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しちろ
2023-05-07 20:03:02
27890文字
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LOM・連載主人公の短編
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いつかどこかのファ・ディールで
聖剣LOM。男主人公の昔話。pixiv投稿作品。28,000字。
1
2
3
◆ハーブティー◆
たくさん死んだ。あまつさえ、真珠姫を犠牲にした。
――
最終的には多くが救われたのだから、いいのじゃないか。
頭の片隅で、もう一人の自分がささやく。
……
いいわけがない。
救われる保証があったわけじゃない。
救われる者もいるが、帰ってこない命も、また多い。救われるからと言って殺されていいはずがない。
『すべてを救いたいだなんて傲慢だ』
シオンがもし、同じ悩みを持つ誰かに相談を受けたなら、シオンはおそらくそう答えるだろう。ヌヌザックが言うように、一つの命が守れるのは自分自身とあと一つがせいぜいだ。それにはシオンも同意する。けれど、自分自身のこととなると話は別だった。
手の届くはずの人、それすら自分は守ることができない。
命を落としたうちの何人かは、そもそも誰かに救われることなど望んでいないし、とりわけガトの聖騎士や悪魔などは、こんなことで悩むこと自体、彼らの矜持を傷つける気がする。それでも思わずにはいられなかった。
お前に力などはない。守ることなどできない。
命が一つ失われるたび、そして定められた手段でしか救えないたび。生かす命を、選別させられるたび。
シオンは自分の限界を突き付けられているようで、悔しくてならなかった。
「シオンさん、帰ってくるたびお酒ばっかり飲んで
……
。ちゃんと食べて、夜は休んで、少しお酒は控えてください!」
「平気だよ。俺は酒には酔わないし
……
あっ」
コロナは有無を言わさず、シオンの手からエールを取り上げた。この師匠、武術や魔法の腕前は若さに見合わず超一流だが、霞みたいに浮世離れしているし生活は無茶苦茶だし、とにかくとにかく! とにかく、本気で手がかかる。
「そういうことじゃないです! これ以上は身体に良くありません!」
「
……
そうは言われても」
師は子どもっぽく不貞腐れている。そうしたところで可愛くもないし、飲んだくれのオヤジになるには若すぎるし、本当にやめてほしい。
「文句言わない! 飲むならこっち!」
「
……
ハーブティー?」
「トレントから採れたミントです。よく眠れます」
「
……
」
シオンの目の前で、入れたてのハーブティーが湯気を立てている。
手も付けられずに見つめている師へ、弟子の少女はすまして言った。
「入れ方も、教えてあげても、いいですよ?」
◆潮時◆
(あれ? 剣がない
……
)
外出しようとして気がついた。
玄関横のいつも立てかけてある場所に、大剣がない。
シオンは出がけにここから剣を取って持っていく。瑠璃などには不用心だから場所を変えろと怒られるが、前々からの習慣になってしまっている。
(誰か、持って行ったな
……
)
実は、シオンには同じ経験がある。
もしかしてと思い、まっすぐに作成小屋の楽器室へ向かった。
……
やっぱりあった。パイプオルガンの中。
「お前の選んだ運命だ。受け入れるがいい」
