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しちろ
2024-02-14 16:15:27
25351文字
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LOM・宝石泥棒編
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宝石泥棒編 8
『月読の塔の誘惑者』25000字。
1
2
3
瑠璃という男は、パートナーのためならどんな無茶でもする。
だからこんな事態など、少し考えれば予想できたはずなのだ。
それなのに甘く見積もったのは、瑠璃の怪我の程度があまりに重かったからだが、容易に予測できたであろう瑠璃の行動を見逃したのは、カイには痛恨のミスだっただろう。
シオンと会い、ドミナから帰宅したカイは、文字通り飛び上がって驚いた。
「瑠璃がいない!」
彼を寝かせていた自室に上がると、ベッドがもぬけの殻になっている。さらに剣が二振りともなくなっていた。それを持ってちょっと散歩、というわけではもちろんあるまい。
「コロナ、バド!」
弟子たちに確認しに行くと、双子の顔がそろって蒼白になった。二人ともずっと居間にいたのだから、彼らの目を盗んで出て行くことは難しい。誰も開けた覚えのない二階の窓が開いており、そこから抜け出したとしか思えなかった。
「もう、無茶するなあ! 落っこちて死んじゃったらどうする気なんだい!」
窓から身を乗り出し、カイはいない相手に向かって怒鳴りつけた。見渡せる限りすでに姿はない。あの状態でよく動けたものだが、瑠璃の性格を思えばじっとしていることなどできなかったのだろう。
「瑠璃ぃ、薬もらったよ~! 瑠璃ぃ! る~り~く~ん! おーい!」
「瑠璃のおにいさ~ん! 帰って来て下さ~い!」
可能な限り大きな声で呼ぶが、渡り鳥が行く寒空にむなしく声が消えていくだけだ。追いかけようにも、誰にも一言も告げもしなければ書き置きひとつない。いったいどこに行ってしまったんだか。
ダッシュでドミナに逆戻りする羽目になったカイは、早速、空き家のドアを高速連打してシオンを呼ぶことになった。
「たしかに呼べとは言ったけど
……
いくらなんでも、早すぎやしないか
……
」
「しょうがないでしょ、文句なら瑠璃に言ってよね!」
アマンダ&パロット亭で彼と(というよりカイが)食事したのは、つい先刻のことである。
相変わらず青白い顔のシオンに対し、早口で経緯を説明したカイの顔は、焦りと興奮ですっかり赤らんでいた。
「あの傷で動いたら死んじゃうよ! ここまでの道にはいなかったし、今回はメイメイの占いも当てにならなかったし!」
ここで言うメイメイの占いとは、真珠姫の行方を占ってもらったものである。結果は次の通りだった。
『タコムシがクッションの下に隠れてるから、潰さないように気を付けて! です』
なお、本当にタコムシはマイホームのクッションの下にいた。メイメイの占いときたら、どうでもいいことはよく当たるのに、肝心なことはさっぱりダメだ。
「目撃者っぽい人もいないしさ、どうしよう、急いで見つけないと
……
!」
「あのな」
じたじたするカイに、シオンがあきれ顔をした。
「お前、今、自分で言ったろ。落ち着いてよく考えろ。そもそも瑠璃は、なぜ出て行った?」
「なぜ、って?」
カイがはたりと動きを止める。気ばかり急いていて、まともに頭が働いていなかったのだ。
「そりゃあ
……
もちろん
……
真珠ちゃんを、探して
……
」
自分で言いながら、カイは元から丸い目をさらにまんまるにした。
考えるまでもない、簡単なことだ。なぜ気づかなかった。
瑠璃は真珠姫を追っているはずだ。探すべきは瑠璃が行きそうな所ではない、真珠姫が行きそうな所
――
それならば、真珠姫が自分の意志で訪れた場所が、カイの知る限り一つだけある。
「わかった、レイリスの塔だ! 瑠璃が行くなら、きっとそこ
……
!」
しかもレイリスの塔は、黒真珠の女性
