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yn
2024-10-24 00:33:14
2587文字
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拳コユ
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善行/愚行
前に画像で上げて本文残してなかったやつ。前に出した再録本には収録済みですが少し加筆済み。拳コユですが破局ものです。コユちゃんがモブとくっついてます。
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愚行
〝今度結婚するんです〟
そう言っても、男はほんの少しだけ目を瞠っただけだった。
好きだった。好きで好きでたまらなかった。
押し切ってイエスをもらって、男と過ごした日々はまさにこの世の春だった。
踏み込むこと、踏み込ませること。
許すこと、許されること。
男はさまざまなことをコユキに教えて、コユキもできる限り自分を教えた。
男の家族と同じ鍋をつつき、共に出かけて時を共有して、同じ布団で抱き合って眠った。コユキは男で男を知った。
欲をぶつけ合うことの心地よさと激しさ、互いの肉体が邪魔に感じるほどに深く繋がる尊さ。
全て教えてくれたのは、今男の体の横でぶらついている無骨な手そのものだ。
初めて繋がってから一年程経って、男は急にコユキに別れを告げた。
俺みたいな男と添い遂げようと思ってるなんて正気じゃない。まともな男とまともな結婚をして、まともな人生を歩んで幸せに生きるべきだ、と。
コユキの幸せの形を勝手に決めつけて、コユキの意見も聞かずに勝手に去った。苦悩を表に出してくれたらまだ良かったが、男はヘラヘラと軽薄に笑うだけ。何を言っても無駄だった。
仕方なく当てつけのように、男の提示した四角四面の幸せに自分をはめこんだ。
いつのまにかお互いの顔がよく見える距離にまで近づいていた。こうして正面から向き合うのは何年振りだろう。
ギルド業務に専念するようになってからは店の奥に引っ込んでいることも増えたせいか、この男に会うことも少なかった。
コユキは少し大人になった。仕事の幅が増え、新横浜の外にもつながりができた。妥協も覚え、他の男の愛を受けとめて、その肌の味も知った。
反面、男は全く変わらない。時が止まったかのようにあの時のままだ。男とコユキに流れる時間の速度は違うことを忘れていた事に、少しだけ驚いた。
改めて男を目の前にしても、何故この男をあそこまで好いていたのかわからない。
心優しく不器用な恋人。共に生きようと笑ってくれる、やさしい恋人の全てをこの男と比較してしまう。それも何故なのかわからない。
男は黙ってコユキの左手を見ていた。頭の手ぬぐいと口布で、露出している顔のパーツは目元だけ。だから目で感情を読み取ることが得意になった。それは今でも変わらない。
二度瞬きしてから、ゆっくり足をすすめた。かつん、かつん。最近買ったばかりのパンプスを鳴らして歩く。
「コユキ」
男の横を通り過ぎて数歩目。
記憶から消えかけていた声がコユキを呼んだ。低く響く声。この声がコユキの名を呼ぶのを聞くのが好きだった。好きで好きで、もっと呼んでとねだった事もある。
思わず足をとめる。振り向くことはできなかった。ただ前を向いて、唇を噛む。音がしないように目を擦ると、マスカラが袖について空色が黒ずんだ。これから恋人に会うというのに。
待ってくれと、言ってくれたらいい。
置いていかないでくれと縋ってくれたらいい。
俺を選んでくれと、今からでも言ってくれたら。
そんな苦しそうな目をするくらいなら、今からでもみっともなくわたしを抱きすくめてくれたらいい。
祈りの時間にも似た沈黙を振り切って歩き出す。
血の味がするほど唇を噛んで、目に涙を浮かべてひたすら歩いた。
先に待ち合わせ場所についていた恋人は目を丸くして、震えるコユキの肩を撫でてくれた。欲しかったのはその手じゃない。けれど、少し大人になったから妥協も覚えた。
何があったの、という質問には答えぬまま、引っ越し先は新横浜の外にしましょう、そう言った。
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