それは、二度目の女神の夢を見るよりずっと前。ウルカン鉱山で初めてエスカデと剣を交えたときのことだった。
歴戦の聖騎士と、まだ駆け出しだったシオンでは、剣の腕も体力も体格も、全てが違っていた。最初は互角に見えても次第に押され、しまいには大技をまともに受けて大怪我をした。危うく死にかけた。
なんとか生還したが、双子は大泣きした。
剣がなくなったのは、その傷が癒えたころだ。自由に動けるようになり、また出かけようと思った時。
犯人はコロナだった。
またどこかでマスターがケガをしたら、死んじゃったらどうしよう。
悪いことだと知りながら、彼女はシオンの剣を隠した。子どもなりに必死に考えたのだろう。ちょっとやそっとでは見つからない、作成小屋の楽器室にあるパイプオルガンの中に。
泣きじゃくるコロナと、姉を責めながらもやっぱり大泣きしたバドに、シオンは一つ約束した。必ず無事で帰ってくること。コロナとバドを遺して、勝手にいなくなったりしない。両親を亡くした双子に、さらに保護者代わりの自分まで失わせる残酷さを、シオンはよくわかっていた。
けれど、その約束も結局、マナの聖域で破ってしまった。
煌めきの都市で、瑠璃との約束を破ったのと、同様に。
苦い記憶を振り返りながら剣を取り出すと、楽器室の外でバタバタと足音がした。
「うわっ! 師匠! もう見つかった!」
「バド。もしかして、お前が?」
「ご、ごめんなさい~」
バドが首をすくめた。
怯える弟子にコロナの姿を重ねながら、シオンは妙な感心をさせられる。さすが双子。考えることは一緒らしい。
「一応聞く。なぜやった?」
返事はない。
「バド」
「
……
辛そうだから」
うつむいたまま、バドはぼそりと答えた。
「師匠が強いのは知ってる。たくさん人を助けたことも、世界を守ったことも。でも師匠、ずっと辛そうにしてるだろ。そんな顔してまで行かないでよ
……
」
「
……
」
「
……
ごめん、師匠。大事な物なのはわかってる」
消え入りそうな声で謝るバドの目には、うっすら涙が浮かんでいた。
弟子は賢い。
剣士であるシオンから愛剣を取り上げるということがどういうことか、重々承知しているはずだ。例えばバドならば母の形見のフライパンを、コロナならば父との思い出のホウキを奪うのと変わらない。それでも、やらずにはいられなかったのだろう。
小さい身体をさらに小さくしている弟子を見つめ、シオンはふうと息を吐いた。
「
……
かまわないよ、別に」
「え?」
「隠したこと自体はよくないけれど、剣は別にかまわないと言っている。潮時かなって自分でも思ってた」
◆赤き堕帝◆
静かに暮らそう。
コロナとバドと、サボテンと。
双子を泣かせるようなことはもうやめて、弟子の勉強をみてやりながら、以前のように果樹を育て獣を狩り、雨が降れば本を読もう。
刀鍛冶を覚えたし、魔法楽器を作ることもできる。生計は十分に立てられる。たくさん稼げば、もう一度コロナとバドを魔法学園に通わせてやることだってできるかも。本人たちが希望するかはわからないが、彼らが望んだ時のために選択肢くらいは用意しておいてやりたい。
コロナに料理を教わるのもいいかもしれない。
このまま彼女に頼りきりでは申し訳ないし、瑠璃や真珠姫が遊びに来たら、手料理のひとつでもふるまってやれば、二人の驚く顔が見られるだろう。真珠姫はともかく、瑠璃には野営のたびに料理下手だと笑われてきた。だからきっと、そんな口さがない友人の鼻を明かすのだって愉快なはずだ。
そう、思った。
……
思った、のに!
