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yn
2024-10-24 00:33:14
2587文字
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拳コユ
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善行/愚行
前に画像で上げて本文残してなかったやつ。前に出した再録本には収録済みですが少し加筆済み。拳コユですが破局ものです。コユちゃんがモブとくっついてます。
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善行
〝今度結婚するんです〟
そう言った娘は何一つ感情の乗らない能面のような顔をしていて、言葉のめでたさにひどく不釣り合いだった。
結婚。
成程それはおめでたい。喜色満面でいるのが普通だろう。唇を噛んで今にも泣きそうな顔であれば、それはそれでかける言葉もある。
なんせこの娘は五年前、一年ほど付き合ったのちにケンが振った女である。
こんな往来でケンが娘に会ったのは偶然で、ケンはこれから日課たる辻野球拳に繰り出すところだった。最近姿を見ていなかった娘が前から歩いてくるのは十数メートル前から察していた。こちらもこちらで目立つ風体、娘も気づいているだろう。わざわざ道を逸れてはなんとも居心地が悪い。故に、カンカラカンカラ下駄を鳴らして真っ直ぐに歩いた。
娘との距離が近づいていく。無視するのも憚られ、一メートルほどあけて足を止めた。
ケンの記憶にはない空色のワンピースを着た娘も足を止めた。ケンのことを足先から頭のてっぺんまで見つめてから眉一つ動かさず、左手の甲を見せて一言言った。
それが冒頭のセリフである。
へえそうか。めでたいな、おめでとう。
驚くことに、言葉が出ない。頭の中にある祝いの文句を言えば済む話だということは理解している。しかしケンは目を丸くして、娘の左手薬指にはまった白金を眺めることしかできなかった。
娘はしばらくケンを見つめていたが、二つゆっくりと瞬きをすると、何も言わずに足をすすめた。既に瞳はケンではない、どこか遠くを見ている。かつ、かつ、と控えめに鳴るヒールの音が近づいてきた。
音が一番近くなった瞬間、娘の黒髪が揺れて甘い香りが鼻をついた。
ケンが知らない、人工的な香りだった。
「コユキ」
やっと声が出た。
既に娘はケンの横を過ぎ、背中を向けている。
ケンも向きなおることなく、ただ前を見ていた。背中を向け合ったまま沈黙が流れる。
やっと声が出た、そうは思ったが、次いでかける言葉を持ち合わせてなどいない。何故引き止めたのか自分でもわからなかった。
ややあって、かつ、かつとまた足音が聞こえてきた。音が遠のくにつれ、どこからか風に乗って血の香りがした。香水の残り香に混ざるあまい芳香を吸い込みながらゆるりと目を閉じる。
俺は正しいことをした。
今でも自信を持ってそう言える。
娘の指に煌めく白い光が粘っこく瞼の裏に残っていたとしても、あの時の決断は正しかった。
娘が天に昇るまで向こう数十年、ケンはそう言い続けるのだ。
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