――
レディパールがいた場所でもある。おそらく瑠璃も同じように考えているだろう。
「すぐに行こう! あの怪我でサンドラや魔物に会ったら大変だよ!」
瑠璃は手負いだ。道中で倒れているかもしれないし、宝石泥棒だって狙っているかもしれない。
さっそく走り出しそうになったカイを、シオンが冷静に引き留めた。
「カイ、お前はあの塔につながる鏡を持っている。焦らなくていい。お前の、アーティファクト使いの能力なら、今からでも瑠璃に追いつける」
■■■
月読の鏡を書斎の引き出しから引っ張り出したカイは、シオンを連れ、迷わずレイリスの塔へ向かった。逸りがちな心と足をしばしばシオンに諫められながら、ロアの町を通り過ぎ、塔のある森へ入る。
冬も間近な常夜の森は、ますます闇の色濃く、陰鬱としていた。針葉樹に覆われた空は塗りこめられたように重苦しい墨色で、星も月も、分厚い雲に阻まれてほとんど見えない。できれば道中に瑠璃を捕まえたかったが、それは叶わず、塔の異様な姿が近づいてくる。
「ここまで来て、もしハズレだったらどうしよ」
「その時はまた、その時考えればいいだろ。前にここ来たときの根性はどうした」
「う、うん。そうだよね! よし、行こう!」
ガトやジオでの件があって以来、どうも気が弱りがちだ。この地域の不気味な雰囲気も、気が滅入る原因なのかもしれない。
気合いを入れなおしたカイは、双子鳥の門にたどり着いたところで声を上げた。
「あっ!」
怪鳥の台座の足元辺り、何やらうずくまる影が見えている。人のようだが、黒々とした塊に見えてよくわからない。
「あれは
……
」
その時、厚い雲の切れ間から鈍い月光が届いた。くすんだ砂のマントに特徴的な羽根飾り。黄ばんだ月明かりに青い石の装飾が照らされて、きらりと光る。
「瑠璃!」カイは矢も楯もたまらず駆け寄った。「瑠璃、大丈夫!?」
まさか
……
。
顔を青ざめさせて、動かぬ瑠璃の前に回り込み、しゃがみ込む。
大きな声で何度か呼ぶと、瑠璃は切れかけたゼンマイ人形のようなぎこちない動きで、ゆっくりと顔を上げた。
「
……
やあ、アンタ。追いかけてきたのか」
瑠璃のかすれた声は、かろうじて聞き取れるくらいに小さかった。息は細く、蒼白の顔には脂汗がびっしり浮かんでいる。そのくせ表情だけは悪びれもしないような苦笑いを浮かべていて、心臓が縮む思いだったカイは一瞬、毒気を抜かれた。とりあえずはまあ
……
生きていてよかった。
よかったのだが。
無事と分かると今度は、腹の底からむかむかと怒りが込み上げてきた。
「やあ、じゃないよ! みんな、どれだけ心配したと思ってるんだい!」
勝手に出て行っておいて、なんなんだ、その態度は!
カイが瑠璃に出て行かれたのは二度目である。ここぞとばかりに怒りをぶちまけるカイに、瑠璃は、すまないと息も絶え絶えに詫びた。まったく、この状態でよくここまでたどり着いたものだ。
「
……
また、一人で探すつもりだったの?」
半眼で口をとがらせて、少し、責めるような言い方になった。瑠璃の瞳に、申し訳なさそうな色が浮かぶ。
カイは「はあ
……
」とため息をつき、頭を搔いた。最近、あんまり搔きすぎてハゲそうだ。
「ここに、真珠ちゃんが?」
「ああ。おそらく、あの部屋にいる
……
」
瑠璃が思いつめたような眼差しで塔を見上げる。壊れかけの核に、何らかの煌めきを感じたのか。
一緒に来てくれないかと乞われて、カイはふくれっ面のまま提げていた鞄を開けた。
「キミさぁ、あたしのこと頼る気があるなら、最初からそう言ってよね。それに、真珠ちゃんのことを心配しているのだって、キミだけじゃないんだよ」
「
……
すまん」
どうやら瑠璃は、人を頼ることに慣れていない。自分一人で何とかすることに、あまりに慣れすぎてきたのだ。
珠魅の境遇ゆえの不器用さに複雑な気分になりながら、カイは大事にしまっていた革袋を取り出した。
「なんだ」
「いいから」