「目覚めたか」
ドミナの町にいたはずが、気がつくと、死と闇と炎の領域にいた。
自室の机の引き出しの、一番奥深くにしまい込んでいたはずの銀の匙が、なぜかポケットの中で震えている。
……
まったく、こいつ、いつの間に。
何が起きた、かは知っている。
「どうして俺を呼んだ?」
逃げ場のない奈落の入り口で、武装した狼の獣人に低い声で問いかける。
町で買い物中だったシオンは、いつもの赤い帽子に胸当て、背中に新しい鍋を背負い、両手に食材でいっぱいの買い物袋を提げていた。一応、帯刀してはいるが、どこにこんな格好で召喚されるアホがいる。
「俺が何していたかわかるよな」
「闇鍋でも作る気だったのか」
「カレーだよ」
鍋投げつけてやりたい。
ティアマットのドラグーン
――
ラルクは、生活感しかない剣士に特にツッコミを入れることもなく、ごく冷静に告げる。
「シオンという名だったな。我が主がお前をご所望だ。お前がこれまで何をしてきたか、我が主は奈落の底からご覧になっていた」
「それなら俺が、毎晩飲んだくれてすぐに倒れるひ弱で、根無し草みたいにあちこちふらふらしているどーしよーもない腑抜けだと知ってるだろう。見ての通りの役立たずだよ」
酒は止めたけど。
「そんな話は知らん。たった一人でルシェイメアを堕とし、多くの魔物を討伐し、滅びゆく種族を甦らせたという話は聞いたがな」
「そちらに都合のいいところばっかり見ないでほしいんだけど」
「英雄というのはそういうものだ。お前の個人的な実態などどうでもいい。興味があるのは実績と実力だ」
「
……
。英雄
……
ね」
腹の底からふつふつ湧き上がる何かを抑えながら、シオンは冷たく目を細める。英雄という名の道化、とはよく言ったものだ。
ラルクに連れられ、オールボンに会うと、奈落の管理人はシオンを見てふむと顎を撫でた。
「今回は、ずいぶん活きのいいのを連れてきたようだな」
……
どこが。
『一度目』がどうだったか知らないが、今回は皮肉にしか聞こえない。
炎の洗礼の許可を受け、ドラグーンと少年が退室すると、管理室のシャドールがオールボンに向かってケタケタ笑った。
「おい、賢人。あの死にたてのガキ、生きる気概なんざまるでなさそうだ。そう遠くないうち、シャドールになる未来しか見えねーぜ」
「
……
まあ、そう見えるな。ぱっと見は」
七賢人の一人、オールボンの三つの目は見えなくなった少年の背を見通している。
「しかし、彼ほどシャドールから遠い者は、そうはいない」
表面上は、壊れかけの空虚な器。
しかし
……
。
――
……
ふざけるな。運命だか宿命だか知らないが、どこまでも、追いかけてきやがって。
あの少年の心は今、奈落の業火のように昏く燃え滾っている。
果たして、奈落の最下層で赤き竜帝は待っていた。
「ようこそ、戦士よ。我は待っていた。お主のような強き者を」
「無理やり引きずりこんだくせによく言うよ。俺はもう店じまいだ。誰も彼も、俺が関わるとろくなことにならない」
「たった今、ゼーブル・ファーを鈍器で殴り倒した者の台詞とは思えないが」
「鈍器じゃない。鍋」
こんなところに来たせいでカレー作れなくなった。
堕ちた知恵の竜、ティアマット。
過去の記憶を持つシオンとしては、もっとも会いたくなかったうちの一人だ。奈落に落とされたことをきっかけに起きた一連の出来事を、なによりも自分の犯した罪の数々を忘れたことなど、一度もない。
ティアマットのお涙頂戴話を白々しいとばかりに聞き流し、少年の目線は明後日を向いている。ティアマットは意に介さず、ラルクは一応渋い顔をしてはいるが、どちらにも不遜な態度を咎められないのは、断れないとわかっているからか。
自分に代わり他の知恵の竜を倒してほしいとティアマットは語り、シオンに改めて問いかけた。最初に少し口をきいたきり、少年は不機嫌そうに押し黙ったままだ。
