと笑ってみせる。ずいぶんとご機嫌なようだ。サトシの頬も自然と緩む。
「今日はサンキューな。おかげでみんな楽しめたよ」
「げん」
「ゲンガーはどうだ? 楽しかったか?」
「げんげろげ~っ」
「そっか、よかったなぁ」
 ふたりでそんな声を交わしながら、穏やかに歩を進める。間もなく、行く先に明かりが見えてきた。
 サトシは知らず息をついた。ほら、やっぱり、こんなに近い。
 相棒たちが待つ光の下に、駆けてゆく。






 サトシの背中を見、ピカチュウがその胸に飛びこむのを見届けてから、ゲンガーはこっそりと振りかえる。
 森は静かに佇みながら、そっと闇をいだいている。そのなかにちらりと覗く気配に向けて、ゲンガーは思いっきり〝あっかんべー〟をしてみせた。


 ゲンガーの居ぬ間に、油断も隙もない不届き者がいたものだ。
 あの世とこの世がほんのすこしだけ近づいた瞬間に、こっそりと侵入してきた。
 サトシの影に入ってよいのは、このゲンガーだけだというのに。


「おうい、ゲンガー。おまえもはやくこいよ」
……げんがっ」
 もう一度だけ〝あっかんべー〟をしてから、ゲンガーは灯る光の先、サトシのもとへと飛んでいった。