いささか固すぎる袋のひもを解き、こぼしてしまわないよう、そっと口を傾ける。広げた手のひらに、さらさらと無色の砂が落ちた。硝子とも水晶とも違う、幽かな煌めき。最後の一粒が落ちきると、砂は淡く光り、傷ついた瑠璃の核をかすかに照らした。
「これは
……
」
驚きの表情を浮かべ、瑠璃が核に触れる。さすがに、核に入ったヒビまでは修復されてはいない
――
が、その顔からは苦痛の色が消えている。
「良かった
……
効いた
……
」
カイの全身から力が抜けた。今の今まで、本当に気が気ではなかったのだ。
「アンタ、これはどうした? そもそも、なんだこれは」
「ああ、これはね」
カイが説明する前に、少し離れて立っていたシオンが、瑠璃には見えないように口元に指を立ててあてた。
「
……
まあ
……
ちょっと
……
ツテがあってさ」
「ああ
……
?」
そもそも説明しようにも、カイにも正体はわからない。シオンは、マナの結晶みたいなものだと言っていた。
「ちょっとは動けるようになったからって、無理ができないことに変わりはないよ。このお薬もこれっきり」
言いながら、元通りに砂をしまう。役目を終えた砂は白く濁っており、もはや効果がないことを告げていた。これ以上核を損傷すれば、今度こそ砕けてしまうかもしれない。痛みにしてもせいぜいマシになったといったところで、実際、立ち上がった瑠璃は痛そうに頬を引きつらせた。
「ほら、元通りに動くのは無理だよ。塔を登るならあたしたちが行くよ」
「いや、十分だ。これなら」
塔の最上階を
――
その中にある運命の部屋を見据え、瑠璃は強くこぶしを握り締めた。
「真珠は、真珠だけは
……
オレが守る。守ってみせる」
それは、騎士としての決意に聞こえたが、どこか自らに言い聞かせているようにも、カイには思えた。
「ここに来るのは、二度目だね」
塔の最上階を目指し、前回は真珠姫と登った同じ道のりを進む。
内部は迷いやすい構造になっているが、幸い経路は記憶に新しい。
崩れかけた大階段を上り、仕組みの分からない昇降装置を使って、魔物を排除しながら着実に上階へと進んでいく。
「瑠璃、調子は?」
「見ての通りだ、戦うには支障ない」
戦う瑠璃の動きは俊敏だが、万全の状態に比べればやはり精彩を欠いている。ときおり顔をしかめる瑠璃を、カイがシオンと二人でフォローしながら、決して無理はしないようくぎを刺す。本音はどこかで休ませたいところだが、そうしたところで彼なら一人で真珠姫の元へ向かってしまうだろう。
そういえば
……
。
半分ほど来たところで、カイは思いきって訊ねてみた。
「あのさ、瑠璃
……
核に、反応は?」
いつもの瑠璃ならば、「煌きを感じる」と言っているところだ。それが今日は一度も聞いていない。
しばらく待っても返事がなかったことで、カイは察した。
「
……
怪我、してるからかな」
一行の空気が重いのは、塔の淀んだ雰囲気のせいだけではないだろう。
最後の大階段を上がると、大きく壁が切り取られた回廊に出た。先の角を曲がれば終着点だ。
「最上階だね」
真珠姫がいるのは、あの部屋に違いない。この先にある、運命の部屋。
以前、真珠姫と訪れたとき、部屋で待っていたのはレディパールだった。今は二人のうちどちらがいるのだろう。
カイは扉へと歩を進めると、瑠璃が前に出た。
「この運命の扉は、中をにいるやつを知るものにしか扉を開けないんだそうだ。中にいるのは真珠姫だ。オレが開けるよ」
瑠璃の両手が扉にかけられる。
「
……
っ」
何やら、強く反発する力が働いた。何か見えない力が瑠璃を押し返し、瑠璃は回廊の中ほどまで後退させられる。
「瑠璃、大丈夫!?」
「
……
オレを拒むのか? オレの持つ記憶だけではこのトビラは開かないのか? 真珠
……
」
困惑する瑠璃に何と声をかけてやればいいか、カイはわからなかった。この中で真珠姫のことを一番よく知っているのは、長く過ごしてきたのは彼のはずなのに。メキブで黒真珠に出会ってから、瑠璃の様子は明らかに変だ。
――
前に来た時、ここにいたのは、レディパールだったけれど
……
。