「さて、戦士よ。返事を聞かせてほしいが」
「返事?」
突如、剣光が閃いた。
刹那の間、狙いは急所。シオンは一撃で息の根を止める気だった。
けれど。
「貴様
……
」
「ラルクよ、よい」
腰を浮かせたドラグーンを、ティアマットが鷹揚に制止する。
「物騒な挨拶だが」
剣を突き付けたままいつまで経っても喉笛を破らない少年を、竜帝は余裕さえ見せて嗤った。ティアマットの、まさに喉仏に触れる位置で、鋭い剣先が止まったまま細かく震えている。
「何かできない事情でもあるのかな」
思い通りにならない己に歯噛みし、シオンは苦々しげに自分の剣を睨んでいた。あと少し力を籠めれば、あと少し足を踏み出せば、刃は届くというのに。
あまりに不可解な状況を前にして、ラルクは推測する。おそらく、倫理的な理由で寸止めしたわけではない。この少年は『殺さない』のではない。『殺せない』のだ。
それが証拠に、ラルクは見た。物静かに見える瞳の奥に潜む、強烈な殺意。脅しではない。本気だ。抜刀するまでは、本人が自称する通りの昼行燈にしか見えなかったが
……
なるほど、羊の皮をかぶった獣だ。
「戦士よ、もう一度訊こう。返事は?」
「断る」
吐き捨てるように答え、少年は剣を納めた。赤い房飾りのついた、無骨な意匠の大剣は多くの血を吸っている。
「よく、俺なんかに依頼する気になるな。知恵の竜を倒せというのなら、俺は隙があれば真っ先にお前の寝首を搔くぞ」
「構わぬぞ。お主にそれができるのであればな」
口先ではどう云おうが実際には何もできないのであれば、獅子身中の虫には成り得ない。この少年は強く、そして無力だ。野望ある者が目的のために利用するにはうってつけだった。
「どのみち、お前は協力せざるを得ん。生きたまま奈落に留まれば、いずれ無になってしまうのだからな。強き者が消え行くのは悲しいぞ
……
」
「
……
」
どう云われようが、シオンは依頼を受ける気はない。
これまでにもたくさん死んだ。この期に及んで、罪のない者たちを斬るなど真っ平だった。自分自身、どうせ一度は死んだ身だ。このまま無になり消えるか、シャドールになるのならば、いっそその方がいいかもしれない。
半ば本気でそう考えて、シオンは燃え滾る炎の舞台に背を向け、立ち去ろうとした。
「そういえば、お主。ずいぶん豊かな地に住んでいるようだな?」
シオンの目がこれでもかと見開かれた。
明らかに硬直した彼へ、ティアマットは重ねて語る。あくまでも穏やかに、平和的に。
「言葉を話す樹は今では珍しい。弟子は息災かね?」
「
……
くそ野郎」
◆群青の守護神◆
――
妙な奴だ。
険しい岩山を登りながら、ラルクは捉えどころのない同行者を観察していた。
若い。というよりも、若すぎる。なのに、年齢に見合わないほど逸話が多すぎる。
黙っていれば、おとなしそうな少年だ。
どこにでもいそうとまでは言わないが、少なくとも戦場や奈落の底にいるよりは、図書館で静かに本でも読んでいるか、台所で本人がやりたがっていた鍋でものんびり煮込んでいる方が似合っていそうだし、魔物どころか、虫一匹殺しそうにない。
それが、ひとたび剣を握ればたちまち多くを殺した。
行く手を阻む魔物を倒し、立ちはだかる三元老を斬り、戦う力なくその身をもって抵抗した風読み士たちすら斬り捨てた。弟子を盾にとられた以上、シオンにはやるしかなかっただろうが、それを差し引いても、その非情さと躊躇のなさは普通の少年が持ち得るそれではなかった。
「恨んでいるか」
「
……
別に」
血振りして剣を納めた少年は、風読み士たちの躯を無感動に見下ろしていた。彼らの青い衣は、地位を持たない一般のドラグーンが身に着けるものだ。「ラルク、お前のこともお前の主のことも、別に腹を立ててはいない。恨んでもいない。理由はどうあれ、依頼を受けたのは俺だ」
