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2024-10-24 00:38:20
4941文字
Public 拳コユ
 

メランコリー

前に画像であげてそのままだったやつ。再録集には収録済みですが加筆してます。
お付き合い済拳コユで、ちょっと不穏




 これは愛とか恋とか、そんなお綺麗なものじゃない。綺麗な雪原に初めて足跡をつけるのは自分でありたいだとか、絶妙なバランスで組み上げられた美しい積み木の城を一思いに崩してしまいたいとか、そういう幼稚で身勝手な独占欲だ。
 だからそれが自分以外に損なわれるのを見るとひどく胸が悪くなる。原因となった奴を直ぐにでも排したい。締め上げて吊るして、もう二度とこんな馬鹿な真似はいたしません、許してください助けてくださいと、無様に乞う様を見たくてたまらない。そんな物騒な思考が頭の中を埋め尽くす。
 実現したところで許すはずもないし、生きてきた事全てをことを後悔するような方法でいのちの燈を吹き消してしまうのは変わりないのだが。
 とはいえ俺もそれなりに歳をとった。己の性分は自覚している。牙の使い所、能力をの使い時を見極められるだけの経験を積んでいる。
 しかし、全てをコントロールできるかと言えばそりゃまた別問題だ。


病室のドアを閉めて静かに首を回す。ゴキリ、骨が鳴った。身体に燻った熱を逃がすように肺の中の空気を全部吐き出す。もう必要あるまいと、彼女の頭を覗いていた意識の糸を切った。
 ビーチサンダルを間抜けに鳴らして暗い廊下を歩く。吸血鬼の看護師とすれ違った以外は誰もいない。静かなもんだ。空調でよく冷やされた空気を吸いこむ度、沸騰しているのではと思うほど滾っていた血の温度がゆっくりと下がっていく。

『ダメですよ、ケンさん』
『わかってるくせに』
『ダメですってば』

 先ほど交わした意識の声を反芻して笑う。全くもってあの娘は俺をよくわかっている。恐ろしいもんだ。共に過ごした時間はほんのわずかだというのに。
 エレベーターを使う気になれず、時間をかけて階段を下りる。ぺち、ぺち。平べったい音がこだまする。
 親父さんから『コユキが退治中に大けがを負って搬送された』と連絡を受けた時真っ先に考えたのは、あの子の生死。それからあの子をこんな目に合わせた同胞に対する、発狂しそうなほどの怒り。そして、何の確証もなく『この子は天寿を全うするに決まってる』と信じ込んでいた、認識の甘さに対する情けなさだった。
 親父さんが冷静に俺に連絡してきている時点で一つ目は保証されたも同然。二つ目は既に退治人連中が対象を拘束して然るべき措置をとっている。最後の一つに関しては、どうしようもなかった。逃がしようのない感情の渦。情けないったらありゃしねえ。煮えくり帰った腹を抱えて気狂い寸前、早くあの子に会いたくて、親父さんの代理なんていう肩書きで面会した。本当は止めて欲しかったなんて、よくあるドラマのひと枠みたいなお綺麗事はカケラも思っちゃいない。
 お前をこんなにしたやつがどうなろうと、誰も文句は言うまいよ。むしろ感謝してほしいくらいだ。そんな文句は建前だった。どうにかの熱の逃げ場を作りたかっただけなんだろう。俺は吸血鬼、どこまでも素直になるのは己の欲だ。
 しかして流石は退治人。あの子は全部承知の上で俺に釘を刺したのだ。俺をとどめる一番効率的で、一番簡単な方法で。
「参ったなあ」


『あなたをきらいになりたくないんです、ケンさん』


 全くもって、あの子は俺をよくわかっている。アレを言われちゃ、もう俺は何にもできねえ。
俺が失いたくない一等は弟たちだ。それは一生揺らがない。しかし今は全くの別枠で、弟たちと同じくらい高い位置にあの子はいる。あの子を失うことは、俺の心臓の一部を毟り取って燃やすのと同義だ。
「ほんと、参ったなあ」
 繰り返しながら歩く。
 いつの間にか病院を出て、駐車場に向かっていた。ミカエラの下僕に出させた黒い車が停まっていて、横にはミカエラとトオルが立っている。あっちゃんは、申し訳ないがドラルクに任せてきた。俺に気が付いたらしく、二人がゆっくりと振り向いた。
ギラギラ光る、紅赤色と銀朱色。成程ね、俺はさっきこういう目をしていたわけだ。
「愚兄」
 ミカエラのバリトンが地を這う。トオルは何も言わないが、布の下で牙が鳴っているのがわかる。なんてったって育ての親だ。
「どうする」
「んー」
 俺があんまりにも軽い調子なもんで、二人は面食らったようだった。恐らくこのまま元凶を始末する覚悟を決めていたのだろう。俺もつい数分前まで同じ気持ちだった。
 黙って三列シートの一番後ろに乗り込んで、どっこらと身体を転がす。運転席にはビキニの下僕が収まっているから運転は問題ない。
「車出せ」
「ねえ、どこ行くのさ」
 前の座席にトオルとミカエラが収まった。物騒な目つきのまま背もたれ越しに俺を睨んでくる。きっと俺が何かしらの指揮を執ると思っているんだろう。
「山梨」
「やま……あ?」
「は?なんで?」
「桃」
「桃?」
「桃狩り、いくぞお」
「はあ?」
 なんで!? と叫ぶトオルに手を振って目を閉じた。

 お約束した以上、俺はなんにもしない。何にもしないけど、とびっきりを選んでくる約束をしちまったからね。
 明日あの子が安心して笑えるように、とびっきりを抱えて帰らにゃあならんのだ。