瑠璃に代わって扉に手をかけ、カイは、探し求める白真珠の姫と黒真珠の騎士の姿を思い浮かべた。
真珠姫と、レディパール。とてもよく似た、真珠の核を持つ二人の珠魅。
レディパールは真珠姫を喚び、真珠姫は騎士の力を求めてレディパールとなった。それはきっと、危機に瀕した瑠璃を救うため。真珠姫が恐れながらも探し求めていたのは、もう一人の真珠だったのではないだろうか。
「
……
真珠ちゃん」
真珠姫は、レディパールは、今何を思うのだろう。
カイが扉を両掌で押してみると、見た目の重厚さに反して、まるで重さを感じなかった。
そして、羽根のような軽さの扉を開けた先に。
「あの人は
……
!」
真珠姫とレディパールが、部屋の中央で向き合っていた。
■■■
黒と白は対峙していた。
片方は白真珠。もう一方は黒真珠。
真実を知るものがほとんどいない中、彼女たちだけは知っている。これは現実にはあり得ない。けれども夢とうつつの境のような、古の魔力に満ちたこの部屋だけは、こうして互いの姿を見ることができる。
黒真珠
――
レディパールはひとつひとつ確認するように、真珠姫に説いていく。
「真珠姫
……
お前の目的は玉石の座につくこと」
「はい
……
」
「真珠姫
……
お前は玉石の座につき、玉石姫となる」
「はい
……
」
「蛍姫の跡を継ぎ
……
一族のためにその命を削るのだ」
「はい
……
」
その関係は、一見すれば主と従。レディパールは真珠姫を意のままにし、命じられる真珠姫は、従順な羊に思えたけれども。
「真珠姫
……
お前は己の命を涙石とし、皆に分け与えるのだ」
真珠姫はそこで、初めて沈黙した。
構うことなく、レディパールは言葉を重ねる。
「お前の命が
……
尽きることになっても、涙石を作り続けるのだ」
真珠姫のこわばる唇が、雪の積もる花弁のように細かく震えた。
瞳を恐怖に揺らし、声を振り絞る。
「
……
い
……
や
……
」
レディパールはなだめるように声をやわらげた。
「言うことをお聞き。最良の策だ。きっと彼が聖剣を手に入れ、マナストーンの原石を持ち帰る。それまでの辛抱だ」
「い
……
や
……
死にたくない
……
」
「そうするんだ
……
」
静かな、しかし有無を言わさぬ声音。小さな真珠姫を圧倒する、強い眼差し。しかし
――
。
「いや!」
真珠姫は、今度こそ明確に拒絶を示した。レディパールの威圧を跳ねのけ、全身全霊で要求を拒む。
「やめろ!」
運命の部屋に飛び込んだ瑠璃が、二人の間へ割り込んだ。カイとシオンが続く。
「瑠璃
……
くん
……
」
真珠姫が怯えきった、しかし安堵したような顔で瑠璃を見た。桃色をしている頬も唇も、今や白磁の陶器のように色を無くしている。
一方のレディパールは、瑠璃の登場を予測はしていたのか、驚くそぶりは見せなかった。それとも、凍てつくような空気を纏う彼女は、心を乱すということはないのか。乱入してきた若い騎士など意にも解さぬ様子で、レディパールは冷たく言い放った。
「ラピスラズリの珠魅よ、手出しは無用。これは私の問題だ」
「真珠姫はオレのパートナーだ!」
瑠璃はさらに前に出て、真珠姫を背に庇う。
「引け、死ぬぞ」
「オレが守ると誓った。引くことはできない!」
瑠璃は、噛みつくような眼差しでレディパールを睨み付ける。ここに来るまでの瑠璃には、どこか迷いのようなものが見えた。だがレディパールに真珠姫を傷つける意図がある以上、瑠璃に退く道はない。
「命知らずな
……
まあよかろう。ここを汚したくない。下へ降りたまえ。そこで決着をつける」
「わかった」
瑠璃が同意する。カイから見た彼の姿は、立てた誓いを守ろうとする騎士のそれだった。
「真珠姫
……
お前はここで待っていなさい」
「
……
」
「心配は要らない。お前の運命は決まっているのだから」
「真珠姫
……
大丈夫だ。必ず迎えに来る」
「うん
……
」
双方向から二人の騎士に語り掛けられたが、真珠姫は瑠璃に頷いた。
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