「とてもそうは見えないが
……
まあ、いい。三元老はもういない。それにこれを見れば、これ以上抵抗する者も現れんだろう」
ラルクが斧を振り上げるより、疾かった。
命を落とした彼らは、自分の身に何が起きたかすらわからなかっただろう。疾風のように抜き打たれた白刃は、瞬きもせぬうちに、風読み士たちの首をことごとくはねていた。
「正直、お前がここまでするとは思わなかったが
……
な」
血の海と幾つもの死体に囲まれたシオンは、戦争時代の暗殺者さながらだった。ラルクの目にふと、美しい姉の姿が重なった。
「これからするのは竜殺しだ。主の竜が死ねばドラグーンも生きられない。命を懸けた彼らに、あともう僅かだけ生きて主と運命を共にせよなんて俺には言えない。そんなのは欺瞞だ。殺戮者が言っていい言葉じゃない」
「せめて奴らの使命に殉じさせてやろうと?」
「そんな傲慢なことを言う気もないよ。彼らだって俺なんかに言われたくもないだろう」
主君が口にするなら名誉だが、殺す側が言ったところで、下手すれば侮辱にしかならない。
物言わぬ屍たちを後にし、咎人たちは山頂へ向かう。
対面した時のとぼけた印象、そして主に剣を向けたときの無法ぶりともまるで違う、ある意味真面目過ぎる同行者に、ラルクの見方も変わりつつある。
「
……
お前は強い。だが、奈落に呼ぶべき者ではなかったかもしれんな」
それは、もっと早く気付いてほしかったな、と少年はつまらなそうに呟いた。半霊体となり、奈落の洗礼を受けた以上、もはや普通の生者ではありえない。
「お前の主人やお前を恨んでいないのは本当だ」
ラルクの心情を見抜いているかのように、シオンは言う。
「今は世界中の誰よりも、自分に一番腹が立っている」
普通なら、真っ先にティアマットに怒りを向ける状況だ。
それができないシオンはおそらく、自分に厳しすぎるのだろう。いやというほど己の立場を理解しており、善人にのみ許される優しさや慰めを口にする気など一切ない。彼はそんなものは偽善だと思っている。
主君の命とは別にラルクにはラルクでひそかに目的があり、この件から手を引く気は一切ないが、その一方、巻き込まれただけの少年には今ながらに酷なことをさせている、とも思わされる。
先を行きがちな少年に大股で歩み寄り、ラルクは彼と肩をならべた。大柄で体躯に恵まれたラルクと比べると、シオンはずいぶん小柄に見える。
「シオン。貴様に依頼したのは竜殺しのみだ。ほかの雑魚どもを殺せとまでは、俺も我が主も言ってはいないぞ。次に同じようなことがあれば、その時は俺に任せてもらおう」
貴様といると、退屈過ぎて腕がなまりそうだ。
ラルクがフンと鼻を鳴らすと、シオンはがしがしと後頭部をかいた。
「冗談じゃない。こんなこと、三度もあったらたまらない」
三度?
意味を測りかねたラルクだが、それを尋ねる間はなかった。
「でも
……
」
ふいにシオンは珍しく、彼らしくない年ごろの顔をした。つかみどころのない仮面に隠れた素顔。
「でも、もし
……
もしも、次があったら、その時はお前に頼もうか」
そう言って少年はラルクと出会って初めて、淡く笑った。頬に真っ赤な返り血を浴びたまま、どこかさみしげな顔で。
この先には、群青の守護神が待ち受けている。
これから彼らが犯すのは、この世で最大級の罪だ。世界の秩序を守る竜を殺し、彼らが管理するマナストーンを奪う。世界にあるべきものを破壊し、マナを乱す。常人であれば身震いする、否、あまりの罪深さに凍りついて動けなくなるだろう。
しかし、二人は歩みを止めない。
勇猛果敢な戦士であるラルクは、かつて、砦落としの英雄として名を馳せた。知恵の竜を殺すことは厄介だとは考えるが、臆することなどはない。
しかし
……
。
共に竜殺しに向かう少年を見つめ、ラルクは思う。
むせ返るほど多くの血を浴びながら、誰よりも強く、厳しく、汚れない。どこまでも透明で冷たく澄んだ、水晶のような魂を持っている。
おそらく真の英雄とは、こういう者がなるのだろう。
◆真紅なる竜帝◆
「最初から分かっていたんだ
……
自分のやっていることは間違っているって」
死に際
……
自らの消え際にラルクは初めて本心を吐露した。「でも
……
どんな方法でもいいから生き返りたかった」
敬愛する姉ともう一度、共に生きるために。
「ラルク
……
お前の仇は必ず
……
」
「シオン、お前が竜殺しに協力した理由を聞いてもいいか」
浮上した焔城で、シエラは協力者に問いかけた。
シエラとシオンは、つい先日までドラゴンキラーとそれに対抗する竜の勢力として敵対していた。何度か刃を交えたが、シオンの剣には情というものがまるでない。
例えばラルクは己の刃に激しい戦意と熱情を、シエラはドラグーンとしての使命と矜持を乗せている。少年の持つ力について、ヴァディスは良い力だと言ったが、シエラにはいまいちわからない。立ちはだかるモノを冷静に推し量り、機械的に倒しているだけに思える。
「お前は、ティアマットが何をしようとしているか知っていると答えたな」
「そうだったね、たしか」
骨の城で対峙した時のことだ。シエラの問いに、シオンは多くは語らず「知っている」とだけ答えた。
「実際のところ、どこまで知っていた?」
「マナストーンの力を集め、自らがあらゆる生き物の頂点に立ち、世界を統べる者になろうとしていたこと」
「つまり、本当に知っていたわけか」
ならばますます理由がわからない。当然のことながら、喜んで協力していたようには見えない。
「理由
……
」
しばし、シオンの視線が宙を向く。
「ラルクと同じ、かもね。たぶん」
「だとすれば、ずいぶんと愚かなことだが」
何らかの形で脅されたか、もしかしたら人質でも取られたのでは、とシエラが聞くと、シオンはまさかと言った。この少年はあまり表情に起伏がない。嘘か本当かわからない。
「ラルクは、自分の目的のために多くを犠牲にしようとした。
……
馬鹿なことだ。そうして再会したところで、私が受け入れるとでも思ったか
……
」
シエラが苦しげに眉を顰める。どうしようもなく愚かだ。そして、最愛の弟だ。罠に嵌められて奈落に落ち、いかに無念だったことだろう。
「
……
どんなことをしてでも、たとえ何かを踏みにじってでも、自分の望みを押し通そうとする。過ちだとわかっているのに
……
。前の自分にはわからなかった。でも今はラルクの気持ちはよくわかる」
「
……
お前」
ラルクの言葉を聞いて、シオンは己の奥底に気が付いた。
きっと双子の件がなくても、おそらく自分は、最終的にはティアマットに協力しただろう。
生きて帰らなければいけなかった。
幼馴染たちは、なぜまた死んだ。
珠魅はなぜまた悲劇に見舞われた。
なぜ竜は再び秩序を破壊しようとする。
聖剣を手に入れ、聖域に行き、女神に問う。そのために。
ああ、勝手だ。瑠璃の言う通り、自分は本当に勝手な人間だ。
弟子をたくさん泣かせても、友をどんなに怒らせても。たとえ誰かの命を奪っても。
己のたった一つの望みを叶えるためならば、自分はどんな犠牲でも払うだろう。
シエラがふっと笑った。
「私の馬鹿な弟は、お前によく似ているらしい。せめて姉としてできることはしよう。あいつの仇は必ず取る」
弟を踏みにじり利用しつくしたティアマットを、シエラは決して許しはしない。
「一緒に行くよ。最初からラルクを騙し、裏切っていた。あの竜帝殿には、さすがに俺も腹が立っている」
◆招かれざる住人◆
竜殺しの件が片付いたころの話である。
「うーん
……
」
シオンは悩んでいた。
このところ、魔物が異常に強い。強いなんてものじゃない、強すぎる。
真の姿を現したティアマットなどは、戦闘経験が豊富なシオンでも経験したことがないほどに異常な強さだった。異形の姿に変えられたラルクも、焔城の魔物たちも。
満身創痍でティアマットを倒したシエラは、お互いよくぞ生還できたものだと、肩をすくめて笑った。癒しの力を持つヴァディスがいなければ、二人のうち、どちらかは危うかったかもしれない。
ラビやアサシンバグなんていう、その辺の雑魚すら脅威だ。町でも街道でも人々を襲い、多くの被害を出している。
よもや、自分の書斎に元凶があるとは思いもしなかったのだ。
「はぁい、マスター」
「
……
お前が原因か」
異常なマナを放出する本には、なんのひねりもなく『禁断の書』とタイトルが打たれている。こんなものを手に入れた覚えはない。
本を開けば流れ込む、濃い瘴気と生臭い血の匂い。
なんてこったい、ファ・ディール全土が阿鼻叫喚の地獄絵図に
……
。
「退屈な日常を送りたいか」
▶はい
いいえ
「だが断る」
「地獄を見たいか」
はい
▶いいえ
「だが断る」
「未来はあるか」
ない
▶
……
「だがry」
「
……
おい、勝手にキャンセルするな」
「だって、私ずっと待ってたのに、あなたぜんぜん読んでくれないし
……
」
「読むわけないだろ、こんな駄本」
「
……
」
「と、じ、ろ
……
! この、クソ本が
……
!」
「い、や、で、す、わ
……
! この、クズ、英雄
……
!」
なんなんだ、嫌がらせか。嫌がらせだ、絶対そうだ。
俺は別に戦闘狂とかじゃない。切れ味を試したくなるような、分不相応に強力な武器を作る趣味もない。それなのに何かが楽しくて強制ノーフューチャーされにゃいかんのだ。
平和なはずのマイホームの書斎で、力ずくで本を閉じようとするシオンと、断固として閉じない書の壮絶な戦いが繰り広げられた。
なお禁断の書の声は、アーティファクト使いのシオンにしか聞こえない。
「
……
師匠、とうとう参っちゃったのかな
……
」
「シオンさん
……
」
書斎で一人、本を床にたたきつけ叫ぶ師の姿に、弟子たちがそっと目頭を抑えた。
思わぬ形で弟子を泣かせていることなどつゆ知らず、マナの英雄はしばらく、コイツの抹殺に全マナを燃やした。
いろいろ試した。
必殺技、魔法の類は片っ端から撃った。砂漠の花火筒に突っ込んで一緒に打ち上げてみたり、フィーグ雪原で氷漬けにもしてみた。
「人でなし! 本殺し!」
「俺はとっくに竜殺しなんで、喋る本ごとき今さら胸も痛まない」
「オニーーー! 悪魔ーーーー! バカ頭巾ーーーー!」
「文句なら、お前を鬼悪魔のところに寄越した女神に言え」
シオンは構うことなく、禁断の書を粘着テープでぐるぐる巻きにして奈落の窯に放り込んだ。
あいつ、逸材に見えてぜってぇシャドールにゃならんよな~とシャドールたちがひそひそやっているが大きなお世話だ。
すっかり口の悪くなった少年について、オールボンとポキールが、奈落の管理室で語らっていた。
「ティアマットの一件がとどめになったようだな。以前はあんなに可愛かったのに、すっかりグレて
……
」
「キミ、親戚のおじさんじゃないんだから
……
。ほんの少し前までは、ああじゃなかったんだけどねえ」
◆二回目の女神◆
「マナの女神
……
」
「俺は命を落としたはずだ。あの時、あなたの刃に切り裂かれて」
「ここは
……
この世界は、なんだ? なぜ過去と同じ時を刻んでいる?」
女神は答えなかった。
それはすでに、少年に語ったことだから。
ただ、闇を孕んだ暗い瞳で微笑んだ。
死んだ英雄と歪んだ世界、壊れた時の中。
私の全てが正義ではない。私の全てが清らかではない。
……
私は闇。
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